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うゆ
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@otameshi_830
本に関するメモ。 favorite:アガサ·クリスティー/D·W·ジョーンズ/フランシス·ハーディングなど
  • 2026年4月2日
    新訳 まちがいの喜劇
    新訳 まちがいの喜劇
    二組の双子が織り成す雪だるま式にこじれてゆくドタバタ喜劇がとても楽しい! 河合祥一郎さんはライムを訳出しようと工夫されていて、読書の際少々(ライムをあらわす記号が)煩くもあるがそれも面白かった。 また解説がすごくためになる。遡る時にまちがいfalseは交錯し、それが解き解れ失われた時は甦るラスト。 河合さんの解説を読むために角川でも揃えたくなってしまう!!解説集作ってくれませんか…
    新訳 まちがいの喜劇
  • 2026年3月31日
    シェイクスピア全集33 終わりよければすべてよし
    うーんなにかすっきりしない話というか…え、ホントにそれでいいの?ていうかその男のどこがいいの?!いやヘレンにしても相手の気持ちはどうでもよいのか??などという気持ちが消えない。でもこれ男女逆ならなんとなく数多く成立している物語という気がするから、男がよくて女はダメなの?なんで?というふうに捉えたら面白いかも?バートラムはトロフィーワイフならぬトロフィー夫か。 本性が明るみにされたパローレスの台詞がいっそ清々しい。 ー剣よ、錆びろ、赤ら顔よ、ほてりを冷ませ、パローレスよ、恥に抱かれて生きろ、馬鹿にされたら本物の馬鹿になって栄えろ。 人間生きてさえいりゃあ、居場所はあるし、暮らしの手立てはある。
  • 2026年3月27日
  • 2026年3月26日
    中世イギリス聖女伝説
    中世イギリス聖女伝説
  • 2026年3月26日
    娯楽小説弁護 5分文庫
    娯楽小説弁護 5分文庫
  • 2026年3月25日
    シェイクスピア全集28 尺には尺を
    シェイクスピア全集28 尺には尺を
    これは聖書をよく知っている人たちのための劇ですね…(その文化圏のものなのだから当たり前だけど)。とくにマタイによる福音書か。読んだ気もするけどまた読まなきゃな…。 修道僧に変装した公爵がクローディオに向けて語る台詞にパワーがあっていちばん印象に残った。これもキリスト教の考え方であり聖書の教えなんだろう。 生は苦痛であり死による救済をゆめみることだけが生に安息をもたらすと。生を見つめればそこには死があり、死を求めれば生に光がうまれる。うん、まあ…わかるけど…。私もこの公爵の言葉(=キリストの言葉)は繰り返し読みたいなと思ったけれども。シェイクスピア(つまりはその時代の)の死生観なあ!ま、好きだけれども笑 訳者あとがきと上演当時の背景などが知れる井出新氏の解説もこの作品の読解の助けになるもので良かったと思う。
    シェイクスピア全集28 尺には尺を
  • 2026年3月23日
    シェイクスピア全集 (18) (ちくま文庫 し 10-18)
    疑心が招く死の冬から若者の清冽な恋と信じる力で甦る再生の春へ。熊に喰い殺されるのが転換となるところなど神話的か。 しかしレオンティーズの嫉妬シーンが激烈すぎてうへえ…となってた…どんなに悔悛しても私は絶対赦さないからな!!Green eyed Monsterに取り憑かれ心を黒い焔で焼き尽くす。嫉妬が殺すのは他者だけでなくなによりも自らの心なのだろう。 フロリゼルの愛の台詞が感動的だったな。 久々のシェイクスピア、愉しみました。
  • 2026年3月21日
  • 2026年3月20日
    オンディーヌ
    オンディーヌ
    フーケの『ウンディーネ』を踏襲した、ジロドゥの戯曲。話の筋は同じなのにドイツからフランスへ、19世紀から20世紀へと移るだけでこんなに変わるかというくらい空気感も作者の描きたいことも違うのがとても面白かった。やはり両方読んで正解だった。 ジロドゥの方は軽やかで諧謔的でちょっと理屈っぽい。嗚呼いかにもフランス! オンディーヌと王妃のやりとりやラストの裁判に提示される人間観と哲学。 そしてこの別れは切ない。…切ない!! 好きな台詞↓ “魂がなくて問題になるのは人間だけなのよ。人間ではないどんな生き物にとっても、それは問題にならないの。だって世界の大きな魂は、馬たちの鼻から吐き出されて、魚たちのエラから吸い込まれている。でも人間はひとりずつ、めいめいの魂をほしがった。みんなの大きな魂を、ほんとうに愚かに、こまぎれにしてしまった。人間たちには、みんなの魂というものがないのよ。魂のこんな小さな分け前が並んでいるだけで、そこからは貧相な花や貧相な野菜がはえてくるだけ。あなたが持つにふさわしいような、人間のすべてがこもった魂、すべての季節がそこにあって、まるごとの愛がある、そういう魂は、ほんとうに稀なものなの。この宇宙のなかで、この時代のなかで、たまたまひとつだけあった。でもほんとうに残念、それはつかまってしまった。” “人間が真実に耐えられないなら、嘘でとおします!” “真実でありたくても、嘘でいたくても、ねえお嬢さん、あなたでは誰もだませない。結局、すべての人間がいちばん嫌うものをつきつけてしまう” “誠実ということですか?” “いいえ、透明ということ。一点の曇りもないというのは人間にとって恐怖なのよ。それこそ最悪の秘密にしか見えない。” “城のなかをふらふらさまよっている。ひとりごとをつぶやいている。言葉は支離滅裂だ。人間が自分自身から逃げだすときは、そういうやりかたになる。それはかれらが、真実のものや純粋なもの、かけがえのないものにつきあたったときだ。そうなると、あいつは気が狂ったといわれるようになる。つまり、いきなり論理的になる。ものに流されなくなる。草や木や水や神の理性を知る。つまり気が狂ったわけだ”
  • 2026年3月17日
    ゴドーを待ちながら
    ゴドーを待ちながら
    読んでいる間宇宙に独り放り出されたような感覚になる。 私たちの生そのものを見るようで終末後の世界を見るようで死後行場を失った彷徨える魂を見るようでひどく哀しくなってくるがその哀しさが私は厭わしくはないのだった。 これが劇のシナリオであるということも重要な要素と思えた。板の上の人物たちは一言一句違えず書かれたことを書かれたとおりに喋り、ト書きのとおりに動く。言語も身体も定められそこに自由はない。 …とはいえこれは戯曲を読むときに感じることであって、実際に上演されているのを観るとまた少し違って感じられる可能性もある。なぜならいくら細かく指定したところで、すべてを文字で指示することは出来ないから。何処かに必ず余白の部分は生まれてそこに演者の自由があるのかも。演じる人によって演出家によっても変わってくるだろうし。 だけど。その差異がなんだというのだろう? 初めてかもしれない、千回目かもしれない、同じことの繰り返しのわずかなヴァリアント。それすら無意味にも思えてくる。 ねえ、待ってる間、何をする?
  • 2026年3月17日
    村井の恋 7
    全7巻読了!アニメがめちゃくちゃ面白かったので原作も読んでみました。 勢いはアニメに譲るとしてもきめ細かな描写でよりこの世界の人々が好きになった。 村井と桐山、平井の出会いと過去も知れて、2人がどうしてあんなに村井が好きなのか納得。桐山の元カノも出てきてウレシー! 漫画を読んだら改めて最後に村井の脳内で春夏秋冬が村井にかけてやる言葉が最高に良い… これは自分の人生振り返っても、本当にそうだよ!って言いたい。思春期の子にこんなふうに声をかけてあげられる大人がいたらね…いなくてもこういう漫画や本があればね…いいと思うの…。 恋愛もの…とみせかけてこれは高校生の青春ものなのね。 ずっと田中に自分をみてもらいたかった村井自身が、まず自分をしっかり見て向き合って受け入れて自分自身に成ってはじめて、田中が本当に村井に気づいて正面から見てくれるっていうラストがとても良いと思う。 自分自身に成ることが他者への真っ直ぐな道なのかな。 よき漫画でした。
  • 2026年3月17日
  • 2026年3月14日
    水の精(ウンディーネ)
    水の精(ウンディーネ)
    さすがのドイツ文学。「水の精」でありながら「森」感が半端ない。 登場から終始一貫して二心あり続けるフルトブラントはもはやここまでくると初志貫徹してあっぱれである。(クソ男)。ワガママ女に振り回されるのが騎士の本懐なのだろうか… とはいえ美しい修辞と森に迷い込む感覚に酔いながらの愉しい読書時間でした。
  • 2026年3月13日
    ぼくとルークの一週間と一日 (sogen bookland)
    ぼくとルークの一週間と一日 (sogen bookland)
    久々の再読! デイヴィッドとミスター·ウェディングの会見のあたりからぐんぐん面白くなってきてあとは一気に。カラスがね!いいんだよね! 何を言ってもネタバレになるので多くを語れないのが残念。 DWJ作品らしく、物語が進むにつれて人物の印象が変わっていく。 善も悪も混沌としている。 こぶりの物語だがやはり面白かった。DWJラブ!
    ぼくとルークの一週間と一日 (sogen bookland)
  • 2026年3月12日
    午後3時 雨宮教授のお茶の時間 4巻(完) (バンチコミックス)
    姉が貸してくれた漫画。 英文学の雨宮教授が英国帰りの姪っ子と英文学にちなんだお菓子をつくるお話。 ちょっとほわほわしすぎかなと思うけど英文学好き、英国のお菓子好き、物語のなかの食べ物に心浮き立つ人(私だ)には愉しいはず。 DWJが取り上げられていたのがとっても嬉しかったー!! 読んでみたい本もまた増えました(^^)
  • 2026年3月12日
  • 2026年3月10日
    ガラスの動物園 (新潮文庫)
    ガラスの動物園 (新潮文庫)
    解説まで読み終えて面白いなと思ったのは、これはトムの追憶の物語といいながら、実際にはトムが知り得ないこと(場面)まで上演されていることだ。トムは こうであったなら…という空想のなかで姉や母を救ったのかもしれないし、せめてこうであってくれ…と自分の心を逃避させたのかもしれない。だってさ、稼ぎ手のトムが居なくなって、残された二人はこのあとどうなったの??アマンダもセールスの仕事はしているとはいえ…。哀しくて美しい物語にふたりを閉じ籠めて。追憶はガラスの動物園。脆く儚く壊れやすくて灯火にきらめいて美しい。誰もがひととき灯を燈し、また吹き消して現実の世界を生きてゆく。 誰一人として「悪い奴」は出てこないのに悲劇は起こってしまう。やるせないね。 上演されているのをいつか見てみたいです!ガラスの動物園の曲がどうなるのか聴きたいし… けどあのシーンで雷鳴が轟くのはちょっと…やりすぎじゃないか?!当時は斬新な劇的効果があったのだろうか…
    ガラスの動物園 (新潮文庫)
  • 2026年3月9日
    言葉の国イランと私
  • 2026年3月7日
    ワーニャ伯父さん/三人姉妹
    ワーニャ伯父さん/三人姉妹
    あまりにも救いのない話のようでいて眼前に海や星空が拓けるような美しい幕切れの『ワーニャ伯父さん』(ソーニャの台詞の力である)。 この世での絶望の末いつか辿り着く世界での救いという光を感じさせるのは『源氏物語』や『平家物語』にも通ずるものがあるように感じた。 人生で富や名声や恋愛の成就など手にしたところで、それはあくまで一生のうちのいっときの出来事で、死出の旅路にそれらを携えてゆくことは叶わない。人は何も持たずに生まれてきたのと同じように何も持たずに死んでゆく。 あるいは、もしも生まれた時にただひとつ持っているのが可能性という希望ならば、死ぬときにもその魂の灯火だけは消さずにいることはできるのかもしれない。 世界に目指すべき光を見つけられなかった人間でも、自らの足元を照らすその灯りだけは、自分の手で護って生きられるのかもしれない。 その灯りが照らすのが現世でなくいつかの世だとしても、その祈りは、その希望は、なにかの縁になるだろう。少しばかり狂信的に思えても。 私は死んだら無になるだけと思うし、生きることに本当は意味も希望もないと思っているけれど、それは決して 価値がない ということじゃない。生きることの価値は他者に預けないで。いつか来るそのときまで、日々を丹念に生きる、ただそれだけ。 しかしいくらなんでも『三人姉妹』は鬱々と救いがなさすぎではないか…だけど何故だろう。嫌いじゃないし、わかる…と思ってしまう。 チェーホフもっと読むつもりだけど少し明るいの挟もうかな!!
  • 2026年3月7日
    ルサールカたち~水の精霊から生まれた物語 (群像社ライブラリー)
    ルサールカたち~水の精霊から生まれた物語 (群像社ライブラリー)
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