ちゃそす
@1000book_zautusu
2026年4月28日
給料はあなたの価値なのか
ジェイク・ローゼンフェルド,
川添節子
読み終わった
44
給与を決めるのは職業の特性でも、あなたの労働力としての価値でもない。
では、給与をはどのようにして決まるのか。
「権力」「模倣」「慣性」「公平性」
この四つの観点から、給料に関する神話を紐解いていく。
雇用主も、労働者も、等しく「成果に応じて賃金を支払う (受け取る)べき」であり、「成果に応じて賃金を支払っ (受け取っ)ている」と考えている結果が本書では示されている。
だが、その成果はどうやって測れば良いのだろうか。
生産力?売上?契約数?
わかりやすいものもある。だが、それは本当に個人の成果と言えるのだろうか。
どの成果も協力や連携といった相互作用下において得られたものに他ならないとしたら、一体どうやって個人の成果を切り分ければ良いのだろうか。
契約件数が給与と直結する営業は、他をフォローすることや、顧客の利益軽視するかもしれない。
このように単一視点での評価はこういった社員同士を協力させるよりもむしろ競わせ、協力や連携によって生まれるはずだった生産力を損なう結果につながってしまう。
事業の発展における個人の成果とは、定量的測定できるものではない。
では個人の能力によって給料が決まらないのだとしたら一体どうやって私たちの給料は決まっているのか?それは、4つの要素によって決まる。
一つ目は「権力」。
権力者、つまり雇用主によって賃金は決められる。低い賃金は労働者と雇用主の間に対立を生み、幾重もの交渉を繰り返した末に双方の妥協する賃金に収まっていく。そうして労働者が屈した、あるいは勝ち取った賃金はそのまま受け継がれていく。これが「慣性」だ。そして新たに生まれた企業は既存企業の賃金を参考にして自社の賃金を決める。これが「模倣」。最後に雇用主は同等の仕事に従事する労働者間の賃金格差をなるべく小さくしようとする。それが「公平性」だ。この4つの力学によって給料は決定しているのだと本書では主張している。
中でも特に「権力」と「公平性」に筆者は注目している。
ステークホルダーとして株主が重要視するべきという動きにより経営者の報酬が株式に連動するようになったことで、株主資本主義が訪れた。これにより、経営者は従来の経営者企業モデルで重視された社会的責任、つまり従業員や顧客サービスへの還元よりも、株主への責任を重んじるようになった。
本書でも資本主義のダークサイドと書かれていたように、私はここに金融の悪辣さを見た。金融的な尺度だけで物事を測ると、企業活動は利益の奪い合い、つまりゼロサムゲームのように見えてしまう。だが、幸福はゼロサムゲームではない。従業員の賃金、顧客へのサービス、地域社会への責任は、株主利益と必ずしも対立するものではないはずだ。
金融の、利益を総撮りして”勝者”になろうとする働きは、一方でたくさんの敗者を生み出す。サービスの価格を上げ、従業員の賃金を削り、結果株価が上がったとして、本当にそれで良いのだろうか。
世間の幸不幸は巡り巡って必ず自分のところにやってくる。そういう世の中の法則を株主資本主義の動きは全く無視しているように思えて、私はそれを好ましくないと感じた。
話が逸れたが、この株主資本主義がアメリカで賃金が上がらない要因の一つであるという。経営者が従業員の給料を上げることに対する株主の制裁が、経営者の判断を難しくしている。
この解決手段として、取締役会に従業員も参加するべきだという考えがある。全ステークホルダーに向けて説明責任を果たすことが、経営者企業モデルへの回帰につながると考えられている。
「公平性」に関しては、日本のサラリーマンにとって興味深いことがたくさん書かれていた。
同じ業務をしている二人の間に給与格差があったとき、低くもらっている方は不公平だと感じ、会社へ同等の給料にするよう訴えるだろう。だが、自分が他よりも少ない給料をもらっていることを知らなければ行動を起こすことはない。つまり「公平性」のためには、従業員全員の給与を知ることが重要である。
アメリカでは従業員が給与について話すことを企業が禁ずることを違法としている。それでも守らない雇用主が多いのは、情報が従業員へ給与交渉のための力を与えるからだ。
日本ではそういった規則はないが、なんとなく給与に関して話すことをタブーとする空気がある。だが自分の給与が、昇給が、評価が正当なものなのか、自分の給与だけでどう判断できようか。もっと従業員間で気軽に給与について話せるような環境があれば、組合への参加意識や交渉力ももっと増すのではないだろうか。
私たちは給与を自分の価値と結び付けて、低い給与は自分の評価を反映していると思うからこそ、給与について話しづらさを感じるのだと思う。
だがこの本に書かれている「給与は個人の評価によるものではなく、単純に需要と供給によるもの、あるいは社会的な力と政治的権力によるのものである」という主張は、私たちがもっと給与についてオープンに話し、正当な給与額とは何かについて考えることを助けるだろう。今日本では給与の伸び悩みが問題になっているが、今の給与体制をただ受け入れるのではなく、そもそも今の給与額は「権力」と「模倣」、「慣性」によるもので、正当な根拠などどこにもないのだということを念頭に置いた上で、一人ひとりが考えていかなくてはならない。本書はそのきっかけをくれた。