muma
@casa_muma
2026年1月31日

変化のさなかにあるとき、言葉は失われる。速さに追いつけずに。
長野県は伊那谷にある農と森のインキュベーション施設「inadani sees」を運営している株式会社やまとわ。やまとわが発行するリトルプレス、「sees magazine」を読む。
創刊号の特集はRescale(リスケール) – ちょうどいい規模、新しいものさし。
ちょうどいい、とは、ヒューマンスケールを失わないということではないか。ヒューマンスケールとは何か。
素朴な問いを頼りに、各地でちょうどいい商売をしている人たちを取材し、その内容をまとめた本。
資本主義至上主義に陥らないローカルビジネス、小商いの数々。お金によって動かされるのではなく、自分の中にある違和感を解消しないと、可能性に開かれていないとやる気が湧かない、そういう人種がこの世にいるのだ。
千葉県南房総にある廃校を活用したローカル施設「SHIP」の 牧野圭太さんへのインタビューで、牧野さんが自分のことを「可能性ドリブン」と表現していたのが面白かった。調べてみると、〇〇ドリブン、というビジネス用語があるようだ。もともとdrivenの今は、〇〇に突き動かされた、という意味なので、ビジネスでいうとそれは〇〇を元に意思決定する、みたいな意味があるようだ。私の人生の運営方法は〇〇ドリブン、と自覚して生きるなら、ここに何を入れようか。気分ドリブンかな。それは何にもドリブンされてないということでもある。
フォトグラファーの高重乃輔さんのエッセイ「自然な存在を被写体として」には気持ちを動かされた。たった数ページに、自身の最初の就職から幾多の引っ越し、偶然のカメラアシタントの仕事との出会い、そして独立、今目の前にいる妻子へ湧き上がる素朴な愛情までを惜しみなく一気に注ぎ込んでいるところが贅沢でよかった。能動的でも受動的でもない、しかし自分の声に従う自然な人生の流れを見せてもらった。ZINEやリトルプレスの良さはこういうところにある。言語化ドリブンされていない人たちが、依頼されたから話してくれる、書いてくれることがある。貴重だと思う。
将来こんなふうにさらりと人生について書くために、起こった変化について都度書きとめておいたらよかった、と思う。
変化のさなかにあるとき、言葉は失われる。速さに追いつけずに。