
ジクロロ
@jirowcrew
2026年3月24日
蒙古襲来
網野善彦
気になる
読んでる
親鸞の教えがまず根をおろした常陸は、とくにその「徒党興盛」といわれている。そしてこの遍歴する博奕打ちの母親は、わが子がかれらとの勝負に勝つように、真実こめて神に祈りを捧げる。また、こんな今様もある。
御戸那(クシナ)城の後より
十の菩薩ぞ出でたまふ
博打の願ひを満てんとて
一六三とぞ現じたる
(『梁塵秘抄』)
その祈りの前には、菩薩たちも、博突打ちの願いを快く満たしてくださるのである。
「丁半」や「双六」が子供たちの遊びとなる一方、博奕を「反社会的」なものとする「通念」が支配的になるのは、南北朝内乱期以後のことで、この時代には、そうした「通念」は、まだ一般化していなかった。神仏に敬虔な祈りを捧げつつ、真摯に博変にうちこんでいく民衆。そこにもまた、あの「まことのこころ」に通ずるものがある、と私には思えるのである。
(p.28-29)
すべてを賭する。
賭するものが何であったとしても、
ひとつの「完全な断念」がもたらすものの偉大さ。
この文章が、蒙古襲来という史実に
どのように接続していくか、
今のところまったく想像がつかない。。