
えつこま
@e2coma
2026年5月16日
読み終わった
これは力作!!!10年分の雑誌「ビックリハウス」のコーパス分析、本当にお疲れ様でございました。若者の読者投稿がメインのサブカル雑誌「ビックリハウス」が発行されていたのは1974〜1985年。78年生まれの自分は、ビックリハウスに続く90〜00年代をティーン〜20代の若者として過ごしたので、そこに至る道がそんな感じだったのか〜っていうのがよくわかった。60年代の政治の時代からの転換、いろんな対象をおちょくって笑いへ転化する雰囲気、またフェミニズムに対する意識と態度のねじれ、ロックを社会批評的にではなく、ごく私的に解釈して語る姿勢(ロッキングオンに通じるような)とかいろいろ確かに、90年代以降に通じる土壌があるなーと勉強になった。あと、Xで最近よく話題になる糸井重里が編集者やってた時期もあり、なぜ彼があんな感じなのかもよく分かった。
(P303〜)多くの識者や研究者には、七〇〜八〇年代の若者たちが私生活に耽溺し、共同体を拒み、公的事柄に政治的・社会的コミットメントを行わなくなったように見えたかもしれない。しかしその無関心の表明や政治性・対抗性への忌避、差別的な言明そのものが、既存の社会運動や政治参加がもつ規範性や教条主義、表現に対する抑圧への対抗だった。
七〇〜八〇年代の若者たちが社会的・政治的コミットメントを嫌ったのは、世代のせいでも、生まれた社会の豊かさゆえでも、嗜好やライフスタイルによる多様化や細分化ゆえでもない。むしろ戦後日本が共同体参加において重視してきた自主性や主体性という価値を受け継ぎ、「人それぞれ」の多様性を尊重したからこそ、啓蒙や強制を伴う政治参加や社会運動を忌避したのだ。

