
巽
@Tatumi
2025年3月15日

湖とファルセット
田村穂隆
再読
そうか、僕は怒りたかったのだ、ずっと。樹を切り倒すように話した
熱気球みたいに飛んで行けたなら 役に立たない怒りを冷ます
医師からは意思が脆弱だと言われ 確かにそうだ 通えなくなる
心にも間取りがあって何故だろういちばん広いのは浴室で
乱暴に髪を乾かす 風のあるところに立てば旅なのだから
浴槽に降り積もる雪 うつくしいのは生活をあきらめたから
満月は一つの出口 今そこに身体から抜け出す猫がいる
差し出せば握手のように水が出てでも水はただ手を濡らすだけ
打ち寄せて打ち捨てられて波しぶき言葉は人を丸呑みにする
剥き出しの肉だ、朱肉は。ゆっくりと苗字を肉に沈めていった
感情を許す わたしも感情に許してほしい 指の毛を剃る
明太子、とても美味しい。産まれたい気持ちが口の中にあふれる
湖に降る雨を眺めていた 夜はきみに盗掘される身体で
水、湖、浴槽のモチーフが多く、それらの言葉で垣間見させてもらえる作者の心象風景に、強い共鳴と救われるような共感を感じる
すごく好きな歌集のひとつ
表紙が登録されてないのがかなしい
とても美しい装丁の本
栞にある川野芽生さんの解説「逃げ道のない、世界=肉体の内側から」の言葉の端から端まで、一文字残らず本当にいい
『安易な救済や解放のストーリーの誘惑を振り切って、檻に囚われ続けるところに、この歌集の意味はある』一部抜粋
