
ジクロロ
@jirowcrew
2026年5月8日

暴力批判論 他十篇: ベンヤミンの仕事 1 (岩波文庫 赤 463-1 ベンヤミンの仕事 1)
ヴァルター・ベンヤミン,
野村修
読んでる
トルソ。ーー自身の過去を強制と窮乏との所産と見なすことを知っている者だけが、現在のいかなる時点にあっても、過去を自身のために、もっとも高く価値あらしめることができよう。なぜなら、かつての生は、最善の場合ですら、輸送の途中で四肢が折損して貴重なトルソを残すだけとなった、美しい彫像にたとえられる。ひとはその素材から、自身の未来のイメージを切り出さねばならない。
(『一方通交路(抄)』ー「古美術(抄)」)
『一方通交路(抄)』
今までに自分が触れたことのないような形式の
アフォリズムが並び、胸が踊る。
何かを表現する際の、言葉という素材選び、
その鑑識眼の鋭さ。
以下のようなことを述べるにあたり、
それを「希望」という視野から覗くと
「トルソ」という古美術が、かたちとして
あらわれてきたのだろうと思われる。
"子どもは多くのことを禁止されている。自分の意志に従って行動する自由もないし、勝手に使える金もない。たとえ自由や金があっても能力が伴っていない。子どもは自分の行動半径に自足しているのかと言うと、そうも言えぬと私は思う。子どもにはもしかするとおとなよりももっと熾烈な夢があって、それがかなえられぬことに意外に大きな抑圧を感じているのかもしれないのだ。子どももおとなが思うほど自由ではないのだ。"
(『からだに従う』谷川俊太郎 「暗さと無力」)
子ども時代を慈しむとは、
その時代に捥がれていた「四肢」を、
大人になった今に、存分に発揮することに
尽きるということ。
過去に向けて「できたよ」と告げること。
