
ジクロロ
@jirowcrew
2026年3月28日

村野藤吾著作集
村野藤吾,
神子久忠
かつて読んだ
かつて、私は神戸でD百貨店の設計を担当した。昭和十年のころである。S社長いわく、僕の方は「箱」をつくってもらえばいいよ。注文といえば、ただそれだけであった。
S社長は当代一流の百貨店の経営者であり、キリスト教的な教養のある人格者として知られ、私などもこの人には傾倒したものである。
……
ある日、S社長は店内のアイスクリーム売り場で小さいのを売っているのを見つけた。これは小さいね。これぐらいにしないと引き合いません。そうか、損をしてもいいからもっと大きいのを売りたまえ。この話をだれからか聞いた。私はその話を聞いて、これだなあと思った。損をしてもいい合理主義が何を意味し、何を教えているか、私はこの話にたいする過当評価を慎みたいと思う。だが、そのなかには何かを越えて、人間にたいする配慮が含まれていることだけはまちがいのないことだと思った。
(『建築家十話』 五、百貨店)
施主からの要望は「箱」、のみ。
にもかかわらず、
その施主の人格、「人間にたいする配慮」を
汲みとり、それを建築としてかたちにしてしまう
建築家の人間性と力量に感服。
現存する建築家の作品については、見れる範囲で見ているが、文章にもあらわれているようなヒューマニズムが感じられる作品ばかり。
お勧めは宝塚カトリック教会と日生劇場。
胎内にいる赤子のように、身体ごと安堵感に
包まれる空間体験。