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うゆ
うゆ
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@otameshi_830
本に関するメモ。 favorite:アガサ·クリスティー/D·W·ジョーンズ/フランシス·ハーディング/シェイクスピアなど
  • 2026年8月17日
    なにも見ていない
    なにも見ていない
  • 2026年8月16日
    耽美の花言葉事典
    耽美の花言葉事典
    またハムレットを読んでいるのでオフィーリアのシーンに併せて読もうと積読山から引っ張り出してきた。 装幀的にこういうのは持っていて愉しい本♪ 取り上げられたそれぞれの草花に纏わる詩の一節や絵画を載せてくれているのが嬉しい。ボードレールやアポリネールの『アルコール』を改めて読みたいと思った。ウォーターハウスの絵も素敵だった! 『椿姫』のマルグリットは一ヶ月のうち25日間は白ツバキ、5日間は紅ツバキを身に着けていたって…それって今私生理です!ってアナウンス??(え、違う?!)。読んだはずだけど全然覚えてなかった。 また黄色いバラはなぜ嫌われるのだろうと思っていたら、キリスト教では黄色は地獄、硫黄、ルシフェルの衣の色だからなのか。私は黄色い花が好きなんだけど… 休日にお茶を飲みながら捲るのにぴったりの本でした(^^)
  • 2026年8月15日
    遠近法
    遠近法
  • 2026年8月15日
    童の神
    童の神
  • 2026年8月14日
    アンドレ・ブルトン『シュルレアリスム宣言』8月
    ブルトンの為人や生涯、『シュルレアリスム宣言』へと至る道などを知れたのが良かった。『シュルレアリスム宣言』を読んでいて、シュルレアリスムは俳句と通ずるものがある??と感じていたところ、その関わりに言及されていたのが嬉しかったです。『拡大するシュルレアリスム展』と主旨を同じくしていたので展覧会を観ていて良かったなあと思いました。果たしてシュルレアリスムが現実の世界を変えたのか…それに関しては少し懐疑も残るけれど…少なくとも芸術の潮流は変えに変えまくった(?)。 この腐った世の中を変えよう!という気概は現代の何処に生まれているのだろうか。
  • 2026年8月13日
    髑髏
    髑髏
    先日『闇の西洋絵画史』全巻ではないけれどいくつかピックして買ってきました。五郎さんを偲んで…。題材が題材だけに、図版は大きくないものの見応えがありました。 五郎さんらしく(?)デルヴォーなどシュルレアリスムの画家やウォーホルまでおさえているのがとても良かった。フランス・ハルスの《髑髏を持つ少年》を観ていたら『ハムレット』を読み返したくなってしまった。哀れヨリック。 死を想うから今日の花を摘むことができる。
  • 2026年8月11日
    友だち
    友だち
  • 2026年8月10日
    シュルレアリスム宣言・溶ける魚
    シュルレアリスム宣言・溶ける魚
    この本が凄いのはなによりもブルトンの切実な心の叫びが伝わってくるところじゃないだろうか。1924年当時の28歳は今よりずっと大人だったと思うが、それでもここには若者の反抗を、青春の熱さを感じてしまう。彼にとってこれはどうしても必要なことだったのだ。 なんなんだ、これは。なんなんだ、この世界は。なんなんだ、この現実は!こんなものがあるべき現実のはずがない! 第一次世界大戦の惨状を目の当たりにしてブルトンが抱いた憤りと絶望。徹底的な現実の拒絶。…そこから あるべき世界はこういうもののはすだ! と思索し実験し高らかに宣言する。 それが同時代、そして現代に至るまで人の心に共鳴するからこその名著なのだろう。 私もとても興味深く読みました。 (そこには多分にフロイトの無意識の発見からの影響があったのは明白なのでやはりフロイドもちゃんとおさえておきたいところだ…ムムム) (若者にこの力があるうちは世界に希望があるきがするが、現代はどうだろうか。少なくとも日本にその覇気は感じられない…何処かにはあるのか??) 実践となるとなかなか難しく、それで世の中を直接的に変えることはできるのかな?と思ってしまうが、人の心になにかしら影響を及ぼす、波紋を広げるというのはだいじなことだ。 シュルレアリスムそのものと言ってよい(らしい)自動筆記によって書かれた「溶ける魚」は読み進めるのに時間がかかってしまった。それはつまらないからではなくて(そう、不思議とつまらなくないし、読んでいて苦痛ではない)、字面が表面的に滑り始めると勿体ないなと感じて、そうなったら読むのを止めていたからです。これもまた原語で読めなければほんとうには受け取れない作品ではあるけれど…。読んでいてシュルレアリスム絵画や映像作品のようなものが頭に浮かんでくるけれど、それは実は逆で、ブルトンの文学的挑戦を画家たちが絵画でやってみようとしたらああなった、のですよね。でもシュルレアリスムと絵画との相性は多分良い。文章は文章である時点でそこに秩序がうまれる、あるいは求められるのに対し、絵画は一つの画面で言葉なしに様々なイメージを、不可思議を表出出来る。受け取る側も絵画ならわりとすんなりと受け入れられる。 ブルトンがシュルレアリスムに見出した不可視の光は私たちをも照らし貫くだろうか。また私たち自身がその光を見出だせるだろうか。 また折に触れて読み返したい本です。 取り敢えず100分de名著観るぞ〜
  • 2026年8月9日
    ブルックリン
    ブルックリン
  • 2026年8月5日
    森は生きている (岩波少年文庫 72)
    森は生きている (岩波少年文庫 72)
    巖谷國士先生の本によく取り上げられているので読んでみました。 スラヴの民話に基づく童話劇。読みながらずっと頭の中にチャイコフスキーの『四季』が鳴っていた。 奪うのでも盗むのでもなく、贈り物を謙虚に受け取ることさえできれば、人は身も心も豊かで幸せに生きられ、真の富が増え広がってゆくのだろうか。…って贈与論?? トンデモ女王や欲深継母に我儘義姉といった敵役はえげつないながらもコミカル。ヒロインは芯の強さが美しい。老兵士や博士のキャラクターも良く、実際の上演も観てみたいなあと思わせる。歌に溢れた素敵な戯曲でした!
  • 2026年8月5日
    小学館世界J文学館
    小学館世界J文学館
    小学館世界J文学館から『石の花』を読みました。ウラルの民間伝承からバジョーフが紡いだ物語。訳の語り口調も良く、面白く読みました。芸術の真髄、真の美しさを求める者はこの世からは飛び出していってしまう…。この本の前に『森は生きている』を読んだのだけどロシアの民話のヒロインの芯が強さはとても魅力的だ。婚約者カーチャはその愛で彼を呼び戻したものの、彼の心の一部はほんとうには石の花にとらわれてもう二度と帰ることはないのだろう。装画と挿絵も綺麗でした。 バレエも観てみたいな。
    小学館世界J文学館
  • 2026年8月4日
    僕の名はアラム
    僕の名はアラム
  • 2026年8月3日
    幻想植物園 花と木の話
    巖谷國士先生の花に纏わる小エッセイ集。小エッセイ…といえどひと月に1種の植物で3年間なので36もの草花に出会える。巖谷先生の思い出を軸として神話や物語、絵画などを絡めて語られるエッセイは読み応え十分ですし、なにより巖谷先生の植物に対する感性のやわらかさと繊細さが読んでいて心地好い。 文章から読者一人一人の眼前に浮かぶ花や木は、きっと世界に一つだけの幻想の植物になるだろう。マリゴールドの章が鮮烈なイメージとともに心に残りました。 巻頭に宇野亞喜良の挿画が28点、Galleryとして載せられているのもとても良かった。 草花との対話はアニミズムの一種であるらしい。とても頷ける。
  • 2026年8月2日
    女優エヴリンの七人の夫
    女優エヴリンの七人の夫
  • 2026年8月2日
    スラムに水は流れない
    スラムに水は流れない
  • 2026年7月26日
    アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
    アンドロイドは電気羊の夢を見るか?
  • 2026年7月25日
    おとぎ話の芸術
    おとぎ話の芸術
    この手の本は結構持っているしな〜という人(私)も満足できる内容で、買って良かったと思いました! 単におとぎ話の挿絵を集めて載せました〜というだけでなく、人間にとっておとぎ話とは何か、今日おとぎ話が持つ意味と役割など、文章もしっかりとしていて読み応えがあった。カイ・ニールセンが『ファンタジア』の「禿山の一夜」「アヴェマリア」の美術に関わっていたことや、ランク童話集はほとんどラングの妻が編纂したことなど、(私は)知らなかった情報も得られて良かった。(アンドルー・ラングは妻の名を全く出さなかった。オイ) 掲載された絵画も幅広く多種多様なものを扱っていて、2000年以降の作品も多いのがとても良い。アーティストたちはおとぎ話からどのようなインスピレーションを得ているのか。おとぎ話を通してなにを表現しようとしているのか。載せられた作品を観ているとこちらもただ「キレイ!」なだけでない何かを感じ取り魅せられ心を揺さぶられることになる。 とても良い本でした。
  • 2026年7月24日
    石とザアタルの地 パレスチナ文学アンソロジー
    石とザアタルの地 パレスチナ文学アンソロジー
  • 2026年7月19日
    シュルレアリスムとは何か
    巖谷國士の講義(講演)録。 1993年から1994年にかけて行われた講義は シュルレアリスムとは何か メルヘンとは何か ユートピアとは何か の全3回で『シュルレアリスムとは何か』、その根本のところを掴んでいこうというもの。 もうこの3章タイトルを見ただけで涎出ちゃうじゃないの〜 内容は入門編という感じなのだと思いますがまさに初心者の私にはちょうどよい。 特に3章は今まであまり考えたことがなかったのでなるほどなるほどということばかりだった。 【この本で学んだこと】 ・シュルレアリスムは「超/現実主義」でなく「超現実/主義」 ・「超現実」とは「非現実」的なことではなく「チョー現実」(「チョー」かわいいの「チョー」である) ・チョー現実、つまり強化された現実は、主観の見る夢というより客体/客観、オブジェクトの世界 …「自動記述」の方法に端を発するシュルレアリスムだが、自動記述の速度をどんどん速めていくと「私」という思考する主客/主観は消え去り、もっと大きなもの、「だれか」が立ち現れてくるという。そして考える私、私が考える、ではなく、だれかに考えられる私になってゆくらしい。そこには時間も存在せず、“ただオブジェだけが遍在する世界”がひろがる。これは結構危険なことで、狂気の世界へ飛び出していってしまい帰ってこられないこともありそう…。このあたりの話はスリリングでとても興味深かった。『シュルレアリスム宣言・溶ける魚』はやはりいつかは読んでみようかな。(ブルトンの文章ちょっと読みにくくて躊躇していた)。 ・シュルレアリスムとは「私」が何かに出会うというより「客体」が私に訪れるのを待つものであり、現実離れしたものではなくより強い「現実」が私の前にやってくる、私ではなく客体の創造/想像の世界なのである。 …てことかな… 思考的革命! メルヘンの章では 「ファンタスティック」と「フェーリック」についての話が気になった。もう少し「フェーリック」を自分で掴めるようになれたらいいなと思う。 先日見たシュルレアリスム展やおとぎの国のモードをさがして展で、シュルレアリスムとメルヘン(メルヒェン)は根っこを同じくしているのかなと思い、この本でもそう…なのだが 実はメルヘンの世界(妖精の国)とシュルレアリスムとは別物で正反対のものでもあると…。 このへんはモードに進出したシュルレアリスムとの混同が私の中であるのだろう。ベンキョーを続けよう。 思うにシュルレアリスムとシュルレアリスム風は全然違うもので、出来上がってきた絵画なりなんなりは私のような素人目には同じように見えてしまうこともあるのだと思う。 作り手は自分の作品をジャンル分け、カテゴライズしたりしてないだろうし… 夢の世界なのか、主観の幻視なのか、メルヒェン的世界を描いたのか…はたまたシュルレアリスムを絵画として表現してみたのか… 今までよくわからず観てきてしまった。 わかる日がくるかは謎だが今後いろいろ考えながら観てゆく楽しみができたな。 メルヘンの章はシュルレアリスム関係なくても好きな分野なのでとても愉しく読みました。(他の章も興味の尽きることはなかったけど)。  さてユートピアの章。 ・ユートピアってほとんどディストピアと同義語… ・ユートピアの反対語はディストピアでなく迷宮、ラビリンス。 ・西洋のユートピアと東洋の楽園は全然別でむしろ対立するもの。 プラトンが思想を現実に実現させようとするとどうもおかしなアブナイ方向にいくのは概念の世界を現実の世界に移し替えるときの齟齬というか軋みみたいなものなのかなと思っていたのだけれど、どうも思想そのものからして多分にディストピア的だったということか。 この本のなかで巖谷國士さんは現代社会、特に現代日本社会に警鐘を鳴らしている。といっても1993年の講義なのだから…その後30年余りで日本はどういう方向に進んだのか。 つまらない薄っぺらい安い現実で顔をなくし個性をなくし社会の機能として存在することに安寧すら見出していないか。 あ、ヤマザキマリさんもそんなこと書いてたっけ。 芸術に触れ文学に触れ今ある「当たり前」と思わされている現実にひびを入れる経験を積む。 …そんな人間も、そういうことをさせる芸術や文学や学問も、排除したいだろうね…
  • 2026年7月17日
    ジャッコ・グリーンの伝説
    ジャッコ・グリーンの伝説
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