Ryu "群像 2025年 10月号" 2026年3月23日

Ryu
Ryu
@dododokado
2026年3月23日
群像 2025年 10月号
「僕と「先生」⑩」 あとはじぶんで考える、ということ このあと加藤さんは死の間際、憲法九条の成立過程を詳細に追いかけた「9条入門』を刊行し、また病床で執筆していた憲法九条を視点とした精神史である『9条の戦後史』が死後に発表された。後者の完成を託された野口良平は同書の巻末に「この本の位置──「あとがき」に代えて」と題した解説を寄せ、そのなかで、これまた晩年に執筆された「一八六八年と一九四五年──福沢諭吉の「四年間の沈黙」」という福沢諭吉の幕末・維新期の歩み方を見つめた論考で、いち早く「関係」へと“転轍”した福沢が挫折を経験して再び「内在」に目覚めた、という思想的な軌道について論じられていたことに触れる。そして、加藤さんの戦後論をそこからとらえなおし、戦後思想としての帰結を正鵠を得るかたちで次のように述べている。 「内在」から「関係」へ。「関係」から「内在」へ。日本の近代の起点にあったこの逆方向の二つの“転轍”の意義──つまりは「可誤性」の意義──が見失われたことが、現在の「破局」の遠因なのではないか。この加藤の見方は、この「9条の戦後史』において、「失われた三十年」に「改憲論」と「護憲論」の両者から提出された、せめぎあいを捨象する歴史像に疑義が星されることの根拠にもなっている。 この理解に僕は何も付け加えるべきものを持たない。戦後への負い目を抱えた第二の位相に足場を置く加藤さんにとって、現実と理念のせめぎあいのなかで世界をとらえることは、野口の言うような力学が必要とされるものだったのだろう。翻って考えれば、その〈せめぎあいを捨象する歴史像〉が疑われることなく日本社会で支持されていたからこそ戦後は終わらなかった、とも言える。 でも、第三の位相にいる僕は、加藤さんの戦後思想を継承すべき理念として受け取った上で、それだけではやはり現実的な感覚が抜け落ちてしまう、と思う。さっきも言ったように、戦後を終わらせることへの不安に満ちているのが僕らの立つ位相なのであり、そこを踏まえなければ新しい戦後論は紡げないように思えるのだ。549-550
読書のSNS&記録アプリ
hero-image
詳しく見る
©fuzkue 2025, All rights reserved