うゆ "ほんのささやかなこと" 2026年5月11日

うゆ
うゆ
@otameshi_830
2026年5月11日
ほんのささやかなこと
ほんのささやかなこと
クレア・キーガン,
鴻巣友季子
【ネタバレありです】 児童文学をも思わせる文体ながらゆっくりと螺旋を降りてゆくような不安と緊迫感に包まれる。真っ黒なバロー川にそうなったかもしれない選択をした自分を流してファーロングの取る行動は。とても巧みな中篇で私は好みでした。 けれどどうしても妻と娘の立場で考えてしまう。裕福な名家の奥様に扶けられたディケンズかぶれの似非坊々が何してくれとんのじゃと。その善行のために犠牲になるであろう妻と娘はどうなる。 政治や社会機構に深く結びついた修道院での公然の秘密に楯突くことは彼とその家族がコミュニティの外に出てしまうことを意味する。洗濯場からたったひとりの女の子を救っただけで何が変わるのか。自己満足ではないのかと思ってしまう。どうやら私はキリスト教的な善き人間にはなれそうもない。 けれど彼のような決断、いちばん最悪の未来を選ばないこと、つまり(多分)最後の審判で地獄に落とされないこと、そのために魂に照らして善き行いをすること、それがダムを決壊させる針の一刺しになるのかもしれない。 誰もが何もしなければ、螺旋を描くように蟻地獄に落ちてゆくだけなのだから。 ファーロングを育てた奥さまがプロテスタントだというのには少し…うーん…やはりカトリック=悪、プロテスタント=善という構造はどうなのかなと思いつつ。 労働者階級の母の私生児でありながら名家の夫人に庇護され上流階級の眼や価値観を得てクリスマスにはディケンズを所望するような男。主人公の造形の捻じれがうまく作用して面白かった。見ようによっちゃ鼻持ちならなくて、妻に「苦労知らず」と言われてしまうのも尤もなんだよな。 しかし読み終わっていろいろと考え込んでしまうのは良い本の証。読んだ人の心に針の穴を開ける。それもまた文学の持つ小さくて大きな役割だ。 読めてよかった。
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