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@lesyeuxde05
2026年3月9日
エール yell
黒澤晃
読み終わった
もし学生時代にこの本を読んでいたら、働くことをまだ知らないまま、どこか夢見心地でページをめくっていたかもしれません。東京で働く人々の日常がドラマのように感じられ、「こんな世界があるのか」と純粋に憧れていたと思います。
しかし社会に出てしばらく経った今読むと、この本に登場する人物たちは決してドラマの中の存在ではなく、体温を持ったリアルな人間として立ち上がってきます。働く人の迷いや矛盾、ささやかな希望のようなものがとても自然に描かれていて、読みながら何度も頷かされました。
物語には、市井の人々の尊さや醜さ、理不尽さが静かに描かれています。それでもどこか人間社会への愛情や寛容さがにじんでいて、読後には不思議な温かさが残ります。派手な出来事が起きるわけではないのに、人物の感情や関係性がじんわりと心に残る作品でした。
特に印象的だったのは「関係」という作品です。
「本当の記憶とは、近いところではなく遠いところにあるのかもしれない」
「嘘をつかない範囲での切実な盛り」
という言葉が強く心に残りました。就職活動の場面での葛藤――嘘をつきたくない、飾りたくない、それでも評価されたいという気持ち――をとても端的に表した表現だと思います。
また、
「三ヶ月も経てば、新しい絵文字を人は使うようになるのだ。」
という一文も印象的でした。待つ時間の長さや、少し取り残されたような感覚が、日常的な言葉の変化を通してさりげなく表現されています。
「蛍石」や「メリークリスマス 東京」のように、親という立場にいながら、一人の人間として自分の人生を振り返る人物を描いた話も心に残りました。親もまた、かつては一人の少年少女だったのだと気づかされるような視点があり、瑞々しさと懐かしさが同居しています。
忘れられない誰かとの関係、いつの間にか連絡を取らなくなった人との時間。それでも、ふとした瞬間にその記憶が舞い降りてきて、人生のどこかで自分を励ましてくれることがある。そんな静かなエールのようなものを感じる一冊でした。