
乖離
@karu
2026年5月4日

読み終わった
私が映画「戦場のメリー・クリスマス」を観たのは、すでに往年の名作として散々評価され尽くした後だった。
公開前の出演者や制作陣、関係者らの声は、撮影時の興奮や交流を鮮やかに伝えてくる。
印象的だったのはデビットボウイと蛾のエピソード。
p.35/吉見佑子文
この時、ちょっとしたエピソードがあった。
ライトにひかれて大きな蛾が飛んでてきたのだ、スタッフが 追っ払おうとしたが、蛾の方はすいすい抜けて、この場所から出ていこうとしない。たまりかねたスタッフが止まった蛾を殺そうとホウキのようなものを振り上げた時、ボウイはそれを止め、被っていた帽子を蛾にかぶせでにっこり。
余裕あるポーズだった。なんとなく、ほのぼのとした空気が流れた。
このリハーサルのあと、この蛾をどうしたのかは 見そこなったけれど、私はこれでやはりこの人はスターなのだと感じた。
デビット演じるセリアズが地中に埋められた際にその顔の上を蛾が飛び回るよう提案したのもデビットらしい。(p.52参照)
奇妙で美しいシーンだ。
先の引用時に捕らえた蛾なのだろうか。
スターの姿というのは多面的で捉えどころが無い。たくさんの人に見つめられ語られるほどに分裂していくような気がする。
スクリーンの上の役を演じる姿も、撮影所の南の島の姿も、語り手によって異なる像を結ぶ。
ましてや遅れてきた一観客に見えるのは蜃気楼のような「スター」像だけだ。
デビットボウイも坂本龍一も亡くなった今、映画という新しい表現を開拓しようとしていた若き日の彼らの姿をテキストで読めるのは不思議な感じだった。
