
勝村巌
@katsumura
2026年5月6日

朝鮮漂流
町田康
読み終わった
文政年間に琉球の沖永良部島からの帰路に遭難・漂流し朝鮮にたどり着いた薩摩の上納船(薩摩藩への年貢を輸送する船)の辿った数奇な運命を描く。
1819年(文政2年)、この船は任務を終えた代官一行25名を乗せて鹿児島へ向かう途中で嵐に遭い、朝鮮半島へ漂着。当時、薩摩藩は琉球を通じて中国とも交流があったが、朝鮮との公式な窓口を持っていなかったため、この漂流は対馬藩を介した複雑な外交交渉へと発展することになる。
その交渉は船内で1人漢文を能く識る安田義方が担当することとなり、主に筆談でやり取りが重ねられることとなる。
安田の手記となる「朝鮮漂流日記」を原資料として町田康が創作したものだが、そのやり取りが大変に面白い。
実際、展開というようなものは甚だ乏しく、単にカフカ的な安田と朝鮮側のやり取りが続くだけなので、普通の小説とは少し視点を変えて読んだ方が良い作品と感じる。
町田によると笑いを意識して書いた、とのことだが、星新一の『人民は弱し、官吏は強し』やカフカの『城』のように、全く融通の効かない上に上司の上にさらに上司がおり、物事が全く前に進まない官僚的なやり取りがエターナルに継続する、地獄的な状況を安田という薩摩武士の視点で切り取っている。そのカフカ的な状況を客観的に楽しむべきで、展開が乏しいので、退屈、というのは作品の主題を見誤っていると言えるのではないか、と思う。
お話しとしては特に内容があるわけではない、とにかく筆談でのやり取りなため大変にまどろっこしいが、朝鮮側の都合により上陸を禁じられた日本側はその難破船が倍速で崩壊していく中、荷物を捨てたり、水をかき出したりしつつ、しかし、朝鮮側の恩寵に頼るしかないというジレンマを抱えて、遅々として進まない交渉に辛抱強く対応していく。
おそらく原資料としては、やり取りの内容のみが記されているのだろうが、その裏で薩摩武士たる安田が何を考えたかを補筆したのであろう、その辺りが落語的な趣があり、なんというか組織を相手取った交渉ごとには付きものの堂々巡りや、意味の分からない権力を持ったボンクラなどの登場といったエピソードが語られていく。
話としては吉村昭の『漂流』や『大黒屋光太夫』などを想起させるが、原因や結果などを楽しむストーリーの楽しみといった側面は薄く、とにかく状況がどんどん悪くなっていくところに、焦りは深刻にあるが、公的文書として筆談する、というジレンマの裏側にある心持ちを読み取って楽しむ、という本だと思った。
また、筆談の中でなぜか安田が漢詩の才能のある人物という風評が立ち、疲れて頭が朦朧としているのに、なんかこの詩を読んで、返詩を願われたりして、勘弁してくれ、みたくなってるのも大変に趣のあるところと思った。
ストーリーも奇抜だが、どちらかというと語り口の面白さを体感するような小説と思った。
プロジェクトヘイルメアリーでは異星人とあんなにすんなり意思疎通できるようになっていたのに、こちらはどうだ。ホントに人間同士が政治を仲立にすると通じ合うのは難しい、ということがテーマだと思った。
大変に笑ける名作でした。オススメです!



