DaDa "エドゥアール・グリッサン" 2026年4月13日

DaDa
@tub
2026年4月13日
エドゥアール・グリッサン
本著は20世紀の作家・思想家エドゥアール・グリッサンの生涯、思想、世界観を概略した本です。 私の様に初めてグリッサンの著作に触れる方には良い入門書だと思います。 少し長いですが概要と感想を書きます。 彼は1928年9月、カリブ海フランス領マルティニック島で生を受け、父はサトウキビ農園の管理者という奴隷の中でも比較的地位が高い環境で育つ。 幼い頃は三銃士などの歴史物語を好み、ラテン語の古典を訳読するのが得意だったそうだ。 青年期では島の植民地状況に懐疑的な文人から影響を受け、最年少で青年組織に加わり、政治・文化問題を議論し、詩を書き、同人誌を発行した。 フランスに渡ったグリッサンは大学で哲学を学び哲学の研究免状を取得。併行して民族学の授業も受けた。 その間も詩作に打ち込み、思想家サルトル主宰の雑誌に詩が掲載され、詩人ミシェル・レリスから高く評価を受けて以降、様々な詩人や作家との交流、またアフリカ系知識人サークルと交流が始まり、文芸誌に詩や書評・文学評論を寄稿する。 その後は詩作をしつつ同郷であるエメ・セゼール、フランツ・ファノンと共に、アフリカ文化促進のための組織や政治組織の結成、フランスからの脱植民地運動に参加。 この時期から書かれた詩、小説、試論からは共同体としての共通意識を形成する為、歴史意識の獲得と共有=他者との関係を巡る思索を展開。 1980年に博士論文「カリブ海序説」で博士号を得て翌年刊行、ここで「<関係>の詩学」の理論的展望を記した。 以降も政治・文化運動への参加や主著「全-世界論」を上梓する。 ところでグリッサンが展開した「<関係>の詩学」とは一体何か。 彼の思索の意図とは、西洋近代の認識の枠組みを根本的に覆し相対化する、その中心にある着想が<関係>でした。 そして詩学とは共同体のための詩、詩作や小説、試論も含めた語ること・書くことで西洋に対する我々の問い「私たちとは誰か」の答える試みでした。 つまり西洋近代の認識の枠組み=< 一 >(絶対・普遍・真理と換言できる)から観た歴史、世界観ではなく世界各地の文化・共同体の他者性・差異を尊重しうる詩学を関係の詩学としました。 そして他者との関係を通じて混じり合い影響し合う関係、<クレオール化>する世界観を彼は打ち出します。 グリッサンが詩(小説・試論も含む)を書く目的は初期から来るべき共同体を形成する事にありました。 奴隷制を経験したマルティニックの場合、共同体=「私達とは誰か」という意識は自明ではなく、形成途上であるこの共同体としての意識を、開かれた関係の意識として顕わそうと試みます。 従って単にフランス領の奴隷制を被った歴史物語=悲劇的叙事詩として記すだけではなく、仲間をフランスに売ったアフリカ人の加害・共犯的事実や、奴隷船で自殺し存在を消されてしまった人々の痕跡も含めた他者との関係の歴史として書く。 (日本では自虐史観などと下らない物言いがあるが、それを排除せず記す事) 後期のグリッサンではカリブの民と西洋の関係から、全世界を含んだ関係へと思索を深め、人間と自然環境や動物など非人間の関係にまで至ります。 ここでは他者を透明化=主体が利用するため、主体に奉仕するために他者(非人間も含めた)、他なるものを作り替えるのではなく、不透明なまま、規定を逃れるほど度し難い存在として、認識システムに還元され得ない他者性を前提とし関わる事、そして関係し混じり合い変容する事(クレオール化)を志向するのでした。 グリッサンの思想からは、エマニュエル・レヴィナスや西田幾多郎の思想の類似性が窺え、またドゥルーズ・ガタリやデリダなどのポストモダン思想にも影響を受けたそうです。 それだからか、カオス状態の積極性を引き出し相対化自体を目的化するきらいや、ともすれば野放図の様な状態、「<関係>にはモラルはない」とゆう命題には、さらに主著を読み考える必要があると思いました。 最後まで読んで頂きありがとうございました。
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