
ジクロロ
@jirowcrew
2026年4月27日
アガンベンの思想圏
岡田温司
読んでる
ほかでもなく諸科学のあいだに身を置くことで、ラマンチャの騎士よろしく、あえて存在論の「放浪」あるいは漂流を、みずからの哲学的身振りとして進んで引き受けようとするのだ。存在論になおも存在意義があるとするなら、それは、それが諸学の上に立つからではなくて、諸学のあいだを自由に放浪することができるからである。繰り返しを恐れずにいうなら、アガンベンは存在論に憑かれた哲学者なのだ。
(p.115)
自由に放浪、目的、境界などもたない
気ままに赴く、ままよ、気分次第に
「何であれ」、「誰であれ」、気流ひゅうるり、
動いている、生きている、犬みたく、
ドン・キホーテ、朱雀。
最後まで回収不可能な、身体であり存在。
アガンベンのキーワードを並べて口ずさんでいくだけでも、身体のうちで窮屈さを感じている「余剰」がビーチボールの空気のように抜けていくような気がする。


