キイロノシャクナゲ "新月の子どもたち" 2026年4月11日

新月の子どもたち
新月の子どもたち
斉藤倫,
花松あゆみ
私の人生のバイブルになりそうな本。夢に、自分の気持ちに気づかずがしんでいく、けれど見つめ直すことで見つけ直す、そんな話。 ただ、こういうの見ると、朝井リョウさんの正欲を思い出す。ああいう人たちの欲は夢なのかな。叶えられるべきなのかな。ああいう人で溢れると、世の中どうなるのかな。 ▼好きな表現▼ ほっぺの下で切りそろえた毛先を、へたなギターみたいに、ばらばらなでていく 夕焼けが、ばらばらに飛びちって、商店街の赤黄色の街頭に、生まれ変わったみたいに見えた。街灯は、夕焼けの子どもだ 月明かりはあって、暗い空から、こまかいビーズがつりさげられているみたいに、雨つぶのラインがまたたいていた 頬に手を当てて、そのひじを片手さえてきた。それがなければ、首がころがり落ちてしまうとでもいうように ▼好きなフレーズ▼ きかないことは、だれも教えてくれない。決まってるだろ?きくことがないってことは、なにもかんがえてないってこと。疑問をもたないのは、なにもかんじていないのとおなじ。しんでるのといっしょだ。 でもあの子たちがさみしいか、たのしいか、それは、あの子たちの決めること しぬうんめいで、それは、わるいことじゃない・・・存在してただけで、うれしい。それでいい じぶんじゃない気がする、このぼくは・・・どこもかしこも。鏡に映ってるじぶんも、しゃべってるこのことばも、服装も、髪型も、プールの時間だって、トイレだって、なにもかも・・・ほんとのじぶんは、どっかにつめこまれて、ずっと、ずっと、息ができないままなんだ。 だれかを、助けることと、そのひとを、助かりたいという気持ちにさせることとは、すごく、遠い。たぶん、この鳥かごは、そとからは、入れない。・・・出ようとおもわなければ、だめ 話を聞くだけ。ただね、子どもにとっては、おとなって、なにか、意見をいったり、指導をしたりするもんなんだ。ちゃんとしてて、立派で。じぶんの親と学校の先生以外、あまりしらないからね。そうじゃないおとながいるって、わかるだけでも楽になる。ただどうでもいい話をして、わらってるおとながいるだけでも ふくざつな、子。ふくざつな、かてい。そのとき、そこにいるの、わからないんだ。でも、こたえはきっと単純でね。ただ単純すぎて、見つけられないだけなんだ べつに、わからなくなって、いいじゃないっておもったら、楽しくなったんだ 自分のこころもしらないのが、つらかったから。そして、その子がじぶんの扉を閉めてしまうのが、きっと悔しかったから 現実が、あきらめなければ、夢は生き返る うたがないじぶんは、もう存在しない。できれば、いますぐ。そして、ずっと、手ばなすことはないんだ。その方法は、まだわからないけど。いつだって、ずっと、そこにいたのに。きみは。どうしてきづけなかったんだろう もし、そうおもうなら、そう信じなくにゃ。じぶんの夢を、まもれるのは、じぶんしかいない・・・きみが、じぶんで、たいせつな気持ちに気づいたら、だれもじゃますることはできないんだよ じぶんの力で、なかまたちに助けられて、その扉を、いまでも開きつづけてるんだ・・・うちも、そともない。だって、夢も現実も、べつべつのことじゃないんだから。ぼくは、おもう。たとえ、真っ暗で、なにもないように見えても、きっと、月はそこにある。そして、いつか輝くのを待っているんだ。
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