@s_ota92
2026年5月5日
p9
「どんな安っぽい幻想でも、醒めさえしなければ、それなりに納得できるものだ。」
p12
「「雨がやんだのは、何かの魔法ですか?」彼は尋ねた。「そう、魔法です。」彼女は答える。」
p13
「「こんにちは、ユス。」」
p18
「ドレスは黒い。長い髪と連続するように。瞳は青く。いかなるものにも、連動しない、孤立した輝きだった。」
p20
「「人間がお好きですか?」彼は尋ねる。四季は口もとを緩ませ、そして微笑んだ。「ええ。」」
p22
「すなわち、意志の存在とはネットワークの成長にのみ顕在化する、という単純な予想は、未だ覆されていない。」
p29
「「安心、危険というよりは、所有と喪失ね。」」
p29
「「そう。客観的に考えてみて。どうも違うように思えてくるはず。本当のところは、痛くもない、辛くもない。何故なら、死へ近づくことは、ある意味では、生命活動のゴールなの。目的を達成する行為でしょう?後退ではない、前進なのですからね。」」
p30
「「虹は綺麗だけれどね。」「虹?」」
p31
「「でも、虹は綺麗だよ。」「近づいたら消えてしまうのよ。」「到達したとしたら、どうなる?」「難しい質問ね。」四季は首をふった。「わからない。」「珍しいことを言う。」「珍しいことが、まだあって、良かった。」」
p34
「「百十七歳。」」
p36
「「先生、それでも、人は、類型の中に夢を見ることが可能です。」」
p36
「写真を撮るように、画面を一瞬にして認識する。これが、読む、と彼女が表現している行為である。」
p39
「「人道的と言う言葉だけの価値観に束縛されている人たちには、きっと理解できない。易しく言うと、そういうことです。何故、生きている牛や豚を殺してそれを食べるのか?それは人が生きていくため。では、自分が生きるためならば、何が許されるのか?生命を奪う相手が人間ならば、それは罪なのか。たとえ、殺される本人が許しても、その行為は罪なのか。豚も牛も、殺されたいとは考えていないはずです。その一方では、時が経ち、待っていれば、人は誰でも皆、死んでしまう。つまり、殺すことが可能なのは、生きている間だけです。生命体は、何故、死ぬのか。新しい生命は、古い生命の上に成り立っている。それが自然の摂理。花は枯れて、実をつける。実は落ちて種となる。多くの動物は、産卵のために死ぬのです。では、死が時間的に早まることは、いったいどれほどの意味を持つのでしょう?結局のところ、抽象できる一般性とは、やれることを、やれるうちにやる、やらないよりは、やった方が何か新しいことを感じることができる。なにかを得るかもしれない、そして、得ることによって初めて、なにかを拒否できる。また、生み出すためには、常に破壊が必要なのです。新しいものを生み出すという行為は、必ず、拒否と破壊が伴う。生み出すとは、生まれるとは、元来がそういうことなのです。新しさが、古いものの否定にある以上、避けられません。」」
p42
「それに類似した印象は、図書館で犀川創平に対面にたときにあった。手に触れる実体としての彼は、そのときが最初だった。彼女は生まれて初めて煙草を吸った。」
p44
「そのとき、自分の手は血で汚れていた。あるいは、血で飾られていた。」
p46
「何故、自分は、空間や時間を、現実の並びの中で捉えられないのか。四季はそれをいつも考える。」
p49
「触れずに、愛し続けた、僅か十五年間のスキャニング。」
p52
「完璧なメモリィ。完璧なシステム。そんな完璧さの中にあって、何故、それが必要だろう?約束?どうして、人間は約束をしたがるのか。」
p54
「思考は、もっと自由なのだ。飛躍できる。」
p55
「何故なら、すべては、ここにはない。存在しない。すべては無。ここにいるのではない。ここにいるのは、躰だけ。躰は、つまり、殻なのだ。」
p58
「永遠に。忘れない。私は、なにも忘れない。すべて、私のものにする。さようなら。」
p62
「鮮明な印象は、まったく色褪せない。もう一度、あんな出逢いがないだろうか。否、きっとない。」
p63
「どうも、まだどこかに欠けた部分があって、そこに無限の可能性が残っているような気がしてならないのだ。」
p68
「犀川創平と握手をした感覚が片手にロードされた。多少驚き、彼女は息を止める。」
p69
「「私らしくないこと、それが、新しい私らしい。」」
p78
「四季は遊園地の中を歩いている。雨の平日の夕暮れどき、入園者は少ない。彼女は買ったばかりの傘をさしていたが、その傘を持つ手をときどき交換した。生きていくことの面倒さを象徴するような行為だった。」
p83
「図書館の前ですれ違った犀川創平の映像を取り出した。三回繰り返して再生。」
p83
「記憶には残っていても、取り出せない情報もある。普通の人間ならば、その割合は非常に多い。取り出しにはキーが必要だということを知らないと、特に難しい。キーを自由にコントロールできなければ、それは「忘れた」状態になる。忘れたという信号の記憶に余分なメモリを使って、忘れた状態を作るのだ。まるで、手間をかけ鍵をかけるように。」
p85
「当時は気にならなかったことだが、今になってみると、微妙に彼女の特異性が見えてくる。最後まで覗き見ることができなかった、彼女の心の中のあの不思議な一角は何だったのだろう。死角というよりも、それは見る角度によって形や色を変えた。まるでホログラフのように掴みどころがない。目を離した隙にたちまち消えてしまうほど弱々しいのに、いつもその影が、内側にあって、彼女の中心を取り囲んでいるようだった。」
p86
「「πのような存在かしら。」「パイ?ああ、西之園萌絵の死角のことだね。」」
p89
「すべてを同時に見る。」
p89
「すべてに同時に触れる。」
p90
「すべて同時に立つことができる。」
p96
「観覧車を降りて、次は回転木馬を乗りにいった。」
p96
「特異な人格である。自分のことを語りたがらない。プロテクトの固い精神、それでいて外界に敏感な神経、展開の早い思考。おそらくは、過去にあった凄惨な体験に起因すると考えられる。それを放棄したのか、あるいは克服したのか。あのようなバランスの取れたシステムをどこで手に入れたのだろう。自分と他人の力の差を把握する俊敏さは、まるで野生の猛獣のようだった。一方では、躊躇を一瞬で覆い隠す凄まじいまでの防衛反応。不思議な人物だった。」
p97
「彼もまた、非常に特異な精神の持ち主だった。亜樹良と構造がよく似ている。外側からは見えない。見られることを拒んでいる。理解されることを怖がっている。」
p103
「「君が過去の記憶をすべて鮮明に再現できることは知っている。劣化しない歴史は、もう歴史とはいえない、すべて現実だ。君の現実は、空間も時間も越えている。それはわかる。しかしその場合、君にとって、実在する人間と、死んでしまった人間の差は、何?」」
p104
「「ええ。でも、その人物の思考形態をある程度把握すれば、何を発想するかは、ほぼトレースできるわ。アルゴリズムが完全にコピィされれば、そのプログラムのあらゆる挙動を予測できるのと同じ。」」
p106
「「大好きだった。」」
p106
「「君にはその傾向がある。犀川創平のときもそうだった。君は、彼を把握しようとしなかった。」」
p107
「「期待かな。」「期待?」「それとも、絶望からの回避。」」
p120
「「君に、すべてを捧げよう。」スワニィは再びグラスを片手に取った。「すべてを、その青い瞳に。」」
p121
「「二十年まえの、フォアマンの実験式の微分になっているのに、お気づき?」」
p125
「人を再現するためには、人を超えた頭脳が必要なのだ。」
p127
「「これは、人間じゃない。」G・Aは言う。」
p136
「「それは、世界中のシステムが、君の頭脳によって設計されていることに起因しているだろう。誰も知らないドアが、存在するのだね?」」
p136
「「本人に告げれば、かなりの確率で自首するものと想像します。」「そうかな……。」「そういうタイプですね。あるいは、逃亡するか。」「全然反対じゃないか。」「いいえ、いずれも同じベクトルです。」」
p143
「「道流。」彼女は答えた。」
p147
「川の水が海へ流れ込むように、人の想いもまた、流れ、混ざり、集まり、広がって、やがて静かに沈んでいく。」
p155
「「犀川創平がそうだった?」」
p156
「「教育をすればするほど賢くなるという錯覚を、まず捨て去るべきでしょう。」」
p157
「「頭が悪くなるからこそ、仕事ができる。頭が悪くなったから、世間話ができるのです。賢かったら、仕事なんかしないし、おしゃべりなんかしませんよ。もっと自分にとって有意義なことを見つけて、それを楽しむでしょう、子供をごらんなさい。そうしていますよ。」」
p158
「「ほとんどはソフト的な問題です。統合されない知覚を有すること、すなわち人格を一つにはしない、同時に別のことを考え、無意識に違う方向の思考を行う。これが非常に重要なことなのです。最初の頃の構築知性では、そういったマルチ・シンクのアルゴリズムは、単なるバックグラウンド処理としてしか、認識されていませんでした。ずっと、シングル・エバリュエーションの時代が続いて、統一的な価値観を持たせよう、答を一つに絞らせよう、と教えてきました。それに適したアーキテクチャばかりが作られたのです。最初から限られた仕事をする知性ならば、その手法の方が早く育つメリットはあります。でも、それ以上のものにはなりえません。人間だって、生まれたときには、何になるのか、わからないでしょう?それと同じプロセスを構築知性にも与えるだけのことです。もちろん、多少のハード的なバックアップが必要ですけれど、ソフトさえ明確ならば、それに合わせたデザインは難しくはありません。」」
p159
「「人間はそもそも、どこへ行くのか、何のために存在しているのか。そして、何を得るのでしょうか?それと同じで、わからない、というのが答えではないのでしょうか。ただ、概念的には、構築知性のゴールは明確です。最後は人間になる。私たちとの区別はなくなります。機械が人間になるのです。それだけのことです。しかし、人間は、これまでにない新しいパートナを得るわけではありません。創り出されたそれは、人間と同じものであって、人間以上のものではありません。計算が速く、物覚えが良い、劣化も少ない、ミスも少ない、しかし、それはいずれも、機械を使って人間がすでになしえる範囲のものです。発想の力は同じなのです。つまりは、なにも変わりありません。もし私たちが、構築知性の研究の過程で得るものがあるとすれば、それは、私たち自身を見つめること、鏡を見ることに等しいでしょう。鏡を見たくありませんか?鏡を見ない人間がいますか?何のために私たちは鏡を見るのでしょうか?見たいものは何でしょう?意味がありますか?それが、この分野の研究のゴールです。」」
p163
「「パティ。」」
p163
「「君は、人間かね?」「いいえ。」彼女は即答した。「私はウォーカロンです。」」
p163
「新藤清二と一緒だった砂浜、犀川創平と歩いた砂浜、彼女が一人だけ立っている砂浜、そして、もう誰もいなくなった砂浜。」
p164
「四季は、彼に掛け替えのないものを託した。それは、生きたまま保存されていた細胞。そこから、人間を再生することを、彼に依頼した。当時、それは最先端のテクノロジィであり、それを扱うことが可能な人間は、世界に三人しかいなかった。その三人の中で、久慈が最も若く、最も斬新で、そして最も大きな野望を持っていた。それでも、最後まで譲らなかった条件、彼が主張した条件が一つだけあった。それは、細胞から育った個人に、四季が会わない、つまり関わらない、という拘束だった。」
p165
「よくも、生きる作業を切り捨てずに、いられたと思う。」
p166
「好きになり、そして諦め、なにも好きにならないようにして、それにも厭きて、どちらでも良い、なにも決めない、なにも求めない、そんな状況にもまた懲りて、最後には好きになり、けれど、好きだったものは消えている。愛して、そして破壊して、なにも愛さないように努め、それにも疲れ、どちらでもない、なにも触れない、なにものにも触れさせない、そんな状況もまた陳腐化し、最後には愛する形を創り出し、そして愛したものを失ったと気づく。そう……、気づいた。自分の周囲に群がる愛をすべて破壊して、彼女は彼女になった。」
p168
「「私は、もう死んでいるのよ。」四季は呟いた。それを聞いていたのは犀川だった。」
p169
「「貴女は、貴女から生まれた。」彼は言った。「切り離せますか?」彼は聞くだろう。」
p169
「「貴女は貴女だ。そして、どこへも行かない。」」
p170
「「矛盾している。」犀川が言った。「貴女は、その矛盾に気づいているはずだ。」「言いましたでしょう?」彼女は微笑んだ。「矛盾が綺麗だった。」」
p181
「「ドクタがなさったことに対して、私はなんの意見も持ちません。そのときの最良の選択をなさったものと信じます。まだ生きている、ということがわかっただけで、私には充分です。その事実認識だけが私に影響します。会う会わない、あるいは、彼が私を認識するしない、も問題ではありません。亡くなったのでなければ、それで良いのです。存在していさえすれば、それで良い。」」
p182
「「不思議なものだ。因果なものだね。この世の巡り合わせとは、なんとも、おかしなものじゃないか。え?そうは思わんかね?いったい、我々は、どこへ辿り着こうとしているのだろうね。」」
p184
「「パトリシア。」」
p187
「「そうです。一人一人の人間の存在が、その周辺に影響を与えます。その一人がもしいなくなれば、周辺の者は、困ったり、悲しんだり、あるときは喜んだり、あるときは生活に大きな変化さえ起こることがあります。ですけれど、その一人は、それらの人たちのために存在していたのではありません。つい、誰かのためになりたい、皆の役に立ちたい、そうして、それを自分の存在の理由にしたい、と人は考えがちなのです。存在の理由を、わからないままにしておけないのね。常に答を欲しがる。それが人間という動物の習性です。」」
p189
「「私がいないときも、いつも問いなさい。誰も答えてくれないときでも、問い続けなさい。自分で自分に問うのです。それを忘れてはいけません。それが貴女の優しさになるでしょう。」」
p190
「これは、西之園萌絵だ。彼女は、泣いている。それとも、怒っている?」
p193
「「ごらん、これが、人間だよ。」」
p196
「刺されてあげよう、と四季は思った。血を流そう。私の血で良ければ。死んであげよう。何度でも。貴方のために。」
p196
「「ごらん、これが、人間だよ。」」
p197
「「そう、それが、人間の孤独というものよ。」四季は呟いた。」
p202
「「四季さん!」」
p202
「消えたかった。それとも、私以外のものすべてが、消えてしまえば良い、と思った。」
p204
「「真賀田博士。」犀川創平がそこに立っていた。四季は微笑む。急に嬉しくなった。彼女の内部が、一瞬で明るくなった。」
p205
「彼の内部で誰かが叫び続けていたけれど、その声は小さくて、四季にはよく聞こえなかった。それを聞かせないために、彼は口を閉じているのかもしれない。統合されていない。融合されていない。しかし、やがて調和は訪れるだろう。」
p207
「「こんな不思議な感情は、今までになかった。希代な経験です。」「綺麗な感情ですね?」」
p208
「「貴方は、天才だわ。」「いいえ、僕は天才じゃない。」」
p208
「「私たちは、どこへ行く思います?」「どこへ?」「どこから来た?私は誰?どこへ行く?」」
p208
「「貴女は、貴女から生まれ、貴女は、貴女です。そして、どこへも行かない。」」
p209
「「先生……。私、最近、いろいろな矛盾を受け入れていますのよ。不思議なくらい、これが素敵なのです。宇宙の起源のように、これが綺麗なの。」」
p209
「「よくわかりません。」「そう……、それが、最後の言葉に相応しいわ。」「最後の言葉?」「その言葉こそ、人類の墓標に刻まれるべき一言です。神様、よく分かりませんでした……ってね。」」
p210
「「矛盾が綺麗だって、言いましたでしょう?」「ああ、そうか。」犀川は微笑んだ。「なるほど、僕は……。」「飲み込みが遅い。」四季は微笑んだ。」
p211
「「もし先生が死んだら、私は泣いてみたい。一度で良いから、泣いてみたいわ。」」
p215
「「そこに、生命維持の鍵があるのでは、と思いました。ドクタの方法が成功した鍵は、そこにあるのではないでしょうか。」」
p216
「「極めて特殊な境界条件が、存続を可能にしているのです。」」
p219
「「わしには、アウトプットなど必要ないし、そんなことをしている暇はない、ということだ。」」
p221
「「孤独って知っているわね?」」
p223
「「ミチルですね?」」
p226
「「それは、涙です。涙を、知っている?」」
p227
「「そう、それが孤独です。」四季は答えた。」
p228
「「私は、最近、自分がようやく大人になったと感じています。」」
p229
「「ええ……、難しいわ。子供の方がずっと難しい。大人ほど単純です。」」
p229
「もう涙は乾いていた。これからはずっと、乾いているだろう。一つの処理が終わったからだ。」
p233
「不思議な気持ちだ。不自然な気持ちだ。自分が自由になりたい、という以上に、いくら遺伝子を引き継いでいるとはいえ、明らかに他者の自由を尊重したいという欲望。これはいかなるものか……。」
p234
「今でも、ときどき考える。彼女を、道流を、自由にしてやりたかった。」
p236
「それでは、キスと同じ。」
p241
「私は、貴女と、コミュニケーションがしたい。そう考えた。まだ、そこは、言葉のない世界だった。」
p242
「「ええ、そうね。忠告をきかなかった私がいけないわ。ああ……、もう大丈夫です。面白い経験しました。他人のアドバイスを受けて、そちらの方が良かった、そういう経験って素敵ですわね。多少、アーティフィシャルではありますけれど。」」
p243
「「死を恐れている人はいません。死に至る生を恐れているのよ。苦しまないで死ねるのなら、誰も死を恐れないでしょう?」」
p243
「「そもそも、生きていることの方が異常なのです。死んでいることが本来で、生きているというのは、そうですね、機械が故障しているような状態。生命なんて、バグですものね。」」
p244
「「よくご存知ね。ゾロアスターが生まれたときには、賢者が七人いました。ブッダも泣かなかった。彼は生まれてすぐ七歩あるきました。7は孤独な数字ですね。孤独を知っている者は、泣きません。」」
p245
「「自分の人生を他人に干渉してもらいたい、それが、愛されたい、という言葉の意味ではありませんか?犀川先生。自分の意志で生まれてくる生命はありません。他人の干渉によって死ぬというのは、自分の意志ではなく生まれたものの、本能的な欲求ではないでしょうか?」」
p246
「「私には正しい、貴方には正しくない……。いずれにしても、正しい、なんて概念はその程度のことです。」」
p246
「「貴方が、あの海の中で、おっしゃったことが気に入ったからよ。水の中では煙草が吸えないって、おっしゃった。私には予測できない発言でしたり理由はそれだけです。犀川先生、貴方、頭の回転が遅いけれど、指向性が卓越している。判断力が弱いけれど、客観性は抜群だわ。だふん、まだ何人かお持ちなのでしょう?いろいろな犀川先生がいらっしゃるはずよ。貴方の回転の遅さは、貴方の中にいる人格の独立性に起因しているし、判断力の弱さは、その人格の勢力が均衡しているからです。でも、その独立性が優れた客観力を作った。勢力の均衡が思考の方向性に対する鋭敏さを生むのです。貴方は、幾つもの目を持っている。奇跡的に混ざっていない。いえ、本当の貴方を守るために、ほかの貴方が作られたのね。貴方の構造は、私に、よく似ています。」」
p247
「その百年が過ぎた。彼は、私に追いついただろうか?四季はにっこりと微笑む。」
p249
「「こんにちは……。儀同さん?」四季は玄関のドアを開けて声をかける。」
p255
「犀川創平が入ってきた。「冬だから当たり前だけど、外は寒い。」彼は言った。四季は口もとに手を当て、できるだけ顔を隠す。」
p256
「冷たい空気。包み込まれる。息を吐いた。少し笑う。面白かった。とても、楽しかった。こんな遊びは初めて……。」
p257
「冬。」
p257
「「人間がお好きですか?」犀川は尋ねた。四季は口もとを緩ませ、そして微笑んだ。「ええ……。」」
p257
「彼の姿を見る。彼の思考を見る。それは綺麗だった。「綺麗だから。」だから、自分のものにしたかった。自分も、綺麗になって、自分のものにしたかった。彼も、彼女も、あの心も、精神も、みんな綺麗だった。矛盾しているから。とても、綺麗に矛盾しているから。」
p257
「「雪を降らせましょうか?」四季はきいた。」
p257
「彼は上を向く。四季も空を仰ぐ。白い、細かい雪が、ゆっくりと、広がるように、二人に落ちてきた。」
p258
「今は冬、彼女はそれを思い出す。」