
アツシ
@atsushi
生き延びることには残酷さがつきまとう。生き延びる人の屈託が、普通を巡る苦難が、 高瀬順子の作品には常に存在している。
美味しいご飯が食べられますように、 描かれていたのは、弱さを許容することの困難と、 生き延びられてしまう屈託であった
それにしてもなぜ弱さに寄り添うことをかくも困難なのか
端的に言えば割に合わないからである
そんな、生き延びてしまうことの残酷さをこそ、高瀬順子は描き続けてきたのである
旧来のジェンダー規範に抑圧され、同時にケアの担い手として正常性を強いられ、持ちこたえてしまうという点で彼女と母は確かに似ていたのだった。
夫の弱さへの許せなさ、普通をめぐる彼女の苦悩は、東京と故郷を巡る力学と不可分に絡まり合っていく。
逸脱が許されない場所に留まることを回避するためには、逆説的にも逸脱を許容しない強さを有しなければならない。
