中根龍一郎 "ポケットマスターピース01 ..." 2025年3月19日

ポケットマスターピース01 カフカ
ポケットマスターピース01 カフカ
フランツ・カフカ,
多和田葉子,
川島隆,
由比俊行,
竹峰義和
気圧差で頭痛が出て布団から起き上がれず、じゃあウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)の気分になるか……と思って多和田葉子訳の『変身』だけ開いた。 グレゴール・ザムザがある朝のこと、複数の夢の反乱の果てに目を醒ますと、寝台の中で自分がばけもののようなウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)に姿を変えてしまっていることに気がついた。 (p.9) 訳者解説によるならUngezieferは今日のドイツ語では害虫を指すが、語源的には、生け贄にできないほど汚れた生き物を指す。グレゴールは父親の借金(Schulden)のために働きに働いていて、勤め先に搾取されているのだが、多和田はこの構造を父親の罪(Schuld=Schuldenの単数形)のために息子が生け贄になっている状態、と読み直し、グレゴール・ザムザの物語を「汚れた存在になることで、生け贄にされるのを逃れる」というふうに意味づけし直す。こうしてウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)という一見奇妙な訳語が立ち現れることになる。 コンサイス独和辞典でSchuldを引いてみると、第一に「責任」と出てくる。グレゴールは働きに働いて家族を養っていたが、ある日、ウンゲツィーファー(生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫)になることによって、もはやそれが叶わなくなってしまう。家族は困窮する。しかし、それでも家族たちはなんとかやっていくすべを見つけ出すし、なんとかやっていってしまう。グレゴールが死んだあと、家族が未来へ向けて歩みだすシーンは晴れ晴れとしてさえいる。グレゴールは家族に責任を果たしているつもりでいた。実際、家族はグレゴールによって助けられてもいた。けれど、実のところ「グレゴールが働いていなくてはならない」という責任は、グレゴールだけではなく、家族全体を「グレゴールが稼ぐ」という経済体系のなかにからめとり、閉じこめている。グレゴールが働けばよいという世界が、グレゴール以外が働くことの可能性を潜在的に奪っている。 私は父親の罪=借金よりも、グレゴールに対して家族が負っていた潜在的な負債が、ひいてはその負債を負わせるという構造を再生産しつづけることでグレゴールが得ていた優位性のほうが気にかかる。 「だれかを養う」という構造を維持することは、時に、養われることよりも悪い。罪がないということは、罪があるよりもなお罪深いことがある。 働いて稼ぎ、働いて生きている世界のなかで、働けなくなるということはおそろしい。疲れて眠るとき、明日、起き上がれなかったらどうするのだろう、ということを考える。明日、出社できなかったらどうするのだろうということを考える。でも、明日ウンゲツィーファーになったとしても、世の中はそれはそれでべつに普通に回っていく。そこにはいくらかの迷惑や、嫌悪や、不義理や、あきらめや苦痛があるにせよ。そしてそのようにだれかが世界から脱落してしまうことによって、潜在的に奪われていたものが、芽吹く機会を得て、見限られていたはずの回復をはじめることがある。残念ながらその回復の現場において、もはやウンゲツィーファー自身は余計者になってしまうことがあるにせよ。 変身は苦しい小説だが、ある種の希望に満ちてもいる。 天井を這い回っていたグレゴールが机に落ちたあとのシーンで、「グレゴールはしばらくの間、まったり横たわっていた」という一文が出て切って、一瞬立ち止まる(前に読んだときも立ち止まった覚えがある)。「まったり」はあまり小説の地の文では出てこない言葉だ。どういうドイツ語が翻訳されているのかはわからないが、現代の日本語の言語空間ではかなり口語的な表現に思われる。新聞の時事報道に「まったりしていたところ」と書かれたり、ニュースのキャスターが「まったりしていたもようです」と言ったりする場面は、ちょっと考えにくい。コミカルで、どこか親しげな言い回しをしている。 とはいえ、口語的にはなにも不自然ではない。意味も通る。 では、何に違和感を覚えているのだろう? なぜ『変身』の三人称視点の語り手がコミカルで親しげではいけないのだろう? 私たちが小説の三人称視点の語り手に期待し、求め、課している、あるまじめさ、ある清潔さ、あるフォーマリティは何なのだろう? 小説に前提されているそうした清潔さにおいて、汚れを除かれ、聖別され、生け贄に捧げられているもの、汚れることを奪われているものは何なのだろう? そのフォーマリティによって、我々は何を利得し、何が生まれる機会を奪われているのだろう? そんなことを考えていたら、起き上がれるようになってきた。今日も仕事をする。 校正という私の仕事は、そうした清潔さをつくるオペレーションでもある。
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