
haku
@itllme
2026年4月2日

ぼく自身のノオト
きたやまおさむ,
ヒュー・プレイサー
読み終わった
「ぼく」の内面を共に彷徨う。
彷徨ってきた。
この本に惹かれたのは私が何かを私の内面の中で探したいからだ。
そうでもないとわたしはこの本を手に取らなかったと思う。
著者はあとがきの中でこの本はたまに矛盾していて断定できるものではないというように述べていた。
1970年代に書かれたこの作品は、「ぼく」の内面だけに寄せるならばそれから、50年以上経った時代を生きるわたしの「わたし」と似ているような気がした。
同感だというと「ぼく」はきっと、それはいちばん嫌いな言葉だと思うきがするが。
この本が色んな人を巡って私の手に渡ったことでどうなるのかわたしは分からない。
2026年春、自宅にて。



