さみ
@futatabi
2026年3月3日
「ありのまま」の身体
藤嶋陽子
読んでる
2章まで
書いている内容について言っているのではなくそこから考えの及んだこの世の構造への不満なのですが、「プラスサイズ「こそ」美しい」(モテ)という表現に至る理由として、「あなた「も」美しい」では今日の社会的状況では説得力に欠けてしまうため、好まれる「女性らしさ」を持ち込むことで異性愛的な文脈での優劣の転換が図られていると考えられる……の部分にやだ〜やだよ〜となっていた。他者からのルックスの評価がなめらかに異性愛に接続される→その評価いかんで自己受容がうまくいったりいかなくなったりする……の構造が強化されるのめっちゃ嫌なんですが、そもそも自己の受容と異性愛・性愛が効率的な順序的に?切り離せないほど強固というかもうそういうもんという感じになっている社会で生き続けるのは息切れしてしまう。市井の人々一人ひとりの意識ではもうどうしようもないところまで(異)性愛主義が蔓延ってるからその順序にせざるを得ないとして、工程的にそれが何ステップ目で、最終ゴールまでどういう変化を予想している……みたいなのメディアにあるのだろうか。入り口は異性愛的文脈だったとして、その先のこと。でもむしろ規範を利用してやっているともいえるのか?

