
いーじーらいす
@EasyRICE
2026年4月30日

狂い咲け、フリーダム
栗原康
読み終わった
金子文子「第十二回訊問調書(一九二四年五月一四日 市谷刑務所)」
一三問 被告は改心してはどうか。
答
「 私は改悛せねばならぬようなことは断じてしておりませぬ。
なるほど私の思想や行動、計画は他人の迷惑となるから悪だとも言えましょうが、しかしこれと同時にそれは私自身を利するものであります。
自分の利のために計る事は決して悪ではなく、かえってそれは人間の本性であり、生きることの条件であります。もし自分のために計る事が悪であるとするなら、その責任は人間自体にある「生きること」にあります。私にとっては自分を利することはすなわち善であると同時に自分を不利にすることはすなわち悪であります。
しかし私は善なりと信ずるがゆえに計画を行って来たのではありませぬ。したいからして来たに過ぎないのであります。他人が悪なりとしてどのように批難しようとも、自分の道をまげ得ないと同様にお役人が善なりとしてどのように私を煽てて下さいましても、自分がなしたくなければ致しません。
私は今後もしたいことをして行きます。そのしたいことが何であるかを今から予定することはできませぬが、とにかく私の生命が地上にあらん限りは「今」という時における最も「したいこと」から「したいこと」を追うて行動するだけは確かであります。」