@s_ota92
2026年5月8日
p9
「彼女とは、以前に恋人同士と呼べるような、多少謎めいた、しかし微笑ましい相互干渉があった。」
p12
「「それじゃあ、これっきりってわけか。」別れの言葉は、それだけだった。それ以上でも、それ以下でも未練が残っただろう。だから、最適だったといえる。清文も、彼女のその一言で必要にして充分だと感じたし、思わず微笑んで別れることができた。自分が意外に大人だったことにも気がついた。」
p27
「(それじゃあ、これっきりってわけか。)彼女も大空に羽ばたいたのだろうか……。どんな生命も、必ず自分が幸せになる方を選択する。おそらく例外は、ない。」
p39
「どんなに正しくても、決して頷くことのできない問いが、この世には存在するのだ。どんなに正しくても、否定しなくてはならない問いがある。」
p63
「「たぶん、どちらかが運命に反発したんだね。」」
p64
「トオルに装備されている追加機能を、取り去ったデフォルトの状態がサトルだった。彼は、シンプルで、身軽で、そして、無駄がない。それが、綺麗だったのである。」
p74
「そう、装飾だ。今までカオルが魅力的だと信じていたアイテムは、単なる装飾だった。そのことに思い至った瞬間、一変してそれらは、無駄で鼻持ちならない存在に転化する。」
p110
「既に、自分がトオルなのかサトルなのか、曖昧だった。」
p118
「何故、僕のストーリィだけが、完結しないのだろう。」
p153
「さあ……、日記よ、私も連れていってくれ。」
p170
「けれど、人間は少しずつ違うから、交換できません。それは、とても不便なことだと思います。」
p174
「僕のことも、もし誰かが僕を好きになってくれたら、僕は誰にも似てないように見えるのかもしれない。」
p174
「似ている場所はほかにないからです。」
p177
「雪が少しでもちらついた場合には車の運転を潔く諦める犀川だ。」
p177
「友人の喜多北斗、それに国枝桃子だ。」
p178
「選択肢がないので、文字どおりユニフォームといって良い。というわけで、エレベータには、「いつものとおり」が三つ揃っていたことになる。」
p179
「老練の執事とシェトランド・ドッグとともに、彼女はここで暮らしている。」
p180
「彼こそ、西之園家の重臣にして最強の執事、諏訪野である。」
p182
「「今日は、もう、国枝先生に来てもらえたことが、最高に幸せなんです。」」
p183
「途中でトーマが現れた。萌絵の愛犬、本名は西之園都馬という。」
p183
「「勉強会」などといった怪しいコードネームが用いられていたが、実は、正式名称はTMコネクション(Tはトーマ、Mは萌絵を示す)、あるいは、リビングルームの巨大な黒い窓に因んで「黒窓の会(英語で Banquets of the black windows)」など、いろいろだ。」
p184
「ところが、この話が睦子叔母に伝わり(萌絵はその伝達ルートを非常に怪しんでいる)、萌絵の遠回しの拒絶の甲斐もなく、「犀川先生がいらっしゃるのなら、私、行きますから」の一言で、急遽、睦子が参加することになった。すると、次の日には、捷輔叔父から、自分も出られる、と一方的に電話がかかってくる。さて、次は、県知事夫人と県警本部長が出席するとの暴風のごとき風の噂に、若い刑事たちは軒並み尻込みする事態に陥った。結局、正式名称「TMコネクション」あるいは「黒窓の会」は順延となり、完全にこの叔母と叔父に乗っ取られる形になってしまったのである。噛み砕いていえば、「親族的ジャック」だ。」
p186
「「どちらも好きですよ。メガネの似合う女性も、コンタクトの女性も、それに、裸眼の女性も。」つまり、それは国枝桃子、佐々木睦子、そして、萌絵を意識した喜多らしい発言だ、と萌絵は思う。」
p186
「「メガネと女性を混合して評価することは不可能です。できるとしたら重量くらいでしょう?メガネをかけていれば、その分、重くなるだけです。」」
p186
「「喜多先生と犀川先生は同じ内容の返答をされているのに……。」西之園捷輔が面白そうに言った。「こうも印象が違うというのが愉快ですな。」「同じではありません。」国枝桃子が小声で言う。」
p187
「「いつもいつも殺人事件の話ばかりしている可愛い教え子を案じて、犀川先生が、今夜は特別に、事件ならざる事件、もはやミステリィならざるミステリィをご披露して下さることになっていますの。」」
p188
「「しかたがありません。犀川先生、そのリスクに見合ったお話を期待します。」」
p189
「彼女は、写真と犀川を交互に見る。何故か、若い父と、向かいに座っている犀川を見比べていた。」
p198
「「この問題に対して、西之園先生が導かれた華麗な解答があります、もちろん、この『五つのラタ』に関しては充分な資料が残っているわけではありませんので、定説というのか、これが真実だ、といった唯一確実な解答は存在しません。ただ……、僕は、西之園先生の仮説を伺って、非常に納得しました。つまり、それで安心し、自分で考えることを放棄することができたのです。」」
p198
「「何でもそうですが、正解とは、真実とは、本人が最も納得できる仮説にほかならないのです。され、もしよろしければ、ちょっと推理していただけませんか?僕が納得した、石塔の屋根飾りに関する、細やかなミステリィの答を……。」」
p205
「「あちゃあ?嘆かわしい。」」
p206
「「これはちょっと地味だから、たぶん駄目だと思いますけど。なんていうか、トリック・アートみたいなものだった、という仮説です。つまりですね、屋根の上にあるはずのものが、地面から突き出している、という、その造形自体がとっても面白いでしょう?その、なにか……、連続というか、無限大というか、メビウスの帯のいうか、そんな連鎖を表現している気がしませんか?人は、建物の下に立っているのに、同時に、上から見下ろすことになる、なんで……とても哲学的だし、その連想がインドの宇宙観にも見られると思うのです。たとえば、同じものを造り直すにしても、常に連続を保ちながら、常に一個として存在させる。つまり、下で造った分を、上では削っていく。そうやって、有機的で生命的な連続性を保持しながら、細胞の新陳代謝のように滑らかに建て替えを行ったのです。だって、工事にはとても長い年月が必要だったのでしょう?こうすれば、いつも一体の石塔が、トポロジィ的には存在するのですから。」」
p208
「萌絵は諏訪野に西之園恭輔博士の写真を手渡す。彼は両手でそれを受け取り、深々と頭を下げた。」
p211
「「はい、すなわち、この一群の建物は、本来は山奥あるいは岸壁に建造される本格的な建造物のための、見本でございまして、今でいうところの住宅展示場と申しますのか、いわゆるモデルルームではなかったか、と…….、その、適当な言葉を思いつきませんが、そういった案配のものであったのではと、存じます。」」
p211
「「正解です。」犀川は頷き両手を広げた。「完璧な解答でした。」」
p212
「「その一番右で、三脚とカメラを担いでおりますのが……、私でございます。」」
p215
「「私も……。」友人の大御坊安朋が横で頷く。」
p216
「実は、喜多と大御坊は、同じ中学・高校の同期生で年齢は同じ。そして、今のところは、性別も同じだった。」
p217
「二人の話題に上ったのは、犀川創平という共通の友人で、やはり、同じ中学・高校の出身、同じ年齢、同じ性別だった。」
p218
「当然ながら、西之園萌絵も来る。名門西之園家の一人娘、現役の超お嬢様である。彼女がやってくるとなれば、現役執事であるところの諏訪野もお供をする、ということになるだろう。したがって、これで合計六人だ。喜多と犀川を除けば、ただ一夜の晩餐のために、数万キロメートルを何十時間もかけて往復するのだから、果てしなく馬鹿馬鹿しい。実に無駄である。けれど、「贅沢」という概念の具体的な内容とは、結局は「無駄」以外にないのである。」
p223
「突然、彼女は犀川に近づき、抱きついてきた。」
p225
「喜多と大御坊は、根っからの鉄道マニアである。」
p226
「西之園家の女性は、よく意味のわからない理屈を言うのである。」
p229
「「人生、常に修行なんだよ。いつ何があるかわからん。」喜多は真面目な眼差しのまま、口を斜めにする。「やれるときに、最善を尽くすのみ。」」
p237
「「あ、でも……、その、三本脚のバッジは良いね。西之園君の車のホイルにも、そのマークが付いていた。」」
p242
「「なあんだ……。全員わかっちゃったわけ。」大御坊は両手を広げて示す。「レベル高いわね……。ハイソサエティだわ。」」
p243
「「あの、いささか差し出がましいこととは存じますが、しばらく、お待ちいただければ……、その、三本脚の逆回りのものが存在する、その証拠を、諏訪野がここにお持ちしたいと存じますが、お許しいただけますでしょうか?」」
p247
「口上が長過ぎるため、途中から、聞いている者の言語解読機能を麻痺させてしまう、諏訪野マジックである。」
p253
「「可能性の大小なんて、問題じゃないからね。この場では、今の答が最も相応しいと僕も思います。」」
p254
「「犀川先生、どうか……。」諏訪野はにっこりと微笑み、ゆっくりと頷いた。」
p258
「バラサラという名の駅に到着するまでに、萌絵は犀川の躰に六回触れることができた。もう少し本気になって躰を支えていたら、二回だっただろう。」
p259
「「あ、そうか!」喜多は大声を出した。「なあるほどね。」大御坊が何度も頷いてから、犀川を見る。「そういうことね?」「あれ?」萌さんも小さく叫んだ。「バックしてるの?」」
p262
「「これは、傑作……。悪戯者ね、諏訪野さん。」」
p262
「「佐々木夫人の仮説の方が綺麗だったからだよ。」犀川は答える。「それに……、ディナのホストに恥をかかせちゃいけない。ここは、マナーの国だからね。」」
p285
「時間以外に二人を止めるものがないから、必ず、限界を越えてしまう。」
p297
「秋の夕暮れという境遇は、すべての生きものが帰ってくる安らぎの湖の底に沈んでいる。冷たい澄み切った大気が生命を眠らせ、殺してしまうほどに、優しい。」
p319
「「そう……、そうして、待っているだけの花だ。回りくどい蜜の香で誘う偽善。手を振り広げ博愛をひけらかす狡猾な罠。生け贄を待っている残酷な亡者。それかわ、誇り高き君が望む愛情という名の花だ。」」
p329
「思うんだけど、人間ってさ、現在の幸せよりも、将来の幸せの方がでかく見えるんだよね。希望が好きなんだ。」
p330
「うん、無を練る、てのが、ちょっと哲学的だから、下々の者にはわかんないよ。」
p334
「「わしはな、纐纈じゃ。」」
p355
「「これは、昨日買ったばかりのD51のナメクジ。」」
p357
「「まあ、怒らんでくれよ。小鳥遊君、君が、その……、わしの孫娘に似ておるんじゃ。苑子というんじゃが……、皆は、君を苑子と勘違いしておる。」」
p378
「ちくしょう!じじいのやつ……。死んだら、承知しないからな。ばかやろう!」
p381
「「ええ、纐纈苑子です。はじめまして。」」
p386
「久しぶりに、真っ赤なスカートでも膨らまして、街を闊歩してやろうかしら。「ふん!いらねえよぉ!ナメクジなんか。」」
p400
「そもそも、まだ生きている人間と、もう死んでしまった人間の差が、どれほど大きいものなのかも、僕にはよくわからなかったからだ。」
p402
「どんなものだって、結局のところ何かの代わりなんだ。代わりの代わりの代わり、ってずっと続く存在ばかりなんだから、同じことさ。」