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さみ
@futatabi
自由
  • 2025年12月29日
    優しい去勢のために
    「異性の生理をわかったふりをしないのは結構なことである。けれども、遠慮深すぎるのもどうか。「わからない」と安直に決め込めるほどわからないものなのだろうか。最終的には肉体的性別に由来する差異が厳然とあるにせよ、現段階では男女ともかなり手前の地点でわかろうとする努力を放棄しているのではないか。もっとわかり得ると考えても決して異性に対して無礼ではないだろう。」など。身体って最も身近でまちがいなく自分のものなのに、所有物感もなければ(遠隔操作している感じ)マニュアルがあまり細分化されてないし、なぞの存在だよな〜と改めて。自分がこれのことをどうしたいのかはまだよくわかっていない。 本読むのすき。書かれていることについて、書いたひととお話している気分になれる。おびやかされない。過剰に神経を過敏にしない。差し出したいことばをゆっくり考えられる。安全な空気のなかに身を置くことができる。あなたの話をもっと聞きたい、とやすらかな気持ちで思える。 と、読みながら思った。今まで「本読むの好きなんですか?」と訊かれるとなんかもごもごしていたけど、ごく自然体に。自分の生まれていない時代について書かれているし、取り上げられている作品群はほとんど知らないし(でも偶然今朝支度しながら聴いていたYouTubeの番組で言及されている映画の話が出てきて、これだよ〜人生!とか思った)、やっぱり今とは空気や環境が違って同意しかねることも書かれているし、でも、小さいときからわたしがずっと探していたのはきっとこういう本のことだったよね、と確信もした。この本を読みながらやった〜!とはしゃいでいる大学生の自分も想像された。そんな読書をしていた。 そして、本たちに守られたいとも思った。ので、本は人を守るちからもあるのか〜と思いいたった。そもそもこの本を読むことにしたのは『男性解放批評序説』で言及があったからだった。防御力を高められてうれしい。
  • 2025年12月20日
    ⾳を⽴ててゆで卵を割れなかった
    起き抜けに読む。よいかんじに目覚めたり目覚めなかったりしたときに、ほかの何をするよりも先に「あれ読もう」とぼやぼやした頭でも思える本に会えるのはうれしい。そういえばここ数年くらい、ひとの「思ったけど言わなかったこと」「行動の選択肢にあったけどしなかったこと」に興味をもっていたので、であればこのエッセイはうってつけなわけだった。それにしても、読みはじめたときにも思ったのだけど、小説を読んでいるみたいな心地になることがある。そんなエッセイは初めてな気がする。
  • 2025年12月18日
    ⾳を⽴ててゆで卵を割れなかった
    ついに買った……読むべきな気配がつよく発せられながらどうして読むのをぼんやりためらっていたのか、それを予想していたわけではないのに読みはじめたらすっかりわかってしまった。自分、こうなのかという。生態系がおそらく近いところにあって。 自分のいつもの内心の右往左往ぶりは、それが動きというか、思考にしても移動みたいなもので残らないからぎり耐えてこられたけど、文に残るとすさまじいなと思った。別にわたしが書かれているわけではないですが。そもそも普段文を書くということをしていないので計り知れないけど、この思考のウォータースライダーみたいなものを文章にする勇気、ものすごいのではないかという気がする。メロンを腐らせるくだり、あまりにも流れがそのままだった。自分への嫌悪を筆で上回るさまを読むという体験ができてなぞの感動が押し寄せつつ、わたしはハックとしてくだものをもらうことになったらその場でカットしてもらうようにしはじめたなあそういえば(なんか1マスすすんだ!)と思ってそれを書きながら、いつも自分でカットしないところが最悪だなと思った。
  • 2025年12月17日
    調査する人生
    1章まで 「離れてしまった人たちの人生がどこかにあって、それは一つひとつ理解可能な行為の選択を繰り返しながらお互いに離れてしまったので、それを相互に理解できるようなものを書きたいです」 「精度が粗いことを書くと、暴力をまったく理解できなかったり、あるいは振り子が逆に振れて、美化したり、ロマンティックな話になってしまう」 「理解するってね、どこかで情状酌量してしまうんですよ」
  • 2025年12月6日
    なぜ人は締め切りを守れないのか
    1章まで 「直線的なマジョリティの時間」を過ごせないことで代わりのようになくなっているのであろう空の時間 『虚弱に生きる』とつながるところがありそう、と思いながら読みすすめている 数年前に「なんか人生進んでないな?」と思ったけど、「人生が進む」という考え方もまた何かに支配されている
  • 2025年12月2日
    かけないひび
    かけないひび
    読んだら、自分、もう全然バランスがとれていないのではないかと気づい(てしまっ)た。ぱきぱき「仕事」を消化したいのと、話すべきひととゆっくり会話を重ねたいの、すべてが早く過ぎ去って終わってほしいのと、ひとつひとつを書きとめて読めるようにしておきたいしそのために時間を丁重にあつかいたいの。手足がこの4つに拘束されていて、処刑みたいにそれがいきものに繋がれており、なにかのはずみでかれらが走り出したらああ〜っとなる、みたいなイメージが浮かぶ。ここしばらくそのどれかの感情が急に勢いよく引っぱってくるかんじで、でもどれもはっきりと同居している感情なので、こまりはてていた。ということがわかった。 なぜ読むことによって自分がこまっていることがわかったのかわからず、救いをもとめて買うことにしたわけでもなく、なぜ気づくことになったんだ……?とぼんやりしたまま数時間経っている。きれいでよいことで締めたいわけではないけど、棚で偶然見つけることができてよかったなあとおもっている。
  • 2025年12月2日
    季刊日記 創刊号
    季刊日記 創刊号
    今日は小沼理さん。おでんたべながら。ずっと読んでいたい。会ったことのないひとの過去の日記をずっと読んでいたいという感情、なんなんだ?
  • 2025年12月1日
    しゃべって、しゃべって、しゃべクラシー! 憲法・選挙・『虎に翼』
    ちょうど先月から『虎に翼』を観はじめていて奇跡のように遭遇!!と思ったけどあらゆる今後の展開を知らずに最後まで見届けると決めていたのだった。まだ読めないけど、楽しみが増えた〜
  • 2025年12月1日
    季刊日記 創刊号
    季刊日記 創刊号
    日記祭にて。読みながら、ライブのセトリやレポを書き出せる人ってすごいよなあとよく思っていたことを思い出す。日記を読むとき、自分の日々のなかにも書きとめておきたいことがたくさんあることとと、何もかも忘れてすべて早く過ぎ去ってほしい気持ちとがいつもぶつかり合う。解放されるか折り合いをつけるかしたいなと思っている。というか後者は一体なんなんだ? カナが、かな漢字と書体違う…?カナが登場したときに、「お、ちいさ」とまだなっている。多分そのうち慣れる。小塚明朝は縦書き三段組だといいかんじなんだな〜
  • 2025年11月29日
    夜明けと音楽
    夜明けと音楽
    「結局のところ物を書くというのは、よく知っている単語の中に、自分の悲しみを見つけること」 引用された帯の文章に惹かれて、気になっていた。読み始めて、戸惑った。普段本を読むときに、付箋を貼ったりなにか書き込んだりして、はじめて出会ったようなことばを残しておけるようにしているけど、この本は、この文を刻む…?掘る…?と、自分が今握っているのがシャーペンではなくて錐のようなもっと尖ったものであるべきだと感じていた。そういうことができるものが手元になかったので、これは、あまりに身体になじんでいて、たしかめるためになぞりたいということなのかもと解釈して、手帳に文章をそのまま書きつけることにした。そういえば「自分の字」がわからないのを二十年くらい悩みとしていて、むしろかえって場に合わせた文字を書けるところは自分のみとめられる数少ないなぞの特技と思っていたけど、いざ書き始めたらどんな筆致にすべきかわからなくなって、角をきちっと書いてみたり、筆を使っているみたいに流れるように書いてみたり(私は文字を左手で書くのでうまく筆を使えず、そのためイメージ上のことだけど)、色々試してどこにも着地せず、引きで見たら感情がふらふらしている文字のまとまりが残った。(自分でも)驚くべきことに、ここまで至るのにまだ1ページしか読んでいない。なのにこうなっている。要するに言いたいのは、とかこの本はどんな本で、とか脳が喋りかけたけど、そんなふうにまとめる必要はなく、ただこの本を読みはじめることができてうれしい。
  • 2025年11月23日
    図書館には人がいないほうがいい
    気になり→反知性主義、不寛容 と コモン、贈与 15年前中高生だった頃、SNSはそんなにやっていなかったとなると、知識を得る場所のほとんどがその年代向けに作られた雑誌、そうでなくてもひらかれていることが前提の文庫本 前略プロフやリアルやブログは見に行かないと見られないから今のXとかそういうのとはやっぱりなんかちがったな 十代では1年ごとが濃いから、その年代にふさわしい情報みたいなのがあるんだろう、今のSNSはそれを飛び越えてあらゆる、しかもチェックの入っていないカオスな情報の濁流だからめちゃくちゃにもなってしまうよな〜媒体の選択肢も多すぎるし ところで三十代にふさわしい情報とは何なのだろう 知りたい
  • 2025年11月23日
    賑わいを創出する図書館 開館9ヶ月半で来館者100万人を達成した「みんなの森 ぎふメディアコスモス」の冒険
    図書館のことを知るため。3章で子ども(を連れた親)や学生が館内で安らかでいられるようにどうしたかということが出てきた。子どもたちを見守るという館の意思をあらかじめ示しておくことにしたそうなのだけど、思い返すと最近わたしが心を落ち着けられるお店って、入店前に明文化されたルールが提示されているところばかりで、ありがたく思うと同時に、暗黙の了解や上限下限のぶれるマナーがいかに人間を疲弊させるかに意識をとばしていた。何も示さないことが意思であることもありそうだけど、知りえなかったことで発生する傷つきを無視したくない。近くの図書館は勉強する学生がにぎやかになっている日もあって、通い始めた始めのほうは面食らってしまったのだが、この本にも書いてあったように、街の中に学生が集える場所ってあんまりないよなあ。そして利用者の声にはそのにぎやかさへの苦情が大量にあった。
  • 2025年11月19日
    図書館には人がいないほうがいい
    「もし、図書館の書架が「自分がもう読んだ本とこれから読むはずの本」で埋め尽くされていたら、人はどう感じるだろう。この世のほとんどについてだいたいのことは自分にはわかっていると思い込んだ人間ばかりで構成された社会が、どれほど重苦しく、淀んで、風通しの悪いものか、少しでも想像力があれば、わかるはずだ」 一方では知らないことばかりに囲まれるよろこびに全身を浸すことができるのに(そう感じようと思わなくても、自然に)どうして私は「なんでわからないの?」というようなことを他人に対して平気で思うのだろう。後者は気を抜くとすぐ全知全能になりたがる自分とつながっている気がする。前者の発生条件とは。
  • 2025年11月15日
    男性解放批評序説 フェミニズム・トランスジェンダー・メンズリブ
    この一年ほど男性が男性を省みる本が私の中でホットで、その中でも今だ!と思い購入。大学の副専攻のフェミニズムで、途中で辞めてしまった(まだあまりにも理解までが遠くて)選択授業の一つが男性学だったことを思い出す。
  • 2025年11月15日
    部落フェミニズム
    部落フェミニズム
    図書館で借りたけど一章読むのに時間がかかってこのまま時間をかけるべきだしもっと時間をかけたいと思い購入
  • 2025年11月11日
    虚弱に生きる
    虚弱に生きる
    かなり傍若無人に生きていた20代半ばまで、疲れのようなものも疲れというよりは「とにかく眠い。対策せねば」という認識をしていた。自分のことも他人のことも顧みなかったから(顧みなくても平気な精神構造をしていたから)そんな前だけ見ているのを疑わなかったのだと思う。私の場合は疲れを疲れとして受容できるようになったのはフェミニズムを学び始めた時期とおおよそ一致する。なるほど。それからずっと疲れている。心身ともに自分のキャパシティ以上に気になることが増えたからではないだろうか。基礎体力はついていなかったようだ。体質をのぞけば数値的な健康を感じられもするから自分を虚弱だとは考えていないけど、こうして自分のぐったりさの始まりを思い出すのもたのしい。『痛いところから見えるもの』と一緒に読んでいたのでたぶんより良かった。 日記書いてたらそっちに感想書くのたのしくなってひと月も何も残していなかった……
  • 2025年10月17日
    多様で複雑な世界を、いまどう描くか
    多様で複雑な世界を、いまどう描くか
    ものすごく真摯さを浴びている
  • 2025年10月13日
    戦争の歌がきこえる
    「自分とは異なる記憶をもつ人たちと出会ったとき、私たちはその相手と、どのように関係性を築いていけるのだろうか?」
  • 2025年10月12日
    旅をする木 (文春文庫)
    旅をしない、楽しみ方がわからない、自然に心が動かない、だからわたしの読むものでは多分ないと思い続けていたけど、ことばを使いながら生きている人間のことが(も)書かれている本だった。読み継がれていることも、星野さんが愛されていることも、少し読むだけでこんなにすべてを知らない関心もなかった人間にすぐわかってしまうくらいとてつもない誠実な本のようだ。高校生のときあたりに読んだような気もするけど、今読む機会ができたのがよかった。歳を重ねるごとに思い返したくなる予感。
  • 2025年10月11日
    光のそこで白くねむる
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