たじ
@tazi
2026年4月30日

サンドマン4 霧の季節
ニール・ゲイマン,
柳下毅一郎
読み終わった
サンドマンの魅力の一つは、(あまりの)多面性だと思っている。
何度読んでも読み足りないのはそのせいだ。
霧の季節は、発刊当時は正直退屈でつまらなかった。
瞼が重くなって夢に引き摺り込まれる感覚から逃れる苦労を何度もした。そして、苦労して読んだが何の話かさっぱりわからなかった。
改めて読んでみると本当に面白い…!!!
サンドマンの多面性は、
・サンドマンの全ての巻、全ての章が、細かく複雑に絡み合っている
・出てくる神話やオマージュが多様で、サンドマンの外とも関連する
・同じ単語でも、定義や意味がそれぞれの場面で違ってくる
ことによって生まれている(と思ってる)
この霧の季節は、地獄がテーマになっている。
が、地獄は場所を表すだけではない。
人が自らに課す罪や、贖罪の意識、義務、この世の悲劇、更には人が想像する範囲でしか物事が創造できないこと自体にも、地獄という言葉を使う。
多種多様なこの世の地獄を様々に見せながら、話の主語もコロコロ変わっていくために、一読ではわからない、複雑さがあるように思う。
語ればたくさん語りたいところがあるが、この多様な話の中でとりわけ好きなのが、最後のルシファーの描写だ。
ルシファーは、地獄の所有権を放棄し、世界一美しい街といわれる西オーストラリア州 パースに来た。
そこで、最後に「満足か?」と問いかける。世界一美しい夕陽を受けた顔は笑っていない。
ルシファーが見ていた夕陽の色は、地獄の色と同じオレンジ(トーンは少し違うかな)だと思っている。
ルシファーがみていたのは夕陽じゃなくて、地獄を外から眺めていた感じかな。
最後の、「満足か?」は、一読目では、その前のセリフでのおじさんへの同調に関する問いかけだと思ってたけど、ルシファーが自分に課してた地獄から解放されたことへの、自分への問いかけにもなっていることに気づいた。
最初読んだ時は、この場面の解放感と親近感に胸をやられたけど、前述を踏まえるとルシファーの虚無が襲ってくるようで寂しい場面に思えてくる。
創造主に背き、銀の都市を追われ、地獄に落とされた彼は、意外なことにまだ地獄の運営者としての義務に囚われている。ビーチから出た彼はどこに向かうのか、次の話が楽しみだ。
以下、好きなセリフ
「悪魔にやらされたんだ」あいつらに何かをさせたことなど一度もない。一度も。
自分のつまらぬ人生を生きればよい。あいつらの人生を代わりに生きてやったりはせぬ。
そして死に、するとここへ来て(自分達が正しいと信じていることを破ったとかで)苦痛と償いの欲望を叶えてくれとせがむ。私が呼んだわけではない。
私が魂を買おうとふらふらうろつきまわってると言う。魂など要らぬ。どうしたら魂を所有できる?
いや、それは奴らのものだ。…そのことに向き合うのが怖いだけよ。
地獄っていうのは自分が抱えていくものなんだと思ってる。いく場所なんじゃなくて。
ずっと同じことをやってる。自分自身に強いているんだ。それが地獄だよ。
僕はそうは思わないな。ひょっとしたら地獄は場所なのかも。でも一つ所にずっといなくたっていいよね。
今回の話メモ
・ドリームのナダへの仕打ちを反省する話
・ドリームがナダを地獄から解放する話
・ルシファーが地獄を明け渡す話(ドリームへの復讐)
・地獄の所有権をめぐる話
・そしてチャールズとローランドの話
大きな流れで組まれていそうだが、実はそれぞれが単話で構成されていて、だけど抽象的なテーマで繋げられているような不思議で複雑な構成だと思っている。
(ニールゲイマン天才!!!)