
しお
@shioshio
2026年5月4日
イン・ザ・メガチャーチ
朝井リョウ
読み終わった
子どもの頃からずっと物語に救われてきた。はじめて持った夢は絵本作家だったし、小1の夏休みの宿題で、魚が主役のオリジナル絵本をつくった。ドラマも大好きだったし、坂元裕二に出会ってからは密かに脚本を書いてみたいという気持ちも持っていた。名前の由来もあって、気づけば自分の人生も一つの物語だと意味づけるようになっていた。自分の人生の主人公は自分だと思って生きていたかった。人生の出来事を伏線回収していく感覚がずっとあった。でも、最近はそれがきつくて。過去の全ての出来事が繋がって重くのしかかることとか。一つ一つの意味づけが重い故に他人と雑談ができないこととか。主人公として生きた結果、拡大解釈によって他者に重い感情を向けてしまうこととか。物語の中で生きるが故の視野の狭さ。ふと我に返って視野が広がった時に気づく、自分の痛さやキモさ。私も物語に没入した結果、自分の衝動を大事にして間違えたいと想ってしまうタイプだ。会いたいと想ったら会いに行っちゃうよね。相手がどう想ってるかなんて、やってみないとわかんないよね。けど、その結果ほんとに大事な人を失ってしまった。
進撃の巨人で1番好きな言葉が「俺が...見てきた奴ら...みんなそうだった...。酒だったり...女だったり...神様だったりもする。一族...王様...夢...子供...力...みんな何かに酔っ払ってねぇとやってらんなかったんだな...。みんな...何かの奴隷だった...。」なんだけど、それを思い出した本だった。常に疲れているのに何かにエネルギーを注がないと生きていけない私。そのエネルギーをつかって何に酔ったら良いの。何に酔えたら幸せなの。私のエネルギーは、気づかぬうちに誰かに搾取されてるの。この本みたいに俯瞰して世の中を捉えられたら、つまり物語に没入しなかったら、この苦しさは和らぐの。答えをくれるわけではない本だった。一つだけ、愛に溺れる私は、拡大解釈で物語をつくってしまう私は、大好きな人には近づかない方がいいことがわかった。