
瀬崎 巧
@record3636
2025年3月17日

火花
又吉直樹
また読みたい
心に残る一節
雨が上がり月が雲の切れ間に見えてもなお、雨の匂いを残したままの街は夕暮れとはまた違った妙に艶のある表情を浮かべていて、そこに相応しい顔の人々が大勢往来を行き交っていた。傘を差しているのは神谷さんと僕だけだ。そんな僕達を誰も不思議そうには見なかった。神谷さんは傘を差し続けている理由を説明しようとしなかった。
ただ、空を見上げ、「どのタイミングでやんどんねん。なあ?」と何度か僕に同意を求めた。喫茶店のマスターの厚意を無下にしたくないという気持ちは理解出来る。だが、その想いを雨が降っていないのに傘を差すという行為に託すことが最善であると信じて疑わない純真さを、僕は憧憬と嫉妬と僅かな侮蔑が入り混じった感情で恐れながら愛するのである。

