糸太 "社会" 2026年5月17日

糸太
@itota-tboyt5
2026年5月17日
社会
社会
橋爪大三郎
複数の体と体をつなぎ、社会をつくる条件とは何か。ゼロ地点から積み上げるような原理的な考察は、かなりエキサイティングなものだった。 社会をつくるのは、「性」「言語」「権力」の三つの作用であるという。「言語」は全ての前提となるのでおいておくとして、私には、いま生きている社会が極端に「権力」の側へ傾きすぎているように思えた。 たとえば様々な場面で、「言語化」が求められることが増えている。これは自分の内側にあるあれこれを「形式」に落とし込むことで、自分以外の体と共有することに他ならない。つまり意味の整合性をはかる「権力」による、人との繋がりをより重視するようになった傾向にも見える。 さらに、飛躍するようだが、この背景には資本主義がべったり張り付いている気もする。 なぜ内側を共有したいのか。きっと、共有こそが「価値」になるからだ。だからいとも簡単に「貨幣」に置き換えらる。貨幣も言葉と同じく形式であるから、さらに遠くにある体の内側をも次々に通り抜けていく。 でも、こうして突っ走ってきた資本主義は、行き詰まりを見せ始めている。もちろん地球環境などの外的な問題もあるが、それぞれの社会が一度は受け入れた「貨幣」のような共通の価値について、体の内側のレベルで違和感があることに気づき始めたようにも感じられる。やっぱりその言葉の意味は私たちの感覚には置き換えられない、と感じることは自然にあることだろう。無意識下にあった「宗教」の違いも無視できなくなる。そうなれば「権力」の地盤は大きく揺れる。 だから、みんなが改めて考える。そもそも私たちは何で繋がっているのだっけ? ゴリラの研究で有名な山極さんが言っていた「社会脳」の話を思い出す。人間の脳は社会集団のなかで生活するために大きくなった。顔や性格を覚えたりする複雑な処理が必要なためだが、その許容範囲は大体150人くらいだという。 たとえばこれを、直接声が届くくらいの距離と考えたらどうだろう。文字が生まれる前の言葉、つまり誰々の体から発せられた声という、体から体へと直接働きかける作用による繋がりこそ、私たちホモサピエンスがつくれる社会の規模と考えられなくもない。 もちろん「権力」による繋がりによって、私たちの生活水準が向上して来たことは疑いがない。でも、これからの社会を夢見るにあたって、それに加えたオルタナティブな作用を模索するのも楽しそうである。 先日読んだアメリカのスモールタウンの話も思い出した。毎週金曜日の夜、コミュニティのメンバーが近所の公園に楽器を持ち寄って、自分たちのルーツであるアイリッシュ音楽を演奏する。車座になって音楽を楽しむ人たちは、おそらく「言語」にならない何かを、肌と肌で確かめ合っているのかもしれない。 こうした人とのつながり、社会のあり方は、前近代的なものとして忘れ去られようとしている。だが、それを未来へと希望として捉え直した時、現代のテクノロジーを利用した新たな工夫も考えられよう。ここから生まれる幸せは、私たちの生活をより豊かにする可能性だってある。 橋爪さんは言う。「生まれてからの出来事の積み重ねを考えてみよう。家族、学校、就職、結婚…。そうでなくてもよかったが、そうであるしかなかった出来事の積み重ね。自分のあり方が偶然に左右されたからと言って、いまこの自分にコミットしないでいいわけがあろうか。(中略)近代も同じではないだろうか。自分が生きるその社会なのだから」 現状を解体しようと試みるのは、未来への夢想に手を貸して、責任を持って実際の一歩を踏み出すためだ。これはきっと知の巨人による高らかな鬨の声。そう思ったら、なんだか胸が熱くなった。
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