
中野
@nowoyuku
2026年1月24日
父と母 悔恨の手記 「少年A」 この子を生んで……
「少年A」の父母
読み終わった
図書館本
あの「少年A」の両親の手記だが、「普通の親」的側面の中にところどころ「ん?」となる部分が多々あった。しかし、それはわたしの思う「普通」からズレているだけで一般?にはもしかしたら妥協点であるのかも知れず、また時代も違うことであるし、「普通」とは何かを考えさせられる本でもあった。
少年がしたことが許されないことはもちろん大前提として、形は違えど死に魅入られた人間にとって、「生の素晴らしさ」とかを真正面から説かれるのって割と絶望ではある。「ああ、話通じないな、言っても一生わかんないんだろうな、この人たちには」って途方もない孤独を感じる。
そして、一般には「生の素晴らしさ」を語る人の方が「正しくて」、やっぱり死に魅入られた側は生きているだけで否定され続けていく。その自己への評価に対する不満や疑問が我慢の限界に達したのかもしれない。しかし、我慢の限界に達したとしても、やってはいけないことをしたのは事実。
わたしが1番ゾッとしたのは、息子の部屋でそういうビデオが見つかった時、母が父に相談して(? すみませんうろ覚え)、父が「そんなに見たいなら一緒に見よう」と言って息子の部屋で一緒に見始めたことがあったというところ。父と息子ってこうなのだろうか?普通、絶望じゃないだろうか。
思春期の男子のそういううっかり見つかっちゃったシチュエーションで考え得る限り最悪じゃないかと思ってしまう。ある程度、そっとしといてくれ(やれ)よ…と思いません?しかも「性教育」的な感じで真面目と言うわけでもなくライトな友達のような父親としてふざけてる感じでもなく、実に中途半端な感じなのがまた…。
