綾鷹 "オリバー・ツイスト" 2026年5月31日

綾鷹
綾鷹
@ayataka
2026年5月31日
オリバー・ツイスト
オリバー・ツイスト
ディケンズ,
唐戸信嘉
19世紀のロンドンを舞台に、天涯孤独の孤児オリバーが過酷な運命や悪の誘惑に負けず、純粋な心を失わずに幸福な人生を掴み取るまでの成長と波乱万丈を描いた物語。 結末は主人公にとって都合が良すぎるのでは...と思ってしまったが、主人公が不遇でも善意を捨てず、最後に報われる定番のストーリーは快かった。 ・翌朝オリバーは、ずっと元気な気持で起きた。そして、いままでにない希望とたのしさにみちみちて、例の早朝の仕事にとりかかった。小鳥たちはふたたびもとの場所で歌うように、籠を外にかけられ、美しい野花は、再びその美しさで、ローズをよろこばすために摘みあつめられた。恐いにつつまれた少年の沈んだ服から見れば、過去数日のあいだ、美しくはあるが、あらゆるものの上におおいかぶさっていた憂愁のかげは、魔術にかかったように消えてしまった。露は緑の葉の上で、前にもまして明るくきらめき、風はその葉の間で、前にもまして美しい曲を奏で、空は前にもまして青々と澄みわたっているように思われた。わたしたちの心理状態というものは、こんな風に外界の事物の状態にまで影響を及ぼすものである。自然をながめ、人間を見て、すべては暗く、憂鬱であると叫ぶ人たちは、そう叫ぶだけのいわれがあろう。だが、陰鬱な色は彼らのゆがんだ眼や心の反映にすぎないのだ。現実の色は、美しいもので、もっと澄み切った眼で見ることが必要である。 ・この世での出世には、実収入が多いという点とは別に、この出世と結びついた上衣やチョッキから、独特の値打ちや威厳を生ずるものがある。陸軍航には軍服が、僧正には精のエプロンが、弁護士には絹のガウンが、教区更には三角帽がある。僧正からエプロンを、教区更から帽子やモールをとりあげたら、彼らはいったい何者だ。人間、単なる人間にすぎない。威厳や、また神聖さですら、時には、ある人たちが想像しているよりも、はるかに上衣やチョッキの問題なのである。 ・バンブル氏は見事に不意打ちをくわされ、見事に負かされた。彼は空威張りする明確な性質を有し、弱いものいじめをしては、ささやかならぬ楽しみを感じていた。したがって、(いうまでもなく)臆病者であった。これは決して彼の人物をけなすことにはならない。というのは、深い尊敬を払われ、讃美の的となっている多くの役人たちは、いずれも同じような弱点をもっているからである。実際、この言葉はほかの人よりもむしろ彼のためにつくられ、彼がいかに役人向きの資格をもっているかということを、読者に印象づけるために、つくられたようなものであった。 ・「叔母さまじゃない」と叫んで、オリバーはローズの頭にかじりついた。「決して叔母さまなんてよびませんー|お姉さん、ぼくの大好きなお姉さん。最初から心のどこかで強く魅かれるものを感じていたんです!/ローズ、大好きなローズ」 二人の孤児のあいだに、滴りおちた涙よ、神聖なれ。二人のながく熱い抱擁のあいだに交された、とぎれがちな言葉よ、神聖なれ。この一瞬の間に父を得て父を、姉を得て姉を、母を得て母を失ったのだ。喜びと悲しみが一つの盃の中にまじっていたが、苦い涙は一滴もはいっていなかった。悲しみそのものさえやわらげられ、甘美な、やさしい思い出につつまれてわき上って来たので、それは厳粛なよろこびと変り、苦痛としての性格を一切失ってしまったからであった。 ・作者は、その中にまじってながながと行動して来た人々の二三の人と、しばらく名残りを惜しみ、彼らの幸福を描き出すことによって、その幸福のご相伴にあずかりたいと思う。ローズ・メイリーは若い女性としてあでやかに花咲き、かそけき人生の小密に、やわらかな、やさしい光をそそいだが、その光は、彼女とともにこの小径をたどるすべての人々の上におとずれ、彼らの心へあかるく射しこんだ、ということをお知らせした下 い。作者は彼女を冬の炉辺のつどいや、酸頼たる夏の集りの中の、花形とも喜びとも描きたいと思う。また、真昼には彼女のあとについて、蒸暑い野原をさまよい、月かげさやけき夕べの散歩では、彼女が美しい声で歌う低い調べを聞きたい。家の外にあっては親切と慈善の権化のような彼女、家庭にあってはにこやかに、疲れも知らず、家事一切を切り廻している彼女を見まもりたい。彼女とその亡くなった姉の子が、たがいに愛しあいながら、たのしげにすごしているさま、あのような悲しい事情で失くした友人たちのことを思いうかべながら、時をすごしているところを描き出したい。彼女の脇にむらがっているうれしそうな小さな顔を、もう一度、眼の前によびあつめ、その子たちの楽しげな片言をきいていたい。あのさわやかな笑い声をもう一度呼び返し、やさしい暮い眼にきらめく、同情にみちた涙を見たいものと思う。すべてこのようなもの、さまざまな表情や微笑、考えごとや言葉のかずかずを!わたしは誰の眼にももう一度見せてあげたいと思う。 ブラウンロー氏が毎日のように知識の宝庫でオリバーの心を満たし、オリバーの天性があらわれて行くにつれ、自分が仕立てあげたいと思っている通りの、ゆたかな素質を見せて行くにつれ、ますます彼に対する愛着を強めながら、日を送ったこと彼の胸奥に、悲しいながらも、甘美で、心なごむ古い憶い出を呼びおこす、若い頃の友人の面影を、オリバーの中に新しく見出したことーそしてまた、逆境によって試練をうけた3w 二人の孤児が、その教訓を、他の人々に対する同情や、相互の愛や、彼らを悪りいつくしみ絡うた神への熱烈な感謝の中に、忘れずに生かしたこと上しこれらはすべて語るにも及ぶまいと思う。わたしは彼らが真に幸福であることをすでに語った。深い愛情や情にあふれた心、その掟は慈悲であり、その偉大なる属性は、生きとし生けるものへの仁 慈である造り主への感謝なしには、この幸福を得ることはできないのである。 古い村の教会の祭壇の中には、今のところではまだ、ただ一語「アグネス」という文字のみを彫った白い大理石の板がおいてある。その墓の中には柩ははいっていない。そ オリバー・ツイスト の墓の上に他の人たちの名が記される日の、幾年幾十年の先であることを希う。しかし、もしも死者の魂が地上へ帰って来て、生前に知っていた人々の愛ー墓をも越える愛によって浄められた場所を訪れることがあるものならば、アグネスの霊は必ずこの厳粛な一隅にあらわれるであろうことを、作者は信ずる。その一隅が教会の中にあろうと、アグネスが心弱く、罪を犯した女であろうと、作者はこのことをじて疑わないのである。 ・一八一二年、ナポレオンのモスクワ遠征の年に、ディケンズが生れたことは偶然であるかもしれぬが、一八三七年、ビクトリア女王がイギリスの王位についた年に、彼が「ピクサイク倶楽部の記録」を、つづいて一八三八年に「オリバー・ツイスト」を書いたことは、必ずしも偶然とは云いかねるようである。 「世界で人類の進歩をじているのは、アメリカ人とロシア人だけだ」と誰かが云っていたが(そして、三番目に『日本人』と書いてあったように記憶する)、ニーチェの「人間は幸福を望むものではない、イギリス人を除いては」という言葉があるところからみると、この偉大なる民族もその仲間に入れなくてはなるまい。少くとも、十九世紀のイギリス人は。 進歩を信ずる人にとっては、進歩の可能性をもった社会の存在が、十分条件ではないにしても、絶対必要条件である。ボナパルト帝国を粉砕し、七つの海を支配したイギリスは、新たな女王を戴いて、世界に君臨した。しかも、十八世紀末にはじまった産業革命は、ブルジョワジーの勃興とともに、ようやく労資両階級の対立を激化し、貧富の差がはなはだしくなって、まさに『進歩』を必要とする社会的様相を呈しはじめていた。そして、イギリス人は人類進歩の可能性をじた。すこぶる現実的に、楽観的に。 当時のイギリス、殊にロンドンの庶民の生活は、人類進歩の思想を、素朴に信じさせる材料にことかかなかった。つまり(幸福でない人々が、巷に充満していたのである。 そして、ディケンズから見た庶民の貧窮とは、富裕階級の善意によって、充分に救済し得る社会悪であり、彼が国民に求めたものは、慈善と寛大とであった。 本篇の主人公オリバー・ツイストが生れ、幼年時代をおくった救貧院なる制度は、当時のイギリスの富裕階級の良心であった。イギリスの救貧法は、その起源は古く、すでにエリザベス朝時代に大改革が行われていたが、完全に法律化し実行されたのは、一八三四年であった。ディケンズはこの制度の矛盾と冷酷さを、本備において、徹底的に摘発し揶揄している。しかも、彼の批難と揶揄の的になったのは、この制度の根元的な無力さではなく、それはほとんどこの制度の運営と、それを担当する人物にすぎない。 この点、ディケンズはイギリス人の正統であった。 ・ところで、イギリス人は(だからディケンズは)、急激な改革を考えなかった。彼らはその日その日の善事が、社会を改善し、進歩させると借じていた。そしてディケンズは、自分の筆によって、社会の悪を教化し、善に赴かせ得るという信念を持っていた。 したがって、彼は自分を貧者の味方であり、社会悪の告訴人であると言じ、十九世紀以来、いささか民主主義的になっていたイギリス人もそう思って、この作家に拍手と声援を送った。 このように、ひとしく社会的矛盾に挑戦し、被圧迫階級の味方であったとは云っても、ディケンズが亡命中のマルクスと親交を結んだとは考えられないし、『二都物語』を書いたとは云っても、彼が二月革命に参加するとも思えない。イギリス人とはそんなおっちょこちょいではないのである。では、なぜそうなのか。 イギリス人が蓄護という精神作用を身につけていることは、あまりにも有名である。 イギリス人気質がそのユーモアを産んだのか、ユーモアがイギリス人気質を形造ったのかわからないほど、それは一つのものである。ユーモアとは、おのれの周囲の世界の価値を、他のものに転換させる、一つの精神のはたらきである。ユーモアの作用をうけると、邪悪、貧窮、苦悩、悲哀、矛盾、過失など、人間生活の不幸をもたらすマイナスの価値が、たちまちにして陽気な笑いや、そうした不幸にたちむかう元気を与えてくれる、楽観的なプラスの価値に置換される。これはまさに魔法の杖の一振りであり、人生の不幸からのがれる隠れ簔である。 十九世紀のイギリスは(というより、人生は)、このユーモアを生むに不毛ではなかった。したがって、ディケンズの全作品は、他のもろもろのイギリス人作家の作品と同様に、ユーモアの沃野を呈している。もし彼のような精密にして的確な人世の観察者が、この精神作用を穴いていたら、おそらくその作品は、彼以後のロシア文学と同形のものとなっていたであろう。 しかし、ユーモアの魔法は、単に精神のはたらきであって、現実の客観的事象を変えるものでは、むろん、なかった。ユーモリストの最大の弱点は、現実の底を見きわめる前に、早急に価値の転換を行いがちなことである。イギリス人はこの弱点を補うために、現実主義という武器を持っていて、ある不幸に襲われると、その場はとっさにユーモアをもって、その価値を転換しておいて、その後から徐々に、その不幸の根元を消滅させる方法をとる。これは一つの民族としては偉大な能力である。しかし作家としては、この精神のはたらきのみに頼ることはできない。 ・ディケンズ文学の一つの特徴は、登場人物の偉大な典型化である。善人は善人、悪玉は悪玉といった類型から一歩も出ていないという批難は、しばしば聞かれるところであ オリバー・ツイスト るが、同時代のバルザックと同様、彼の場合も、それは単なる類型の域を超えて、親しみやすい、しかも犯すべからざる象徴にまで凝固されている。この作品にあらわれるバンブル、フェイギンなども、たしかに彼の時代に生活していた人物の典型なのである。 このことは、彼の作品に現れる無刺性と強く関連している。その完璧さにおいては、スウィフトに一歩をゆずるとしても、イギリス文学の伝統は彼にもたくましく伝わっていて、本作品のバンブル氏などは、作者の明確な社会批判の対象となっているし、オリバーが救貧院で、粥をもすこし下さいという言葉は、イギリス人の間では、あまりに有名で、日常の会話の中でも用いられている。 このような典型化や諷刺性は、ややもすると作品の価値を低める要因となりかねないものであるが、ディケンズはその精密で力強い描写力をもって、これをバック・アップしている。キッシングは「当時、そういう言葉が用いられていたとしたら、ディケンズは自らリアリストと称したであろう」と云っているが、そうしたリアリスティクな描写は、この作品にも至るところに発見され、殊にナンシーの修殺から、サイクスの逃亡の件は、まさに圧巻である。これを読んでその凄惨さに眼をおおわない読者は、おそらくないであろう。 ところが、こうした描写力を持ちながら、不思議にも、彼が上流家庭を描くと、よそよそしい雰囲気しか感じられない。そして、狭霧にとざされた深夜のロンドンの、悪党や売婦の巣喰う民窟を描くと、彼の筆は、俄然、生命を与えられたもののように呼吸をはじめる。これは彼の幼年時代、少青年時代の貧窮と、貧しい階級に対する鋭い観察と、あたたかい愛情が、彼にそうした能力を与えたのであろう。
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