
いぬい
@inuiru
2026年5月24日
経験する機械
アンディ・クラーク,
高橋洋
読み終わった
脳は常に世界を予測しており、誤差との修正を繰り返すことで知覚や行動を経験している。私たちは世界を受動的に認識しているのではなく、身体感覚や外部環境などと相互に作用しながら現実を構築している。
この本に書かれている「予測処理理論」というのを乱暴に要約するとこんな感じ。
興味深かったのは、脳が予測とエラーの修正を行うときに内部の情報や文脈だけではなく外部の情報、環境から補完するということ。極端な話だと、誤った予測を実現するためにないはずの痛みを感じたり、見えているはずのものが見えなくなったりもする。
脳の働きは単に頭蓋骨のなかで起きているのではなく、身体の状態や外部資源からも情報を調達して、精度の高い予測を行おうとしてる。
つまり「心」のようなものって、じぶんひとりの頭のなかにあるんじゃなくて、世界と接続してるんだってこと。これは結構エウレーカだった。
いままでは、「世界は変えられないけど、じぶんのことは変えられる」とかさ、「世界が醜く見えるなら、それはじぶんが世界をそう解釈してるから」とかさ、ある意味では、じぶんというものが内側にあって、外側の世界を体験してる、そういう感じだった。
でも、この本を読むと「自己」というものはもっとあいまいと言うか、じぶんを取り巻くもの、目覚ましにしている鳥の声とか、考えごとをするときの紙とペンとか、いろいろなことを材料にして、考えたり感じたりしている。引越しとか転職とかで環境が変わるとストレスを感じることがあるけど、あれは単に「慣れない環境のストレス」というだけじゃなくて、それまでの環境、それ自体が「心の一部」だったということらしい。
これはなんか豊かな考えだなと思った。解釈の責任を世界に押しつけるわけじゃなく、自己を拡張すると言うか、世界をじぶんの一部だと認識していく。「じぶん」というひとつの、独立した自我があると思いたいときもあるけど、この考えだともっと柔軟に、大きく「じぶんの世界」を捉えられる気がする。
" 脳は、実践的行動を起こすのと(同じ理由で)同じように簡単に外的資源を調達し、神経回路のさまざまな側面を活性化させる、予測する機械なのだ。予測処理が展開されるにつれ、人間の経験と思考は、神経活動、ならびに脳と身体の濃密なネットワークによって内部から、また、私たちが生活している高度に組織化された技術的社会によって外部から織り上げられる。こうして、循環的な因果関係の網の目が構築され、そのなかで心はつねに身体や世界に開かれているのである。"
よく「心を開く」という言いかたをするけど、分かるけど分からないと言うか、具体的にどういうことなんだろうとは思ってた。でも、この文章から「心って構造的に開かれたものなんだ!」と分かって、ちょっと感動した。脳って、常に世界を探索しているんだよ。


