

キイロノシャクナゲ
@dondondontaroo
自分の感情がわからないから人の感情もわからない。
- 2026年5月1日
シャーロック・ホームズの回想えすとえむ,コナン・ドイル,駒月雅子読み終わった最初の馬の話は馬に興味がなさすぎて一度では全く頭に入ってこなかった。しかし二度目でようやく理解。 いろんなたとえが面白いところがあったように思うが、私がいちばん好きだったのは『アザラシの前びれのような大きな手』かな。 お兄さん、いいキャラしている。 - 2026年4月30日
百十三代目の司書見習いスチュアート・ウィルソン,児玉敦子読み終わったなんだかなかなか世界に入り込めず、時間がかかった。 この本の気分になるタイミングで読めばよかったかな? 最初はなんかすこし眠たい感じと思っていたが、最後らへんにミステリーっぽくなってようやくちょっとページをめくる手が早くなった。 昔話の、ギャングが図書館にやってきた話は特に悲しく心に響き残った。過去の遺産がたくさんあるという意味で図書館を宝庫とみんなに言われていることを理解できないギャングが、黄金などないと主張する司書が宝を出し惜しみしていると勘違いして斬り殺す事件。いまの多くの世界の人たちがそうであると感じるし、とても悲しく、寂しく思う。 『本は単に紙を綴じたもの以上の存在だ。過去を記録し、未来を予測し、おそろしい秘密を秘めている。最高なところは、社会を平等化する展開。最悪なところは、言葉は真実を教えると同時に嘘をつむぐ。それも、行間のどこにひそんでいるかわからないのだ。解釈のナイフは紙のようにうすいのに、かすかに力を入れただけで心を切りさく。本は甘く見ていては危険だ』 唯一印をつけていたところをメモ。 - 2026年4月28日
- 2026年4月26日
シャーロック・ホームズの冒険えすとえむ,コナン・ドイル,石田文子読んでる再読中子どものころに全部読んでいるが、再読。 当時はおじさんたちの話としか思っていなかったけど、ワトソン当時の初婚だと考えるといまの私より若いか同じくらいなのではと思ったり。 なんだかこんな話あったなあって思うのもあれば、全く記憶にないのもあったり。 楽しんで読んでいます。 - 2026年4月25日
ケーキの切れない非行少年たち宮口幸治読み終わったhttps://note.com/nuovaconoscenza/n/n310a7b244fbb 長くなったのでnoteにまとめた 彼ら一人を少年院で教育するのに、年に300万円がかかるという話もあった。社会に戻すことができれば、その分の負担が減るだけでなく、納税者も増える。その指摘を読んで、彼らに対して何かできることはないかと考えていた。 矢印の方向を間違えているだけで、すでに何かしらの行動を起こしている彼らのほうが、クラスで静かにしている子よりも行動的とも言える。方向さえ合えば、大きな結果につながる可能性もあるのではないか。そんな希望さえ抱いてしまった。 - 2026年4月25日
こうしてぼくはスパイになったデボラ・ホプキンソン,服部京子読み終わった犬が苦手で犬に明るくなく、スパニエル犬がどんなんかわからなくて、なんかとりあえずもふもふしてるんだろうとフランダースの犬のパトラッシュの顔をイメージしながら読んでいたが、訳者あとがきに書かれているキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルをためしに検索してみたら思ってたんとちゃう!て感じでした。モフモフってそっちのモフモフかあ。ただ大きくて毛が長いとかかと思ってた。 今回は付箋少なく読めた。とても没入感があった。 何がよかったのかなあとあえて言葉にしようとすると、まずはやはり第二次世界大戦の欧米側の視点ってなかなか知ることは難しいから、知れてよかった。あの二枚舌外交のイギリスにもそんなに苦しんでいる時代があったんだとか、あの自由の国フランスがそこまで思いっきり乗っ取られたことがあったんだとか。 改めてヒトラーにある意味味方した側の国である我々の欧州からの目がわかったような気がする。繰り返すけど、知れてよかった。 ただ、ユダヤ教の人たちは賢いし商売上手だし、移民難民という視点で見てみると、ヒトラーの気持ちはわからなくもない。自国民より優秀すぎて、いつかのっとられるんじゃないかって不安になったんだろう。そこまでする必要はなかったけど。日本人ももしかしたら、難民移民に対して無意識に近いことしてるんじゃないかなって思ったり。みんな自国愛がそれぞれあるんだよね。 ところで途中のジョージの「ライオンズコーナーハウスでご馳走する」はななにかの暗号だと思ったけど、最後までなにも触れられなかった。どうやら意味深だと勝手に深読みしただけだった, 海外児童小説、面白い。開拓していこう。 いろんな国の本が翻訳されて楽しめる、日本に生まれてよかった。 --- ▼すきなフレーズ▼ きみはその夜のできごとをつねに後悔しているかもしれない。でもね、過ぎたことを気に病んでこれからの自分の人生を棒に振ってはいけない。今晩の君は勇敢だったが、愛する人たちに心のうちを話し、許しを請い、先へ進むには、またべつの種類の勇気が必要なんだよ。人生にはね、一度に一歩ずつ進むしかないときもある 人ってね、ときには不可能に挑戦することもあるんだ。覚えているかなバーティー、ターナー先生が教えてくれたよね。デンマークの人たちがユダヤ人を助けてくれたって話を。ほら僕を見て、列車でイギリスに到着した子たちも、何千人ものユダヤ人の子どもがここにやってきて、いま生きている。絶対に無理だと思われたことを一握りの人たちがやってくれたおかげで。・・・エレノア、僕が言いたいのあきらめちゃだめだってこと。 世界の人びとはふたつの陣営にわかれる。ひとつは世界じゅうの人を奴隷にしようとする陣営、もうひとつは世界の平和と自由を勝ちとるために闘う陣営だ - 2026年4月23日
読んでる3日ほど前から読んでいる。 ああ、そういうことかといろいろと頭の中で今までの人生でで見聞きしたものと繋がることもある。 子どもがみんなの希望だということ。難民支援の話でもそうだったな。やはり次の世代っていうのは光なんだ。 苦しみは文化や社会を成す一部であること。そうだと思う。そうやってこの世は立体的に形を保てているように思う。 また、自分たちが人間として理解するところのものであり続けようとする努力、これが人間を人間たらしめる姿勢だなあと感じた。文化的な、社会的な行いを通して、結局人間は成り立つんだろう。これから外れると人間として生きる気力はなくなるし、戻る気力もなくなる。虐殺や悪逆非道なことをしているうちは、所謂人間ではないんだろうな。それはただの動物であり、人間をやれていない奴らの獣姿か? 人間は人間関係に、社会に傷つけられるけど、結局癒すのもそのものたちであり、生きるために必要なものであるんだなと感じた。 - 2026年4月23日
- 2026年4月23日
沈黙遠藤周作読み終わったようやく終わった。最後はしゅるしゅるっと終わった。 ただずっとひたすらきつく長く、もうこちらも一緒に拷問されているような気持ちで耐え忍ぶ読書だった。自分が主人公の立場であればと考えるともうどうしようもない。 読んでいて、途中までヨブ記の日本版か?と思っていた。 ここで先に明記しておくが、私はイエス・キリストは人を束ねるカリスマではある確信しているが、神だとは思っていない。クリスチャンの友人をつかまえてひたすらバイブルスタディをしていた、ただのオタクである。 ヨブ記の場合は、旧約聖書を読む我々は天上でのやりとりを知っているから、どんな形であれ神はちゃんとヨブをずっと見ていたしヨブに反応を示していたことを知っており、まだ耐え感があったのだが、これはもうダメダメだった。 もうずっとなんだか見捨てられている感じ。何を思ってこんなことをするのかというヨブ側の視点だけになって、ただ苦しい思いをさせられる。ヨブはあそこまで実験台にさせられても、そこから神ってやっぱ未知なる存在やわって遠い存在にするけど、ロドリゴはそれに加えてそばにいてくれる人と認識してるよう感じた。どうやら癖な正しさだけを導いているのではなく、絵踏の行為ですら神の意志として受けとったらしい。 途中、聖書を読んでいて疑問に思っていたことをロドリゴも疑問に思って心の中で叫ぶシーンが何度もあった。なーんだ、聖職者もそう思うんだと感じていた。 たとえば、全知全能の神が、なぜ自分を裏切るとわかっていたユダをそのまま自分のそばに置いていたか、など。自作自演なの?ユダは見せしめだったってこと?可哀想。みたいに思っていた。ヨブ記に至っても、まだ私の中ではかまちょの人で止まってしまっている。知りたいのに、わからない。もどかしいなあ。 ただひとつ、信仰なんてものはほかのだれとも分かち合えなくても、自分とその信仰先さえが機能していればいい、ほかは関係ないと感じた。 - 2026年4月20日
ボーダー 移民と難民佐々涼子読み終わったとても読みやすく、通勤の往復だけ、一日で読めてしまった。でも内容はあっさりしているわけではない。 私自身、インドネシアの日系、それも製造業で働いていたため、日本人がどれだけ発展途上国の人を見下しているかを目の当たりにしてきた。彼らがいないとやっていけない状況であることを受け入れられず、全くもって敬意がない。 人海戦術に頼るほかない中小企業は特にどれだけ救われているか気づいていないのだろうか?月6万円の最低賃金に甘んじているが、どんどんこれからも値上がりしてゆくだろう。いつか彼らに泣きつく未来があるかもしれない。こちとら人口が減る一方の斜陽の国であるのだから。 ミスが多いだのなんだの言う日本人もいたが、お前がやればできるのか?と思ったし、なによりそんなにミスに厳格であればロボットを導入しろよ。できないから人様の手借りてるんだろうが?と思ったり。 差別はそこら中に転がっていた。 ただ、日本人の純粋な差別は私にもきっと根づいている。肌の色や見た目とかは関係なく、混血の子を産みたくないとか、ふと考えてしまったりする。私がおかしいのだろうか。みんなは思ったりしないだろうか? これは潜在的な独特な祖国愛なのかもしれない…。日本に生まれた自分のほうが上と思っているインドネシアのオジサンたちのその歪んだ視点も、私と同じところから生まれているのかもしれない。 しかしこの難民・移民界隈はなんだか、現状もとてもつらいな話ではあるのだけれど、安楽死の話を読んだあとであるからか、希望があるような気がした。安楽死はもうすべり坂が始まっているが、日本での難民支援はそちら側まで行っていない。むしろ、これから開いていく道なのだと感じた。 しかし、イギリスなどではもうすべり坂がはじまっているのかもしれない。 いつも通り音声入力で以下に記録しておきたいことを抜粋させてもらった。★の数は自分にグサッと刺さった具合。 --- ★★★日本国籍を得るために中国大使館に行くとこう言われました。『あなたはこれから国籍が変わり名前も変わってしまう。でも覚えておいてください。あなたには中国の血が流れている。中国はあなたの祖国です。困ったことがあったらいつでも帰ってきなさい。』 ★★日本人は純粋なもしくは無意識の人種差別主義者であり、彼らがこの国にも人種問題が存在することないし、他民族に対する彼らの態度に何かが欠けていることを認めない限り事態の改善を望めない ★★★誰も口にはしないが、痩せた黒人男性より若くて、けなげな女性には同情抱きやすいのだ。そして伝える側は、彼女の物語の方がはるかに教えやすいことをよく心得ている。私たちは無邪気に何重もの区別を作ってしまう。 ★★★日本だって明日どうなるか誰にもわからないではないか言う事があれば私たちだって海外に助けを求めるかもしれないのに国はそういう想像力はすっぽりかけている。 ★日本は社会防衛と言う名で、かつてハンセン病患者たちを閉じ込めただが、今それが正義だと思うものはいない。入管の問題はきっとそうなる日が来ます ★痛風の人は、医師に診察される前から痛風なんですよ ★肌の色や背の高さや広さ。どこの国で生まれたかどこの地域で生まれたか。そういう自分の力ではどうにもならないことで辛かったり意地悪をしてはいけないよ。なぜかってそういうふうに生まれたの。その人のせいじゃないなのに、それでいじめるのは必要だろう。 ★国はなかなか難民申請を認めないことで、長期収容の原因を自ら作っておきながら、それを解消するためと称して、国外に追放しようとしているためにとってみれば二重の災難である。 ★★在留資格を出したら、収拾がつかなくなると思っているのでしょうが、実際は国境を超えて大変な思いをして働いている人たちがずっとそこに住みたいと思っているかと言えば、そうではなく、ほとんどの人は出身国に帰ります。もし在留資格があって、自由に移動ができた方が自由に移動して帰ると言うのが研究上明らかなことです。 ★★★移民制度が健全であることと、難民制度が健全であること、その2つが揃ってそれぞれの制度が生きる。どちらかの蛇口が閉まれば、もう片方に流れる。決まっている制度の青写真がまずい。移民制度と難民制度それぞれ的に位置づけられるシステムにしないとダメと言うことです。 ★肉体労働の現場で真っ先に覚えなければならないの。命令形や禁止、そして数々の危険表示、例えば立ち入り禁止、指詰め、火気厳禁だ。 ★★★実習生で中国人が人気の理由顔が日本人にそっくりだから、黙っていれば外国人とわかんない。世間がどう見るかが問題なんだ。旅館の中井さんがインド人だと困惑する。口に出して言わないから、日本人ってほんとに民度が高いからさ。 ★★★勘違いしてるんですよ。経済大国日本に働きに来られてうれしいだろう。どんな仕事でもきたいだろうと言う態度の人がまだまだいる賃金が安くて重労働で日本人が辞めていく仕事になぜ外国人になったら喜んでつくと思っているんでしょうね。 ★働きたいのに働けない難民がいるのに、働いて欲しいのに日本から逃げていく外国人労働者がいる。 - 2026年4月19日
読み終わった専門職を懐中電灯と揶揄しているのが面白いと思ったのでそこから抜粋。以下、また音声入力と少し飛ばしているところがあり、本文ママでないため注意。 --- 専門性とは狭い範囲に詳しいことだから、照らし出せる範囲が狭いことに文句を言うつもりはもない。 困るのは、その狭さを自覚できず、専門性の高さを広さと、勘違いする懐中電灯が少なくないことだ。 そして自分のことを蛍光灯と勘違いした1本の懐中電灯が、張り切ってブンブンと言う協力部屋上、旋回しては、他の懐中電灯が目を回して機能できなくなってしまう。 さらに言えば、その部屋には天井に蛍光灯がちゃんと備わっている。そこにある固有のLIFEを生きてきた、その部屋の住人である本人であり、家族だ。部屋全体を照らし出すことができる。 本人と家族と言う蛍光灯が天井にちゃんとあるのに、懐中電灯たちはそのことに気づかない。そして暗い部屋の中で、自分たちだけがあちこち照らし出してより集まって議論している傾向がある。蛍光灯はスイッチを入れてもらえないまま、指を加えて、天井からそれを眺めていなければならない。 医療の世話になろうと思えば、患者と家族などそんな場面を経験することだろう。 - 2026年4月19日
読み終わった「安楽死は合法化されるべきか」だけを問う議論からは、個々の人の「小さな物語」のリアリティーの中で、現実の物語を細かく丁寧に解きほぐしていく視点が抜け落ちている。 それでは苦しんでいる個々の人の展望にはならない 。 それでは【社会にとっても最も安直で、安価な問題解決策である安楽死が、誰にとっても、唯一の解決策であるかのように見えてしまう。】 社会が変わる必要からは、目が逸らされたまま問題解決の責が苦しんでいる個々の人に帰されて終わってしまう。社会のありようを考えることと個々の人の苦しみを考えること。どちらか一方だけではなくて、どちらもあって、初めて足元の現実問題が拾われていくのだと思う。 --- 一番そうだなと感じたところをまず記録。 読書時にたくさん付箋をつけていたけれど、全部記録するのは大変なため諦めて、最後のほうに大切なことがまとまっていたように思うので、ほかいくつかも以下に記録したいと思う。 打つのが面倒だったので音声入力しているため、すこしズレているところがあるかも。太字機能がそのうちほしいな。 --- おそらく、最も恐ろしい安楽死の「すべり坂」とは、対象者の拡大や移植医療との接続といった過去の現象ではなく、医療現場で安楽死が日常的な当たり前のことと受け止められていくにつれて、 *医療職が命への畏怖を失い、病み痛む人への心の感動を低下させていくこと* なのではないか。その無関心の冷たさが医療に浸透し、医療の利用を変質させていくことこそが、最も本質的で、恐ろしい「すべり坂」なのだと思う。 死にたいと誰かが訴えるとき、その言葉を学面通りに安楽死の自己決定と受け止めるのではなく、なぜその人はそのそんなことを言うのか、 *まずはその人の語りに真摯に耳を傾けて、その習慣的な苦しみのリアリティーを理解しようと努めること。それを通じて死にたいと言う言葉の裏にある思い、その人がほんとに求めているのは何かを知ろうとすること。そして寄り添いながら共に取り組むこと。* それこそが本来の緩和ケアのある対応だとベルギーのフェルメールやカラスは繰り返し主張していた。私たちの社会が死にたいほど苦しいと言う人を置き去りにしないということもまた、苦しんでいる人にそのようにアプローチをすることではないだろうか。 『患者は痛みに耐えているのではなく、痛みを訴えても聞く耳を持ってくれない医師に耐えているのです』 尊厳死や安楽死を望む人の中には身近な人が冷淡な医療しか受けられず、苦しみも抱えて死ねって体験を持つ人が多い。だから、自分はあんな知り方をしないためにさっさと死なせて欲しいと結論に登るのではなく、 *なぜそう考えるようになったのかその手前のところにあった物語を語って欲しい。身近な人が何どのように苦しんで死んでいったのかそのいようには何が足りなかったのか、自分ならどうして欲しいと思うのかを。* - 2026年4月19日
銀樹日下明,森埜こみち読み終わったなんだか、映画のオッペンハイマーを思い出した。 決して悪意でないことからはじめたこともとりかえしのつかないことになる。こんな悲しいことになる。でもそのことばかりを責めていてはなにも変わらない。 なんだか、どうしようもない上役ってどこにもいて、大変だなあと感じた。 - 2026年4月15日
沈黙遠藤周作読んでるなんなんだろう、なんかあんまり入り込めない。 どういう気持ちのときに合う文章なんだろう…。 宮本武蔵の3が又八の嘘が情けなさすぎて見てられんくなったので逃げたが、これもなかなか難しい。 - 2026年4月14日
宮本武蔵(2)吉川英治読み終わったたぶんこれではないが、オーディブルぶんがないので記録。 前作は又八がキモイなあ、でもこれが男ってやつなんだろうな、本当に不快だなあという気持ちと、執着の激しい孤児根性のおつうしんどいなあという気持ちでモヤモヤだった。 さらに今作で又八の堕落した姿とより無駄に燃えるおつうの姿を見て、やはりこの元夫婦はどうしようもないと感じてしまった。 純愛を貫く姿が人気だとか見たが、みんなコレを純愛だと思っているのが不思議だ。病気だろこれは。ただの執着、でもこれがなければ生きられなかったんだろうな、かよわい少女だったもの。又八が悪い。などと思いながら。 これらを楽しめない私が悪いのかもしれない。 しかもおつうは吉川英治の創作だと聞く。大先生までこれが女の理想だなんて言うんじゃないだろうなという気持ち。 - 2026年4月13日
- 2026年4月13日
- 2026年4月12日
さいごのゆうれい斉藤倫,西村ツチカ読み終わったかなしいとさびしいの違いがわからないと、大人なのに情けなくたまに思うときがある。かなしいはなくてはならないもの、さびしいはなくなるとよいもののような気がした。 私も、子どものころ、くるぶしサイズの靴下が流行っていたから、親にそれを強請って履いていたけれど、よく脱げたなあ。靴の中でクシャクシャっとなるのが嫌だった。大学生になってからは、絶対に脛くらいまである靴下を履くようになった。あのとき、近くに私に忘れてほしくないユウレイが居たのかな。それは、もうおじいちゃんでしかないな。 別の世界がもしあるのなら、夜桜四重奏のように重なっているんだと思っていた。この本でも、そのように解釈していたように感じている。 ロールキャベツのように染み出し、交じっちゃう感じ。それが、とーってもこわい時間なんだね。おじいちゃんおばあちゃんのお家は、その染みがすこし近い気がするんだよね。 なんてことない表現が、最後までキーとして残る。 この人の作品は本当に面白いな。また別のものも借りてみよう。 ▼すきな表現▼ メロンのゼリーみたいなひかりを、長四角につめこんで、バスは停車した。ひかりが、たぷんとゆれて、あたりが急に暗くなった気がした おかあさん、と、いうことばも、始祖鳥やアロサウルスみたいなひびきがする ソックスのゴムの後ろのほうが、ついに、かかとをくるんと乗りこえた。大航海時代の船が、喜望峰を通過したら、もう時代はもどらない ボウルに盛られると、サラダというより、小型のしょくぶつ園みたいに見えた とびあがったら、かならずもと通り、着陸してくれなきゃ。・・・たまけど、きみが着いた地上は、きっの、飛ぶ前とはすっかりたがっているはずなんだよ ▼すきなフレーズ▼ 手で見るって、ほっとする じぶん、というのは、じぶんだけではわからなくて、まわりのひとの見たじぶんが、ないと、姿にならない じぶんが、拝まれるために、苦しむものをつくって、救ってる。放火魔をつかまえたら、消防士だったようなもんだ わたしは、きっと、ニーナの親になりたかったんじゃないかな。子どもでいることが苦しくて、はやくおとなになりたくて、それでおとなをとびこして、だれかの親になろうとした。それが、ニーナだったのかもしれないな もう、むりだった。 あふれかえった。こころが、川だとしたら、そこに架ける橋がないほどに ★知りたいという気持ちは、とても苦しいときがある。でも、おとうさんは、研究者だから、苦しいほうに進むことにしているんだよ からだじゅうが、泣いているの・・・こころは、もう泣きすぎて、泣けなくなってるから ★失ったひとを忘れたら、もうくり返したくないような、過去の<かなしみ>も、しだいに、なかったことになってしまう。そうすれば、ひとは、どんなおろかなことも、くり返せる。国や、政治家は、ひとびとを、かんたんにあやつれるようになるのですよ ★すべてのひとの気持ちを知るのはむずかしい。かなしみがどんなにかなしいかは、けっきょくそのひとしかわからないのだから ひとは、かなしみにやられると、ほほえむ ★雨がなくたって、虹は架けられる。ぼくらが雨を忘れなければ。 きっと答えなんてなくて、それが、ただしかったんだと、おもえるようにしていく - 2026年4月11日
宮本武蔵(一)吉川英治読み終わったこれであってるのかな。オーディブルで聞いてみた。 宮本武蔵、最初はこんな荒くれ者だったのか。 これから、どんなふうに自分を形づくっていくか、楽しみだ。 世界中で愛される理由を知りたい。 - 2026年4月11日
新月の子どもたち斉藤倫,花松あゆみ読み終わった私の人生のバイブルになりそうな本。夢に、自分の気持ちに気づかずがしんでいく、けれど見つめ直すことで見つけ直す、そんな話。 ただ、こういうの見ると、朝井リョウさんの正欲を思い出す。ああいう人たちの欲は夢なのかな。叶えられるべきなのかな。ああいう人で溢れると、世の中どうなるのかな。 ▼好きな表現▼ ほっぺの下で切りそろえた毛先を、へたなギターみたいに、ばらばらなでていく 夕焼けが、ばらばらに飛びちって、商店街の赤黄色の街頭に、生まれ変わったみたいに見えた。街灯は、夕焼けの子どもだ 月明かりはあって、暗い空から、こまかいビーズがつりさげられているみたいに、雨つぶのラインがまたたいていた 頬に手を当てて、そのひじを片手さえてきた。それがなければ、首がころがり落ちてしまうとでもいうように ▼好きなフレーズ▼ きかないことは、だれも教えてくれない。決まってるだろ?きくことがないってことは、なにもかんがえてないってこと。疑問をもたないのは、なにもかんじていないのとおなじ。しんでるのといっしょだ。 でもあの子たちがさみしいか、たのしいか、それは、あの子たちの決めること しぬうんめいで、それは、わるいことじゃない・・・存在してただけで、うれしい。それでいい じぶんじゃない気がする、このぼくは・・・どこもかしこも。鏡に映ってるじぶんも、しゃべってるこのことばも、服装も、髪型も、プールの時間だって、トイレだって、なにもかも・・・ほんとのじぶんは、どっかにつめこまれて、ずっと、ずっと、息ができないままなんだ。 だれかを、助けることと、そのひとを、助かりたいという気持ちにさせることとは、すごく、遠い。たぶん、この鳥かごは、そとからは、入れない。・・・出ようとおもわなければ、だめ 話を聞くだけ。ただね、子どもにとっては、おとなって、なにか、意見をいったり、指導をしたりするもんなんだ。ちゃんとしてて、立派で。じぶんの親と学校の先生以外、あまりしらないからね。そうじゃないおとながいるって、わかるだけでも楽になる。ただどうでもいい話をして、わらってるおとながいるだけでも ふくざつな、子。ふくざつな、かてい。そのとき、そこにいるの、わからないんだ。でも、こたえはきっと単純でね。ただ単純すぎて、見つけられないだけなんだ べつに、わからなくなって、いいじゃないっておもったら、楽しくなったんだ 自分のこころもしらないのが、つらかったから。そして、その子がじぶんの扉を閉めてしまうのが、きっと悔しかったから 現実が、あきらめなければ、夢は生き返る うたがないじぶんは、もう存在しない。できれば、いますぐ。そして、ずっと、手ばなすことはないんだ。その方法は、まだわからないけど。いつだって、ずっと、そこにいたのに。きみは。どうしてきづけなかったんだろう もし、そうおもうなら、そう信じなくにゃ。じぶんの夢を、まもれるのは、じぶんしかいない・・・きみが、じぶんで、たいせつな気持ちに気づいたら、だれもじゃますることはできないんだよ じぶんの力で、なかまたちに助けられて、その扉を、いまでも開きつづけてるんだ・・・うちも、そともない。だって、夢も現実も、べつべつのことじゃないんだから。ぼくは、おもう。たとえ、真っ暗で、なにもないように見えても、きっと、月はそこにある。そして、いつか輝くのを待っているんだ。
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