
ともろう
@tomororz
2026年5月15日
読み終わった
めちゃくちゃ面白かった。東浩紀のサブカル批評をわけもわからず読んでた時のような感覚だった。ヒップホップというジャンルの出自ゆえに、それへの批評が否応なく社会批評となり絡み合っている感じ。
第一部末尾に引かれるライムスター宇多丸の言葉は重い。
「彼はこう語った。東電も政府も責任を取らない、貧困が進む、レイシズムとミソジニーが吹き荒れる。そうしたポスト3・11をしてテン年代の日本社会を見て、こう言ったのである。
残念ながら、ヒップホップが似合う国になってしまいました
(略)日本語ラップが社会に根付いた時、日本社会は荒廃していたのである。」(152頁)
もしくは第三部でSEEDA『花と雨』分析において著者は次のようにいう。
「愚劣なもの、醜悪なものが、この社会ではなぜだか勝ち誇った顔をしていること。」その後引用されるSEEDA「Game」のフック。
ここに法がなければ銃を手にしてBlah!
殺したくなる輩が
法を手にして自由を奪い
俺の一生を左右する
「これこそが現実である。もし法がなかったなら撃ち殺されているような輩が、現実には法を自ら握っており、法に依存してなど生きていない強者の自由を奪い、従属させる。民主主義国家とは、それを支えている法とは、そのようなものとしてあらわれざるをえないものなのだ。クズのような者たち、反動的で否定的な者たち、低く下賎な奴隷たちが勝ち誇り、強者の「一生を左右する」という屈辱」。(350頁〜351頁)
「愚劣なもの、醜悪なものが、この社会ではなぜだか勝ち誇った顔をしている」!




