@s_ota92
2026年5月21日
p50
「ηなのに夢のよう」
p59
「「難しい手続きこそが、生きていくこと、生き続けることの象徴だからだろう。」」
p70
「「ちょっといないんじゃない、こんな素敵な人って。」」
p82
「「ああ、やっぱり、だいぶ変わったな。」金子は窓の方を向いた。「いや、少し、なんていうか、救われたかな。誰でも、ちゃんと成長するんだな……、いや、ごめん、表現が悪かった。なんていったらいいのか、とにかく、大人になったな。」」
p86
「「静けさをときどき愛してあげたいかなって。」」
p90
「「いや、隠してはいない。隠していたのは、君だよ。」」
p90
「「その反動で、自分には関係のない事件に首を突っ込んだ。自分には関係のない死を、求めているようだった。」」
p90
「「でも、だとしたら、私はずっと、夢を見ていたのでしょうか?この十年間、すべて夢だったと?」」
p92
「「本当のことはわからない。事故の調査委員会は、断定的な議論を導けなかった。確固たる物証はない。しかし、人為的な破壊工作の可能性を否定することもまたできなかった。そうすることが、航空会社にも、航空機メーカにも有利なはずなのに、それを結論として書けなかった。何故か。おそらくは、あれ自体が、脅迫状のようなメッセージだったからだ。航空会社もメーカも、そして政府も、脅されていた。何にだと思う?」」
p92
「「飛行機が落ちた理由がわからないのは、それがハード的な行為ではなかったからだ。チップに残ったコードはたとえ、それをすべて取り出すことができても、誰にも完全に解読はできない。それを作ったものにしかわからない。そのチップは、明らかにほかのものよりも優れていたから、あっという間に普及した。これまでにないアーキテクチャだった。しかし、細部に至るまで構造のすべてがチェックされていたわけではない。そんなことはできないんだ。何故なら、人類の誰にも、それを作り出すことができなかったからね、ただ一人を除いては。」」
p94
「「なんでもできただろう。いつでも、どこでも、真賀田四季に不可能はない。」」
p98
「「その答は、今の僕にはわからない。わからないから、保留にするしかない。」」
p99
「「西之園先生が、どれだけ君を愛していたか、真賀田博士は、そのとき見ただろう。彼女は、一度見たもの、一度経験したものを、常に再生できる。忘れない。記憶が劣化しない。」」
p100
「言葉で聞くことなんて、実に簡単だ。どんなに残酷なことでも、言葉にすれば、単純。」
p117
「しかし、会いたいという欲求に比べれば、会える時間は、気が遠くなるほど少ない。彼に会える時間が、残りのすべての時間の目標になってしまっている。」
p121
「窓の外を見ろ。いつかきっとこうなることはわかっていた。大切にしろ。今は自分の中にあると認められるものを。」
p135
「「どうして?ラヴちゃん、医学部でしょう?」「ああ……、なんか今、デジャヴ。」」
p144
「西之園は少し驚いた。犀川の気遣いが意外だったからだ。これくらい自分にも気を遣ってもらいたいものだ、と一瞬思った。」
p145
「「悪事が行われていない、という点だ。」犀川は言った。「悪事が行われていない?」「強いていえば、正しいことが行われている。」」
p148
「「納得できるものと、納得できないものの違いは何?」」
p151
「「たとえば、仮に意味があったとしよう。なにかを示していたとしよう。しかし、その示すものもイドラだ。我々の側の理由ではない。我々の側の理由があれば、それこそ、さらにもっと大きな謎が生まれるだけだね。」」
p153
「「続けよう、君がどうすれば良いか、立場は、僕とほぼ同じだと思う。しかし、少なくとも、君が思考することだ。君の自由だ。」」
p153
「「愛情の差でしょうか?」西之園は言った。顔が笑っているかもしれない、と自覚。「それ、ジョーク?」犀川はきいた。」
p156
「「あの、なんていうか、一緒に暮らすことになった。えっと、その、結婚して……。」」
p167
「「わかりそうなものまでも飲み込んで、大きくなったのです。」」
p168
「真賀田四季に関する情報は、すべて真賀田四季が故意に見せたもの、演習された舞台を、観客席から眺めていたにすぎないのではないのか。」
p169
「わからないという意味は、すなわち、真賀田四季が犀川創平には興味を持っている、と考えていることになるのか。」
p174
「「どちらも、真賀田四季から離れることはできないでしょう。離れた方が即座に不利益を被ります。それが、いわゆる均衡というものです。ある意味では、世界の平和がこの均衡によって保たれているともいえます。」」
p175
「寂しくもない。恐くもない。不安でもない。腹立たしくもない。ただただ、生きていることが悲しいと思った。人間の存在が悲しいと思った。」
p177
「たぶん、そんな恐ろしいことをする意志の存在が、どうしようもなく悲しい。そういう人間の成り立ちがとても悲しい。つまり、人間というものが、そもそも絶対的に悲しいものなのだ。苛立たしいものでもない。恐ろしいものでもない。寂しいのでもない。ただ悲しい。悲しすぎる。」
p177
「苛立たしいのも、恐ろしいのも、寂しいのも、なんとかできる。きっと解決ができる。けれども、悲しみだけは、解決がない。悲しいというのは、解決がない、という意味なのだ。」
p178
「こんなに悲しいのは、悲しみを受け止めることができるようになったからだ。きっと、この十年間に溜まっていた涙なのだろう。もう、運転ができる、と思ったが、犀川に電話をすることにした。運転よりは、そちらの方が、泣いていてもできる。」
p178
「「わかった。なんか、元気がないね。」「そんなことありません。」「そう?」「ちょっと、月を見て、悲しくなってしまったの。」「今日は、月は出ていないだろう。」フロントガラスに顔を近づけた。見える範囲の空は真っ黒だった。」
p179
「「ああ、じゃあね、出しておくよ。」「え、何をです?」「月を。」」
p179
「しばらく緩やかなカーブを走ると、前方に満月が見えた。」
p181
「瀬在丸紅子は、コンクリートの上に降り立った。」
p181
「一人は年輩の男性で、数学者の深川恒之。彼とは顔見知りだ。瀬在丸が若い頃に世話になった小田原長治の弟子である。小田原は世界的なを馳せた大数学者だったが、深川はそんな一流の研究者というよりは、大学で数学を教えている教師である。」
p185
「小田原は既にこの世にいない。しかし、彼の娘は、世界のどこかで生きている。その彼女、藤井苑子は、名の知れたテロリストだ。瀬在丸はやはり若い頃に彼女と会ったことがある。」
p185
「なんと、世の中の結びつきとは複雑なものだ。どんどん複雑になっていく。最初は、まるで蜘蛛の巣のように、その構造が成立する最適の形で構築されるのに、未来への不安からなのか、どんどん補強され、それに従って醜く糸が張り巡らされる。そのうち、自分の糸で身動きが取れなくなるのではないか。」
p188
「「無意識でも生きていける最低限の活動はするわけですね。」瀬在丸は頷いた。「生物と同じ。素晴らしいなあ。」」
p189
「「焦げ痕があります。」」
p193
「「久慈さんは、スワニィ博士をご存知でした?」瀬在丸は尋ねる。」
p195
「「つまり、普通の状態の人間の頭脳は、視覚が捉える映像や、あるいは言葉でしか入力ができません。信号を直接解析するにも、直接入力するにも、新たなデバイスが必要となります。」」
p197
「「この世界は、彼女が作ったといっても良いでしょう。ある意味、我々の知的財産は、すべて真賀田四季の頭脳に吸収されつつある、といえるのでは?」」
p199
「「もし私だったら、ここに隠れます。」「真賀田四季が、ここに隠れているとおっしゃるのですか?」」
p204
「私だったら、簡単に死んでしまうだろう、と彼女は考えた。真賀田四季という人物も、おそらく同じだろう。生きることに執着しているはずがない。肉体に執着しているはずがない。死をまったく怖れていない。頭が正常に働いているうちは、そうだろう。」
p205
「生きている状態に価値を見出せるかどうか、だろうか?生きていることで得られるものは、何だろう?生きていることで得られるものは、生きているときにしか感じられないものか。生きているうちに得られないものもある。たとえば、多くの名声はそれだ。しかし、本人が得たわけではない。それは、単なる名前の同じ、本人に対する他人の認識、形容が変わるだけのこと。つまりは、言葉の定義が変化するだけのこと。本能的なものを除けば、そもそも生きる価値など、最初からないのだ。まったくの幻想でしかない。」
p205
「夢だ。そう、眠っている時の夢と同じ。夢の価値は、起きたときには綺麗に失われている。似ている。夢の価値とは何だろう?苦しい夢を見ているときは、早く覚めてほしいと思う。それは、死を願う気持ちとまったく同類だ。」
p209
「綺麗だ。光は綺麗だ。見えなくなる刹那。輪郭が消え、境界が混じり、融合していく美しさ、輝かしさ。」
p214
「椙田泰男は、都内のある豪邸の一室で、美術品を確認していた。」
p220
「すると、奴がここに来たときには、ぶら下がっている旧友を見ることになるだろう、びっくりするだろうな。うん、面白い。なんなら、デスクの上のメモ用紙に、≪ηなのに夢のよう≫とでも書いておくか。」
p221
「欲しいものはできるだけ少ない方が安全だからだ。」
p224
「信用はしているが、念には念を入れるのが彼の信条だった。」
p226
「「そうそう、瀬在丸紅子さんに、公安の沓掛警部が会いにいきましたよ。」赤柳が話す。」
p231
「「それは無理だろう。納得するということは、なんらかの解釈をするわけで、その解釈をすれば、その次が確かめたくなる。気になる。見たくなる。どこまで行っても奥はある。底なしだ。」」
p254
「「はい、申し訳ありません。たった今なんです。あの、昨夜は犀川先生とご一緒だったので……。」「あらまあ。」瀬在丸はほほほと笑った。」
p261
「「それじゃあ、ηの演出を、深川先生がされたということですか?」」
p261
「「引っ越すべきです。」」
p262
「「突然自殺する人って、珍しくないわよ。私だって、明日あっさり自殺しているかもしれません。人間なんて、そんなものではありませんか?今日大丈夫だから、明日も大丈夫なんて、約束はとてもできないでしょう?」」
p264
「どんな理由ならば満足できる?否、満足など絶対にない。どんな理由も、結局は拒否するだろう。」
p265
「「ですから、自殺についても、そんなに不思議なことではないと私は理解しています。なかには、生きることに執着する人もいますけれど、それとまったく同じレベルで、反対の道を選ぶ人もいる。どうせ一度死ぬのならば、自分で今と決めて死にたい、と考えるのね。そう、たとえばね、立っている場所がもうすぐ崩れ落ちるというとき、崩れるぎりぎりまで待つ人と、自分からジャンプして落ちていく人がいるんじゃない?それだけの違いでしょう?どちらも生きたのです。一回生きて、一回死んだのです。同じじゃありませんか?」」
p272
「「W大から、助手に君を欲しいと言ってきた。」」
p277
「反町愛と金子勇二は、新居のマンションを契約し、そこで同居することになった、と電話で伝えてきた。」
p280
「「トーマね、大丈夫?お医者に連れていった?」」
p281
「「さようでございますね。はい。こればかりはいたしかたがないものと。私めももう長うございません。」」
p284
「玄関を入ると、諏訪野が出迎える。いつものような笑顔ではなかった。無言である。」
p286
「そのうち、動かないトーマの顔が、幸せそうに、楽しそうに、笑っているように見えてきた。」
p286
「彼女の涙で、トーマの毛が濡れていた。」
p287
「「ありがとう、トーマ。」」
p288
「「もし差し支えなければ、私も東京にご一緒したいと存じます。しかしながら、もしも、お嬢さまが、私めを足手まといだとお感じになられますならば、それはその、いたしかたのないところであろうかと……。」」
p288
「彼女はもう一度横になって、トーマの胸に頬を寄せた。何度口にしても足りないと感じる言葉だった。」
p288
「「ありがとう。」」