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DaDa
@tub
  • 2026年6月17日
    全-世界論
    全-世界論
  • 2026年6月14日
    カリブ海序説
    カリブ海序説
    ・本著は大まかに各章3つの展開を繰り返す形をとっています。 ①問題提起 ②その分析・批評 ③その解答や乗り越えとして自説を提示 これを同一の問題「フランスによる植民地政策によって、様々に剥奪を被ったアンティル人はどの様な存在様態であるのか」また「文化的後背地を失った私たちは誰であるのか」をアンティル人である著者が方法や観点を変えながら記述する。 クラシック音楽でいえばモチーフとなる主題をリズムや音階を変え変奏する形に近い。 グリッサンは繰り返し主題を別の角度で、解明解明方法として使用する西洋的思考そのものの批判や、分析を交えつつ記述していきます。 ・グリッサンの思想の方法として顕著なのが、<方法の逆転>であると訳者は指摘します。 アンティル人に押し付けられた"西洋的思考"の批評・分析を通して得た知見(心理学・歴史、社会学・民俗学・哲学・文学などから)を用いて、アンティル人の側からから西洋に向けて逆投射し実践することを提示する。 その全体的な在り方や実践を<関係の詩学>と名付けました。 また彼はその特殊例として国内作家に向けての方法<過去の預言的ヴィジョン>を示し、アンティルの人々には<アンティル性> <二重言語>と名付けた存在様態を示します。 ・しかし本著ではその具体的な事例は上げ切れておらず、理念としての在り方やそれを予感させる向きの記述をしているのみである(これは訳者あとがきでも言及されている)。 私の所感だけれど、グリッサンは具体例を語り挙げる事で度々言及している個人を消し去ってしまう普遍性の暴力や、垂直関係が成立してしまう懸念(主人-奴隷のような命令のように)があるために避けたように思う。 あくまでアンティルの人々が各自特異な環境に於いて実践をするよう促すための、一実践例として本著を上梓したのではないかと考える。 つまり関係の詩学をただの理論としてだけ書くのではなく、理論を用いた結果として事例・サンプルとしても記述している事になる。 ここで興味深いのはアンティル人の特殊性を突き詰めるほどに、私たち日本人の現在の在り方に類似しているのを感じ、起せずして普遍一般性が顕在している事でした。 ・これはアンティル人エリートが思考した"尊い教科書"としてではなく、他者と関係し合い生きようとするアンティル人の一つの報告書でもあると私は考えます。 なぜ一つかと言えば本著を通じて展開する在り方は、読者によって異なって然るべきでありそれを著者は招来している。 本著序盤で語られる全体性に同化しようとする<一>ではなく複数の<多>を志向するグリッサンの思想に即して本は結ばれていました。
  • 2026年4月19日
  • 2026年4月15日
    カリブ海序説
    カリブ海序説
  • 2026年4月13日
    エドゥアール・グリッサン
    本著は20世紀の作家・思想家エドゥアール・グリッサンの生涯、思想、世界観を概略した本です。 私の様に初めてグリッサンの著作に触れる方には良い入門書だと思います。 少し長いですが概要と感想を書きます。 彼は1928年9月、カリブ海フランス領マルティニック島で生を受け、父はサトウキビ農園の管理者という奴隷の中でも比較的地位が高い環境で育つ。 幼い頃は三銃士などの歴史物語を好み、ラテン語の古典を訳読するのが得意だったそうだ。 青年期では島の植民地状況に懐疑的な文人から影響を受け、最年少で青年組織に加わり、政治・文化問題を議論し、詩を書き、同人誌を発行した。 フランスに渡ったグリッサンは大学で哲学を学び哲学の研究免状を取得。併行して民族学の授業も受けた。 その間も詩作に打ち込み、思想家サルトル主宰の雑誌に詩が掲載され、詩人ミシェル・レリスから高く評価を受けて以降、様々な詩人や作家との交流、またアフリカ系知識人サークルと交流が始まり、文芸誌に詩や書評・文学評論を寄稿する。 その後は詩作をしつつ同郷であるエメ・セゼール、フランツ・ファノンと共に、アフリカ文化促進のための組織や政治組織の結成、フランスからの脱植民地運動に参加。 この時期から書かれた詩、小説、試論からは共同体としての共通意識を形成する為、歴史意識の獲得と共有=他者との関係を巡る思索を展開。 1980年に博士論文「カリブ海序説」で博士号を得て翌年刊行、ここで「<関係>の詩学」の理論的展望を記した。 以降も政治・文化運動への参加や主著「全-世界論」を上梓する。 ところでグリッサンが展開した「<関係>の詩学」とは一体何か。 彼の思索の意図とは、西洋近代の認識の枠組みを根本的に覆し相対化する、その中心にある着想が<関係>でした。 そして詩学とは共同体のための詩、詩作や小説、試論も含めた語ること・書くことで西洋に対する我々の問い「私たちとは誰か」の答える試みでした。 つまり西洋近代の認識の枠組み=< 一 >(絶対・普遍・真理と換言できる)から観た歴史、世界観ではなく世界各地の文化・共同体の他者性・差異を尊重しうる詩学を関係の詩学としました。 そして他者との関係を通じて混じり合い影響し合う関係、<クレオール化>する世界観を彼は打ち出します。 グリッサンが詩(小説・試論も含む)を書く目的は初期から来るべき共同体を形成する事にありました。 奴隷制を経験したマルティニックの場合、共同体=「私達とは誰か」という意識は自明ではなく、形成途上であるこの共同体としての意識を、開かれた関係の意識として顕わそうと試みます。 従って単にフランス領の奴隷制を被った歴史物語=悲劇的叙事詩として記すだけではなく、仲間をフランスに売ったアフリカ人の加害・共犯的事実や、奴隷船で自殺し存在を消されてしまった人々の痕跡も含めた他者との関係の歴史として書く。 (日本では自虐史観などと下らない物言いがあるが、それを排除せず記す事) 後期のグリッサンではカリブの民と西洋の関係から、全世界を含んだ関係へと思索を深め、人間と自然環境や動物など非人間の関係にまで至ります。 ここでは他者を透明化=主体が利用するため、主体に奉仕するために他者(非人間も含めた)、他なるものを作り替えるのではなく、不透明なまま、規定を逃れるほど度し難い存在として、認識システムに還元され得ない他者性を前提とし関わる事、そして関係し混じり合い変容する事(クレオール化)を志向するのでした。 グリッサンの思想からは、エマニュエル・レヴィナスや西田幾多郎の思想の類似性が窺え、またドゥルーズ・ガタリやデリダなどのポストモダン思想にも影響を受けたそうです。 それだからか、カオス状態の積極性を引き出し相対化自体を目的化するきらいや、ともすれば野放図の様な状態、「<関係>にはモラルはない」とゆう命題には、さらに主著を読み考える必要があると思いました。 最後まで読んで頂きありがとうございました。
  • 2026年4月12日
  • 2026年4月6日
    全-世界論
    全-世界論
  • 2026年3月29日
    エドゥアール・グリッサン
  • 2026年2月13日
    新宿駅最後の小さなお店ベルク
    初来店の記念にベルクにて購入。
  • 2025年12月30日
    身体を引き受ける
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  • 2025年12月28日
    クィア・レヴィナス
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  • 2025年12月17日
    クィア・レヴィナス
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  • 2025年12月16日
    言語的思考へ 脱構築と現象学
  • 2025年11月28日
    自己・あいだ・時間
  • 2025年11月28日
  • 2025年11月17日
  • 2025年11月4日
    感情史とは何か
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  • 2025年11月4日
    感情史
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  • 2025年11月3日
    エロスの世界像
  • 2025年11月1日
    身体を引き受ける
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