高野瀬 "カンガルー・ノート" 2026年4月5日

高野瀬
高野瀬
@takanose
2026年4月5日
カンガルー・ノート
脛に、かいわれ大根が生えてしまった。 という突拍子もない事態から始まり、その後も次々に突拍子もない事態が起こり続ける。裏表紙のあらすじがあまりにも面白そうで手に取った本だ。 一人称視点による不確定さを上手く使っていて、それによって混乱もするのだが、夢なのか現実なのか曖昧な世界観が描き出されている。明け方に見る夢ってこんな感じだよな。ひとつひとつの出来事に繋がりが無いことは無いが、 何かが起こる→話が進み解決する→次の場面に行く という分かりやすい展開ではなく どこかにたどり着く→何かが起こる→脱線→どこかにたどり着く というような、落ち着かない脱線を繰り返しているために、夢のような連続性の無さを感じるのだと思う。 ただ、「かいわれ大根」「ベッド」「トンボ眼鏡(下がり目の女性たち)」「カンガルー・ノート」といったキーワードは何度も繰り返される。夢のようなそれぞれの場所の中で、共通するキーワードが登場し、どんどん意味を持つワードになっていく。 読んでいる最中、ここからどうなるんだ?とワクワクしてずっと読みすすめていたが、結局どうもならなかった、と読んでいいのだろうか。正直、ラストは「あ、これで終わりなんだ…?」と思った。わたしは勝手に主人公のかいわれ大根、そしてカンガルー・ノートが「どうにか」なる話と期待して読んでいたが、結局は、冒頭の「カンガルー・ノートを思いついた」「脛にかいわれ大根が生えた」2点の進退はあまり無いまま終わったように思う(解説のかいわれ大根は「語り手の生命そのもの」であるという評は面白かった)。 カンガルーの話をしようとしては禄にできないまま次に進んでしまっているし。 主人公がどの時点で死んだのか?などと議論するのはあまりにも無粋かもしれないが、結局かいわれ大根はほんとうに生えていたのだろうか? あとカンガルー・ノートはほんとうになんですか。カンガルーのように袋のついているノート?カンガルーの知識とかマジで無いけど、作中の断片的な情報からは胡蝶の夢とか、タマゴが先かニワトリが先か、というような言葉が思い浮かぶ。少なくとも子供を育てる親子愛ポケット♪という感じではなさそうだ。これに関しては考察で分かるものでもないだろうが……。 巻末の「カンガルー・ノート 再読」でところどころ(面白くて)吹き出しながら読んだ、というような内容が書かれててびっくりした。これって吹き出して笑うような感じなんだ……?わけわかんなくておもしれ…はあったけど、吹き出すとかそういう笑いなの?わたしが安部公房始めて読んだからか?時代? 具体例として挙げられていた老人たちの場面も、まあ滑稽といえば滑稽だけれども、そんな笑うような場面かと言われたら……。 面白い本だったな……と浸りながら巻末読んだらそう書かれていたので、わたしが感じた温度感とか不思議さって単にこの本とチューニング合ってなかっただけなのか?とやや不安になった。 総合として、めちゃくちゃ面白かったし、こういう小説もっと読みたいと感じた。不思議な体験ができるのが小説の良いところだ。善とか悪とか、現実とか非現実とかどうでもいいのかもと思えてくる。砂の女とかめちゃくちゃ有名なのに読んでないから読みたいな……。
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