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@s_ota92
  • 2026年4月4日
    数奇にして模型
    p20 「それは、模型となるために生まれたような、戦慄すべき真のプロトタイプ。」 p23 「筒見明日香の形の良い腕、いや、その綺麗な指先の爪の形を見ただけでも、判別は容易だ、と彼は警察に主張した。」 p28 「情報を持っていることが障害となる好例である。」 p37 「余裕を失うことほど、幸せなことは、人間にはないだろう。」 p41 「それはきっと、ポルシェのロゴのように、西之園家のブランドが培った機能だろう。」 p53 「「兄は、方々の人間関係を離散していますので。」」 p56 「いや、実はわかるのだが、理解したくなかった。」 p58 「「やつが創平の従兄で、彼女が君のお姉さんならね。それなら、ごく常識的な範囲だ。」」 p61 「「西之園さん、一つだけ忠告しておこう。創平とうまくやりたいのなら、決してディフェンスを下げないことだ。バックラインをいっぱいに下げても、駄目。それは逆。」」 p64 「「ええ、そうね……。簡単な言葉で還元すれば、愛の行為なんです。」」 p70 「何かに似ている、と萌絵はふと思った。そう、ロボットの発声に似ている。」 p102 「あとになって考えてみると、その電話が、今回の事件の異様さに彼らを気づかせた最初のシグナルだった。」 p108 「嫌なことは多いが、すれ違う一瞬だけ我慢すれば良い。いつも時間が経てば、それはどこかへ消えてくれる。」 p114 「「朝一人で起きられない人は、早く結婚しなくちゃ駄目っていう、神様のマークなのよ。まったく……、社会の迷惑なんだから。」萌絵は朝は一人で起きられる。少し残念だった。」 p119 「何かを言いたそうな顔、というのは、不機嫌な理由を聞いてほしい顔とほぼ同義だ。だが、そういった他人に甘えた態度が、犀川は好きではない。」 p120 「最初に見つけた空きスペースに、犀川は芥子色の愛車を停めた。」 p122 「「お前の妹だよ!馬鹿やろう!」喜多が急に大きな声で叫んだ。」 p126 「時代に取り残されたいから、新聞を読まないのだ。」 p141 「「西之園萌絵一世一代のお願いがあるんですけど……。」」 p144 「それだけか……?たぶん、それだけだ。」 p154 「「こら!馬鹿、座れ!」喜多がもの凄い勢いでテーブル越しに身を乗り出し、犀川のコートを引っ張った。」 p174 「しかも、どちらの事件においても、文字どおり「鍵を握る」男がいて、それが同一人物だった。」 p175 「「喜多の感情的な思考は僕の理解を超えている。話を戻すけど、昨日、筒見明日香さんがその服を着ているとき写真を撮った連中が、わりと怪しいね。」」 p177 「諏訪野が自分からする話は、「最近」と断りがつかなければ、おおかた第二次世界大戦よりも古い時代のことだった。」 p181 「たとえば、妃真加島の研究所であった事件、N大の極地環境研究センタの事件、三重県の青山高原の事件、昨年の女子大生連続殺人事件、などなど。これらの偶然(彼女はそう信じている)が、もともとのポテンシャルに追加された。」 p183 「首が切断された死体のすぐ近くで、彼女は、待ち合わせの恋人に手を振るみたいに弾んだ気持ちになった。」 p188 「「物理的な説明なら、いたって簡単なんですけれど、確認が必要です。それに、どうしてそんなことをしたのか……、その意図が理解できないの。」」 p191 「そんなものはなかった、と三浦は思った。」 p195 「「腕と脚の形です。」」 p203 「「まあ、どうしても言わなくちゃいけない場合は、そうね……。」国枝は片方の眉をほんの少しあげた。「結婚相手、かな。貴女、そんな馬鹿なこと考える暇があったら、他にやることないか?さあ、さっさと出ていきな。」」 p205 「「犠牲にするものが多いほど、デザインは当然、洗練されるんだ。削られるほどシャープになる。それが、そもそもデザインの本来の意味だし、シャープっていう形容の定義だろ?そんなの、自明のことだ。」」 p207 「相手にどう呼ばれるのか、ということも、本人の機能、すなわちデザインのうちだろうか?おそらくそうであろう。」 p209 「国枝くんが結婚してから、変化があったのはそれだけだからね。日曜日の夕方に電話が鳴るようになった。僕の密かな推測の確認がとれたのは、たった今だ。」 p241 「「何事も、愛、八部目。」」 p248 「「もちろん、あれも越えていません。どんな場合でもそうですけど、問題は、それを受け取る人間にあるんですよ。」」 p254 「「天体観測ですか?」」 p258 「「靴が同じだから。」」 p260 「つまり、より洗練されている、といえるだろう。ホワイトでクール、ドライでスタティックだ。」 p261 「「いつだって、そうなんだ。」」 p263 「「ふ……。どんなお金持ちでも、靴は二つしか履けない。」」 p268 「おそらく、一人でもmenなのであろう。」 p280 「「そうかな……。夜のこの時刻に、知らない男の家にやってきてさ……。服を脱げって言うならわかるけど、着ろって言うのは変だと思うよ。」」 p280 「「オスはメスが作るんだよ。」」 p282 「驚くべきことに、筒見紀世都は、そこで微笑んだ。」 p284 「本当にマリオネットのようだ。」 p291 「「おやすみ。」」 p293 「「そっか……、じゃあ、今夜は、紀世都君、使えないか……。」」 p295 「「泣いたんでしょう?あれをするのはね、いつも泣くときなのよねぇ。」」 p297 「「言葉ってね、自分で信じていないことだって簡単に口から出るものよ。あまり、真剣に考えない方がいい。」」 p300 「「今のは、信じていることとは全然別の話よ。ほらね?思ってもいない、いい加減なことをしゃべるものでしょう?人間って。」」 p301 「「貴女、相変わらず数字に強いわね。」大御坊は笑う。「ええ、人間みたいに複雑じゃないもの。」」 p314 「「だって、私ね……、あの鍵を見たもの。」」 p318 「「私は、仮縫いのためのマネキンみたいなものね。針でぶすぶすってわけ……。」」 p322 「国枝桃子より機嫌の悪そうに見える人間は極めて少ないだろう。」 p326 「「レッテルを貼って、それで理解したことにする、理解したつもりになる。正常と異常は単なるレッテルですか?」」 p326 「「この話題であと十五分議論を続けても、得るものは、たぶん何もない。」」 p326 「「答をネストにしているだけじゃない。関数どうしでコールしてる。」」 p340 「「それに、どう頑張ったって、そこそこの女としかつき合えねえもんな。」」 p344 「「なるべく、統一された思考に身を任せたい欲求が人間にはあるのよ。」」 p366 「彼は、萌絵のを見ず、視線は、空気中の二酸化炭素分子を捜しているようでもある。」 p367 「「人間と地面も違うだろう?だから立っていられる。人それぞれも違うものだから、お互いに摩擦が生じて、その摩擦のおかげで、滑らずにすむんだよ。摩擦がなかったら、すってんころりんだからね。」」 p368 「「このテーマで話を続けても、得るものはないな。」」 p370 「「それじゃあ……、君のことが好きで好きでしかたがない場合を想像してみよう。」」 p371 「「固有名詞にも意味はない。」」 p374 「「一部しか見ていないから、意味がわからない。そうじゃないだろうか?」」 p391 「「そう、ものごとを合理的に考える習慣が我々研究者にはある。たとえ、屁理屈だとか冷血だとか後ろ指をさされてもだ。だが、もちろん、理由があるからそうしている。それが、人間や社会を救うための最善の策だと信じているからだし、同時に、自分のためでもあるからだ。違うかね?それだけのことだと思うが。」」 p395 「「どうして、僕のことを医者だって言ったのかなあ……。」」 p403 「筒見紀世都のメッセージが、魔法の呪文だった。」 p413 「「君の場合、方程式の変数にどんどん数を代入していって、両辺の値が等しくなるのかを確かめるやり方だ。ニュートン・ラプソンに近いな。」」 p415 「「クリップの話だよ。」」
  • 2026年4月1日
    今はもうない
    p10 「そうして人は、常に明るい綺麗な道筋を顧みようとする。おそらく一種の防衛行為だろう。過去の不連続性は決まって忘却される。」 p12 「彼は本気でトンネルが面白いと思っているのだ。」 p23 「「君よりはね。」」 p24 「音階でいうと、ド・ド・ド・レ、だった。」 p28 「「スーパー ・ヘテロダイン・ジョーク?」」 p38 「「女の、という部分は余計です。」」 p43 「彼女のファーストネームをめぐって、私たちは前代未聞の賭けをすることになる。」 p45 「座右の銘は、「可能な限り独り」である。しかし、このときの私の感情は、現代国語の試験問題の解答のように、数文字で書き表せるほど単純ではなかった。」 p46 「「私、対ポーカ・フェイスの戦歴があるんです。」」 p60 「もしそれが演技だったら、女性より恐ろしいものはこの世にないだろう。」 p70 「この三階の大小二つの部屋が、のちのち重要なのである。」 p74 「なるほど、百のものに出会えば、十のものはマイナスにも見えるということか。」 p79 「何度かベルが鳴ったあと、「西之園でございます。」という上品で丁寧な年配の男の声が聞こえてきた。」 p90 「これはいわば「場」であって、人間誰でも、場がなくては落ち着かないものだ。」 p90 「外は本ものの嵐だったが、屋敷の中は、今思えばまさにこのときが、嵐の前の静けさ、だったわけである。」 p99 「全部で五つ、黒いスイッチが並んでいて、丁寧に、「1F北」「1F南」「2F」「階段・廊下」「3F」とマジックで書かれたテープが貼り付けてあった。」 p102 「人生という航海は、最初、誰もが小船で漕ぎ出すのに、いつの間にか自分より大きな船に便乗し、ときには人の乗り過ぎで、その大船が沈んでしまったりもする。ずっと一人のままなら、沈んでも一人だけだ。」 p115 「まさに、真夏の夜の夢だった。」 p129 「「誰が映写機が回したのですか?」」 p136 「「映写機が回っていました。」」 p139 「ああ……。私の人生で、これが最悪だ。とびっきりの汚点だろう。」 p148 「「貴方が真剣だったら、それで、何をしても良いのですか?」」 p148 「「同じです。相手のことを考えない人は野獣と同じです。貴方は、そういう男だけの一方的なルールしか持っていない。私、貴方を軽蔑します。もう、顔も見たくありません。少しでも分別があるのなら、どうか、私の前から消えてください。」」 p153 「「覚えておかられると良いわ。一度失った信頼は、そうそう簡単には取り戻せないものです。今の貴方は断られて当然です。」」 p176 「「珍しいですね、超短波でSSBって。」」 p196 「それこそ、あとのお楽しみ、ということにしておこう。」 p208 「西之園嬢は、その先生のことを「子供のようだ」とか「可愛らしい」と表現していたが、たぶん退官まえのご老体だと思われる。」 p210 「スイッチ・バックか……。」 p211 「上品と忠誠を充分に溶かし合わせ、肩に流し込んで固めてできたような人物だ。」 p215 「犀川はわざととぼけているのに決まっている。たぶん、自分が怒るところが見たいのに違いない、と彼女は希望的に考え、素直に期待に応えたのだ。なんて、健気な私、と自分を慰めながら。」 p220 「「言葉とか、理論というのは、基本的に他人への伝達の手段だからね。言葉で思考していると錯覚するのは、個人の中の複数の人格が、情報や意見を交換し、議論しているような状態か、もしくは、明日の自分のために言葉で思考しておく場合だね。」」 p225 「いつものことだが、犀川と同じ問題を考える、いわば思考の同調(シンクロナイズド・シンキングとでも呼べそうだ)、その時間が彼女の一番のお気に入りだった。」 p231 「諏訪野氏は、驚くべきことに、西之園嬢のために着替えを用意してきていた。」 p242 「しかし、実はこのあと、さらに驚くべき事実が判明することになる。しかも、ますます謎めいた事実が……。」 p245 「髪が短かったのである。」 p247 「「ピィピィ?」」 p265 「男女が親しくなり、多少でも馴れ馴れしくなると、お願いの言葉の構文がすべて、反語あるいは疑問形の形態をとるようになる。」 p285 「髪が短いことで、私たちは勝手に耶素子嬢だと思い込んでしまったが、彼は、娯楽室で死んでいたのが自分の恋人だとわかったのだ。」 p287 「自分のことをマリー・アントワネットだとでも思っているのだろうか……。」 p292 「プレタ・ポルテ、つまりPPだ。」 p324 「いやはや、人間、誰でも皆、頭脳を持っている。それも、少しずつ仕組の違うやつをだ。」 p326 「「……でございます。はい……。モエお嬢様がですか?いえ、それが……。」」 p344 「いつの間にか、仮説から法則に昇格したらしい。」 p347 「「スイッチ・オン。」」 p351 「こうやって、とぼける人間ほど、一般に実力は高い。」 p379 「仮説を持たない者は、何も見ていない。」 p390 「「間違っているからです。」」 p402 「「じゃあ、しません。スイッチ・オフだ。」」 p406 「まったく……、だから、この男は嫌いなんだ。」 p410 「人は時間と空間において、何の自由もない。」 p419 「「だって、の終止形。」」 p422 「「でも、ピザと同じ。」」 p437 「会話の本質は、つまり会話の内容にはない、という極論さえ導かれる。」 p447 「「そう……、諏訪野より強いチェスの相手、くらいかしら。」」 p449 「スイッチが切れたおもちゃのようだった。」 p459 「どんなに興味深い会議でも、終わると嬉しい。それと同じように、どんなに苦しい恋愛も、終わると寂しくなるようだ。」 p466 「この人は、素晴らしく……スペシャルだ。」 p468 「綺麗なものに理由がないように、私たちを魅惑するすべての存在は、理屈がない。何故、魅力があるのか。その理由を考えてはならない。考えた瞬間に、それは逃げてしまう。ただ、その美しさを感じることができれば、それで良い。」 p472 「そんな私にとって、この数十時間は、一息入れるスイッチ・バックだった。」 p474 「萌絵はいつも、本をベッドの上で読む。」 p476 「「ここのオーブンは火力が弱くて、どうも、いけません。」」 p480 「「世の中は、最初から複雑なんだし、人間は最初から一人だ。」」 p483 「「最適でないものを許すことが洗練だ。」」 p485 「「つまりは、伝達するために思考する、といっても良い。伝達する、ゆえに我あり、ってこと。伝達することを想定しない思考、というものは、たぶん、ありえない。」」 p486 「「違うよ。いいかい、デジタル信号がオンとオフ、つまり、1と0で表現されているように何も言わないことも、伝達なんだ。信号を送らないことで、意味をなす……。つまり、伝達する。」」 p487 「「ね、いいでしょう?一生のお願い!」」 p491 「見せつけているのは、悪戯に対する報復だ、と萌絵は思う。彼女は微笑みながら、犀川と眼差しを交わした。」 p508 「「笹木さん、貴方は、賭けには負けたのよ。」」 p509 「「彼女がいくつ歳をごまかしていたと思う?」」 p510 「「叔母様と叔父様って、十一違いですよね?私と犀川先生は十三違い……。」」 p518 「「二人でシネマ・ショー……、なんてね。」」 p523 「「解答に行き着いた人は、皆、黙ってしまったのさ。」」 p526 「人間だけが、悲しいのに笑える。嬉しいのに泣けるのだ。」 p528 「「PPだね。」」 p529 「それらの音も、光も、少年の思い出とともに、地球上のすべての大気に飛散し、拡散、消散して、今はもうない。」
  • 2026年3月29日
    夏のレプリカ
    p12 「えてして、このような些細な扉から、人生の道筋は大きく変わっていくもののようだ。」 p13 「杜萌は、そのサークルで、七つ歳上の人物に出会った。それが彼女の前に現れた扉だったのである。」 p14 「たとえば、「子供に夢を与える」と言いながら、本当に夢を見る者を徹底的に排斥しようとする社会。」 p15 「夢を見たいと言う執着。目覚めてしまったときの後悔。まだ見続けている、と杜萌は信じたかった。」 p21 「この部屋は写真のように静止し、色褪せることもなく保存されていた。数年の間に彼女自身に起こった変化と比較すれば、この空間は、相対的には過去に向かって逆戻りしているようにさえ感じられる。」 p23 「深く、透き通っている瞳……。おそらく、それはすべての光を拒絶して、何もかもを反射してしまったときにだけ現れる本来の輝きで、それゆえ、外界の光が届かない深い漆黒の恐ろしさを秘めている、と思われるほど美しかった。」 p27 「頬に心地の良い冷たさが触れ、目を閉じると、昇華する二酸化炭素のように、無意識が膨張して彼女の全身を包み込んだ。」 p36 「このドアは、あのことがあってから、ずっと鍵がかけられている。」 p41 「もう、昔の兄ではないのだから……。」 p57 「「無関心は、犯罪よりも卑劣だ。」」 p59 「杜萌は既に居直っていたのである。人生に対して……。すべてに対して……。」 p59 「「いいのよ、殺しても。」」 p90 「西畑などの平凡な頭脳と比べれば、おそらく提灯とレーザ光線ほど、明晰さに違いがあるのだろう。」 p100 「その夏の記憶が一瞬脳裡を過って、杜萌の鼓動は急加速する。周囲の気圧が下がって真空に近づくように感じる。気が遠くなりそうだった。」 p137 「理由は、杜萌自身にあったから……。」 p138 「この情報が社会にあっても、やはり危機からの絶対的な距離は、人を安心させるもののようだ。」 p139 「満足のいく結末だったかもしれない。自分の思うとおりとはいえなくても……。誰でも、何かに支配されているのだ。機転というべきか。考えてみれば、これが一番良かったのだ。誰にとって……?」 p140 「ベッドのすぐ横には、三色の毛の長い犬が仰向けになって眠っていた。この犬の名は都馬という。彼には、現在思い悩む問題はないようだ。」 p141 「目を瞑って記憶を辿る。思い出せるかどうか、試してみたかった。頭の一番奥のファイルを引っ張り出し、アクセスする。この行為が刺激的で面白い。」 p150 「何度も殺されかけたという夢の話を彼女がしていたからだ。」 p152 「「あんなに頭の良い子でも、結婚しようとなると、馬鹿になっちゃうみたい。」」 p166 「僕を追わないで」 p172 「「今でも、頼りなくて、情けない。あの人はね、はっきりいって、私でもっているだけなの。本当に何もできない人なんだから。」」 p185 「「僕を追わないで。」」 p201 「こうして見ても、特に特徴のある人物ではない。だが、この男は確かに少し変わっている。いや、少しではない。他に例がない、といっても良いだろう。」 p203 「睦子は、姪の結婚相手は誰でも良いと考えている。結婚相手など関係ないのだ。そんなもので人生が左右されるようでは、はなから勝負にならない。」 p205 「「たぶん、蓑沢家の一族を疑うでしょう。」」 p209 「時間は、誰よりも勤勉である。」 p215 「また、透明になれるだろうか。もう一度……。」 p222 「「三年まえに、何があったの?」」 p225 「素生はぞっとするほど綺麗だった。」 p226 「空気はまるで存在しないみたいに澄み渡り、死んだように冷たい。」 p227 「白より、綺麗な色はない。」 p228 「彼には綺麗なものしか、見えないのだ。」 p233 「「杜萌、何が見えた?」」 p236 「「貴女が傷つかないように、かな?」」 p236 「「つまりはね、貴女……。杜萌自身の問題なのよ、これは。貴女が納得して、消化できれば、それで完結。」」 p242 「もしそうなら、それは、あの日、銃を突きつけられて微笑んだ人格と同じだ。」 p242 「蓑沢杜萌という名前は、一人の人間を示す。一体のボディを示す。だが、それは決して一つの人格ではない。」 p263 「「でも……、もし、素生さんの目が見えたら、どう?」」 p266 「変化したいという願望が、その幻想を見せるのか。」 p269 「自分は既に、超えている。超越しているのだから。」 p276 「「ああ、運がついてくる頃なんだよ。」」 p287 「行き詰まったときに採る道は、一番険しく遠い道に限る。」 p295 「現実は、常に複雑を装った単純なのだ。」 p312 「「つまり、六時間も寝れる幸せ者ってわけだ。」」 p316 「(あれ?なんか……、変だ。)」 p321 「こういった場合の、人間の勘は無意識の記憶に基づいているので、意外に信頼性が高い。」 p323 「その一連の回想が、片手を髪に触れる仕草一瞬で通り過ぎる。」 p323 「杜萌は駒を大切にしすぎる。たぶん、その僅かな執着こそが、彼女が自分に一度も勝てない理由だ、と萌絵は考えていた。」 p325 「「だって、私だって、つい今しがた、気がついたばかりなんですから。」」 p329 「彼の発言が、犀川助教授が言いそうな台詞だったからだ。」 p335 「「私がもう少し若かったら、西之園さん、貴女にプロポーズしていますよ。」」 p338 「「ちゃんと確かめなさいよ、あんた。すぐ、カラープリンタ、キャンセルして。出す前に自分で見てる?目がついてるんなら、見ろよ、まったく。」」 p348 「「その仮面には……、穴が開いているだろう?」」 p348 「「チャオ。」」 p350 「何故か、皆、安心しようとして、必死なのだ。」 p358 「さきほど、諏訪野がやってきたときに一緒に入ってきたのであろう、彼女の足もとでは、いつの間にか、毛の長いトーマが仰向けになって眠っていた。」 p360 「誰かにもう会えない、ということは、その人間が実在しないことに限りなく等しい。つまり、死んでしまったのと同じ。」 p371 「(私が殺したのと、同じ。)」 p373 「昼間に起きている者がいれば、夜中に起きている者もいる。どんな世界にも表と裏がある。人間だって猫だって、同じことだ。」 p379 「鵜飼刑事の手帳に書いてあったのだ。彼はなんでもその手帳に書く。」 p380 「怒れば怒るほど、気が長くなる短気、とでも表現すれば良いだろうか。」 p389 「それならば、まだ、今年の春に萌絵がうった大芝居の方がレベルが高い。さすがの彼も引っかかったのではないか。」 p391 「目的、オブジェクトではなく、プロセス、そしてプロシジャがつまりは人生なのか。」 p391 「確かに触媒が効いたのかもしれない。」 p396 「人の名前に刻まれたものは、簡単には消えない。」 p401 「「私、ロッキィが大好きだった。」」 p417 「これが、西之園萌絵の記憶方法、あるいは思考方法の特徴だった。」 p421 「誰でも、そう。離れていく。(きっと、もう戻れない……。)」 p423 「萌絵は体調が良かった。今日は朝から最高に気分が良い。」 p430 「「君の仮面には穴が開いてないよ。」」 p435 「「ほらね。人にきかれるまで、言えないことって、あるだろう?」」 p435 「「違う。その事件から僕が学んだ一般論だよ。」」 p436 「「ものごとを客観的に見たというだけのことだよ。それが正しいなんて、とてもじゃないけど言えないね。僕は、それを確かめたくもない。だけどね、客観したときに、初めて見える道筋というものは確かにある。誰もそれに気がついていないかもしれないが、まあ、そんな不安定な状況は長くは続かないだろう。つまり、いつか、誰かが気がつくということ。今、誰も気がつかないのは、全員があまりにも当事者だからだ。この教訓については、あの、天王寺博士の事件で、君も学んだはずだね。西之園君、君は、もっと複雑で度肝を抜くようなトリックのミステリィを沢山読んでいるだろう?君はそれらを全部見抜いてしまう。マジックを見てもすべて種がわかってしまう。それって、どうしてなのかな?君が本の外や舞台の外に、いるからじゃないの?」」 p438 「「名前が逆だっていうのには、気がついていた?」」 p446 「「質問は、質問する人を表現するんだ。それに対する返答なんかとは無関係にね。」」 p466 「「貴女が……、殺したのね。」」 p470 「「チェックメイトね。」」 p476 「(殺しても、いいんだよ。)」 p481 「「私が傷つくと思ったのね。」」 p487 「「貴女に嘘をついたことはないよ。」」 p487 「「萌絵の提案を受け入れなかったことが、一度でもあった?」」 p497 「皆、仕事をして、疲れて、それでも何かを求めて、誰かを愛して、毎日、電車に乗り、階段を上り、汗をかいて、要求して、妥協して、喜んだり、怒ったり、それでも、忘れてしまう……、そう、最後には、全部忘れてしまうのだ。」 p498 「ニューラルネットは、確固たる防御システムを一生かかって組み上げる。」 p500 「「もしかして、僕を知っていますか?」」
  • 2026年3月24日
    幻惑の死と使途
    p24 「それとも、変わらないように見せているだけなのか。たぶん、頭の良い人間ならそれが可能だろう。正真正銘のカマトトになったのかもしれない。」 p34 「「毒をもって毒を制する、だ。」」 p38 「「一度は、冷凍庫みたいな部屋に閉じ込められて凍え死ぬところだったし、それから猟銃で狙われて、あと、殺人犯に拉致されて海に投げ込まれそうになって……。」」 p50 「だが、優れた観察眼を持つ少数の人間は、国枝桃子を見て、多少女性っぽい男性だと思うだろう。」 p65 「「女の子っていう単語が、不適切に使われています。」」 p80 「対照的に、中学生の頃から読み続けてきたミステリィは、近頃明らかに食傷気味だった。」 p90 「その目的に犀川の手が使われた過去の事例を見つけようとしたら、きっと彼が幼稚園の頃まで歴史を遡る必要があるだろう。」 p96 「真夏の空は、灰色の雲で覆われ、鈍い眩しさだった。」 p104 「人々をあっと言わせたその小道具は、しかし、手品ではなかった。衣裳と同じ真っ赤な血も、本ものだった。」 p118 「三秒ほどタイムラグがあったが、三浦刑事と鵜飼刑事は、ゆっくりと無言で眼差しを交わした。」 p129 「蛇足ではあるが、T•Mというのは、都馬と萌絵のイニシャルからとったものだ。三色の長毛犬もこのサークルの名誉会員だった。」 p136 「つまり、純粋に餃子を作って食べることに集中する会なのである。」 p139 「「私、自分の見たものしか信じないから……。」」 p145 「どこにいてもアイコンのように目立つ大男である。」 p160 「人工物だから、生も死も相応しくない。その不自然さが恐ろしかった。捨てられてしまった人形みたいだった。」 p161 「「諸君……。私は、この危機から諸君の期待どおり生還しよう。私は、最悪の条件、最大の難関から脱出する。諸君が私の名を心の中で呼べば、どんな就縛からも逃れてみせよう。一度でも、私の名を叫べば、どんな密室からも抜け出してみせよう。私は、必ずや脱出する。それが、私の名前だからだ。」」 p168 「「私は、必ずや脱出する。それが、私の名前だからだ。」」 p176 「しかし、過去に一度、彼女のとんでもないペテンに引っかかった苦い経験もある。「諺で言うと……。」犀川は独り言を呟いた。あつものに懲りてなますを吹く。」 p186 「「あるよ。いつだって、最優先の問題がある。世界で僕しか考えていない謎があるからね。」」 p193 「「間違っているのは、観察している人間の認識だ。したがって、人間さえ見ていなければ、何も不思議は起こらない。すべて自然現象だ。」」 p194 「「何と何を交換したのでしょう?」「リスクとプロフィット。」」 p229 「「刑事さんと会うよりは、少しはアルカリ性……、いやベジタブルだね。」」 p233 「「僕が乗るんだから、ボディの外側の色なんて見えないじゃないか。関係ないよ。別に黄色でも良い。」」 p234 「彼はほとんど表情を変えないが、機嫌が良いのか悪いのかは、萌絵には確実に判別できる。今の犀川は上機嫌だ。」 p236 「ちょっとしたことから、相手を憎み、憎むことで、また妄想が拡大する。人間だけが殺人を行うのは、人間だけにあるこの創造能力のためだろう。」 p242 「「そうですね、僕は、ミルクとコーヒーを半々でカクテルにしてよく飲みますけど、それだって、特技かもしれないし、あるいは、マジックだと思う人がいるかもしれませんね。」」 p249 「「先生が浦島太郎だったら、きっと、玉手箱を開けなかったでしょうね。」」 p249 「しかし、解かなくてはいけない問題の難度を、それに取り組んでいる頭脳の数(あるいは思考力の総量)で割った値が、犀川の思考対象選択の優先順位を決める。」 p250 「人間の一生のように、そんな思考は一瞬だった。」 p277 「「用事がなかったら、電話しちゃいけませんか?」」 p281 「「たぶん、力学の勉強をしたせいだろうね。一度でも真の静寂を知ると、ピンが落ちた音でもびっくりするもんだ。」」 p282 「「誰でも、自分に足りないところ、弱いところを、カバーしようとする。そうやって、何重にもバリアを張っていくのさ。その繰り返しで、大人になって、成長して……。そう、君は、もっと怖がった方が良い。常々、僕はそう思っていたよ。君も、たぶん自分でそう思ったんだね。君を作っているのは、君自身の思考なんだから。」」 p286 「「今でも、何か不思議なことに出会うと、僕は、自分の知らない法則だと思うことにしている。ときには、世の中の誰も知らない法則かもしれない。」」 p286 「「大人になるほど、こんな素敵は少なくなる。努力して探し回らないと見つからない。このまえ、君は、科学がただの記号だって言ったけど、そのとおりなんだ。記号を覚え、数式を組み立てることによって、僕らは大好きだった不思議を排除する。何故だろう?そうしないと、新しい不思議が見つからないからさ。探し回って、たまに少し素敵な不思議を見つけては、また、そいつらを一つずつ消していくんだ。もっともっと凄い不思議に出会えると信じてね……。でも、記号なんて、金魚すくいの紙の網みたいにさ、きっと、いつかは破れてしまうだろう。たぶん、それを心のどこかで期待している。金魚すくいをする子供だって、最初から網が破れることを知っているんだよ。」」 p290 「しかし、世の中には追求しない方が素敵な不思議もある。」 p290 「「昨夜は、本当にありがとうございました。もう、お嬢様のお元気がないと、私といたしましても、哀感と申すのでございましょうか……、この身が締めつけられるような思いでございまして、ええ、本当に、犀川先生がいらっしゃって、助かりました、と言っては、あるいは失礼かもしれませんが、先生だけが、その、頼みの綱とでも申しますか、どうか、今後とも、お嬢様のことをよろしくお願いいたしたいと存じます。」」 p299 「この犬は、散歩と食事以外の時間を、だいたい睡眠に当てている。そう決めているらしい。」 p305 「人間、多くを望んではいけない、というのが彼の座右の銘でもある。」 p319 「「君の思考の道筋に興味がある。」」 p329 「これまでの事件(正確には5例であるが)に、疑問点は残っていない。」 p330 「積極的な姿勢で立ち向かえば、風はより強くなる。」 p364 「今年の春に、犀川と萌絵は、区役所に提出する婚姻届に署名、捺印した。」 p394 「馬鹿馬鹿しい、という犀川の言葉で、国枝を連想したからだ。」 p399 「本当にしたい話、一番したい話は明らかだったが、ラムネのビー玉みたいに、それはいつだって、言い出せない。」 p402 「「誠に申し訳ございません、お嬢様。」と諏訪野の上品な声。」 p408 「諏訪野は、彼女に熱いコーヒーなど出さない。しかも、朝はいつも、少し苦目の一杯を出してくれた。」 p415 「「ものには、すべて名前がある。」」 p415 「人が死ぬことによって失われるものは、個人のパーソナリティであり、さらに厳密には、その人間の思考である。」 p438 「彼女が、そんな幻惑から逃れることができたのは、一つには、科学的な知識を豊富に持った両親のおかげであり、もう一つは、目の前でその両親を失ったからだ。」 p439 「(ものには、すべて名前がある。)」 p440 「犀川の破滅的な精神を救えるのは、たぶん自分だけだ、と萌絵は思いたかった。」 p441 「いつだって、目標は、目標を目指す者に、別の方向から、突然ひょっこりと顔を出す。」 p442 「こうしてみると、ある個人の思考が、別の人間に伝達する一瞬こそ「奇跡の脱出」、ミラクル・エスケープに他ならない。」 p455 「犀川の車を自分で運転してきたのは、つまり、あとで犀川に自宅まで送ってもらおうという、極めてプリミティヴでクリアなプランだった。たぶん、日本語にすれば、「下心」あるいは「魂胆」と訳すのだろう。」 p458 「(先生は気づいていた!)」 p459 「色にはないが、形には好き嫌いのある犀川である。」 p466 「諏訪野は長い言い訳をしようとしたが、結局、ナンバを教えてくれた。」 p472 「「もうすぐ、警察が来ます。これは、脅しじゃありません。最後まで紳士的に行動して下さい。それが……、それが、貴方の名前のためです。」」 p477 「白いはずの鳩は、すべてシルエットになって、黒く見える。犀川が鳩の数を数えていたことを彼女は思い出した。」 p481 「(先生は、やっぱりわかっていた。)」 p483 「その女の目は、宙を見たまま動かない。だが、その目から、女は涙を流していた。」 p491 「「名前のためですか?」犀川は叫んだ。」 p491 「「私は……、どんな状況からでも、脱出してみせよう。」」 p492 「「皆が、私の名を、呼ぶかぎり……、私は、抜け出してみせよう。」」 p495 「「有里匠幻……。有里匠幻!」」 p498 「「ラスト・イリュージョンだ。」犀川は苦い煙を吐く。そう、これが、ラスト・エスケープだった。「最後の脱出だったね。」」 p499 「何色の煙に乗って、彼は天に上っただろう。」 p504 「「あの家庭こそ、彼のステージだったんですね。」」 p505 「「でも、鳩を数えたあと、潜水夫を数えたからね。」」 p509 「「人間のすべての思考、行動……、創造も破壊も、みんな名前によって始まる。」」 p513 「「信じられないかもしれないけど、名前を愛することで、彼自身が有里匠幻になったといって良い。彼は、本ものの有里匠幻以上に、有里匠幻の名前を愛した。これは、ファンではない。彼自身が有里匠幻だったのと同じことなんだ。」」 p516 「彼女?真賀田四季か。西之園萌絵か。」 p518 「「承知いたしました。少々お待ちいただけますか。ええ、諏訪野にお任せください。」」 p521 「「あちらこちらに、内緒のカードが隠してありますのよ。」」 p521 「「お綺麗ですよ。」」 p523 「「最高に綺麗なスイッチだね。」」 p543 「「彼のセンセーショナルな死を見せることにも、もちろん意味があったと思いますけれど、そのあとで、もっとセンセーショナルな脱出を見せる。原沼さんは、それをしたかったのだと思います。現に、有里匠幻の棺脱出は、日本中で話題になりましたよね。マジックの頂点を究めたわけです。」」 p544 「沈黙の幕が下りたが、諏訪野がコーヒーを持って入ってきた。」 p545 「「動機を理解することが重要とは思えません。殺人者の動機を理解すれば、私たちはそれで安心できますか?理解することに、どんな意味があるでしょうか?」」 p547 「「僕は……、その……、殺されたのは有里匠幻でなない、と思っているんですよ。まあ、それだけの違いです。」」 p549 「「彼は、僕たちに最後のイリュージョンを見せてくれました。あの火炎のマジックは、実に見事なものだった。青から黄色、そして赤に炎の色が変化しました。有里匠幻は、その炎の中で亡くなった。とても綺麗でした。」」 p554 「「綺麗という形容詞は、たぶん、人間の生き方を形容するための言葉だ。服装とかじゃなくてね。」」 p556 「「人を殺す動機なんて、一つや二つの言葉で説明できるものではありませんからね。確かに、こうして話をしてもしかたがない。我々は、ただひたすら、自分たちの精神安定のために、自分たちを納得させてくれる都合の良い理屈を構築しているに過ぎません。殺人犯の動機なんて、事件に関係のない者のために用意された幻想です。それだけの意味しかない。起こってしまった事実とは、何ら関係のないものです。これもまた、イリュージョンでしょう。」」 p557 「有里匠幻の名を呼ぶ者が、もういなかったからだ。」 p558 「「それは君の評価だ。」「天王寺博士みたい……。」」
  • 2026年3月22日
    封印再度
    封印再度
    p16 「「あそう、相変わらずか……。もうね、二十年くらい相変わらずなんだ、彼……。私が物心ついたときから、ずっと、相変わらずなんだもん。」」 p27 「萌絵のソファの横で眠っていたトーマが仰向けになっていたのである。」 p29 「原稿はきっと真っ赤になっているだろう(彼らの間では、これを火達磨という)。」 p31 「国枝桃子が仕事以外のことで自分から話しかけるなんて、ほとんどないといって良い。これも異例のことだ。よほど機嫌が良いのだろう、と浜中は思う。」 p39 「「一生のお願い」萌絵は両手を合わせる。」 p41 「電撃結婚、と言ったのは犀川自身で、この場合、「電撃」というのは、国枝桃子が雷にでも撃たれたのだろう、という意味のジョークである。」 p45 「「今日が日曜日なのは君のせいじゃない。」」 p52 「那古野では天気が良かったのに、今、空は急に暗くなり、すぐにも泣き出しそうだった。」 p57 「「全部、お見通しみたいですね。帰ったら、ちゃんと先生に報告しなくちゃ。」」 p60 「「これが、無我の匣です。」」 p62 「「これが、天地の瓢です。」」 p78 「普段でも午前中は酷い状態なのに、七時なんて歴史的な時刻に起床すると、頭は銀河系の恒星群並にバラバラだ。」 p79 「手を出さない子供にお菓子を与えることができないように、教育を受けるという動詞はあっても、教育するという概念は単独では存在しえないのである。」 p98 「「結局のところ、からくりは、わからないうちが、からくりでございましょう?知れない間が楽しいのではございませんか?」」 p99 「諏訪野は真っ白な眉を寄せ、しばらく萌絵の顔を凝視していた。しかし、彼の難しい顔は、お湯でもかけられたように、ゆっくりと満面の笑みに変わった。」 p116 「境界条件は、いずれも模糊として曖昧である。」 p119 「他人の存在を自分の内側から許容するという(たぶんありふれた)能力が、どうやら自分には欠落しているようだ、と最近気がついた。」 p131 「今夜はクリスマス・イヴ……。しかし、暦など、犀川の日常にはまったく(少なくともこれまでは)無縁だった。先日一つ思いついた法則は、「無縁から落ちこぼれたものが、特別になる」というものだ。」 p147 「「この場合、ダイニング・メッセージってわけだね。」」 p151 「雪が降っている。」 p217 「謎は、製造途中の綿菓子のように、ますます大きくなった。彼女の知らない人物が一人死んだという事実に目を向けなければ、それは文字どおり綿菓子のように魅力的だ。しかも、その綿菓子の心棒は、ほかでもない、彼女が掴んでいたもの……、すなわち、天地の瓢、そして無我の匣なのである。」 p224 「固くて足の痛くなる、憂鬱の塊のような重いスリッパを引きずって、冷たい階段を下りる時、人間って結局、自分のことで涙を流すのだ、と萌絵は思った。」 p225 「国枝桃子にも、成長という現象が初めて確認されたからだった。いや、もしかしたら、彼女の場合それは成長ではなく、劣化だったのかもしれないが……。」 p233 「国枝からのメールは俳句よりも短かかった。」 p252 「犀川にとって食事のコンセプトは、エネルギィ補給であって、空中給油みたいな形態が理想である。」 p264 「「耳は暴洋に泳ぎ、瞳は星原に座する、かな……。」」 p297 「その可能性がないわけではない。自分は何にだってなれるはずだ。なりたいものには何にでもなれる。望みさえすれば……。」 p328 「だが、国枝助手が「犀川先生の代理だよ」と言ったときには拍手喝采だった。」 p331 「大学の試験期間中、自主的にせき止められていた彼女の自由思考は、許容水量ぎりぎりのダムみたいに、ポテンシャル・エネルギィの塊だった。」 p339 「「こんな時間に大変ご無礼をいたします。私も熟慮いたしまして、逡巡しておりますうちに、時間ばかりが過ぎてしまいました。しかし、やはり、犀川先生にはお伝えしなくてはならないと決心いたしたしだいでございます。」」 p344 「木蓮は真っ白に膨張し、桜が蕾を見せ始めている。このまま、無理に咲いて散っていかなくても良いのに、と犀川は思う。」 p345 「そもそも、意味のある生き方なんてあるのか。」 p353 「その優しさは、犀川の最も深いところからわき上がってくるものだった。」 p353 「「あの、どういうこと?私の勝ちだから?ご褒美かしら……。」」 p357 「(できることは何一つない。)」 p363 「「別に、私の許可なんて意味はないのです。そもそも誰の許可でも、意味はありません。結婚なんて、言葉にも、その概念にも、意味はないわ。けれどね、犀川先生……。貴方は、今、イエスと言ったのよ。それは、とても意味があることです。」」 p364 「それが人間にしかない、一番大切なもの……。一番大切な、幻想だ。」 p372 「「冷徹ですね。」」 p374 「「あの……、それは、割れと教えているのでしょうか?それとも、割るなと教えているのでしょうか?」」 p378 「「いえ、真面目な話です。それが、僕の言ったメカニズムなんです。結局、人間の命って、そういう無駄なのものに、少しずつ溶け込んでいくようですね。」」 p387 「「自信というよりは、予測です。」」 p389 「「我慢というのはですね、そもそも個人の能力ではありません。単なる現象なんです。」」 p392 「「うーん、感動したよ。名推理だね。」」 p392 「「メースイリ?」祐介は口真似をする。それから、ひっくり返っていた幻魔大将軍のハッチを小さな手で器用に開けると、「電池あるよ」と言い、犀川の顔をまじまじと見て、けけっと笑った。」 p394 「未来のことを考えている間にも、未来は、自分の影のように逃げていく。影はしだいに長く、大きくなり、ついにすべてが闇になる。未来は着々と拡散していくのだ。」 p406 「「一生のお願いがあります。」」 p412 「「約束に遅刻しても文句は言いませんカード……、それに、たちまち機嫌を直しますカードを、それぞれ十枚つづりで、どうですか?」」 p420 「毎日見落としているものが、まだ沢山あるかもしれない。」 p424 「「それを聞いて、僕は本当にびっくりしたよ。それを覚えている。電池がなくなる?あんなしっかりしたものが?それで、中を開けて、見てみたんだ。そうしたらさ……、電池はやっぱりちゃんとあるんだ、これが……。」」 p425 「「気がついたね。西之園君。」」 p428 「「実は、お嬢様は、犀川先生に対するエイプリル・フールの悪戯を思いつかれまして、その折に……、この、私めも、お嬢様の並々ならぬ強いお言い付けとは申せ、少々ではございますが、いえ、決して、少々などとは申せませんが、この諏訪野、不覚にも……。」」 p429 「「目的のためには手段を選ばん、というやつだな。どうだ?お前にそっくりじゃないか?」」 p442 「「フラッシュバックか……。」犀川は独り言のように囁いた。」 p446 「「世の中のタイミングの悪さ……ってやつですか。」」 p448 「「二十年だろう?」横で捷輔が鼻を鳴らす。」 p449 「「貴女……、私と区役所と、どっちが偉いと思っていて?」」 p450 「「当たり前です。届けたところの許可が必要ですわね。もしも、そんなふうになったら、まあ、その場合は、私のところは、覚悟していらっしゃると良いわ。この佐々木睦子が、すべて、めちゃめちゃにして差し上げますからね……。他にご質問は?ございません?それでは、ごめんあそばせ……。」」 p462 「「こちら、N大学の犀川先生と西之園さん。二人は、うちの課の特殊犯罪捜査研究委員会のメンバでして……。」」 p462 「深澤は子供のように、にやりと笑った。「私もね、今はただのおやじです。」」 p468 「「ええ、使えなくなった乾電池を『電池がなくなった』って言うじゃないですか……。抜け殻なんですから、人間だってそれと同じです。」」 p477 「「最初は計算、次は実証、これを繰り返し、仮想のモデルを組み立てる。しかし、不可欠なのは、飛躍です。ちょっとした飛躍。そして、ついに源泉に到達する。そうなれば、最後は一般への展開です。」」 p480 「それでも、結局、あの壺と鍵箱に関しては真っ暗な状態だったので、一番初めに彼女の前に現れた謎が、こうして最後の最後に、彼女の目前に立ち塞がっていることが、しだいに鮮明に認識されるだけだった。」 p481 「「ほら……。」犀川は刑事たちの方を見て肩を竦める。「彼女も完璧じゃないでしょう?」」 p484 「「単なる自然現象です。」「自然現象?」鵜飼が繰り返す。明らかに何も考えていない場合の復唱反応である。」 p489 「たぶん、パスカルでも、パスカルじゃなくても、既に理解を超えているようである。」 p490 「「はあ、そうです。」三浦は慌てて頷いた。自分の口から出たものだったが、たぶんもう正確な名称は二度と言えないだろう。」 p500 「「素直にはいと言いますカードだ。」」 p503 「「最高に素敵な質問ですね。」犀川は微笑んだ。「恥ずかしくて、とても答えられません。勘弁していただけますか?」」 p504 「犀川は、何かに吸い込まれていく自分を感じた。それは、たぶん、一点の曇りもない闇。壺の中だった。」 p509 「「それも、ひと欠け……、なのですか……。」彼女は微笑んだ。ぞっとするほど美しい、勝利の微笑だった。それは、もう完成している美、なのだろうか?」 p514 「しかし、多可志は少なくとも、犀川の意志を感じ取ったようだった。言葉以外でも通じることがある、という危険な楽観を、今日ばかりは例外だ、と自分に言い聞かせて、犀川は黙認した。」 p517 「喜多というのは、犀川の親友で、萌絵もよく知っている人物である。犀川には、他に親友と呼べる人間はいないし、その必要も感じなかった。」 p520 「「さて……。水に易く、火に難し。」」 p530 「「君の一瞬の思考が、見事だと言ったのさ。それが、最後の段階だね。つまり、得られた理論モデルの一般展開。継承という高度な論理展開に相当するものだ。」」 p531 「「天地の瓢の、天地というのは、逆さにするという意味で……、無我の匣の、無我は、有っても無い短刀……、このナイフの形の凹みを意味していたのですね?」」 p537 「「優しいというのは、矛盾を許容できるという意味だよ。」」 p537 「「まるでさ、単純な生き方をしようと望んでいるのに、どんどん人生が複雑になっていくことを象徴しているようじゃないか。自分の人生は一本道なのに、それが他人の糸と絡み合って、織物みたいに歴史が作られる。それが人間社会のメカニズムだ。それと同じだね。」」 p538 「「知らないままの方が、綺麗だ。」「わかりません。」「それで良い。」」 p542 「「だけどね……、正しいことに潔くなれないときってのがあるんだね……。正しいって、何かな?僕は今晩それを見たんだ。だから言っただろう?今夜は、記念すべき夜だって……。」」 p544 「パソコンがOSを読み込んで立ち上がるように、毎朝、自分の犀川という名前を思い出し、同じ役柄を演じようとしている別のハードではないのか……。」 p556 「国枝桃子は合理的だ。」 p560 「「貴女のさ、そういう率直なところが、私、好きだな……。でも、何がいけないわけ?」」
  • 2026年3月17日
    詩的私的ジャック
    p15 「犀川の腕時計が示す時刻は、一時三分まえだった。つまり、それは日本標準時がその時刻であることを意味する。」 p19 「「衣・食・住の三つのうち、食はちょっと特別だけど、衣と住は、どう区別できる?答えられる人はいますか?」」 p21 「「そう、そのとおりです。しかし、それがろくでもないという意味です。」」 p24 「このように、大切なことを一瞬で忘れてしまえるというのが、一般に言う「年の功」だろう、と犀川は最近気がついていた。」 p26 「けれど、「特別」と表現したニュアンスも、最近では幾分、複雑になりつつある、と犀川は感じている。」 p32 「「しかたがありません。熱って、勝手に上がるんですから……。私のせいじゃないもの。」」 p33 「そういった「影の仕事人」と呼ぶべき勤勉な印鑑が日本には沢山ある。」 p48 「もっと早く、先生と知り合っていたら良かった、と彼は言った。その言葉が妙にひっかかる。」 p54 「「一番のポイントはね、何のためにそんな密室を作ったかだ。Howよりも、Whyだ。」」 p65 「「詩はいいだろ……。奴は音楽なんかじゃなくて、詩人になるべきだったと思うよ。」」 p66 「「ふ……、あるわけがない。ハートなんて、出尽くしてる。ミステリィのトリックと同じだね。実際にあるのは、メソッドの形骸だけだ。」」 p67 「魅力的でもあるが恐怖でもある。まるでカメレオンの球形の眼か、新しい口紅のカラーみたいに……。」 p72 「「学ぶのは、それこそ、平等になるためだよ。」」 p86 「自分たちはどう見えるだろう、と犀川は思った。」 p92 「これで、彼女のメータは五アンペアほど跳ね上がった。」 p103 「協調という概念が、彼女には、妥協あるいは不純と同義なのだ。」 p113 「「勉強すれば沢山あることがわかるよ。わかっていないことばっかりなんだ。ただ、みんな、不思議を逃しているだけだよ。」」 p128 「「悪い……。あんたには意味のない質問でした。」」 p137 「空気は無謀な回転運動を繰り返す。レイノルズ数が一桁下がったようだ。」 p146 「(私も大学院に行こうかな……。)と、突然、彼女は考えた。」 p149 「暗いことは、むしろ二次元的な要素で、光が少ないことは問題ではない。光は電波であり、人間の感覚はただのアンテナだ。電波は磁気の振動であり、振動は、電子の回転運動の結果に過ぎない。」 p150 「あの完璧な単純さほど、恐ろしいものは、この世にない。理解することへの畏怖、そして、理解したときの戦慄。」 p167 「一昨年の妃真加島のこと、昨年の極地研のこと、そして、三重県の三ツ星館のこと。」 p179 「「じゃあ中国まで行ったら。」」 p193 「質問をする場合、一般に、質問者側のレベルが問われることを、彼女は犀川から何度も聞かされていた。」 p198 「お互いを尊重することが自由という意味だから、住み分けは歯切れが良い。」 p203 「「物騒だから気をつけて。君みたいな子が、一番危ないんだよ。」」 p222 「萌絵の質問に、篠崎の瞳が初めて変化した。彼は初めて自分から視線を逸らした。」 p243 「もう、自分の目に溜まっているものは、ただの水と同じだった。呼吸を整え、思考を開始する。」 p256 「こういう相手には、意味のないことを言うに限る。それは、犀川から伝授されたテクニックで、ジョークの燕返しと呼ばれている。」 p258 「萌絵は、犀川に会いたかった。それは、会いたいと思っている自分がいる、という意味だ。」 p260 「コーヒーは程よく冷めていて、猫舌の彼女には最適温度だった。子供の頃は、大人になったら熱いものが飲めるようになると信じていたのに、その期待は裏切られた。それとも、自分はまだ子供なのだろうか……。」 p273 「「いや、余計なお世話、というのはね……、そういう意味じゃなくてね……。」犀川はそこまで言って、やめてしまった。余計なお世話だからだ。」 p297 「二人のうちどちらかが飛行機に乗るときには、必ずもう一人が空港までの送り迎えをする、というのが、この二人の絆のようである。」 p300 「「有能な人間は、周りがそのままにしておかないだろ?みんなで一緒に無能になろうとしているんだ。そうやって社会のエントロピィが増大するわけ。」」 p301 「それは、彼女自身が、犀川や喜多から、まだずっと遠い距離にいる証拠だ、と思えた。ちょうど、地球から見た星のように。」 p303 「「そうそう、大学の中に陶器でできた狛犬が置いてあったね。その口の中にいっぱいゴミが捨てられていて、それが面白かったよ。あれはライオンかもしれないな。」」 p307 「「言葉はね、言い方や、言い回しじゃない。内容はちゃんと伝えないとね。それが、言葉の役目だから。」」 p307 「「西之園君、底なし沼と普通の沼はどう違う?」」 p308 「「ようは、人間の幻想の有無なんだ。」」 p326 「ずっと、萌絵が自分の影響を受けていると思っていたが、どうも、だんだん萌絵の影響を受けている自分を発見する機会が多くなっていた。」 p352 「「マイナスルート2を忘れているよ。」」 p358 「「超天才じゃない!」」 p362 「二人は、数字の11よりも接近した。」 p365 「「相手の思考を楽観的に期待している状況……、これを、甘えている、というんだ。いいかい、気持ちなんて伝わらない。伝えたいものは言葉で言いなさい。それが、どんなに難しくても、それ以外に方法はない。」」 p374 「人々は、皆、電光掲示板と同一のメカニズムで動いている。どこか見えないところからくる信号で光っているだけだ。」 p376 「「さようなら、先生。」」 p380 「こうして、自分のアイデンティティは、素直な思考によって不可逆的に軟弱になっていく。」 p391 「その曲は、『Jack the Poetical Private』だ。」 p396 「海は夜と同じくらい黒い。空気は夜と同じくらい動かない。」 p403 「「酸化するというよりは、錆びるといった方がずいぶんロマンチックだろう?」」 p407 「「話しますから、しばらく、質問しないで下さい。残念ながら、言葉は思考のようにランダムではない。順序立てて、シーケンシャルにしか話せませんからね。」」 p427 「「もし、西之園君の足がもう少し大きかったら、この事件は解決していなかったでしょう。これは、気が利いている。うん、クレオパトラみたいだ。」」 p436 「「あの人は、汚れたものが嫌いなんだ。純粋で、学問が好きで、高尚で、完璧な人なんだ。傷があったら、腕ごと切り落とすような人なんだ。」」 p440 「すべて、素敵なイーコールのために……。」 p441 「人間は、クリスタルではない。」 p443 「「夢と希望はどこが違う?」」 p459 「「もう一つは、絶対、私以外の人と結婚しないで下さい。」」 p461 「ものを数えるのは楽しい。その時間だけ、過去も未来も順番に、行儀良く並ぶからだ。」 p461 「(たった今、君が突然言い出した、押し付けがましいお願いが、希望で……、僕がそれを断った、言葉では説明できない曖昧な理由……、それが夢だ。)」
  • 2026年3月15日
    笑わない数学者 MATHEMATICAL GOODBYE
    p13 「十二月二十五日だから、1、2、2、5の数を全て足すとちょうど10になる、というくらいの印象しかない。」 p24 「あとで、スペアを取るために、わざとストライクを外してくる。」 p28 「「実用に近づくほど退屈なものさ。」」 p38 「(縁起でもない?)」 p41 「専門的な話をして、後味の良かった経験はこれまでになかったので、自重したのだ。」 p61 「「その場合は<可>だよ。」「くだらない質問の場合は、<不可>。」」 p63 「諏訪野というのは、西之園家の歴史の結晶というべき執事の老人である。」 p70 「「さあ……、僕の知っている範囲では、いないようです。」」 p76 「「よいか……、太陽からの光、つまり電磁波のおかげで我々はものを見ることができる。しかし、太陽のような日常の常識が、あるとき思考の邪魔になるのだ。常識のために見えないものがある。さきほどの問題もそうではないか。3を7で割ることは日常にはない。それが、この問題に皆が悩まされた理由だ。自由な思考をすることが最も大切なことだ。それが綺麗にものを見るということなのだ。そして、自由な思考のためには、日常を滅却することが必要だ。それが重要なことだ。いつも、それを思い出しなさい。よいか……、既にある定義に迷わされてはならない。定義は、自らして意味のあるものとなるのだ。内も外も、上も下も、すべてを、自ら定義することだ。定義できるものが、すなわち存在するものである。」」 p87 「「まあ、案外プリミティブでいらっしゃるのね。」」 p94 「「頭の良い女性が魅力的でないというのは、能力のない男性が作り上げたイメージですものね。」」 p128 「今の彼女は、遮眼帯をつけた馬のように、目の前の狭い角度の視野しか持っていない。自分の周囲の三百六十度を、彼女はまだ見ていないのだ。いや、三百六十度にも、さらにまだニ軸の自由度がある。」 p129 「何も愛さなければ、失うものはない、それが人間の「洗練」というものだ、と彼は信じたかったのである。テレフォンカードのような薄弱さと、ドーナッツのような幼稚さに、呆れながらも、彼は、烏の嘴みたいに頑固に、まだそう信じている。」 p153 「こうして、クリスマスイヴに相応しいスペシャルな一夜は、大小様々な問題を提示し、いずれの解答も出さないまま、明けたのである。」 p158 「「西之園君。内側と外側の違いは何かわかる?」」 p163 「「正しいと思うことには従うし、間違っていると思えば反論する。わからなければ、わからないと言う。その三パターンしかない。」」 p180 「犀川は煙草を吸いながら、目の前の美人を見て、じっと話を聞いている振りをした。」 p183 「諏訪野は、何度も犀川に頭を下げ、「お願いします」のあらゆるバリエーションを披露した。彼は、ようやく、ボキャブラリィが尽きたとみえ、ヘリコプタに乗り込んだ。」 p193 「人間は自分の生き様を見せること以外に、他人に教えることなど、何もないのだ。」 p206 「文字は傾いているが、定規で測ったように同じ角度で、したがって、すべて平行である。」 p212 「「よいか……。言葉とは、その意味、一般的な意味以外に使うものではない。誤解を招かぬように言葉は選ばれる。それ以外の選び方を私は好まない。」」 p213 「言葉は滑らかに連続し、一定の速度、そしてリズムを持っている。」 p216 「「面白い質問だ……。今までで一番面白い質問だ。」」 p216 「「君は毎日何をしている?」それが博士の質問だった。」 p218 「「これは、君たちの言葉でいえば防衛だが、私の言葉では侵略だ。人間の最も弱い部分とは、他人の干渉を受けたいという感情だ。自己以外に自己の存在を求めることが、人間の本能としての幻想だ。この起源は、おそらく、単細胞の生物に遡るものだろう。」」 p222 「「では、君たち……。私も失礼する。読書の時間だ。」」 p223 「そういう自然体に逆らうような決心は、不思議に態度に出てしまうものである。」 p230 「「自分以外は他人でしょう?」」 p239 「「人それぞれ、立場っていうやっかいなものがありますからね。バニィガールの耳みたいなものです。残念ながら、本物のバニィガール。見たことはありませんけど……。」」 p241 「ここでは、内と外が反対になっている。」 p249 「逃げるのが一番嫌いだ。負けるのが一番嫌だ。」 p269 「それは人間の頭の骨だった。」 p281 「「セーターとコンタクトレンズは、人に貸さない方が良いね。」」 p293 「「上って……、天井に誰かいるんですか?」」 p298 「「なかなか興味深いよ。点が三つのときだけ、それらを含む平面が必ず存在するのと似ているね。四つでは決定できない。」」 p314 「もちろん、萌絵は、創平という発音をしたことがない。それを想像しただけで、彼女は顔が少し熱くなる。」 p319 「久しぶりの友人と、短い話をするのは、良い思い出ばかりが誇張されて、楽しいものである。」 p344 「細かく少しだけずれている角度が沢山集まって多角形を形成するように、全体像は美しい単純さを持っているのかもしれない。」 p347 「「ええ、まあ……、一日、呼吸をしていました。」」 p365 「電子メールの年賀状というのは、スペースシャトルでツタンカーメンを運んでいるようなものだ。」 p375 「たぶん、精神が忘却を望んだのであろう。」 p376 「「牛に引かれて善光寺詣り、だ。」」 p378 「(オリオン像はない!)天王寺博士の言葉を思い出した。」 p386 「「そう、それが君の最大のウィークポイントだ。つまり、それが、君のリミットを決めている。ウィーケスト・リンクだよ。鎖は一番弱い輪で切れる。」」 p394 「「正面ゲートには、そもそもオリオン像はないのです。」」 p405 「(幸いにも利き腕だ。きっと、うまくいく……。)」 p408 「「虎穴に入らずんば虎児を得ず、です。」」 p412 「プラネタリウムの照明は急に暗くなった。まるで、それが博士の感情表現とでもいうように……。」 p422 「「これが真実なんですよ。正面ゲートにオリオン像はないのです。」」 p429 「「しかし、人類の知恵は、このトリックを見破った。そのとき、中心と周辺は逆になり、内と外は裏返しになったのです。」」 p431 「「そして、博士は言われましたね……、自ら定義する者が問題を解くと。この建物の前と後ろ、右と左の定義、これが、問題の核心だったのです。」」 p435 「萌絵は、最高に上機嫌の自分を発見し、その敗因の分析に夢中だった。」 p440 「「実は、あの日、パーティのあとで、西之園君がキッチンでサンドイッチ……、のようなもの……を作ったんです。これは、僕の記憶が曖昧なのではありません。記憶は極めて鮮明ですが、彼女の作ったものが曖昧だった。」」 p441 「「西之園君は、そのとき……、胡椒の瓶の蓋が取れた、と僕に言いました。胡椒の蓋がですよ……。たぶん、サンドイッチに山のように胡椒がかかったでしょう。まあ、これが、本当の胡椒の誇張です。」」 p441 「「すべては、トゥリビアル、些末だが、無視できるほどではない。」「瓢箪から駒ですね。」」 p446 「「その質問だけで<優>だ。」」 p451 「犀川は、『睡余の思慕』の少年と老人の二人暮らしのストーリィを思い出した。」 p456 「「虎穴に入らずんば虎児を得ず、だろう?」」 p464 「「これが、貴方の自由な世界ですか?これが貴方の幸せですか?」」 p476 「「ここが外だ。」」 p479 「「君が決めるんだ。」」
  • 2026年3月13日
    冷たい密室と博士たち
    p11 「問題を解くことがその人間の能力ではない。人間の本当の能力とは、問題を作ること。何が問題なのかを発見することだ。」 p23 「彼女が微笑むということは非現実的であるし、極めて不気味だ。」 p23 「国枝桃子が結婚するというのは、殺人事件と同じくらいセンセーショナルである。」 p33 「世の中には不思議なことがあるものだ、と鵜呑みにできる人種と、どうしても理屈が知りたくなる、解釈したくなる人種の二つである。」 p37 「つまりね、などと口にするときは、おおかたの場合、実は言うことがまだ決まっていない。」 p42 「人を待たせると言う行為は、他人の時間を盗むことだ、というのも彼の口癖だった。」 p53 「こんなことをするときの犀川は最高に機嫌が良い、と萌絵は思う。」 p57 「悪友?」 p63 「虹色に光る氷。赤や緑の発光ダイオードの小さな点滅。白い息。凍りついた黒いケーブル。」 p81 「目まぐるしく変動するサイケデリックな色彩と図形。少し目を細めると、とても綺麗だ。」 p100 「どうやら、赤から青に信号が変わったらしい。」 p118 「少なくとも全員が論理的な頭脳を持った人間で助かった、と犀川は思う。」 p124 「「字数が違う。」」 p129 「どちらかが、雨男か雨女なのか……。」 p171 「意外だったが、国枝桃子が、テレビを見ていることが判明した。」 p196 「「二つのWhyか一つのHowのいずれか一方が説明できれば、きっとすべてを理解できるだろう。」」 p212 「こうして、一つずつ消去されていく可能性は、僅かに灯している小さな豆電球が一つずつ消えていくような印象を、犀川に与えた。」 p213 「もちろん、観察できないということと、存在しないということの間には科学的に大きな隔たりがあるが、人間社会の一般的な相互関係に関していえば、通常、この差異は極めて曖昧となる。」 p214 「喜多や萌絵のような完璧な理系人間は、スター・トレックのミスター・スポックのように、主観の中に絶対的な客観性を持っている。」 p217 「「誰でも、触れられたくない、ちょっとした傷を持っている。」」 p218 「「第二に……、自分側の都合を通すのに、君のためだ、なんて言い方は、大変卑怯ですし、相手の知性を見下げた言い方だと思います。」」 p250 「数学の問題がわかって、間違いなく回答にたどり着いた、と思ったのに、数値が複素数になってしまったときのような不安感だった。」 p268 「犀川はステアリングを握り締め、さらに右足を踏み込んだ。」 p269 「胸の熱は、躰中に広がっていく。」 p299 「「意味はない。意味がないのが高級なんだ。」」 p305 「「お前もうちに来れば、saiだな。ズバリ。」」 p323 「(裏の裏は表……。)」 p341 「足をすくわれるような風圧が大きな振幅で息をしている。地球のジュースでも作ろうというのか、大気はミキサで攪拌されているようだ。少しでもジャンプすれば、もとの位置には戻れない。雨は吹き上げ、空気は飽和し、凶器で沸騰している。」 p343 「ヘッドライトの光が幾つも重なって、捨てられた人形のようなものを照らしている。」 p343 「暗い屋上を戻るとき、背中を風に押されて、入学式で母親に押し出される一年生のように、後戻りできない領域へ足を踏み入れた感じがした。」 p344 「「一生のお願いなんだけど……。」」 p353 「(しまった。帰って寝てしまえば良かったな……。)」 p353 「言葉というのは、無駄な多いものだ。」 p353 「このように、質問を反復する場合、ほとんど解答を考えていない証拠である。」 p356 「こんなに静かな教室、熱心な聴講生は、犀川には感動的だった。」 p368 「大学の先生に一度でも意見を聞くと必然的にこうなることを、彼は知らなかったようだ。」 p370 「「危険に危険を積み重ねているようで、実は安全なんです。裏の裏を狙った発想です。」」 p374 「あのとき、八川技官が、モニタの圧力変化を見ていて、へたくそだと、評価していましたね。」 p382 「「それは、一分間だけ我慢した、本物の悲鳴だったに違いありません。」」 p387 「「もっとも、問題を解くことに比べて、解答の意味するところを思慮することは格段に困難です。」」 p392 「二人の関係は、あるいはプラトニックであったかもしれない。」 p395 「彼らのこの十年間は、過去の十八年間を取り戻すのに充分なら幸せな時間だったに違いない。」 p395 「二人の研究者は、自分たちの講座の学生を殺すために、優秀な頭脳をフル稼働させたのだった。」 p396 「「そうですね。人間に残されているものは、プライドだけですから。」」 p397 「「学問の虚しさを知ることが、学問の第一歩です。テストで満点をとったとき、初めてわかる虚しさです。それが学問の始まりなんですよ。」」 p399 「「そもそも、僕たちは何かの役に立っていますか?」」 p402 「このように同じ内容をつい繰り返してしまう場合は、明らかに、その点に執着している証拠である。」 p403 「内緒と沈黙は、どこが違う?」
  • 2026年3月8日
    すべてがFになる
    p16 「私だけが、7なのよ……。それに、BとDもそうね。」 p39 「そんな当たり前のことが、どうして自分にできなかったのか、と考えながら萌絵は階段を下りた。」 p44 「相手の言葉を繰り返す場合は、認識に時間がかかっている証拠であり、ほとんどの場合、思考が停止していると見て良い。」 p67 「「理想的な職場ですね」犀川はにっこりと微笑んだ。」 p79 「自然を見て美しいなと思うこと自体が、不自然なんだよね。」 p119 「「私は雨女。だから、いつも傘を持っているの」萌絵は微笑んで、小さな口を結んだ。」 p176 「すべてがFになる」 p182 「これは、僕の専門じゃない……、だよ。」 p184 「意味のないジョークが、最高なんだ。」 p187 「Fが大文字だったのが気になるな。キーボードのキャプスキーはロックされていなかったから、大文字のアルファベットを打つときはシフトを押さないといけない。つまり、わざわざ大文字にしたということに意味があるのかもしれない。固有名詞だろうか?」 p228 「水を吸うことを覚え、流れることを覚え、変化することを覚えるごとに、小さくなるのだ。」 p229 「到達感のない虚しさこそが貴重なものだとも思った。」 p231 「それは、犀川がこれまでに聞いた、国枝桃子の最も感情的な発言だった。」 p245 「萌絵は吹き出した。「先生……、それは、マラカスです。」」 p253 「「孤独は、ナナです。」」 p257 「しかし、この本棚には、第十六巻、第十七巻は一冊もなかったのである。」 p274 「「7が九つ並ぶわね」女はすぐに答えた。」 p278 「「知りたいことは、すぐ目の前で見られるのよ。話をしたい相手はいつも目の前にいる。それが、ごく自然なことです。それが当たり前のことなの。そうでしょう?もともと、世界はこうだった。でも、今の貴方の世界が、どれだけ中途半端な不自由か考えてごらんなさい。遠くの声が聞こえ、遠くのものが見えるのに、触れることはできない。沢山の情報を与えられても、すべてが、忘れられ、失われるしかない。情報の多さで隣の人も見えなくなる。人はどんどん遠くにいってしまうわ。何故、そんなに離れて、遠ざかっていこうとするのかしら?ピストルの弾が届かない距離まで離れようというのかしら?目の前にいると相手を殺してしまうからなの?ねえ、西之園さん……。神様だって、どうして、あんなに遠くにいるの?本当に私たちを救って下さるのなら、何故、目の前にいらっしゃらないの?おかしいでしょう?」」 p289 「「思い出は全部記憶しているけどね、記憶は全部は思い出せないんだ。」」 p299 「「これ以上に科学的な可能性がありますか?」」 p322 「「そう……、Fのことかな……。」」 p357 「「人間ほど歴史を後生大事にする生き物はいない。」」 p393 「それとも、もう会うことができない、と思う気持ちが、彼女を美しく見せるのだろうか……。」 p394 「失いたくないために、幾重にも塗り重ねたペンキ。そして、ついには、何に色を塗っていたのか忘れてしまったのだ。」 p403 「「清水の舞台から飛び降りる覚悟で買ったんだ。」」 p409 「「ええ、犯人の前で直接お話ししますよ。」」 p411 「熱しやすく冷めやすい、比熱の小さい金属のような感情なのだろう。」 p416 「「これは……、インディジャは2バイトだね?」」 p430 「「日本では、一緒に遊ぶとき、混ぜてくれって言いますよね。」」 p433 「「BとDのことは?」」 p435 「「私はね……犀川先生……、トロイの木馬なのよ。」」 p443 「「でも、あれは人形だったの。」」 p443 「「事実なんて、果敢無いものですね。現実なんて……、本当に一部しか見せてくれない。」」 p445 「「レッドマジックが、トロイの木馬だったの。」」 p446 「すべてがFになったの」 p459 「「うちの助手の国枝桃子はね……、一見女には見えないんだ。」」 p460 「「そう……、どこからでも、できるんだよ。」」 p461 「「彼女が真賀田四季博士なのです。」」 p463 「そう、真賀田四季は、固体も長い時間で見れば液体だ、と言った。」 p465 「「Fはフィフティーンだよ。」」 p466 「「1から10までの中では、7は孤独だ。」「Bは11で、Dは13なのですね。」」 p477 「ヘリに乗ることが所長の趣味でした。」 p481 「「フェールセーフというやつです。」」 p484 「7は孤独な数字だ。」 p491 「触れることができる距離なのに無限に遠いような気がする。」 p492 「そう、人形だ。」 p494 「「他人のアドバイスを受けて、そちらの方が良かった……、そういう経験って素敵ですわね。多少、アーティフィシャルではありますけど……。」」 p495 「「死を恐れている人はいません。死に至る生を恐れているのよ。」」 p496 「「孤独を知っている者は、泣きません。」」 p497 「「自分の人生を他人に干渉してもらいたい、それが、愛されたい、という言葉の意味ではありませんか?」」
  • 2026年3月6日
    つくねもハンバーグ The cream of the notes 14
    p26 「「必要ならば躊躇なく行う」とは、必要かどうかの判断に躊躇している状態だ。」 p29 「だが、実際には、すべてはニュートン力学の範囲内であり、おしなべて観察すれば、確率は計算を裏切らない。」 p61 「勝ちたいと思わない人は、絶対に負けないのである。」 p62 「「容認」するという意味は、それに反対しないことであり、賛成でなければならない、ではない。」 p72 「見ているものが違う、日本語の曖昧性から生じるディスコミュニケーション。」 p74 「現代人の知識欲衰退について。あなたは「知りたいこと」がありますか?」 p89 「僕が子供のときには、「なにくそ!」という言葉がたびたび出たものだ。」 p130 「まあ、とにかく、大切な人がいたら、その人とは会わないことだ。」 p171 「そうなったら、人間がそもそもアプリだと気づかされるはず。」 p173 「これは、「虎穴に入るルンバ」である。」 p176 「上位互換とは、「上位」になることで、下位のすべてをカバーできる、という意味で、バージョンアップしても失われる機能がない場合に使われる工学用語。」 p177 「人生というのは一本道であり、複数の道を同時に歩くことができない。」 p179 「「もったいぶらずに、やっちゃえば?」と、ときどき自分にいってあげる自分も育てておきたい。」 p189 「運ではあるけれど、試す者だけに訪れる運だ。」 p191 「ある形状が、拡大しても縮小しても同様に現れることだが、日常の波は、まさにフラクタルといえる。」 p205 「しかし、願望も希望も実現しない確率の方が高い。」 p211 「日本人が理想とするのは、ようは「潜水中」であり、水の中に溶け込んでいる状況、浮かず沈まずはのでたる。」 p212 「「自分らしく」ありたいなんて思ったことは一度もない。意味さえわからない。」 p213 「悲観することも、悩むことも、実行するための準備なのだ。」 p213 「あなたの人生は、まずあなたが認めれば良いだけで、他人の審査は二の次である。」 p221 「「人間に期待しないこと」を人間は学んだ。人類史上、最も有効な失敗防止策である。」
  • 2026年1月23日
    雪国
    雪国
    p5 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。」 p7 「悲しいほど美しい声であった。高い響きのまま夜の雪から木魂して来そうだった。」 p28 「蝶はもつれ合いながら、やがて国境の山より高く、黄色が白くなってゆくにつれて遥かだった。」 p54 「澄み上がって悲しいほど美しい声だった。どこかから木魂が返って来そうであった。」 p64 「箪笥の中を見れば、その女の性質が分るって言うよ。」 p69 「敬虔の念に打たれた、悔恨の思いに洗われた。」 p81 「葉子の悲しいほど美しい声は、どこか雪の山から今にも木魂して来そうに、島村の耳に残っていた。」 p105 「『駒ちゃん。』と悲しいほど澄み通る声で襖の陰から呼ぶ、あの葉子ではなかった。」 p106 「手拭をかぶっているので島村が見えないのか、葉子は山袴の膝頭を開いて小豆を叩きながら、あの悲しいほど澄み通って木魂しそうな声で歌っていた。」 p116 「聞こえもせぬ遠い船の人を呼ぶような、悲しいほど美しい声であった。」 p117 「純潔な愛情の木魂が返って来そうだった。」 p124 「駒子の愛情は彼に向けられたものであるにも関わらず、それを美しい徒労であるかのように思う彼自身の虚しさがあって、けれでも反ってそれにつれて、駒子の生きようとしている命が裸の肌のように触れて来もするのだった。」 p127 「それでいいのよ。ほんとうに人を好きになれるのは、もう女だけなんですから。」 p135 「その笑い声も悲しいほど高く澄んでいるので、白痴じみては聞こえなかった。しかし島村の心の殻を空しく叩いて消えてゆく。」 p149 「薄く雪をつけた杉林は、その杉の一つ一つがくっきりと目立って、鋭く点を指しながら地の雪に立った。」 p153 「駒子が虚しい壁に突きあたる木霊に似た音を、島村は自分の胸の底に雪が降りつむように聞いた。」 p163 「恐ろしい艶めかしさだ。」 p173 「駒子は自分の犠牲か刑罰かを抱いているように見えた。」
  • 2026年1月22日
    汝、星のごとく
    p9 「───夕星やな。」 p27 「それが波打ち際に書いた字のようにあっけなくさらわれていく。」 p41 「お互い決壊まであと少しというときに、ぱんっと手を叩く音が響いた。」 p45 「日によって、季節によって荒れ狂う。世界に平穏はない。人生に嵐は避けられないと教えるように。」 p61 「悲しい話を悲しいままで終わらせるということは、昔の俺をその物語に永遠に閉じ込めるということだ。」 p108 「調子のいいときほど自虐して身を固める。」 p115 「きみのそれは優しさじゃない。弱さよ。」 p121 「誰かに幸せにしてもらおうなんて思うから駄目になる。自分で勝手に幸せになれ。自分は自分を裏切らない。」 p143 「一瞬心が羽ばたきかけ、けれどすぐに折りたたまれていく。」 p177 「わたしはそれで髪をくくってみたけれど、櫂がなんにも気づかないので笑ってしまった。」 p178 「それは思い出の味で、思い出の価値は人によって異なる。」 p185 「いつだって核心は言葉の届かない深い場所にある。」 p185 「収穫されなかった果実がゆっくりと腐っていくような関係だ。」 p192 「櫂は他の人にはこんな失礼なことはしないだろう。どうしてわたしなら許されると思うんだろうか。」 p193 「生きて、考えて、時間の経過と共に変化していき、傷ついたり喜んだりするひとりの人間で、あなたの恋人だ。」 p221 「自分たちの弱さを他人に背負わせている。」 p225 「それを枷と捉えるか、自分を奮い立たせる原動力と捉えるか。」 p268 「薄皮一枚の下に、弱くて泣きたい自分を隠してもいいじゃないか。」 p285 「強くなると決めたはずなのに薄皮一枚めくれば弱い自分が隠れている。」 p296 「ええ、割り切れません。ぼくたちはそういう悩み深い生き物だからこそ、悩みのすべてを切り捨てられる最後の砦としての正論が必要なんです。」 p299 「でも人は自分というフィルターを通してしか物事を見られない。」 p310 「あんたの中心はあんたやで。どんだけ惚れても自分の城は明け渡したらあかん。自分で自分のことつまらんとかも言うな。あんたの価値はあんたが決めるんや。」 p336 「籍を入れなくても手術の同意書を書かせてほしい。」 p342 「思い出す間もないほど彼女は北原先生の中に在る、ということだ。」 p344 「わたしにとって愛は優しい形をしていない。どうか元気でいて、幸せでいて、わたし以外を愛さないで、わたしを忘れないで。愛と呪いと祈りは似ている。」 p353 「最高で最低な気持ちの中で終われたら最高だ。」 p369 「けれど正しさだけでは救えないものがある。」 p371 「なにかを欲するなら、失う覚悟も必要だ。けれどまた別のなにかを得られることもある。」 p391 「何度でも言います。誰がなんと言おうと、ぼくたちは自らを生きる権利があるんです。ぼくのいうことはおかしいですか。身勝手ですか。でもそれは誰と比べておかしいんでしょう。その誰かが正しいという証明は誰がしてくれるんでしょう。」 p395 「それでも、わたしは、明日死ぬかもしれない男に会いにいきたい。」 p395 「わたしは愛する男のために人生を誤りたい。」 p419 「───ああ、夕星。」
  • 2026年1月21日
    こころ
    こころ
    p15 「寧ろそれとは反対で、不安に揺かされる度に、もっと前へ進みたくなった。」 p16 「傷ましい先生は、自分に近づこうとする人間に、近づく程の価値のないものだから止せという警告を与えたのである。他の懐かしみに応じない先生は、他を軽蔑する前に、まず自分を軽蔑していたものと見える。」 p22 「人間を愛し得る人、愛せずにはいられない人、それでいて自分の懐に入ろうとするものを、手を広げて抱き締める事の出来ない人、───これが先生であった。」 p34 「私は世の中で女というものをたった一人しか知らない。妻以外の女は殆ど女として私に訴えないのです。妻の方でも、私を天下にただ一人しかいない男と思ってくれています。そういう意味から云って、私達は最も幸福に生れた人間の一対であるべき筈です。」 p46 「私は私自身さえ信用していないのです。つまり自分で自分を信用できないから、人も信用できないようになっているのです。自分を呪うより外に仕方がないのです。」 p47 「かつてはその人の膝の前に跪ずいたという記憶が、今度はその人の頭の上に足を載させようとするのです。私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥ぞけたいと思うのです。私は今より一層淋しい未来の私を我慢する代りに、淋しい今の私を我慢したいのです。自由と独立と己れとに充ちた現代に生れた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう。」 p55 「そりゃ私から見れば分かっています。(先生はそう思っていないかも知れませんが)。先生は私を離れれば不幸になるだけです。或は生きていられないかも知れませんよ。そういうと、己惚になるようですが、私は今先生を人間として出来るだけ幸福にしているんだと信じていますわ。どんな人があっても私程先生を幸福にできるものはないとまで思いこんでいますわ。それだからこそこうして落ち付いていられるんです。」 p79 「梅が咲くにつけて、寒い風は段々向を南へ更えて行った。」 p92 「君の気分だって、私の返事一つですぐ変わるじゃないか。」 p168 「このまま人間の中に取り残されたミイラの様に存在していこうか、それとも……その時分の私は『それとも』という言葉を心のうちで繰り返すたびにぞっとしました。馳足で絶壁の橋まで来て、急に底の見えない谷を覗き込んだ人のように。」 p170 「私はこんな矛盾な人間なのです。或は私の脳髄よりも、私の過去が私を圧迫する結果こんな矛盾な人間に私を変化させるのかも知れません。」 p171 「だから、一旦約束した以上、それを果たさないのは、大変厭な心持ちです。」 p172 「私は何千万といる日本人のうちで、ただ貴方だけに、私の過去を物語りたいのです。あなたは真面目だから。」 p184 「香をかぎ得るのは、香を焚き出した瞬間に限るが如く、酒を味わうのは、酒を飲み始めた刹那にあるが如く、恋の衝動にもこういう際どい一点が、時間の上に存在しているとしか思われないのです。」 p200 「私は金に対して人類を疑ったけれども、愛に対しては、まだ人類を疑わなかったのです。」 p206 「私の理屈はその人の前に全く用を為さない程動きませんでした。」 p253 「精神的に向上心のないものは馬鹿だと云って、何だか私をさも軽薄もののように遣り込めるのです。」 p256 「私は心の中でひそかに彼に対する凱歌を奏しました。」 p261 「私は思い切ってどろどろの中へ片足踏み込みました。そうして比較的通り易い所を空けて、御嬢さんを渡して遣りました。」 p262 「これは余事ですが、こういう嫉妬は愛の半面じゃないでしょうか。私は結婚してから、この感情がだんだん薄らいで行くのを自覚しました。その代わり愛情の方も決して元のように猛烈ではないのです。」 p264 「つまり私は極めて高尚な愛の理論家だったのです。同時に尤も迂遠な愛の実際家だったのです。」 p283 「『馬鹿だ』とやがてKは答えました。『僕は馬鹿だ』」 p300 「奥さんの云うところを綜合して考えて見ると、Kはこの最後の打撃を、最も落附いた驚をもって迎えたらしいのです。」 p309 「私には綺麗な花を罪もないのに妄りに鞭うつと同じ様な不快がそのうちに籠っていたのです。」 p311 「けれども私の幸福には黒い影が附いていました。」 p314 「純白なものに一雫の印気でも容赦なく振り掛けるのは、私にとって大変な苦痛であったのだと解釈してください。」 p317 「私は寂寞でした。」 p326 「渡辺崋山は邯鄲という画を描くために、死期を一週間繰り延べたという話を先達て聞きました。」
  • 2026年1月16日
    思い出トランプ
    かわうそ p19 「一日中遊んでよろしいといわれ、ボールをあてがわれても、たったひとりでは、ただのゴムの球体に過ぎない。」 p22 「かわうそは、いたずら好きである。」 だらだら坂 p32 「この坂は、庄治の四季であった。」 はめ殺し窓 p47 「家の貌はそのまま江口のくたびれた貌に違いなかった。」 p55 「美貌の妻を自慢しながら、一生嫉妬に苦しんだ父親の二の舞はしたくなかった。」 マンハッタン p97 「無気力気質同士、ゆっくりゆこう。」 犬小屋 p110 「こういうとき、カッちゃんの目は笑っている癖に泣きべそをかいているようにみえた。」 大根の月 p137 「そのせいか、大人になってからも、大根を切っていて切り損ないが出来ると、ひとりでに手が動いて食べてしまう癖がついた。」 りんごの皮 p155 「気の進まないところへ出掛ける時は、時刻表通りに、したり顔でやってくる乗り物まで自分を嬲っているように思えて、時子は腹が立っていた。」 酸っぱい家族 p171 「捨てるということが、こんなにむつかしいとは知らなかった。」 耳 p188 「家族の居ない家は、他人の家みたいだ。」 p196 「妻に迎えたひとは、ごく軽くだが片足を引く。」 花の名前 p212 「教えた甲斐があったわ。」 p217 「女の物差は二十五年たっても変わらないが、男の目盛りは大きくなる。」 ダウト p228 「通夜にしろ結婚式にしろ、人の節目のセレモニーには、大なり小なり芝居っ気がともなうものである。」 p231 「自分のなかに、小さな黒い芽があることに塩沢は気がついていた。」 p236 「ダウト───と何度声をかけても、カードを裏返してくれなければ、計りようがない。」
  • 2026年1月15日
    花を見るように君を見る
    花を見るように君を見る
    p12「僕は君を」 p16「愛にこたえる」 p43「君もそうか」 p44「花・1」 p53「この秋に」 p74「便り」 p79「墓碑銘」 p87「祈り」 p100「草花・3」 p114「木に話しかける」 p126「12月」
  • 2026年1月14日
    人間失格
    人間失格
    p5 「私は、その男の写真を三葉、見たことがある。」 p9 「恥の多い生涯を送ってきました。」 p12 「つまり自分には、人間の営みが未だに何もわかっていない、という事になりそうです。」 p17 「何が欲しいと聞かれると、とたんに、何も欲しくなくなるのでした。」 p64 「弱虫は、幸福にさえおそれるものです。」 p88 「誰とも、附き合いがない。どこへも、訪ねて行けない。」 p101 「けれども、その時以来、自分は、(世間とは個人じゃないか)という、思想めいたものを持つようになったのです。」 p103 「して翌日も同じことを繰返して、昨日に異らぬ慣例に従えばよい。即ち荒っぽい大きな歓楽を避けてさえいれば、自然また大きな悲哀もやってこないのだ。ゆくて塞ぐ邪魔な石を蟾蜍は廻って通る。」 p116 「結婚しよう、どんな大きな悲哀がそのために後からやって来てもよい、荒っぽいほどの歓喜を、生涯にいちどでいい。」 p128 「自分の若白髪は、その夜からはじまり、いよいよ、すべてに自信を失い、いよいよ、ひとを底知れず疑い、この世の営みに対する一切の期待、よろこび、共鳴などから永遠にはなれるようになりました。」 p147 「人間、失格。」 p149 「ただ、一さいは過ぎて行きます。」
  • 2026年1月13日
    流浪の月
    流浪の月
    p17 「ご飯は力強くふくらむものだし、アイスは頼りなく蕩ける。」 p42 「あの日、私の人生は荒波へと投げ出され、気を抜くと溺れそうで、おちおち熟睡などできやしなかった。」 p54 「文自身がちゃんとしていることと、他の人がちゃんとしていないことは、文の中では別のことなのだ。───人それぞれ、みんな違っているなんて当たり前のことなのにな。」 p69 「文は楽しいことなんにも知らないね。更紗は知っていて当然のことを知らないな。」 p70 「甘さとしょっぱさのように、怠惰と勤勉は交互に行うのがよい。」 p120 「集めてもこぼれ落ちていく。だから手に入れない。持たずにいれば捨てずにすむ。そのほうが楽だと。」 p144 「記憶は共有する相手がいてこそ強化される。」 p156 「でも多分、事実なんてない。出来事にはそれぞれの解釈があるだけだ。」 p194 「ああ、そうだ。世界はどうしようもないことであふれているから、理不尽さに憤っても消耗するだけだ。」 p197 「哀願は暴力とは別の場所を殴りつけてくる。」
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