
れりじおす
@kwancoffee
2026年5月12日
存在と時間(上)
マルティン・ハイデッガー,
細谷貞雄
また読みたい
人間にとっての最低限のリアリティの条件とは、そこから退出することなく、それに対して働きかけることのできる空間、もっと言えば単に居られる空間に住んでいることである。住んでいる、と言えることの条件は、安心の上に、さらに信頼とささやかな希望を持って身を投げ出せることである。逆に不安の只中にあっては、信頼や希望を持つことはできず、ましてや身を投げ出すことはほとんど不可能か、極端な場合にはそこから退出してしまうことになるであろう。ハイデガーは不安の根源を死と捉えたのであるが、それはいかなる居住をも不可能なものとする。ハイデガーは、唯一死に先んじて、住むことを可能にするあり方を実存と定義した。ハイデガーにとって、実存とは不安そのものなのである。しかし、不安は単なる恐怖とは異なり、その対象を避けることによって消え去るものではない。不安はリアリティの世界に住まうことに常に付き添うのである。ハイデガーにとっての実存とは、この不安の内に潜む死の自覚であった。死の自覚が、リアリティを刷新する瞬間と見做されたのである。それは、孤独な単独者の勇気を侍した決断である。