
あやさび
@ayasabi
1900年1月1日

読み終わった
@ KIMAMA BOOKS(キママブックス)
5号のテーマは、「料理がしんどい」。いろんな方が、料理をすることのめんどくささや、そもそも料理すること、つくることってなんだろう、ということについて話しています。
私たちの現実(と理想)という特集の座談会の中で、
「料理家のコウケンテツさんの家は、朝食はセルフサービスだって雑誌に書いてあった。「僕は料理人だけど、家族の食事を毎食作るのは辛いです」と言っていて、前日の残りとか、みんなが好きなものを食べて「行ってきまーす」と出かけて行く。」p19-20(「料理がしんどい」より)
というお話を読んだ時、爽やかに楽しそうに料理をするコウケンテツさんでさえ、毎食作るのは辛いと知り、少し安堵しました。そして、朝食のセルフサービスというアイデアは、無意識に他者に委ねてしまう日々の家事に対し、各々の自発性を促し、自立的な生活を過ごすのに効果的ではないかな、と思いました。
しんどさを緩和するいろんなアイデアがある中、スープ作家の有賀薫さんのインタビューは、冷静沈着で、料理をする上での的確なアドバイスがあり、必見です。
「日々料理をする人たちには、「受け身じゃない方がいいよ」と伝えたいですね。いま、インターネットをはじめメディアには情報があふれています。でも情報って、大勢の人に受け入れてもらえるように「標準化」されているもの。…略…自分が食に何を求めているのか、何のために料理するのかをいったん掘り下げて考えること。先ほども言いましたが、メディアの情報には「あなたへの答え」はありませんから。」p23-24(「料理はもっと自由であっていい」より)
わたしはなんで、めんどくさいなあと思いながらも、料理をしたいんだろう。好き嫌い、節約、体調管理、ダイエット、環境問題、etc…。
料理をしている時、台所にいて、食材を触ったり、切ったり、煮たり、炒めたり、いろんな音がして、匂いがして、料理の時間が生まれて…、それが今のわたしの暮らしを実感するひとつの方法だからかもしれません。
実感することが希薄な今の時代、料理は今のわたしの暮らす世界を表すシンボルになっている…。だとしたら、料理をするなら、その時その時のわたしに合う料理をしたらいいのではないか。
外食、コンビニ飯、自炊…、そのときのわたしに合うしんどくない料理が、きっとわたしの料理なのかも。
「要するに「正解はない」ってことなのかな。料理にも生き方にも、 万人に当てはまる正解なんてない。だからこそ、一人ひとりの「ここ(胸)にあるもの」を大事にしようよっていう・・・・・・。うーん、ここに本質がある気がしますね。」p51 (「つくるって何だろう?」より)
わたしはどんな料理がしたいんだろう、それは、どんな暮らしがしたいんだろう、に繋がっていきます。
料理がしんどいってことは、きっと暮らしに対する考え方が少し辛くなっているのかも…。
楽しい料理になるように、楽しい暮らしに繋がるように、今日は鍋にします。
材料を切るだけだし、洗い物も楽ちんですしね。
追伸…撮影担当の長野陽一さんは、わたしの憧れの写真家さん。
KU:NELの頃(20年前…)から大好きで、HeHeさんから出ている『長野陽一の美味しいポートレート』は宝物。
こんな写真が撮りたいと、長野さんの真似ばかりしています。
長野さんと写真の話をしたときに、料理の写真を撮るときは、人を撮るポートレートのように撮影していることを教えていただきました。だから、料理写真だけれども、その人の空気や生活感が満ちているのでしょうね。
長野さんの料理写真は、それまでの料理写真の常識を覆した、新しいものでした。それからは、長野さんみたいな写真が世の中にたくさん溢れかえりました。今もその影響は続いています。わたしも大いに影響を受けています。