yh
@yh
2026年5月16日

ひたむきに生きる
澤地久枝
読み終わった
少し読んだ
古本
寝る前
@ 自宅
日中から、残り5章分を休みを入れつつ読んで、読み終わった。後半は読者に向けた人生論ではなく、徐々に内向的な文章になっていき、一人の人間、一人の女性としての来し方そしてこの後のそうであろうとする行き方の語りになっていった。
p.164:「否定すべき現実があって、否定すべき論理がわからないとき、そこには単なる拒否が残る」(中井正一『合理主義の問題』)
p.175:茶だちとは、茶断ち。神仏に願掛けするときに、一定期間お茶を飲まないようにすること。そのような願掛けがあるのか。日常的飲料を断つのは、かなり厳しいものがある。
p.199あたり。岩波文庫のファーブル『昆虫記』の、全20分冊中第17分冊に「数学思い出話」があるそうだ。既知から未知へだんだんと進んでいく前進(既知から発して、未知が既知となり、新たな未知が新たな既知により、また既知となり、といった風の前進)を、幾何学に見出したファーブルは、それを自身の性分に合うものと書いているらしい。ちょっと興味あり。読んでみたい。