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綾鷹
綾鷹
@ayataka
読んだ本の内容を忘れちゃうので、自分の記録用...
  • 2026年7月1日
    グレタ・ニンプ
    4年間の不妊治療の末、子どもを持たないと決めた夫婦に奇跡の自然妊娠が訪れる。しかし、それを機に妻が「マタニティ・ハイ」を超えて豹変。頭を紫色の坊主にして孫悟空のような口調になり、過激な言動で周囲を振り回す姿を、夫の視点から描いた抱腹絶倒の妊婦コメディ小説。 気になっててやっと読めた! 主人公の変わり方が極端すぎて、まず笑らえる。笑 でも、由依の苦しみがだんだん明らかになり、俊貴そんな妻も受け入れ、新しい形でお互いを認め合う2人に幸せな気持ちに。 おしゃれで気取ってて「俊貴いけ好かないなぁ〜」と最初は思っていたが、最終的には変わった妻も理解して受け入れるナイスガイでした。 夫目線の話っていうのもよかったなぁ。 ・ワタイはニンシンだけをゴールと思って、まわりに色とりどりの楽しみとか喜びが起こってても、わきめもふらずそれを無視し続けたわけさ。会社も辞めたし、身体を動かしたり、遠くへ行かなきゃならないようなシュミもあきらめた。 ニンシンってゆう、目的達成ばかりに気を取られ過ぎて私は自分の人生を生き忘れてた!一生けんめーだとそうなっちゃうけ どさ、やっぱこれだといけねーよ、林さん!身体より、心が先にまいっちまう。この会場にはほかにも、フニンチリョー中の人がいるかもしれない。今は深い悩みに囚われたり期待にソワソワしたり、ときにはものすごい絶望を感じることもあると思う。でもお前さんは、今この瞬間も、生きている、生き続けている! フニンチリョー中でも楽しむ権利は、もちろんある!好きなカッコしようよ、好きなとこ行こうよ!罪悪感なんか、感じる必要ないよ。お前さんには幸せになる権利がある!お前さんは母になりたいと同時に、母から生まれた尊い生き物でもあるんだからよ!! ・「由依、仕事辞めて辛かったよな」「なんだぁ、いきなり」 「不妊治療のために好きな仕事を辞めたわけだろ。もし今も働きたい気持ちがあったら、僕は全面協力する準備はできてるから」 たくさん勉強して、就職試験の厳しい倍率を抜けて、ようやく手にした念願の職業を、不妊治療のために手放すのは、どれだけ勇気のいることか。 僕は由依が妊娠して、子供が生まれるとほぼ確定している時期にもかかわらず、上司に育児休暇をほぼ強制的に取らされて、自分は出世レースから一時棄権しなければならないと知っただけでも、あれほど動揺した。破格の待遇だったのに、上司を恨みもした。 「え~つ、どうかなぁ、琉化もまだ小せえし、すちいむアイロンの活動もいそがしーし、復職なんぞ考えてもみなかったぜぇ」 「あ、それならそれで、全然良いんだけど」 不妊治療や妊娠出産で、あけすけに言えば、夫婦が失うリスクがあるのは、金と時間だ。 女性の方は、妊娠やお産のときに、健康さえ失うリスクがある。何かを得て何かを失う、ならまだ良いが、何かを失ったうえ何も得られない、という事態も、さらに発生する。妻が仕事を辞めてすべて不妊治療に捧げていたのに、遂に子どもが生まれなかった夫婦も、どれだけ多いか、嫌と言うほど見てきた。 というかギリのギリまでその状態だった僕たち夫婦は、自分たちが幸運だなんて思えない。 それはこんなに苦労したんだからという理由ではなく、治療が上手くいかなかった人たちを不運の一言で片付けてしまうのが、あまりにもむごいと、経験から知っているせいだ。 どうして子どもを持つことが、こんなにも希少なイベントになってしまったのか。
  • 2026年6月30日
    嵐が丘(下)
    嵐が丘(下)
    荒涼としたヨークシャーの荒野を舞台に、孤児ヒースクリフの屋敷の令嬢キャサリンへの狂おしい愛と、裏切りに対する残酷な復讐劇を描いた、世界三大悲劇の一つに数えられる愛憎の物語。 ヒースクリフのキャサリンへの執着心に胸が打たれる。 ヒースクリフはキャサリンの愛を独り占めできず、復讐のために恋敵の屋敷や財産を奪い取る。 ヒースクリフの性格は冷たく歪んでいるが、キャサリンへの想いが切なくて憎めないなぁ。 死ぬことでやっとキャサリンと一緒になれるなんて切ないが、一生をかけて愛し続けた大恋愛に感動した。 ・「おれが昨日やったことをはなしてやろう!おれは、エドガ・リントンの墓を掘っていた墓守りをつかまえて、キャスリンの棺のうえの土をのけさせて、自分であけた。その時、おれはそこから動きたくない心になってしまった。そのときあの顔が久しぶりに見えてきてー昔のままの顔だったんだー守りがおれを立ちのかそうとしても、おれはなかなか、いうことをきかなかった。だが、風が吹きとむと、変化してしまうといったものだから、それでおれは、棺の横板をたたいて、すこし開けておいて、それから土をかぶせた。リントンの畜生に向いた側など開けるもんか!あいつなど、鈴ではんだ付けしてぬり込めてやりたいもんだ!おれは墓守りに金をつかませて、おれがそこへ埋められるときには、リントンのやつのを横に除けて、それからおれの棺のふたをすとし開けておかせることにした。おれの棺はそういうふうに作らせておくから、そうすれば、リントンの棺がちて、やつがおれたち二人のところにくるころには、二人はひとつに交ってしまっていて、どっちがどっちだか分りはせぬだろうよ!」 「あなたは何という悪いことをされたんだろう、ヒースクリフさん!」わたしはさけびました。 「死者を起してかき乱すなんて、恥だとは思わないんですか」 「おれはだれもさわがせはしなかったんだ、ネリ」彼はこたえました。「ただ、おれの心が、いくらかしずまっただけだ。もうこれから、おれは、ずいぶんと気持が晴れるだろう。おれが土の底にはいっても、おれが迷い出してくることを恐れなくても、まずよいだろう。キャスリンをかき乱したと?いや、あれこそ、この十八年間、夜となく昼となくー絶え間なしにー情け容赦なしにーゆうべまで、おれの心をかき乱してきたのだ。やっとゆうべ、おれはしずまった。 夢におれは、眠っているあれに寄りそって、おれの、とまった心臓をあれの心臓に、凍った頬をあれの頬にくっつけて、もう覚めることのない眠りにはいっているおれを見た」
  • 2026年6月30日
    嵐が丘(上)
    嵐が丘(上)
    三宅香帆さんが紹介されていたので読んでみた! ・さあ、鏡のとこへお出で。おまえはどうなったらいいか、教えてあげよう。その両目のあいだの二本のしわに気がつくかね。それから、その太い眉毛が、弓なりにならずに、まん中で凹んでいるのや、それからその二匹の黒鬼みたいな日が、ぐんと落ちこんでいて、まるで悪魔の手下が、窓をぱっとあけもしないで、蔭からちらちらのぞいているみたいなのに、気がつくかね。おまえが心で願って、やってみなければならぬことはね、その陰気なしわをのばして消すとと、それから、その日ぶたをはっきりとあげて、その黒鬼の性を変えて、物をおそれぬ、きよらかな天使にして、何ひとつ疑ったり悪く思ったりしないで、いつでも、敵ではないと分った人は友だちにすることだよ。心がねじけた野良犬はね、蹴られると、自分が悪いんだから仕方がないと分るらしいのだが、そのくせに、ひどい目にあったことについては、蹴ったものだけじゃなしに、世界じゅうを憎むんだがね、そういう顔つきになってはいけないよ ・あたし、うまくあらわすことができない。だが、おまえだって、まただれだって、自分というものは自分を越えた外にもある、いや、ないはずはない、という心持は持っているだろう。もし、あたしが、ただまるで自分自身の中につつみこまれているものだとしたならば、あたしの生命を創ったりして、何になるの?あたしの、この世界での大きな悲しみは、ヒースクリフの悲しみだった。あたしは、はじめから、その一つ一つを見つめて、かみしめてきた。あたしの人生で考えることは、ただ彼のことだけなのだわ。ほかの何もかも滅びてしまっても、彼がのこっていれば、あたしはどこまでも、生きつづけているだろう。何もかものこっていて、彼が滅びていたならば、この宇宙は絶対の他人になって、あたしがその一部分だなんて感じは、なくなってしまう。あたしのリソトンへの愛は、森の木の葉のようなもので、あたしにはよく分ってることだけど、冬に木が変るように、時がくれば変ってしまうだろう。あたしのヒースクリフへの愛は、足もとの永遠の岩のようなもので、目をほとんど楽しませないかも知れないけれど、なくてはならないものなのだ。あたしはヒ1スクリフなのよ、ネリ!彼は、いつでも、いつでも、あたしの心の中にいる。よろこびとしてではないかも知れぬということは、あたしがあたしにとって、いつもよろこびだといえないと同じだけど、彼はあたし自身と同じ存在なのよ。だから、あたしたちが離ればなれになるなんて、二度といわないでちょうだい。そんなこと、できはしないことよ。そしてー」 彼女は言葉を切って、わたしの上衣のひだに顔をうずめましたが、わたしは力をこめて、それをふりきりました。彼女の愚かしさに、もうがまんできなかったのでした。 ・あたし、あなたを離したくない」彼女は、はげしくつづけました。「二人ともが死ぬまで! あなたが苦しんできたことなんか知らない。あなたのいまの苦しみなんか何とも思わない。苦しむのが当りまえだわ。あたしは苦しんでいる。あなた、あたしを忘れるつもり?あたしが土の館に入ったら、よろこぶの?これから二十年もたってからいうの?『あれはキャスリン・アーソンョウの墓だ。おれはずっと昔に愛していて、先立たれたときは辛かった。だが、過ぎたことだ。あれからたくさんの女を愛してきた。あのころのあの女よりも、おれの子供たちの方がかわいいのだ。おれは、死ぬときがきても、あの女のところへゆくのがうれしいなどとは思わないだろう。子供たちを残してゆくのが悲しいだろう』そんなにいうの、ヒースクリフ?」「やめてくれ、拷問にかけられるようだ。ほくも、君みたいに、気がくるってしまう」彼は、頭をねじって振りはなし、歯ぎしりをしながら、いいました。 しずかに二人を眺めているうち、異様なおきみな感じが迫ってきました。キャスリンが思っていること、つまり、彼女が天国にゆくとしても、この世の肉体とともどもにその精神も投げすててしまわないかぎり、そこは仮りの流刑地でしかないだろうということも、無理はないのです ・「あたしは平和に眠れない」と、うめきながらキャスリンは、この極度の興奮のために、目に見え耳にきこえるほどの、はげしく不規則な自分の心臓の波打ちに、いまさら体の衰弱を意識したのでした。その発作状態がおわるまでは、しばらく口もきかなかったのですが、それから後で、やさしい心持になって、つづけましたー 「ヒースクリフ、あたしは、自分が苦しんだ以上に、あなたを苦しめようとは思わない。ただ、あたしたちはいつまでも決して離れたくない。もし、あたしのいった一言でもが、これからのあなたを悲しくさせるならば、あたしは土の底に入っても、それと同じ悲しみを感じているでしょう。あたしのために、あたしを許して!ここにきて、もう一度ひざまずいてちょうだい。あなたは、いままで一度も、あたしをいじめたことはないわ。そして、もしあなたが、怒ったりするなら、その思い出の方が、あたしのひどい言葉の思い出よりも、いっそういまいましい心残りになるでしょうね。もう一度、ここへきて下さらない?おねがいだから」 ・「いまこそ、君がどんなに残酷だったかー残酷で不実だったか、よく分った・どうして、ほくを軽蔑したのか?どうして、自分自身の心を裏切ったのか、キャシ?ぼくは、慰める言葉など一つも持っておらぬ。これは君の当然の報いだ。君は自分で自分を殺したのだ。そうだ、君は、ぼくに接吻したり、泣いたりするのもよかろう、また、ぼくの接吻と涙とをしぼり出すのもよかろう。だが、それはみな君を傷つけてー君を滅ぼしてしまうだけだ。君は、ぼくを愛したそれなら、どんな権利があって、ぼくを捨てたのか。どんな権利で1答えてくれーリントンなどに、つまらぬ浮気をしてみたのか。悲惨も堕落も死滅も、また神か悪魔かがぶっつけてくる何ものの力も、ぼくたちを引きはなすことができなかったものだから、君が、君の意地を通して、はなれてしまったのだ。ぼくが君の心を引き裂いたのではなくて、ー君が自分で、引き裂いたのだ。そしてそれと同時に、ぼくの心も引き裂いてしまった。ほくの体は強いだけに、これはいっそう困ったことなのだ。ぼくが、長生きしたがっているかだと?いったい、君が亡くなって、ぼくにどんな生活があるというのかしおお神さま!自分の魂を墓へ持ってゆかれた後でも、人は生きのこっておれるものでしょうか!」 ・「いまこそ、君がどんなに残酷だったか↓残酷で不実だったか、よく分った。どうして、ぼくを軽蔑したのか?どうして、自分自身の心を裏切ったのか、キャン?ぼくは、慰める言葉など一つも持っておらぬ。これは君の、当然の報いだ。君は自分で自分を殺したのだ。そうだ、君は、ぼくに接吻したり、泣いたりするのもよかろう、また、ほくの接吻と涙とをしぼり出すのもよかろう。だが、それはみな君を傷つけて一君を滅ぼしてしまうだけだ。君は、ほくを愛したそれなら、どんな権利があって、ぼくを捨てたのか。どんな権利でー答えてくれーリントンなどに、つまらぬ浮気をしてみたのか。悲惨も堕落も死滅も、また神か悪魔かがぶっつけてくる何ものの力も、ぼくたちを引きはなすことができなかったものだから、君が、君の意地を通して、はなれてしまったのだ。ぼくが君の心を引き裂いたのではなくて、ー君が自分で、引き裂いたのだ。そしてそれと同時に、ぼくの心も引き裂いてしまった。ぼくの体は強いだけに、これはいっそう困ったことなのだ。ぼくが、長生きしたがっているかだと?いったい、君が亡くなって、ぼくにどんな生活があるというのかしおお神さま!自分の魂を墓へ持ってゆかれた後でも、人は生きのこっておれるものでしょうか!」 「放っといて、放っといてください」キャスリンは、すすり泣きました。「あたしが悪かったとしても、そのために、あたしは死んでゆくんです。それで十分じゃありませんか。あなただって、あたしを捨てて行った。それでも、あたしは責めない。あなたを許す。あたしを許してくださ い!」 「許すことは、苦しい。君のその目を見ることも、このやせ細った手にさわることも、苦しい」と、彼は答えました。「もう一度、接吻させておくれ。ただ、その目は見せないでおくれ。ぼくは、君がぼくに対してしたことを許す。ほくは、ぼくを殺すものを愛する。だが、君を殺すものを、どうして、愛せるものか!」 彼らは、黙りこみましたしたがいに顔をうずめ合わせるようにして、たがいの涙に、顔をぬらしました。しまいには、二人ともさめざめと泣いたようでした。ヒースクリフでさえも、こんなぎりぎりのときには、泣くこともできるものだと思われました。 ・「それでしあの人は、ぼくのことを、何もいわなかったか」彼は、おずおずとたずねました。 その問への答は、彼が聞くのに耐えられないようなことがらをしめすだろうと、恐れているかのようでした。 「意識はもどってこなかったのです。あなたが出てゆかれてからは、あのかたは、だれを見ても分らなかったのです」と、わたしはいいました。「顔にうつくしい微笑をうかべて寝たきりで、その最後の思いは、たのしかった子供のころに、さまよって行ったのですよ。あのかたの生命は、やさしい夢の中で閉じました。|来世でも、同じように恵まれて目をさまされますように」「責め苦で目をさませ!」と、彼は、恐ろしいはげしさでさけび、足をふみ鳴らし、制しきれない怒の、とつぜんの発作に、身もだえするのでした。「あいつは最後まで嘘をついた!いまどこにいるって?あそこでないー天国でないー死んでいないのだしいったいどこだ? おお、君は、ぼくの悩みなんか何とも思わんといった!それでぼくは、ただ一つの祈りをするーこの舌がひからびてしまうまで、くりかえすーキャスリン・アーンショウよ、このほくが生きているかぎり、君が安息することのないように!君は、ぼくが君を殺したといったが一それならば、幽霊になって出ろ!殺されたものは、殺したものを悩ましに出るはずだ。ぼくはずるーぼくは、幽霊が地上を迷いあるいたことがあったと思っている。いつもぼくのところにいてくれーどんな姿でもよろしいしぼくを気ちがいにしてくれ!ただ、ほくを、君を採 せないままに、この奈落の底に放ったらかさないでくれ!おお、神さま、どういっていいか分らない!ぼくは、自分の生命なしに、生きることはできない。自分の魂をしに、生きることはできない!」 彼は頭を節くれだった木の幹に打ちつけ、それから目をあげて、ほえるような声を立てたのですが、それは人間というよりは、刀や槍で突きまくって殺される野獣の声のようでした。木の皮には、あちこち血潮が散っているのが見えましたが、彼の手や額も血にぬれていました。だが多分、わたしが見た、この光景は、夜じゅう何度もしたことの、くりかえしだったのでしょう。それは、わたしの同情心を、ほとんど引きませんでしたしわたしを身ぶるいさせただけでした。 それでも、このまま彼を捨ててゆく心にもなりませんでした。しかし、彼は、ようやく正気をもどして、わたしが彼を眺めていたことに気づいた瞬間に、あっちへゆけと大声でどなりつけましたので、その命令に、わたしはしたがいました。彼の心をしずめることも、慰めることも、わたしの腕にはあまっていました。 ・リントン夫人の葬儀は、つぎの金曜日に取り行われることにきまりました。彼女の棺は、蓋をしないままで、花や、香のたかい葉を、まきちらされて、広い応接室におかれました。リントンはねむりもとらず守りながら、昼も夜も、そこで過ごしました。またーこれは、わたしのほかは、だれも知らなかったことですがーヒースクリフも、少くとも夜ごとに、やはり休息もとらずに、外で時を過ごしました。わたしは彼とは一切連絡しなかったのですが、それでも彼が、できることなら家にはいりこみたい腹であることは、分っていました。それで木曜日のこと、日が暮れてしばらくして、御主人が疲れはてて、二、三時間ばかり引きとって休まずにいられなくなったときを見て、わたしは立って一つの窓をあけにゆきましたが、それは、彼の辛抱のよさに心をうどかされて、彼の偶像の、消え去ってゆく面影に、最後の別れの一言をいう機会をあたえてやりたいと思ったからでした。彼は、その機会を、慎重に、そしてすばやく生かすことに、抜かりはありませんでした。その慎重さといえば、彼がきたことが分るような、どんなかすかな物音一つ立たなかったのでした。じっさい、このわたしにしても、彼がいつそこにはいったか分らず、ただ後で、死者の顔のおおいの布がみだれていたのを見て、また、床のうえに、銀糸でむすんだ明るい色の巻毛が落ちていたのを見て、やっと気づいたのでした。巻毛は、しらべてみますと、キャスリンの音にかけていた形見都から抜きとったものだとたしかめました。ヒースクリフは、その小さな箱をあけて中身を取りだして、その代りに自分の黒い巻毛を入れたのです。わたしは、二つの巻毛をよじ合わせて、いっしょに中にしまってやりました。 アーンショウさんは、もちろん妹の遺徴にしたがって墓地にゆくように招きを受けましたが、いいわけの言葉もよこさず、くることもしませんでした。それで、葬列に加わったのは、御主人のほかは、借地人たちと召使たちとだけでした。イザベラは招かれませんでした。 キャスリンを埋めたところが、会堂の中の彫刻のあるリントン家の碑銘の下でもなく、また、外の彼女の生家の墓所ですらもなかったことは、村人たちをおどろかせました。それは、教会の地の片隅の草のしげった斜面に掘られました。そこのところの塀は、大そう低くて、荒野からヒースやこけももが、それにかぶさってはいりこみ、また泥炭の掘りくずがほとんど埋めてしまっているところもありました。いまは、彼女の夫も同じ場所にねむっています。その墓のしるしとしては、簡素な標石が、それぞれの頭のところに立てられ、灰色のありふれた板石が、足のところにおかれています。
  • 2026年6月30日
    カフェーの帰り道
    時代を映す鏡であった仕事「女給」を通し、 大正から昭和を生きた市井の女性の人生を描き出す。 東京・上野の片隅にある、あまり流行っていない「カフェー西行」。食堂や喫茶も兼ねた近隣住民の憩いの場には、客をもてなす個性豊かな女給がいた。竹久夢二風の化粧で注目を集めるタイ子、小説修業が上手くいかず焦るセイ、嘘つきだが面倒見のいい美登里を、大胆な嘘で驚かせる年上の新米・園子。彼女たちは「西行」で朗らかに働き、それぞれの道を見つけて去って行ったが……。大正から昭和にかけ、女給として働いた“百年前のわたしたちの物語”。 短編が5つ。同じカフェー西行で働く、それぞれ別の女給の物語。 どの登場人物も、女性として懸命に働いて生きる姿が魅力的だった。 「出戻りセイ」「タイ子の昔」が特に好き。 女性だからと制限がある世の中で働く悲憤、戦争へ向かう男性に対して残される女性の焦燥...でも最後はみんなで支え合って前を向いていく強さと明るさを感じられる本だった。 ・何で女給を続けるのか。女給の恰好が好きだから、という以外の答えが思い当たらず、セイに嘘をついてまでして誤魔化したこともあったが、人に見られたいという気持ちが、自分にもたしかにある。見られることで、自分という存在を、誰かに知ってもらいたかったのだ。今のいままで気づかなかったけれど。 自分を人の目の中に置きたいという欲は、きっとセイにも、嘉代にもある。昇降機ガールた ちにだって、あるにちがいない。 田端方面に向かいながら、美登里は、自分の銘仙を見下ろした。浅葱色の地に議色の気続は、何年も着ているから生地がくたびれているが、よく身体に馴染んで、我ながら着こなせていると思う。 前後に人はおらず、誰に見られているわけでもないが、美登里は目一杯背筋を伸ばして、店でいつもそうしているように澄まして歩いた。 ・昭和十四年に出征した向井は、二年後に戻ってきた。その頃、カフェーへの規制はますます厳しくなり、カフェーアウグイステヌスは「喫茶西行」へと正式に名前を変え、女給はセイと明子だけになった。 帰還後の向井とセイは店の外でも頻繁に会うようになり、二人で長い時間を過ごした。向井 はセイの書いた小説らしきものを繰り返し読んでは「俺の厚かましさもかなりのものだな」と笑い、「自分のことを読むのは妙な気分だが、こうしてみると俺もなかなか味わい深い人物と思える」と、満足げに童顔をほころばせた。 それからさらに二年が過ぎた昭和十八年、向井はふたたび召集され、二度とは帰ってこなかった。 ・何でもないような毎日を、何とも思わずに暮らしてきたが、振り返れば、眠なことが一つもなかった。座布団の対角線とちょうど同じ大きさで寝転がっていた赤子のころから、見上げるほど逞しくなるまで、ずっと静かに、タイ子の傍らにいた息子だった。 それがいなくなった。兵隊にとられてしまった。 どうして戦争をしているのか、タイ子にはよくわからない。わからなすぎて、不平不満は抱いていない。新聞に満州という文字を見つけたときだけ、字引と首っ引きで必死に読む。 もう何年も食糧も物も乏しいし、化粧するのさえ憚られて不自由はあるが、そんなことはどうでもよかった。ただ豪一が帰ってきてくれればそれでいい。豪一さえ無事ならば、家が焼けようが日本が敗けようが、たいした問題ではないのだ。 ・豪一は、果たして恋をしたことがあるのだろうか。いわらしご来なしいない。 どうか、そうであってほしいと思った。 相手と心を通わせたときの胸の高鳴りを、偶然手と手が触れ合ったときの温もりを、どうか味わっていてほしい。真面目一辺倒では、あまりに不側ではないか。 同時に、豪一はそんな歓びを知る前に出征していったのだという、暗い思念にも囚われた。 タイ子はその晩まんじりともしなかった。自分はまるで我が子を兵隊にするためだけに頑丈かつ従順に育て上げたようで、やるせなかった。 また、タイ子が放蕩であったのと引き換えに豪一が堅物になったようにも思え、自らの過去を悔やんだ。 ・知らず知らずのうちに母を恐れるのは、自分に探しいところがあるからだ。幾子の胸の片隅には、いち早く兄の死から立ち直ったことに対する後ろ暗さがつねにある。自分は母に、「兄さんが亡くなったのに、すぐに元気になってすみません」と、頭を下げねばいけないのではないのだろうか。母はそれを待っているのではないか。 えんどう豆はその後しばらく兄の位牌の前に置かれていたが、三日目の朝、空っぽの小皿だけが豊に転がっていた。おそらく銀が食べたのだろう。母に気取られぬよう片付けた。 洗った小皿を布巾で拭きながら、幾子は、兄ではなく自分が生きていることが間違っているような気分になった。くだらない考えだと頭を横に振ったら、つられて指が滑ったのか小皿を土間に取り落としてしまった。 ・「ねえ、幾子ちゃん。あんたみたいな若い子たちは、育ち盛りのころに食べられなかったでしょう?食べ物だけじゃない、他にもずいぶん不自由したはずよ。あたしはなんだかそれが可哀想でね、こんな物でよかったら、いくらだって食べてほしいのよ」 優しい声で語りかけられて、胸がいっぱいになった。セイさんの思いやりもありがたかったが、今の言葉を掛けてくれたのが母だったらどれほどよかっただろうというどうしょうもない空想が頭を占めて、幾子はついに涙を落とした。 「あらいやだ。どうしたの?」 セイさんは珍しく動揺して、奥さんに助けを求める。 「あんたがあんまりしつこくお菓子を押しつけるからじゃない?」「ええ、そうだったの?そりゃ悪かったわ」「あんたは、昔から厚かましいところがあるからね」「まあ、押しが強いっていう自覚はあるけど・・・・・・・」「いえ、セイさんが悪いんじゃないんです」 幾子はやっと声を出した。これ以上、二人を困らせたくはない。 営業中の店内で泣いてしまったことは決まりが悪かったけれど、お客は元従業員のタイさんだけだし、泣いた勢いも借りて、家の事情を先日の出来事を交えて洗いざらい話した。マスターも厨房から身を乗り出して幾子の話を聞いている。 「ーそれで、母とは何だか気まずくなってしまったんです」「はあ、そんなことがあったのね」セイさんがため息をつく。 「すみません、いただいたお菓子を粗末に扱って」 「それはいいのよ。でも、そうね。息子が外地で亡くなったんなら、アメリカの菓子なんて見るのも厭かもしれないわね」セイさんは同意を促すように奥さんを窺い見る。 「終戦から今までは、慌ただしくてあっという間だったもの。お母さんがまだ悲しんでいても仕方ないわ。だからと言って、幾子ちゃんがお母さんに付き合っていつまでも泣いている必要もないし」奥さんは神妙な顔で、珍しくしんみりと話した。 「幾子ちゃんは、お母さんより早く立ち直って当たり前よ。若い人は過去より未来のほうが長いんだから、先を見なくっちゃ。お母さんと幾子ちゃん、どっちも間違ってないわ」 ・「これ、ゴールデンバットですよ。和男が呑んでたやつです」 父は小さく黒目を揺らし、茶の間に上がってきた。鞄を置いて、卓袱台につく。 「ーそういやあいつ、たばこなんて呑んでたなあ」 「そうなんですよ。ゴールデンバット、いえ、あの頃は金鶏って名前でしたねえ。私は金鶏を和男の出征の荷物に詰めてやりましたよ。慰問にも入れてやったし」父は黙って箱を持ち、しげしげと見つめている。 「それがいつの間にか、ゴールデンバットって名前に戻っているんですよ。私が知らないうちに、時代は流れているんですねえ」 しみじみとした声色に、父は目を見開いて母の顔を見る。 「でも、和男が好んだ味を試してみられて、よかったですよ」「・・・・・・・よし、俺も呑んでみよう」 「あらっ」 母と幾子は驚いて声を揃えた。 「なんだ。俺だって、たばこぐらい呑んだことはあるんだよ。ただ体質に合わなかったんだ。 匂いは好きなんだけどな」 父は、母と比べるとだいぶ慣れた手つきでたばこを取り、口に咥えた。 幾子がマッチを擦ると、父は眉間に皺を寄せてたばこの先を火に近づけた。すぐにたばこは燃え出し、じりじりと音を立てて赤く灯る。いかにも旨そうに煙を吐いた。 「私も、もう一本」 母は新たなたばこを口にし、幾子に火を点けるよう手振りで催促した。 「ふうーーーーーーーっ」 声混じりの煙を、母は前よりだいぶ上手に吐き出した。もう一口吸い込み、 「げほーーーっ!げほっ、がっ、ごほっ」 みたび烈しくむせ出した。 「おい、大丈夫か、無理する・•••••ごほ、ごほっ」「ねぇ、二人とも大丈夫?」 「大丈夫、不慣れなだけさ。ごほっ」 「げほっ、げーーーーーっ」「おい、幾子も吸ってみるか。げほっ」「えーっ、私?」 「駄目ですよ、幾子はまだ十七ですから。ごほっ」 「いいじゃないか、和男の弔いだよ。ちゃんとした葬式も出せなかったからな」「げほっ、ごほごほ。いけません。私が許しません」 父と母はむせながら根元まで吸ったあと、さらに一本ずつたばこを咥えた。 何度も咳き込みながら、二人とも吸い切った。小皿で火を揉み消す二人の目が赤く潤んでいたのは、煙が滲みたのか、咳き込んだせいなのか、兄を思い出したからなのかはわからなかった。 案外、むせ続ける自分たちが可笑しくなって、笑いを堪えていたのかもしれない。
  • 2026年6月30日
    OUT 下
    OUT 下
    深夜の弁当工場で働くパート主婦が、夫殺しをきっかけに遺体解体の共犯となり、日常(社会のルール)から外れていく姿を描いた犯罪サスペンス。 主人公の雅子(43)は若い頃は信金で働く優秀な人間であったが、会社に楯突いたことで退職に追い込まれる。家庭内別居の夫と高校中退し全く口をきかなくなった息子と息苦しい生活を送っている。 そして、介護と貧乏に疲れ果てているヨシエ(50半ば)、不細工なのに見栄っ張りで借金まみれの邦子(29)、美人で子供もいるのにギャンブルと女に貯金を使い果たした夫を持つ弥生。 夫殺し、遺体解体の共犯となった彼女らは苦しい状況に置かれており、みな現状から抜け出すために犯罪に手を染める。 桐野夏生さんの小説は初めて読んだが、とても面白かった。 特に雅子とヨシエの現状への絶望感と、解放への切実さには心を揺さぶられた。下巻では、この2人はなんとか逃げ切れますようにと祈りながら読んでいた。 犯罪を犯すまで行かなくても、辛い人生から逃げ出したいという気持ちを持ったことがある人は多いのではないだろうか。 しかもこの物語は井の頭公園バラバラ殺人事件という実際に起こった事件が元ネタとなっているらしい。 ハラハラさせられるストーリーの面白さはもちろん、実際にこんな状況の人がいるのか、こんな事件があったのかとゾクっとする、そこも魅力的な物語だった。
  • 2026年6月30日
    OUT 上
    OUT 上
    面白い。引き込まれる。
  • 2026年6月30日
    Artiste 5
    Artiste 5
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  • 2026年6月30日
    Artiste 4
    Artiste 4
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  • 2026年6月30日
    Artiste 3
    Artiste 3
    Artiste 3
  • 2026年6月30日
  • 2026年6月30日
  • 2026年6月30日
  • 2026年6月29日
    カキフライが無いなら来なかった
    五七五の形式を破り自由な韻律で詠む自由律俳句を、妄想文学の鬼才せきしろと、お笑いの奇才「ピース」又吉が多数放出。 なんだかセンチメンタルで少し侘しくて、でもクスッと笑ってしまうような俳句と散文がたくさん。 切ない状況でも、こんな文章にすると笑えてしまうんだなぁ。自分の生活ももっと面白さに溢れているのかもしれないと、もっと日々小さなことを面白く捉えたいと思わせられる本。
  • 2026年6月28日
    職業は武装解除
    職業は武装解除
    紛争地の平和構築の専門家である瀬谷ルミ子氏の自伝的ノンフィクション。紛争終了後に元兵士から武器を回収し、職業訓練などを施して社会復帰(DDR)させる過酷で尊い仕事の実際や、著者が平和構築の道に進んだ経緯が描かれている。 前例のない中で、様々な利権が関わる困難な状況で、それでもどうしたらできるか考えて実行していく著者の粘り強さと実行力には感動した。 こんな人がいるのかという衝撃も。 日本人だからこそできることがあるという著者の言葉にははっとさせられた。 日本が世界からどのように見られているかということに無意識だったなぁ。 悲惨なニュースを見ると無力感に襲われるが、小さくても自分に何ができるか考えるきっかけになった。
  • 2026年6月24日
    Artiste 2
    Artiste 2
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  • 2026年6月23日
    Artiste 1
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  • 2026年6月23日
  • 2026年6月22日
    登山と身体の科学 運動生理学から見た合理的な登山術
    安全に楽しく登山をするために、運動生理学の見地から、疲れにくい歩き方、栄養補給の方法、日常でのトレーニング方法、デジタル機器やIT機器の効果的な使い方などをわかりやすく解説する本。 登山のためのトレーニング法を知りたくて読了。 「なぜ」が丁寧に説明されていて、具体的に何をしたら良いかイメージできる本だった。 特に平地での軽い有酸素運動は登山のトレーニングにならない(負荷が軽すぎるから)という点は目から鱗。 体力ないから有酸素運動は必須だと思い込んでいた。。 憧れの山に登るのために、筋トレと低山登山でのトレーニング頑張ろう!
  • 2026年6月16日
    子どもへのまなざし
    子どもへのまなざし
    親たちの悩みに佐々木先生が口頭で回答しているような本。 佐々木先生の文章が温かくてじんわり心に響く。 子どもにどのように接したらよいか、ネットでもよく取り上げられているけれど、それらがまとまってこの本に載っていると思った。 親はいろんな期待を子どもにかけてしまうけど、無条件で子どもを愛すること、子どもの望んだことを与えること、ずっと心掛けていきたい。
  • 2026年6月15日
    生殖記
    生殖記
    とある家電メーカー総務部勤務の尚成は、同僚と二個体で新宿の量販店に来ています。 体組成計を買うため――ではなく、寿命を効率よく消費するために。 この本は、そんなヒトのオス個体に宿る◯◯目線の、おそらく誰も読んだことのない文字列の集積。 面白い。「あれの視点か!」と気付いてから引き込まれる。 マジョリティーのルールに疑問を持てない自分の浅はかさにも気付いて、つい「ぐぅぅ...」と唸ってしまった。 条件付きの受容は将来的に自分の首を絞める可能性があるのだなぁ。 いつも思うが朝井リョウさんは今を切り取るのが上手くて、痛いところを付いてくる感じ。
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