
いぬすけ
@inusuke44230815
2026年4月16日
叫び
畠山丑雄
読み終わった
「恋は偶然を必然にしていく作業っていうでしょう」
物語を読み進めていくと、
音蔵 川又青年→天皇陛下
先生 早野ひかる→しおりさん
のように、過去と現在がリンクしているような印象を受ける。
川又青年は天皇陛下に"恋"をし、陛下への花束として、満州の地に一面の罌粟畑をつくりあげることに生涯を費やした。それまで空虚な生き方をしていた早野も、先生の元で銅鐸作りを学びながら、茨木市の郷土史を通じて川又青年の来歴を知ることで、その叫びと共振するかのように自分自身を深く重ねていく。そして、しおりさんと出会い、恋をすることで己の人生の意味を見出していく。
「天皇陛下」と「しおりさん」は、それぞれ川又青年と早野にとって恋する対象であり、己の人生の意味の起点となりうる象徴ーー"聖(ひじり)"だ。
聖の語源は「日+知り」、太陽の運行から吉兆を占うことであり、古代の呪術師を指すという。それが転じて、聖職者や聖人をあらわす言葉となった。古代では政治と祭祀は一体であり、ともにあわせて「まつりごと」と読んだ。やがてそれらが分裂し、その祭祀的部分を天皇が担うようになる。以降、天皇は日本という国家の象徴として機能していく…。
いつどこで誰が生まれようが、それは単なる偶然に過ぎず、死ぬことすらそこに本来意味はない。
しかし、人はその無意味さに耐えられない。
だから意味を求めて縋る。おそらく「聖」とはそこに意味を、必然性を与えてくれる者を指すのではないか。
天皇は川又青年ーーかつて日本人にとっての聖であったし、しおりさんは早野にとっての聖であった。
作中、銅鐸の鋳造体験教室にて、先生は「官制の聖の勢力が落ちている」と述べた上で、参加者に向けて呼びかける。
「聖ちゅうのは世のため人のため鐘を鳴らしてくれる人なんです」
「在野から鐘を鳴らさなあかんのです」
「あなたがた一人一人が象徴になる必要があるんです。そういう気持ちで鐘を叩いてみてください……」
銅鐸とは、古代祭祀における儀式用の祭具であり、神を招くために鳴らす鐘であった。物語終盤、2025年の大阪万博会場において銅鐸の音が鳴り響く中、天皇陛下が行幸される。時空を超えて、川又青年が陛下への邂逅を果たさんとするラストシーンはまさに「恋愛政治小説」のそれだった。

