こだぬき
@tanugetti
2026年5月11日
さよなら、俺たち
清田隆之
等身大の個人的な告白を綴っていくこの本の形式それ自体が、「自分の弱さや内面を言語化することを奪われた男性性」に対する、語りのサンプルの提示なのかなと感じました。
「女子高生ブーム」の章で「俺たち普通の高校生って世の中から1ミリも興味を持たれていないんだなという思いだった。」と書いてあり、あえて無知な少年だった自分の主観をそのまま記述したのだと思いますが、
興味を持たれない=性的な消費をされない透明な存在(デフォルト)でいられる特権、ということに触れられていないことが気になりました。
当時感じたそのままの気持ちの鮮度を保ったまま「human being」の文脈に繋げる上で取捨選択が必要としたのかな。