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綾鷹
綾鷹
@ayataka
読んだ本の内容を忘れちゃうので、自分の記録用...
  • 2026年4月8日
    そういうふうにできている
    さくらももこさんが妊娠発覚から出産までを綴ったエッセイ。 この腹の中に、何かがいるのである。大便以外の何かがいる……! テスターによるショーゲキの妊娠発覚、どん底でバカバカしいギャグを考えてた悪阻期、悪魔の封印石のような強情な便との壮絶な戦い、と、期待にたがわぬスッタモンダの十月十日。そして、とうとう生まれたよ。あたしゃ、おかあさんになっちゃったよ。そう、まる子も人間、人間も宇宙の生命体、そういうふうにできている、のです。 相変わらず、さくらももこさんのエッセイはいいなぁ。 さくらももこさんにかかると、よくある日常も面白くて愛おしくなる。 時々生活に疲れてしまうこともあるけど、「考えてみれば、面白い時代に私達は生きている。こんなわけのわからない速さであらゆる事が進んでゆく時代はなかなかない。どうせなら嘆くより愉快に懸命に生きた方がよい。」という言葉には勇気づけられた。 私も愛すべき日常を見落とさないようにしたい。 ・私は尿のしみ込んだテスターを握ったまま、十分余り便器から立ち上がる事ができなかった。便座と尻の間に吸盤がくっついているかと思うほど、立ち上がるのが困難であった。 この腹の中に、何かがいるのである。大便以外の何かがいる。便器に座り込んでこうしている間も、それは細胞分裂をしているのだ。私のショックとは無関係に、どんどん私の体内の養分を吸収しているのだ。 ようやく立ち上がり、テスターを持って夫に報告しに行った。私が「…・・・いるよ、お腹ン中に。妊娠してるよ」と言うと夫は「万歳っ」と叫んで大喜びし、私の手からオシッコをひっかけてあるテスターをとり上げ、「これが妊娠の誰か。 記念にビデオに撮っておこう」と言い出し、その汚いテスターを8ミリビデオで撮影し始めていた。 ・それにしても、わずか二センチ程の生命体が子宮の中に現れただけで、こんなにも一人の大人の体調と精神に影響を及ぼすとは驚きである。 ホルモンのバランスが変わるせいだと言われているが、ホルモンというのは体内で分泌される量は物凄く少ないはずだ。私の疑わしい記憶によれば、確か長さ二十五メートル、幅十五メートル位のプールの水の中に、ホルモンのエキスを数滴垂らしただけで、そのプールの水全部が人体に影響を与える濃度になるという話を昔きいた気がする。もしその話が本当なら、人間の体内で分泌されるホルモンというのは、一滴の何千分の一というくらい微量であると思われる。一滴の何千分の一なんて、あるだか無いだかわからないではないか。それほど少量のものが、今の私の肉体にも精神にも変調を与えているのだ。 ヒトの体というものは、実に実に精密な機械ではないかと思われる。ヒトに限らず、これまで生物だと思っていたもの全てが機械であるような気がする。 生物は、電力やガソリンの代わりに有機物を口という機関から取り込み、内臓にてエネルギーに変換させ動力としている。 加えてヒトの場合は言語というものを脳という思考システムにインプットし、これをうまく活用している。言語の組み合わせを「あなた、とっても、すてき」と組めば、それを受付した側の機械は“うれしい”という方向に思考回路が働き、一方「てめえ、大バカ野郎だぜ」という組み合わせにすれば、それを受けた側の機械は不愉快”という方向に思考回路が働くように作られている。 オナラが出るのも鼻水が出るのも、ウイルスが体内に入れば熱が出るのも、全部機械のシステムだとしよう。となると、この機械のシステムがホルモンという物質を造って体内に循環させるのも、ヒトの体という機械のシステムがそういうふうにできているからなのである。 ・ホルモンとアレルギーにだけは今のところ全く勝ち目がない。どこか体調が悪くても「これはホルモンですから」と言われれば「・・そうか」と納得するしかない。アレルギーも同様だ。ホルモンには今回の情緒不安定の他に悪阻、便秘、体重増加しやすい事など数多くの迷惑を被っている。だがホルモンには逆らえないからこの先もまだ数々の迷惑に耐えなくてはならない。 ・もし神が「今なら君が今までに排卵してきた全ての卵子と、君の夫がこれまでに造ってきた全ての精子の中から、一番優秀なもの同士の組み合わせで造った赤ン坊と取り換えてあげるが、どうする?」と尋ねたとしても、私はこの子を手放す事はできない。神が抱いているその子供も確かに私と夫の子供であろうが、あえてこの子を選ぶであろう。そのくらいにこの子を大切だと感じているのは本当だ。 しかし、盲目的な愛情は無い。子供が生まれる前までは、人は親になった瞬間から子供に対して未曾有の愛情の波に押し流されるのだと思っていたし、実際そういう話ばかりをきいてきた。だが、自分の場合はそういうものではなかった。 子供は私のお腹の中にいた。そして私のお腹から出てきた。我が子である事は間違いない。だが、"私のもの”ではない。この子は私ではなく、私とは別の一個体なのだ。これから先、この子は私とは全く別の自分の人生を歩んでゆく。私のお腹は、地球に肉体を持って生まれてくるための通路にすぎない。お腹が切られた時、この子が地上に降り立つための扉が開いただけだ。彼は私の分身ではなく、彼以外の何者でもない。 ・毎日毎日二十四時間子供と一緒に過ごし、日増しに愛情がどんどん膨れ上がっていった。子供の寝顔を見ては”可愛いっ”という想いがあふれ体内を駆け巡り、奥歯をギュッと噛みしめるというような事が一日に何度も繰り返される。 だが、子供は子供で私ではなく、別の個性と個体を持ち、違う人生を歩んでゆくのだという距離は相変わらず気持ちの中にあるし、この気持ちは大切にしたいと思っている。 子育てをしているうちに、改めて様々な事に気がついた。TVはスイッチを入れれば点くようにできている。動物は子供が生まれれば育てるようにできている。少し発達した動物は、愛情というものまで湧いてくるようにできている。あどけない笑顔を可愛いと思うようにできている。何に対しても愛情が湧かない人もいるかもしれないが、そういう人だって理由はともあれ愛情が湧かないようにできているのだ。全ての現象の現れはそれがそういう状態になるように、そういうふうにできているという事だ。 ・一九九五年四月現在、息子と共に暮らし始めてちょうど一年が過ぎた。考えてみると一日のうちの九十五パーセント以上もの時間、息子は私の体から半径五メートル以内に必ず居る。春も夏も秋も冬も、いつでも小さい顔が私のそばでのぞいている。こうなると愛情が湧かないわけにはいかない。子供の体には、いたるところに親の愛情を薄かせるための起爆剤が地雷のように仕掛けられており、日常のあらゆる瞬間の表情やしぐさ等、こちらが「可愛い”と思うように最初から作られている。親の方はもう降参するしかない。面倒臭くても疲れていても子供の面倒をみてしまうのだ。全くうまくできているものである。だから子供が大きくなり、親に憎まれ口をたたいた時に、よく親は「あんなに可愛がって育てたのに」などと言うが、それは負け犬の遠吠えにすぎない。親は自分が可愛がりたいから可愛がったのだ。 ・体験してみるという事は実に大切な事だと 改めて思う。例えば愛情に関して言えば、初めは家族に対してだけだったものが、恋愛を経験すれば家族以外の人を愛する事になり、家族への愛とは異なる質の愛を知る事ができる。そうなると、今まで分からなかった多くの事が見えてくる。自分が豊かになった証拠である。そして子供が生まれると、家族に対する愛とも夫に対する愛ともまた違った愛を知る事ができる。それにより更に沢山の事が見えてくるであろう。体験の有難さとはそういうものだと思う。 私はまだ子供を育てて一年しか経っていないから、この先子供への愛情がどのようになってゆくのか実に楽しみにしている。 子供が生まれるという体験は、子供を産まなくてはできないが、子供を産まないつもりの人や子供ができない人の場合は、子供のいない人生という体験ができる。これはこれで、子供を持った場合とはまた違う楽しみが体験できるという事なのだと思う。子供ができると確実に自分のための時間を失う。私も、やりたい事の三分の一はこれで成し遂げる事が不可能になったという諦めの気持ちがある。 いや、三分の一どころか、もっと諦めた事になるのかもしれない。子供を持たぬ人生も、持った人生もどちらも面白そうだと思うが、両方いっぺんに体験する事はできないので仕方がない。私は持つ方を選び、幸い子供に恵まれた。だからその方向でじっくり楽しんでみようと思っている。 ・この世紀末の不安定な世の中で、子供なんてとてもつくる気がしないという声もある。二十年後には人類はいないと信じる若者も多いときく。しかし、この不安定な世の中に生きて呼吸している限り、二十年後の事どころか明日の事さえどうなるかわからない。一秒後の事さえわからない。でも生きている。生きているという状態は、もともと不安定なものなのだ。いつの時代も生命は不安定なものだったと思うが、こうして人類はまだ存続している。世紀末といっても西暦ができてから定期的に来るようになったひとつの節目にすぎず、それ以前から何百万年も人類は生きていたのだ。繁殖の力はそう簡単に止まるものではない。人類が勝手に定めた節目より、種そのものの根源的な力の方が強いのである。 もし、世紀末の今、人類に未来がないとしたら、子供達がこの期に及んでまだ地球に降りてくるであろうか。神がいるとしたら、そんな最悪な世の中にこんなに愛らしいものをよこすはずがない、そう思える程、子供は勇気を与えてくれる。二十世紀の終わりに、地球に何が起こるのか起こらないのか、それを一緒に体験しようじゃないか、と思う。そして二十一世紀の幕開けも、一緒に体験したい。 考えてみれば、面白い時代に私達は生きている。こんなわけのわからない速さであらゆる事が進んでゆく時代はなかなかない。どうせなら嘆くより愉快に懸命に生きた方がよい。 ・妊娠・出産という体験は、日常生活の中でも珍事であり、肉体的にも精神的にも色々な出来事が起こり、振り返ってみるとおかしな事が多かった。だが、このような事は妊娠、出産だけでなく、そもそも日常のあらゆる出来事に言える事で、振り返ってみると笑い飛ばせる事が多い。渦中にいる時にやたら深刻になっているだけにすぎない。そう思うと、あらゆる出来事の渦中にいる時にその流れを俯瞰で見る事のできる冷静さを持つ事は非常に大切である。 それにしても妊娠中というのは嫌更冷静さを久くもので、まるでこの世の全てが自分と胎児中心に回っているように感じる時すらあった。しかし、それも他人が見れば一人の妊婦が存在しているという事実にしかすぎず、世の中は全ての人のために平等にいつも通り回っているのだ。
  • 2026年4月8日
    災害特派員 その後の「南三陸日記」
    人を殺すのは「災害」ではない。 いつだって「忘却」なのだ――。 東日本大震災の最前線に住み込み、現地の人々と共に暮らしながら、小さな声に耳を傾け続けた日々。 家族全員を失った女性、直後に授かった新しい命、児童や教員の死に苦悩する学校関係者、親友のカメラマンの死……。 朝日新聞に掲載され、大反響を読んだ「南三陸日記」の続編とも呼べる震災ルポルタージュ。 東日本大震災からもう15年も経つのか。。 当時、津波で流される被災地の様子をテレビで見て衝撃を受けたが、今となってはほとんど思い出すこともなくなっていたので、3.11から少し時間が空いてしまったがこの本を。 大切な人が亡くなり、住んでいた場所も失い、大きな悲しみを抱きながら生きていくとはどのようなことか。。 テレビの映像で見るだけでは実感が湧かないが、個人の物語を知ることで少しでも苦しみが心に刻まれる。 亡くなった娘の口から土をかき出してあげることしかできなかったと泣く母親のシーンは涙が止まらなかった。 また、この本の節々に著者の「ジャーナリズムとは何か」という葛藤が見られることも、この本を魅力的にしている。 大きな目的のためには犠牲にしなければいけないものもあるということは正しいかもしれないが、それでも相手や自分の思いを大切にする意思を貫く著者に好感を持った。 ・頻繁に見る夢の続きを、私は現実の過去として記憶している。泥に埋まった子どもの遺体を足元に見たとき、私は体の芯から声を絞り出すようにして泣いた。そしてその直後、「なぜ我々はこの子を逃がしてやることができなかったのか」と周囲をぐるりと見渡したのだ。 近くに壊滅した小学校や低層造りの病院が見えた。多くの避難民が津波に飲み込まれた海抜わずか数メートルの避難所が見えた。安全地帯の高台へと続く細くて険しい階段が見えた。津波の到来を見えにくくする、高くて不格好な防潮堤の残骸が見えた…・・・・。 そして、そんな命を守るべきはずの無数の人工物のなかで、私は「メディアはこれまで一体何を伝えてきたのだろう」と絶望した。今目に映っているすべては、先人たちの告を十分に語り継いで来ることができなかった、メディアによって作り出された光景ではなかったかー。 人を殺すのは「災害」ではない。いつだって「忘却」なのだ。 そう思えた瞬間、私は自分が何をすべきかを明確に理解できるようになったし、あの日の夢を見ることを恐れなくなった。 ・正午過ぎ、消防団員たちは昼食を取るため避難所に戻るというので、私は彼らに礼を言って一人で病院を目指すことにした。途中、農地だったとみられる場所で三〇代の女性が地面に一人うずくまって泣いているのに遭遇した。声を掛けても、反応がない。不安になってしばらくその場に立ち尽くしていると、女性は私に向かって震える声で話し始めた。 昨日、幼い娘がここで見つかった。泥に埋もれていたのを親類の一人が見つけてくれた。 自分がやってあげられたのは、いつも歯磨きのときにしているように、娘を膝の上に寝かせ、口の中の泥をかきだしてあげることだけだった・・・・・・。 私は黙ってその女性の話を聞いていた。そして次の瞬間、私はなぜか目の前の女性の話を記事にできないかと考え、彼女に名前や年齢を尋ねようとした。 女性は頭を左右に振って抵抗するように激しく泣いた。そんな女性の拒絶反応を見て、私は自分が何をしているのかがわからなくなった。 私は何のためにここに来ている?一体ここで何をしている? ・二〇一一年七月三一日、水も電気も止まったままの校舎の二階にそれぞれの高校の制服を着た三〇人の「卒業生」たちが集まった。何もかもがあの日のままで静止した風景の中で、代表の卒業生は周囲のすすり泣く声にかき消されながら、次のような答辞を読み上げた。感動的なスピーチなので、割愛しないで掲載したい。 「三月一一日、私たちは卒業式を翌日に控えて最後の中学校生活を過ごしていました。中学三年間を振り返ってみると、数えきれないほどの思い出があります。しかし、そんな楽しい時間も千年に一度といわれる大津波が変えてしまいました。 午後二時四六分、突き上げられるような揺れ。全校生徒が校庭へと避難し、先生が「もっと高い所に逃げろ』と指示を出した直後、まだ高い所に逃げきれていない生徒や地域の方がいるのに、津波は容赦なく押し寄せてきました。建物が、車が、そして人が流されていくのを見て、涙も出ず、一睡もできず、夜が明けたとき、私の目の前にはまるで現実とは思えないような光景が広がっていました。あの美しかった戸倉の町は何一つない平地になり、残っているものといえば人々の悲しみでした。 私は親類を亡くしました。小さい頃から私を可愛がってくれた私の大切な存在でした。 今でもふとその人のことを思い出します。親類、先生、先輩、後輩、私の大切な人たちの命が奪われました。家や思い出ならこれから新しく作っていける。しかし、人の命だけはいくら帰って来て欲しくても、もう二度と帰っては来ません。私は生かされたこの命を決して無駄にはしません。 この震災で私たちの生活は大きく変わりました。私は親元を離れ、高校の避難所で生活していました。私も含め、卒業生三〇人はそれぞれ新しい生活を送っています。今こうしてみんなに会え、卒業式を迎えられたこと、これほど嬉しいことはありません。この日を迎えることができたのも先生方、保護者の方、そしてみんなのお陰です。 これから先、またくじけてしまいそうな困難にぶつかるかもしれません。しかし、こんな大きな震災を乗り越えた私たちなら大丈夫です。もしだめだと思ったら誰かに手を借りてもいいから、これからの将来悔いのないように生きましょう。それがこれからを生きる私たちの使命だと思います」 ・それでも、フリースクールを主宰する飴屋は暗い顔一つ見せずに、子どもたちと一緒に歌を歌ったり、ろくろで陶芸作品を作ったりしながら、自らの中に震災の意味を見いだそうとしていた。 「最近、色々なことを考えます」と飴屋は私にこんな打ち明け話をしてくれた。「農災の記憶をどうやって子どもたちに引き継いでいくか。被災地の子どもたちはたぶん、この経験を一生忘れないでしょう。問題は東京や大阪といった都会で暮らす子どもたちです。彼らは近い将来、必ず忘れる。震災がテレビやパソコンを通じて頭脳にインプットされているからです。日頃からゲームや映画でショッキングな映像を見慣れている彼らにとって、画面を通じてインプットされる情報はリアリティーを持ち得ず、あっという間に忘れ去られてしまう」 ・<子どもたちには無理のない範囲で、ありのままの被災地を見せた方がいいー) そう自然に思えるようになったのは、被災地で出会った教師や親たちの影響が大きかった。南三陸では彼らの多くが子どもたちに対し、今回の災害を悪夢として回避するのではなく、実際に自分たちに起こった出来事としてしっかりと受け止め、そこから何をすればいいのか、自らの頭でしっかりと考えるよう指導していた。あるいは、そうするしか他に方法がなかったのかもしれない。多くの児童・生徒が身内や友人を亡くし、故郷というアイデンティティーを失っていた。生まれ育ったこの町をどうすればいいのか、これからどうやって生きていけばいいのか、現実を現実として正面から受け止め、それを嚥下しなければ、前に進むことができなかったのだ。 そしてそれは同時に、被災地の子どもたちだけに限定されることではないように私には思えた。東日本大震災が引き金となって次々と浮上してきた問題はーんなに爆小化して考えてみてもー被災地だけに留まる性質のものでは決してなかった。幾重にも沈み込むプレートの上に連なる列島で、次なる災害にどう備えるのか。国家予算の何倍もの負債を背負った借金国家で、復興資金をいかに捻出するのか。石油も石炭も持たず、産出国からも遥かに遠い極東の島国で、将来のエネルギーをどう確保するのか。それらの問いに対する答えを今後、国民の一人ひとりが自らの責任によって選択していかなければならないのだとすれば、その前にどうしてもその「土台」となる現実を自らの中に取り込んでおく必要がある。 ・風間は根っからの冒険家であり、俳優やアナウンサーのように人前で上手に話ができる人間ではなかったが、何回目かの「がれきの学校」のなかで、彼が子どもたちの前で披露した話が忘れられない。彼は若い頃にバイクで到達した北極点や南極点と目の前の被災地との共通点について、子どもたちの前でこんなふうに話して聞かせた。 「北極や南極に行くとね、自分がいかにちっぽけな存在かっていうことがわかるんだ。そこでは自然は大きくて、強くて、もう絶対的なんだ。でもね、東京とかそういう都会で暮らしていると、なんだか人間が急に偉くなって、自然を制圧したみたいな、そんな勘違いをしちゃう。これが危ないんだなあ。だってさあ、人間は今も自然をまったく制圧できてなんかいないんだぜ。だから自然は時々、どっちが強いのか、人間に見せつけにくる。地震や津波や台風が襲ってきたとき、人間は絶対に自然には勝てないことを思い知らされるんだ。じゃあ、僕らはどうすれば良いんだろう?自然におびえて暮らす?コンクリートの家を造ってその中に隠れる?」 国間は困ったような顔つきの子どもたちを見回して笑った。 「大事なことはね、いつだって『逃げる』ってことなんだよ。危なくなったら一目散、スタコラサッサと逃げちまう。でも逃げるためには、日頃から大自然に触れて、自然の怖さやその前触れを十分に知っておくことが必要なんだ。雨が降ったら川はどうなるのか、地震が起きたら山はどうなるのか、津波が起きたら海はどうなるのか。自分の目で見て確かめて、もし自然が襲ってきたときに、しっかりとそこから逃げられるようにしておく。人間は自然には絶対に勝てない。それを知っているから逃げるんだ。自然の怖さは自然のなかでしか学べない。コンピューターゲームじゃ絶対に学べないことなんだぜー」 ・婚姻届を提出する日の前夜、智史は照れながらエリカに言った。 「俺たち明日から夫婦なんだなあ」 翌日、激震の直後にメールが入った。 「大丈夫か」 その四文字が最後のメッセージになった。 エリカは涙をポロポロとこぼし、時折嗚咽を漏らしながら一生懸命感情を吐露した。 「本当は、辛くて、辛くて、何度も死のうと考えました」とエリカは私に言った。 「でも、その度に、お腹の子が『生きよう、生きよう』って蹴るんです」 ・事実、子どもが生まれてくるということは、何だかとっても忙しいことだった。私が山奥の実家を訪れる度に、周囲がどんどん慌ただしくなっていくのが手に取るようにわかった。江利子は会う度に「私たちは生まれてくる赤ちゃんに『生かされている』のよ」と話していたが、本当にその通りだと私も思った。江利子は家族四人の全員を失い、エリカは結婚したばかりの夫を亡くしている。それなのにーーという表現が正しいかどうかは別としてーーエリカの出産が近づくにつれて、周囲は「今はそのことは後回しだ」という雰囲気になり、エリカも、江利子も、そしてエリカの母親の台子までもが、「もうすぐ生まれるからね」と徐々に気合が入っていくのだ。新しい命の誕生が周囲にこれほどまでに影響を与えることに、私は畏怖のようなものを抱かずにはいられなかった。 ・江利子は助産師の腕から生まれたばかりの乳児を受け取ると、「ありがとう、ありがとう」と二度繰り返し、「こんにちは。おばあちゃんだよ」と顔を最大限近づけて言った。 乳児が困ったように泣き出すと、江利子は「おお、おお、泣くな、泣くな」と笑顔であやし、「可愛い、可愛い」と愛おしそうに乳児の頬を人さし指でさすった。 分娩室の片隅で、私は無心でシャッターを切り続けた。紅潮した新生児や歓喜に沸く二人のおばあちゃんの姿を写真に収めた後、出産を終えたばかりのエリカの表情を押さえておこうとレンズを振った。瞬間、その分娩台上に広がっていた光景の凄まじさに、私は思わず息を飲み込んだ。 そこには出産したエリカの頭を挟むようにして、亡くなった智史の黒色の位牌と黒枠の顔写真がそれぞれ両側に飾られていたのだ。桃色の分娩台のシーツの上で、その二つの黒い物体は明らかに「異物」として浮き上がって見えた。 あまりにも凄絶な出産風景だった。 エリカは新婚七日で無念のうちに亡くなった新郎の遺影を見つめながら、この世に新しい命を産み落としたのだ。まるで「死」と「生」を交換するように。 ・「復興」という言葉は極めて残酷な「行政用語」である。たとえ行政がインフラやシステムを元通りに直したとしても、そこで亡くなった人たちは戻ってこないし、大切な家族を失った人たちの心が癒やされることもない。それなのにーあるいはそれを承知で一行政は「復興」という名の打ち上げ花火を上げ、人々に「前を向け」「過去は忘れる」と煽る。比較的被害が軽微だった大多数の人たちがそれらの空気を歓迎し、大切な家族や家を失った少数派の人たちがその流れから取り残されようとしていた。遺族たちはただ戸惑いながら、その場に立ち尽くし、江利子もエリカも当時はまだ生きる場所を求めて暗闇の中を必死にさまよい歩いているような時期だった。 ・かなり個人的な見解を記せば、新聞社やテレビ局といった大手メディアはこれまで、記者の実力を多分にその情報処理能力によって評価しすぎてきたように思う。官公庁から提鉄される発表をいかに早く、そして正に記事にできるかが記者の「実力」を測る大きな判断材料の一つになっていたし、その傾向は今後もどんどん強まっていくだろうというのが関係者の一致した見方でもあった。メディアの経営状況が一様に悪化していくなかで、編集部門はこれまでのようにはたくさんの記者を抱え込めなくなってきている。限られた記者の数で従来通りの紙面を作ろうとすれば、必然的に情報処理能力の高い「優秀」な記者を発表の多い主要官公庁に張り付け、「記事」を大量生産せざるを得なくなってしまう。 時間はかかるが、人の心のひだを描けるような書き手は次第に地方へと追いやられ、やがて読み手が思わずホロリとなるような温かい記事が全国面から姿を消した。 そんな「非効率」な記者たちが震災後、急に息を吹き返したように見えたのは、単に読者が震災を機に温かい記事を求め始めたからではなく、被災地ではあらゆるシステムが崩壊していたため、「優秀」な記者たちがどんなに効率良く取材をすすめようと思っても、その手法がうまく機能しなかったからである。 「優秀」な記者たちは通常、真っ先に組織の頂点に突き刺さる。そこにはすべての情報が集約されているだけでなく、記者が欲している情報だけを選別して提供してくれるという報道者としては極めて便利な「メリット」があるからだ。当然、それらの情報の多くは提供者側の意思や意図によって事前の「選別」を受けるため、世論を誘導するための情報操作につながるという危険性をはらんでもいた。 ところが、被災地に一歩足を踏み入れると、それらの手法がまったく役に立たないことに気づく。町役場や察署の幹部に挨拶に行っても、彼らはその日の遺体の搬送数や今後 建設が予定されている仮設住宅の数くらいの情報しか持ち合わせていない。記者が取材しなければいけない内容はーつまり読者が今最も求めている物語は一町で暮らしている「普通の人々」の中にこそ眠っているのだ。 日頃から報道対応に慣れている官公庁の幹部ではなく、取材を受けることがまったく初めてという「普通の人々」といかに接し、どのように震災時の経験や未来への不安を語ってもらうか。そのとき、取材者は初めて自分に与えられている武器が自らの人間性しかないことを思い知る。数十の人に聞いて初めてわかる悲しみがある。避難所を一カ所ずつ訪ね歩いていくことでしか見えてこない不条理がある。そんな「非効率」な手法を繰り返すことでしか、被災地では記事を書くことができなかったのだ。 ・赴任前はどこに住むかもわからなかったため、東京・国立の借家を出発する際には取材の参考となりそうな読み応えのある書籍を数冊、自宅の本棚から厳選してバックパックに詰め込んできていた。私が選んだのは、『開高健全集第一一巻』と『向田邦子全集第一巻に、そして近藤紘一の『目撃者』だった。 過去を恥ずかしげもなく告白すれば、私はこの三作家への偏愛の中で青春期を過ごした。 開高を読んで世界の奥行きを知り、向田の言葉で人を愛することの切なさを知った。近藤の優しさに憧れて新聞記者を目指し、三作家ではないものの、外岡秀俊の『北帰行』を読んで朝日新聞社に入社した(外岡は当時、朝日新聞社で編集委員を務めていた)。 私が偏愛した三作家には二つの共通点が存在していた。一つは戦争という「非日常」の中で人々の「日常」を描こうとしたこと。もう一つはいずれも六〇歳前に亡くなっているということだった。近藤は四五歳で胃がんに倒れ、向田は五一歳で飛行機事故に遭い、開高は食道がんを患い五八歳で他界している。前者は大きなものは小さなものによってしか描けないのだという職業的真理を、後者は命というものの有限性を、青春期の私に教えてくれた。 ・まともなことは何一つ考えることができなかった。三〇分以上泣き続けた後、(彼)が何度も口にしていたあるフレーズがふと胸に浮かんだ <悩んだら、なぜその職業を選んだのかを考えろー> それは生前、<彼>が事あるごとに私に教えたフレーズだった。職業を選ぶことは、すなわちどう生きるかを選ぶことだ。自分にとって大切なものは何か、最後まで失いたくないものは何か。もし人生で迷ったら、なぜその職業を選んだのかを考えろーと。 社会部長から被災地赴任の打診を受けたのは、彼)の死を知った数日後だった。部長からは岩手か福島を勧められたが、私は「南三陸町で」と希望を伝えた。そこが<彼)の出身地であり、二人で何度も魚釣りや山菜採りに出掛けた思い出の場所だったからだ。 <彼)はよくこんなふうに故郷を語っていた。 「いい町なんだ、海も人も穏やかでー」 私は職業記者として、<彼)が命がけで守ろうとした風景を、しっかりと後世に書き残そうと思ったのだ。
    災害特派員 その後の「南三陸日記」
  • 2026年4月8日
    存在しない小説 (講談社文庫)
    アメリカ、ペルー、マレーシア、日本、香港、クロアチア……。世界のさまざまな場所から『存在しない小説』というウェブサイトに届いた小説は、それぞれ見知らぬ土地の風土が匂い立つような文体で、そこに生きる人々のドラマを鮮やかに描き出していく。「存在しない作家」たちによる、魅力あふれる世界文学。 存在しない著者、訳者による、存在しない小説を集めたという不思議な設定が面白かった。 それぞれの小説は「こんな小説もありそうだな〜」と思うような内容。 ・誰によってであれ”引きずり出”され、文字にあらわされ、印刷され、実際に読まれたのであれば、『存在しない小説』など存在しないのではないか、と私は考え始めたのだ。それは前回も今回も存在する。文字にあらわされ、印刷され、実際に読まれたのであれば、いやがおうでも存在してしまう。問題はそこに尽きる。言葉の持ち主がいようがいまいが、読者には関係がない。…・・・・などと考えを進めるうち、仮蜜柑氏が、そして今回の『リマから八時間』に登場する 「小男」が共に翻訳家を名乗ることには重大な意味がある、と私は思うに至った。 『存在しない小説』は“元のテクストをあらかじめ失ったまま、仮にひとつの翻訳のバリエーションとしてだけ宇宙に存在する”のではないか、と。 ならば、『存在しない小説』は存在する。 そのテクストの翻訳だけが引きずり出”され、文字にあらわされ、印刷され、実際に読まれる。 次回、私はそれを実証する。 ・これまでの小説の歴史の中で、『存在しない小説』は無数に生まれ、時には作者にしか読まれないままえていった。私は今、そう考えている。 フランツ・カフカの小説が我々の世界に存在する然を、よくよく噛みしめてみればいい。 その小説群は、友人マックス・ブロートに渡される際、自分の死後いくつかの作品を除いてすべて焼却するようにと厳命されていたのだった。 もしもカフカの言う通りにしていたら、我々は現在のようなテクスト空間には存在していない。つまり、ほぼカフカのいない世界に生きていることになる。二十世紀初頭、かの作品群は「存在しない小説』の系譜に連なりかけたのだ。 こうした未発表の小説ばかりではない。小説内小説もまた『存在しない小説』だろう、と私は定義の範囲を広げている。 古今東西、意外なほど多くの作品の中に、ありもしない小説の題名やあらすじが入り込んでいる。アンドレ・ジットの『贋金つくり』にいたっては『存在する小説』と、同じ名前の『存在しない小説』が拮抗しており、ジットが何に気づいていたか、何を暗にあらわそうとしていたかを示している。彼こそ小説の真の歴史を知っていた作家の一人であろう。 ・日本の作家・横光利一はかつて「第四人称」の存在を示唆した。私は長い年月、そんなものが現実にあり得るとしたら自分が発見したい、とあれこれ仮説を立てては挫折し続けてきた。 そのうち、「四」という数字だけが一人歩きして、ひとつの読書論めいたものが浮かび上がった。二年ほど前のことだ。 多くの人が考える読書は今「作者」→「小説内の語り手」↔︎「読者」という三つの次元で成り立っている。だが、それは作者優位の不均衡なとらえ方であって、正しくは<「作者」→ 「小説内の語り手」↔︎「小説内に入り込む読み手」←「読者」>と次元をひとつ増やすべきではないか、と私は誰に頼まれるでもなく考えたのだった。 読者は常に全人格を没入させて読書するわけではない。むしろ「読み手」をスパイのように虚構の中へ派遣しているだけだ。その「読み手」と「小説内の語り手」が共謀して、物部は初めて前へ進む。あるいは後退する。 横光とはすっかり何の関係もなくなってしまったこの読者重視の読書論こそが今回、世界中の悪評から自分を救い、『存在しない小説』を定義づけるのに役立つ、と私はある冷たい雨の落ちる午後、はっと思いついたのであった。 『存在しない小説』とは、読者に読まれることでそのつど生まれ、しかし印刷されて残ることのない小説ではないか。 つまり、『存在しない作家』とは読者のことだ、と。 時に読者は『存在しない翻訳家』となって、ページの上にあるのとは別な言語を思い浮かべ、作品は脳内で訳されて散乱する。同じ言語の中でもそれは起こる。 仮蜜柑三吉氏は、その結果をたまたま刻字した一人の読者に過ぎない。彼は存在しないのではなく、遍在する名もなき者の中に隠れていたのだ。 あらゆる作家は最初の読者として『存在しない小説』を絶えず排除する。排除しながら『存在する小説』のみを書き残す。 だが、切り取られた『存在しない小説』は必ずテクストの下に潜む。 そして不意に読者の前にあらわれる。 語の下の語が。 『存在しない小説』として。 今もあなたがこの文を存在させている。私も仮蜜柑三吉氏も、その今がいつなのか、どこでなのか、それどころかあなたが誰なのか知ることが出来ない。 その意味では、我々にとってあなたこそ存在しない。 次が最終回になる。 あなたがあらわれるならば。
  • 2026年4月8日
    傲慢と善良
    傲慢と善良
    婚約した真実が突然失踪し、探し回る架は彼女の隠された過去と、現代の婚活における「傲慢さ」と「善良さ」に向き合う。 面白かった。 自分の傲慢さや自己愛の強さが突きつけられる小説だったなぁ。 昔の自分の言動を思い出すと、自分って何様だったんだろうと思う。。 特に「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」という小野里夫人の言葉は胸にぐさりと。。 婚活に限ったことではなく、仕事でも、家庭でも、傲慢さ、自己愛の強さが現れることがあるけど、自分の醜い部分に気付けるようでありたい。 ・このまま誰とも出会えないのではないかと、孤独を感じたことは一度や二度ではなかったし、心の中は、やはり自分のこれまでの恋愛と、今している婚活とを比べてしまう。 気軽な気持ちで手に入れ、つきあってきた、アユを始めとする歴代の彼女たちと、婚活で「結婚」を背景に、試し、試されるような気持ちで会う女性たちは、やはり、何かが決定的に違った。一言で言えばー楽しくなかった。 恋愛の先にあるべきものが結婚だと思ってきたはずなのに、出会う女性出会う女性に、これまでの恋愛のような楽しさが感じられない。軽やかな遊びの部分が排除され、社会的な存在としての価値のみが試されるこれは、むしろ、恋の楽しさの対極に感じられた。 何かに似ているーと考えて、ああ、これって就活と似ているんだ、と気づいた。あの時の、試され、選ばれるように努力しながら、選ばれ、落とされーというしんどさと、どこか似ている。 ・「いえ、たいしたことじゃないんです。けれど、うちにお見えになる方でもよくそういう方がいらっしゃるものですから」 結婚相談所は、人を介して直接相手を紹介してもらうのだから、メッセージをやり取りするわずらわしさはないはずだ。意味がわからず架が小首を傾げると、小野里が続けた。 「婚活でうまくいかない時、自分を傷つけない理由を用意しておくのは大事なことなんですよ。自分が個性的で、中味がありすぎるから引かれてしまったとか、資産家であるがゆえに、家の苦労が多そうだと敬遠されたとか、あるいは自分が女性なのに高学歴だから男性の側が気後れしてしまった、とか」小野里がまた子どものような目になって説明する。 「あとは、本当は容姿に自信があるのに、顔が整っているからこそ、男性の側が自分に他の男性がいたかもしれないと気にしているのではないか、とかね。資産家であることも、個性的であることも、美人であることも、本当は悪いことではないはずなのに、婚活がうまくいかない理由を、そういう、本来は自分の長所であるはずの部分を相手が理解しないせいだと考えると、自分が傷つかなくてすみますよね」 ・「小野里さんの目から見て、婚活がうまくいく人とうまくいかない人の差って、何ですか」 ストーカーの一件とは離れた質問だが、聞きたかった。真実と出会い、婚約して、婚活していた頃のあの出口のない苦しさがだいぶ遠ざかったように感じていた。しかし、小野里を前にして、思い出す。 婚活して結婚が決まった、という他人の成功識を聞いて、何度も思った。彼らと自分の何が違うのか。然るべき相談所やアプリを利用して、すぐに相手と出会える人たちもこんなにたくさんいるのに、と。 ここに来ていた頃の真実もそうだったのではないだろうか。 「うまくいくのは、自分が欲しいものがちゃんとわかっている人です。自分の生活を今後どうしていきたいかが見えている人。ビジョンのある人」小野里の声に、ふいに、別れたアユの顔が浮かんだ。 結婚したい、と架に明確に訴えた彼女の声が蘇る。フェイスブックで見た彼女のウエディングドレス姿がそこに重なる。小野里が「ビジョン」と表現したのが、しっくりくる。以前は架にも見えなかった将来の像。自分が夫になることも、父親になることも、遠い先のことのように思えて、実感が持てなかったあの頃。 ・「私もここを始めて長いのですけど、ひと昔前はね、仰るように、紹介した最初のお相手で決まることの方がずっと多かったんですよ。皆さん、それまでおつきあいした人がいらっしゃらない場合も多く、ああ、自分にはこの人なんだ、とすんなり納得されて縁談がまとまった。恋愛期間を重視されるよりは、結婚してから夫婦になっていく、というような感じですね」 小野里の目が、また少し意地悪くなったように感じる。ふふ、と彼女が笑った。 「けれど、今は情報が溢れているせいか、どんな方でもまずは結婚の前提として恋愛を求める傾向が強いです。自分にはこの人じゃない、ピンとこない。ードラマで見たり、話で聞く恋愛ができそうもないと、ご自分にたとえ恋愛経験が乏しくても、『この人ではない」と思ってしまう。そのうえ、皆さん、他人から理想が高いのではないかと指摘されるとたちまち否定されます。理想が高いなんてとんでもない。ただ、今回のお相手が合わなかっただけで、自分は決して高望みをしているわけではない。自分が高望みできるような人間でないことはわかっているし、と。とても謙虚な様子で、むきになられ て」 でもね、と小野里が上目遣いで、試すように架を見た。 「皆さん、謙虚だし、自己評価が低い一方で、自己愛の方はとても強いんです。傷つきたくない、変わりたくない。ー高望みするわけじゃなくて、ただ、ささやかな幸せが掴みたいだけなのに、なぜ、と。親に言われるがまま婚活したのであっても、恋愛の好みだけは従順になれない。真実さんもそうだったのではないかしら」 ・「対して、現代の結婚がうまくいかない理由は、『傲慢さと善良さ」にあるような気がするんです」 小野里が言った。さらりとした口調だったが、架の耳に、妙に残るフレーズだった。 「現代の日本は、目に見える身分差別はもうないですけれど、一人一人が自分の価値観に重きを置きすぎていて、皆さん傲慢です。その一方で、善良に生きている人ほど、親の言いつけを守り、誰かに決めてもらうことが多すぎて、“自分がない”ということになってしまう。傲慢さと善良さが、矛盾なく同じ人の中に存在してしまう、不思議な時代なのだと思います」 小野里がゆっくりと架を見た。そして、ひとり言のように、どうだっていいように、付け加えた。 「その善良さは、過ぎれば、世間知らずとか、無知ということになるのかもしれないですね」 小野里の目が、目の前の架を通じ、誰か別の相手を見ているように思える。それは、架と、架の後ろにいる多くの人たちに向けられた言葉であるかのように聞こえた。 ・「ピンとこない、の正体は、その人が、自分につけている値段です」 吸いこんだ息を、そのまま止めた。小野里を見る。彼女が続けた。 「値段、という言い方が悪ければ、点数と言い換えてもいいかもしれません。その人が無意識に自分はいくら、何点とつけた点数に見合う相手が来なければ、人は、ピンとこない”と言います。私の価値はこんなに低くない。もっと高い相手でなければ、私の値段とは釣り合わない」 架は言葉もなく小野里を見ていた。 「ささやかな幸せを望むだけ、と言いながら、皆さん、ご自分につけていらっしゃる値段は相当お高いですよ。ピンとくる、こないの感覚は、相手を鏡のようにして見る、皆さんご自身の自己評価額なんです」 ・「架くんからしてみたら笑っちゃうような話だと思うんだけど、ともかく、母は真実をそこに入れたことがなんとなくステータスになったんだよね。うちの子は純金とは言わないけど、18金。メッキの人たちとは違うって」希実が苦笑する。「自分の物語が強いの」と。 「人からしてみたら、そんなことどうだっていいのに、自分の物語をよく見せるためにどんどん話に尾ひれがついていくの。公立の志望校に入れなかったから選んだ学校だったはずなのに、最初から香和に行かせるつもりだった、本当は中学から通うつもりだったけど、小学校からのお友達と離すのがかわいそうだったから高校からになったんだってなっていく」 「自分の物語って・・・・・・。だいたいそれ、自分の話じゃなくて、娘の話じゃないですか」 ・「年頃になった娘が自分で相手を選んできて紹介する。自分の娘の彼氏の自慢話なんかを周りにしたくてうずうずしてるような母だったのに、価値観がまた曲がって、どんどん都合のいいことを言うようになっていくの。真実は、女子大の中でも、寄ると触ると男の子の話ばかりしてるようなグループと違って、本当に香和にふさわしい子だったのに、今はそういう子の方が逆に損しちゃうんだわって。しっかりと自分を持って、周りに流されるような子じゃなかったからって」 「そこでも、『自分の物語』が強くなっていくわけですか」 陽子への皮肉を含めた思いで架が言うと、希実が寂しげに微笑んだ。 「その通り。私、母に、真実に彼氏がいないのは女子校だったせいもあるんじゃないかって言ったことがあるんだけど、その時に、母から、でも女子校でも彼氏がいる子はたくさんいるし、まして、一人暮らしをしてるしてないにかかわらずお嫁にいく子はたくさんいるって烈火のごとく怒られた。自分が選んだ娘の進路のせいだなんて、死んでも思いたくないんだろうなあ。でも、そうなると、行きつく先がどんどん救いのないものになるのに、それも気づかない」「救いがない?」 「うん。それでいくと結婚できない原因は、じゃあ、真実が単にモテなかったせいだってことになるじゃない。同じ境遇の他の子がみんな結婚してるなら、真実自身に魅力がないせいだってことになる」 モテないー、という単純な響きは、単純であるがゆえに残酷だ。 咄嗟に言葉が出ない架に、希実がやんわりと首を振る。 「でも母は、そこを一番認めたくないんだよね。真実はただ運が悪かっただけ。ー自分が悪かったことには絶対にしたくない。まして、自分の娘が異性からモテないなんて死んでも思いたくない」 陽子は娘がかわいくて仕方ないのだ。 自分の娘なのだから、当然かもしれない。しかし、架の中で、前橋で感じたのと同じ違和感がまた強く膨れ上がる。 真実もそれでしよかったのかもしれない。親が結婚相手まで決める人生に抵抗はなかったのかもしれない。しかし、この違和感は、もっと言うなら不快感だった。真実の人生が狭い価値観の中で蹂躙されている。 苦労がないよう、よりよい道を。陽子がそう本心から信じていることはわかる。それでも思ってしまう。よかれと思っていたとしてもーそれは、支配ではないか。 ・「うちの母たちも、何も極端な学歴差別主義とかそんなわけじゃないんだよ。普段は、そんなことで人を判断しちゃいけないって私たちにも諭してきたような人だけど、それがいざ自分の娘の結婚相手となると別の話になるっていうか」 「それはなんとなくわかります」 「お見合いがうまくいってないって聞いて、思ったよ。真実も母もどうしてそんなに傲慢なんだろうって」 傲慢。 その言葉は、小野里夫人から聞いた言葉であると同時に、架もつい最近思ったことだった。過去の自分に対して、それから、真実の将来に介在する陽子たち両親に対して。 しかし、希実の目から見ると、妹もまたそう映るのか。 「自分たちにそんなに価値があると思っているのかなって。何を根拠にそんなに自があるのかって謎だった。あなたたちがそうなんだったら、他の家だってみんなそうだよ。 あなたたちから見てたいしたことがないように見える息子でも、相手も自分の家に自信があるし、息子がかわいいんだよって思っちゃった」
  • 2026年4月8日
    凍りのくじら
    凍りのくじら
    愛する父が失踪して5年。孤独な高校生・理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う不思議な青年・あきらに出会う。戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。 ドラえもんのひみつ道具になぞらえたサブタイトルを持つ10章で構成されており、あきらとの出会いやドラえもんの要素を通じて、理帆子が自己と向き合い、他者とつながる過程を描いた青春ミステリー。 周りに本音を話せず、誰といても本当に楽しいと思えない。どこにでも溶け込める、でも冷めた目で見ている理帆子が、自分の本当の気持ちに向き合っていく。 子どものときに好きだったドラえもんのひみつ道具が出てくることで、この話により懐かしさと温かさが与えられている。 誰かと一緒にいてもどこか寂しいと感じるときに、読むと心が落ち着く小説だと思った。 藤子先生が『ぼくにとっての「SF」は、サイエンス・フィクションではなくて、「少し不思議な物語」のSF(すこし・ふしぎ)なのです』と言ったことから、理帆子が周りの人の性格を「スコシ・ナントカ」に当てはめていくのは、自分だったらなんだろう?と考えてしまった。 ・あんなに敵を見つけることに熱心で、高校生活が充実しているくせに、加世の趣味が地味な子をいじめることだというのは、一体どういうわけだろう。 自分より劣っている人間を見つけては、孤立させたがる。ひょっとしたら、昔いじめに遭ってたことでもあるんだろうか。かわいいし、頭いいけど、だからこそ幼少時には苦労があってもおかしくない。私はこんなに傷つけられた、だからあなたも。そういう連鎖。 ・「どこでもドア」を持つ私は、屈託なくどこのグループの輪にも溶け込める。愛想よくバカの振りをしながら。親身になって話を聞いて、いい人ぶりながら。どこでも行けるし、どんな場所や友達にも対応可。 だけど私は、Sukoshi・Fuzai (少し・不在) だ。いつでも。 場の当事者になることが絶対になく、どこにいてもそこを自分の居場所だと思えない。それは、とても息苦しい私の性質。 ・私は父によく懐いた子どもだった。私に本を買い与え、興味深く話を聞いてくれる父が大好きで、後ろをちょこちょこついてまわった。私の好きな漫画や小説を俗なものとして私から遠ざけようとし、文部省が推奨するような身障者問題や戦争の話だけを良質な図書なのだと主張する母が疎ましかった。遊びに行ってきます。誰と遊んでくるの?何をして遊ぶの?首を突っ込もうとするのに、私が答える瞬間には、尋ねたことにもう興味を失っている。母は私の個性を「子ども」として以上には捉えなかったし、話の内容にも真剣に耳を傾けてくれたことがなく、父とはそこが違った。 「お父さんはあんたにいろいろ物を買ってあげて、それであんたは懐いてたけど、私はほとんど買ってあげなかったから。だから理帆子は私に懐かなかったんだね」 いつだったか、そう言われて唖然とした。告げる母の声は、やはり嘆く様子すらまるでないあまりに平坦なものだった。自分と父との違いを物を買い与えたか否かでしか捉えないのか、と苛立った。なんて都合がいい解釈なのだ、と。 ・その時期の私は、母にどうしても優しくできなかった。こういう喧嘩をした直後、いつでも苛立ちを抱えたまま、平行に反省する。仮定の話を考える。 例えば、今もし母が死んでしまったら私は後悔するだろうと。後悔し、涙御れるまで泣き、自分を責めるに違いない。もっと優しくすればよかった。多くを語り合えばよかったと。そしてそれがわかっていても、今現在の母に自分が優しくできないこと、それも知っている。人間というのは、理不尽で業が深く、そして間が悪い生き物だ。 母はその年の秋、突然倒れ入院した。それまでも徴候があったはずだ、と医者から言われた。喧嘩をした春のその日も、母はひょっとしたら癌の痛みと格闘していたかもしれない。それを思って、都合のいい私は胸が張り裂けそうになる。 ・私には関係ない、そう思って本を借りる手続きのカードを書いていた。その時だった。皆に何事か説明していた司書教諭が、いきなり私の前に積まれていたホームズを手に掲げた。そして倍じられないことを言った。『悪い本の借り方を説明します」シリーズものの装丁は統一されている。同じ色彩、同じ装丁家の手に依る挿絵。似通った雰囲気の五冊のホームズを示し、彼女は『こうやって同じ種類のものだけしか借りないのは、よくない借り方です』と言った。『いろんな種類の本を読みましょう』と。 私は呆然と彼女の顔を見上げていた。屈辱的だった。いろんな種類の本?私、読んでる。だからこそ、今回はホームズって決めたんでしょう? 彼女は私の本を机に戻し、一通りの説明を終えた後で、私に向け苦笑じみた表情を作って見せた。そして謝る。 「ごめんね、芦沢さん。たまたま近くにいたから。あ、いいのよ、いいのよ。気にしないでそのまま借りて帰ってね」 あんた馬鹿じゃないの?私はみんなより一段階レベルが高いのに、それがわからないの?子ども相手だから構わないだろうって、そんな適当な真似をするの?私は子どもだけど、覚えててやる。あんたの愚鈍さを、ずっと覚えてるんだ。 ・「どうしたら良かったと思う?」別所が私に、静かな声で尋ねた。 「後でそれが実行できる目処がなくなり、逃げることもできなくなった彼は、壊す以外にどうしたら良かったと思う?」 「挫折しなくちゃ」 私の声が微かに震え始めた。何故、こんな声を私が出さなければならないのだろう。 「いつも、持病のせいとか、親のせいとか、自分の力ではない他のせいにしてきた。だけど、悪いのは自分だと認めなくちゃ。全部を自分の責任だと認めて、その上で自分に実力がないんだと、そう思って諦めなくちゃならない。精一杯、本当にギリギリのところまでやった人にしか、諦めることなんてできない。挫折って、だから本当はすごく難しい」 ・お母さん。呟くと、病室で最後一度だけ彼女が目を開けたその光景が、今更のように胸に蘇った。山のように積まれた父のポジフィルム。それを見て言う。『よかった、これでできた』。 飯沼に電話が繋がる。私は声が詰まらないように、一息で礼を言う。 「お話をいただいて、母に仕事をさせていただいて。ー本当に、ありがとうございました」母の死後、家を掃除していると、鏡台から小さな箱が出てきた。 控え目な石のついた安物のネックレス。まだ小学生だった頃、母が見せてくれたことがある。父が高校の頃、初めて母に写真のモデルを依頼する際に贈ったもの。照れ臭そうに、でもどこか自慢げに、母が私に見せてくれた。 彼女は、それをずっと保管し続けていたのだ。 ・私に呼び掛ける都也の声。私の父が、都也にきっと呪いと願を掛けた。何も望まず、困難に耐えて決して弱音を吐かず。そしてピアノに齧りつく。 ・なんて残酷なんだろう。そうだった。多分、最初からそうだった。都也は喋れないんじゃない。 喋らないんだ。 「都也・………」 力いっぱい、彼の薄っぺらい冷え切った体を抱きしめながら、私の喉が熱く震え始める。あんたは馬鹿だ。大馬鹿だ。どうしてそうなんだ。どうして誰も彼を自由にしないんだ。籠の中の鳥、空を飛ぶこともなく。 気が付くと、私は崩れた声で叫んでいた。 「欲しいものがある時は、それを言っていいんだ よ」 麓で回っていた赤いランプの横で、高いサイレンがウーと鳴る。騒ぐ声がしている。誰かがこちらにやってこようとしている。心の中で、私は呼び掛ける。ここだよ、こっちだよ。 「痛かったら泣いて、苦しかったら、助けてって言っちゃえばいいんだよ。きっと誰かがどうにか、カを貸してくれる。もう嫌だって、逃げちゃえば、いいんだよ。そうすることだって、できるんだよ」あっちだ!私たちの方向を、示して叫ぶ声がする。 お坊ちゃんはどこ。声を聞いて、目を閉じる。多恵さん。彼女が迎えに来てくれてる。都也あ、いるのか。必死になって叫ぶ声がする。松永の声だった。 ねぇ、都也。ピアノなんて弾けなくてもいいよ。 私の腕の中で都也の冷たい胸が不器用に困惑していた。それがわかった。私はもう、全身が震えて熱くなっていた。 「誰かと繋がりたいときは、縋りついたっていいんだよ。相手の事情なんか無視して、一緒にいたいって、それを口にしてもー」 言いながら気が付く。それが自分自身に向けての言葉なのだということに。他でもない私がそうしたいのだということに。 私は一人が怖い。誰かと生きていきたい。必要とされたいし、必要としたい。 今、『テキオー灯』の光を浴びたばかりだった。 私。 口から、嗚咽が上がる。 ねぇ、都也、私じゃ駄目かな。私が家族じゃ、駄目かな。 「私、都也と一緒にいてもいい…・・・・?」母なのか、姉なのか。はたまた恋人なのか、妹なのか。関係の名前は、多分そのどれでもなかったが、名前なんてなくても縋りついていいのだと思った。 私は都也が好きだ。 美也が、カオリが。学校の友達が、両親が。松永のことも、若尾のことだって、好きだった。最初からずっと、そうだった。
  • 2026年4月6日
    ふたりはともだち
    ふたりはともだち
    子どもの頃に読んでいた本を改めて。 一緒にいると楽しくて、相手のために真っ直ぐ行動できてしまう友達の素晴らしさ。 最後の「おてがみ」は特に幸せな気持ちになる。 かえるくん、どうしてきみずっとまどのそとを見ているの。」がまくんがたずねました。 「だって、いま ぼくてがみをまっているんだもの。」かえるくんがいいました。 「でもきやしないよ。」がまくんがいいました。 「きっとくるよ。」かえるくんがいいました。 「だって、ぼくがきみにてがみだしたんだもの。」 「きみが?」がまくんがいいました。 「てがみになんてかいたの?」 かえるくんがいいました。「ぼくはこうかいたんだ。『しんあいなるがまがえるくん。 ぼくはきみがぼくのしんゆうであることをうれしくおもっています。 きみのしんゆう、かえる』」 「ああ、」がまくんがいいました。 「とてもいいてがみだ。」 それからふたりはげんかんにでててがみのくるのをまっていました。 ふたりともとてもしあわせなきもちでそこにすわっていました。
    ふたりはともだち
  • 2026年4月2日
  • 2026年3月31日
    スロウハイツの神様(下)
    人気作家チヨダ・コーキの小説が引き金となった事件から10年後、オーナーの脚本家・赤羽環とコーキを含むクリエイターの卵たちが共同生活を送る「スロウハイツ」を舞台に、新たな入居者・加々美莉々亜の出現と、過去の謎の手紙を巡る物語が展開される青春ミステリー。 面白かった。 「かがみの孤城」を読んだときも思ったが、「もしかしてこういうことかな?」という想像を超えてくるし、最後の伏線回収の畳みかけがすごい。 辛かった時期に、環と公輝がお互いにお互いを支え合っていたのだと分かったときは感動だった。 ・「僕、実は結構知ってるんです」 「何を?」 公輝がパソコンのキーを叩く音がリビング内に一定のリズムで響く。それを聞きながら、漫画を描くのはなかなかいい。 「これが長くは続かないだろうってこと」 原稿用紙の上に走らせていたペンを止める。顔を上げると、公輝は相変わらずパソコン画面を見つめたままだった。狩野を見ずに、流れるような口調で説明する。 「いいことも悪いことも、ずっとは続かないんです。いつか、終わりが来て、それが来ない場合には、きっと形が変容していく。悪いことがそうな分、その見返りとしていいことの方もそうでなければ摂理に反するし、何より続き続けることは、必ずしもいいことばかりではない。望むと望まざるとにかかわらず、絶対にそうなるんです。僕、結構知ってます」 画面から顔を上げ、手元は休まないままだったが、狩野に微笑み掛ける。 「僕は、ここの生活が好きですよ。とても楽しい。環に感謝しています」 後はまた黙々と仕事に戻った。 ・彼女の後ろ姿に向けて公輝が更に「スーのこと、聞きました」と言った。 環は足を止めないまま、「そっか」と呟く。何の感慨もない風に「仕方ないよね」と。 「ここは出て行くみたいね。私、正直、見直した。あの子、正義に依存せずに自分の足で歩こうとしてる」 「みたいですけど、僕はー」その時、狩野は自分が本音に忠実でなく、建前の言葉で状況を奥へ奥へと押し込んでいたに過ぎなかったことを思い知る。 公輝はきっぱりとこう言った。 「僕はただ、あの二人に付き合っていて欲しかったです。自立とか、依存とかはどうでもいいから、正義とスーに仲良くしてて欲しかった。スーにここにいて欲しかったです。わがまま、ですけど」環がはっとしたように姿勢を正し、公輝を振り返った。そして俯く。 狩野がそうだったように、環もまた、同じことを思ったのだろうか。こういうのは当事者だけの問題で、部外者には口を出す権利も感想を言う権利もない。けれど公輝がまっさらな本音を晒したことで、気持ちが途端に揺れ出していた。 ・「どうしてくれるんだよ。私、今夜これから出掛けるのに」 環の声は怒っていた。目が赤く充血し、腕の端から新しく涙が滲む。 「これ、すごくいい」 人が死んだり、派手な展開があったりするわけじや、何もないのに。ただ優しく、誰にでも読んでもらえるようにと、考えただけなのに。 「考えなくていいよ」と環が言った。 「前言撤回。さっきの編集者の言うことは信じなくていい。このまま、描いていけばいいよ。ー今回のこの話が通らなかったのは釈然としないけど、この道に沿っていけば、狩野はきっと、いつか絶対に認められる」 「環が何か読んで泣くなんて珍しいね」 スーが嬉しそうに言う。環は心底嫌そうに顔をしかめて、首を振った。「そりゃ、そうだよ。我ながら、不覚にも程がある」狩野に向き直る。 「私のこの反応はね、うんざりするくらい本心だよ。私、あんたたちの書いたもので絶対、泣きたくなんかなかったんだから」 流れ出した涙とマスカラを拭う、悔しそうな彼女を見た、その時だった。 狩野は、決意したのだ。とにかく、嬉しかった。 人を傷付けず、闇も覗き込まずに、相手を感動させ、心を揺さぶることは、きっとできる。そうやって生きていこう、自分の倍じる、優しい世界を完成させよう。それができないなら、自分の人生は失敗しているも同じなんだと、そう思ったのだ。 ・おいしいね、と呟き、変に思われても構わないからと、二人して一心不乱にフォークでそれを口に運んでいく。甘ったるいクリームを飲み込みながら、ふいに決定的な瞬間がやってきた。ぼろぼろと涙をこぼし、環は泣き出した。 おいしい。 こんなにおいしいものを、普段からずっと食べているチョダ・コーキという作家は、なんて自分とは違うのだろう。遠いのだろう。それを痛感して、自分自身が恥ずかしくて、環は泣き出した。どうしようもなくつらくなって、息が詰まった。もう、こらえきれなかった。 鼻が詰まって呼吸ができなくなり、ケーキも口の中で涙と混ざって暖かく歪む。そうなっても、環はそれを食べ続けた。嬉しいのか、悲しいのか。わからなかった。本当に、自分の気持ちがわからなかった。 突然激しく嗚咽し始めた環の前で、桃花は何も言わなかった。ただ、同じように泣きそうな顔をして、自分の横でそれを食べ続けてくれた。 何でこんなに遠いのだろう。どうしたら、この恥ずかしさや情けなさはなくなるんだろう。 そして、二人で丸々一個を食べ尽くしてしまったその時に、環は決心していたのだ。揺るぎなく、一生をかけてでも成し遂げたい目標が生まれた。 私は、彼に追いつきたい。 そして唐突な閃きのようにして、コウちゃんを巡るあのひどい事件があった時、嵐を鎮めたのが何だったのかを思い出したのだ。 護機で残酷、センセーショナルなあの惨劇の報道を打ち消して、世間の話題を攫った史上初の快挙。 日本人俳優が、米国のアカデミー賞主演男優賞を受賞したこと。あの俳優だって、それまではスキャンダルが相当あったのに、世間の目はそれを賛辞をもって迎えた。郷土愛に満ちて、それに執着する心が、きっとそうさせる。同じ日本人が、外国で功績を挙げた。そのことで。 私は、映画の脚本を書いてアカデミー賞を獲ろう。 単純に、そう思えた。 今日まで、支えがなければとても生きてこられなかった。そんなものが支えだなんて、それをどうかと思う人もいるだろう。けれど、それがあることがどれだけ幸せなことかを、環は知っている。 ああやって、「チョダ・コーキの小説のせいで人が死んだ悲劇」を嘆いて、責めた人たちを私は絶対に忘れない。その人たちの前で、オスカーを手にしながら言おう。 「私は、チョダ・コーキを読んで、それを支えに生きてきました」と。 思い返すと、あまりに短絡的で笑ってしまう考え。だけど、それは、今も赤羽環の支柱であり続ける。どれだけ無謀でも、これを無謀だと思ったが最後、自分は負けてしまう。これは、絶対に譲ってはならない、自分への楔なのだ。 ・怖かったけど、怖くてたまらなかったけど、気分がすこぶる良かった。たまらなく、気持ちがよかった。 冬の夜空に向けて、思いきり笑った。正面にオリオン座の三つの星が並んでいる。それを目指して、足を前に前に出していく。こんな間抜けな格好で、警官と追いかけっこ。ああ、本当にバカみたいでおかしい。 途中から、それは逃げるというより、ただ走るという行為にすり替わっていた。自分の後ろを追いかけてくる人間がいるのか否かも問題でなくなる。実際、本当に声が聞こえなくなった。諦めたのかもしれない。 目の前に上がる自分の息が、驚くほど真っ白だった。 無我夢中で走る途中、足がもつれて、公輝は前のめりにその場に崩れ落ちた。どこまで走ったのだろう。どれくらい、走ってきたのだろう。もう警官の姿は見えなかった。駅前の通りを外れた、閑静な住宅地。その一角にあった草だらけの空き地。倒れた公輝は、そのまま地面に寝転んだ。 こんなに走ったのは、久しぶりだった。逃げる途中、どこかで落としたのだろう。サンタの髭と帽子、が取れている。フリース素材の赤いコスチュームの中は、ずっと走ってきたせいで汗だくだった。頭がカンガンする。胸の鼓動は、いつまで経っても収まる気配がまるでなかった。もう、本当にばくばくと内側から鳴っている。 静かだった。 虫の声一つしない冬の夜の中で、自分の荒い息遣いの声だけが耳に届いていた。白い息が浮かび上がる。身体を枯れた草と霜に凍った土に包まれながら、こんな時でもまだ、公輝は気分がよかった。 空を眺めると、そこに、じられないくらい美しい光景が広がっていた。 月が出ていた。その黄色く明るい光を支点に、集が渦を巻き、ゆっくりと旋回していた。その動きが美しかった。その速度が緩やかであればあるほど、気持ちが研ぎ澄まされていく。 その光景を見ていた、その時だった。公輝に、決定的な瞬間がやってきた。それまでの気分の良さが嘘のように、どこかに吹きとぶ。 唇を噛み締める。 今日、環と会った。あの子から「ありがとう」と言われた。「私、ここのケーキ大好きなんです」と、泣きそうになった震えた声で。 ああ、僕はー。 僕はあの子が好きなんだ。 言葉にして一度思ってしまうと、ありとあらゆる感情の波が押し寄せてきて止まらなくなった。 喜びや嬉しさ、感動、やるせなさ、切なさ、苦しみ、悲しみ、それどころか、ありとあらゆることに対する、怒りの感情でさえも。どうしてか、全くわからなかった。 それを自覚してみて、ようやく決意できる。強い意志と覚悟を持って、彼女に呼び掛けることができる。 僕のことなんか全て忘れてしまうんだ、赤羽環ちゃん。 胸が、身体のあちこちが、ちぎれそうなほど痛んだ。鋭い痛みだった。目を閉じると、急に涙が溢れ出した。声を上げて、公輝は泣き出した。 チョダ・コーキはいつか、抜ける。 自分の話がそう言われていることを、公輝は知っている。 それは、青春のある一部分にだけ響く物語で、皆、自分のその時代が終わるとそこから卒業する。 年を取るとともに経験を獲得し、小説や漫画より現実が楽しくなり、そちらに惹きつけられていく人間を、これでは引き止めることがきっとできない。 その通りだ。この世の中には、楽しいことがたくさんある。人を好きになって、人から好かれて、対等に関係を結んで、友情とか、恋とか、愛とか名前をつけて、そこからたくさんの経験を学ぶ。獲得する。 それらを、環に知って欲しかった。けれど、公輝にはそれが教えられない。何一つ自分が持っていないから、どうやっていいかがわからない。 チョダ・コーキを、きっと君は忘れてそこから抜け出すことができる。 祈りのような強い気持ちで、繰り返し、心の底からそれを望む。
  • 2026年3月30日
    スロウハイツの神様(上)
    今後の展開が気になる! ・「あと、「ハイツ』は、私が『ハイツ・オブ・オズ』のケーキが大好きだからって理由ね。ここが高台でも丘陵でもないことは理解してるし、文脈的に正しくないこともわかってるけど勘弁して」「へえ、『ハイツ』って、高台とか丘とか、そういう意味なの?何語?」 「英語。なんだ、じゃあ言い訳して損した」「別に意味を知ってたところで、突っ込んだり揚げ足取ったりしないよ」 環と話していると、たまにこういうことがある。 小さなミス一つにも気を抜かないようにと、まるで片意地を張るような。誰かから馬鹿にされることを回避するため、徹底的に先回りしてしまうその姿勢は、嫌いじゃないけどたまに痛々しい。誰も君を攻撃したりしないのに、と。 ・多分、狩野は今日私が話したことなんて、全部忘れるよ。唯一覚えてるのは、今の「狩野の漫画は優しすぎる』っていう、自分に都合のいいその一言だけになる。その言葉なら余裕があって傷付かないし、何より耳触りがいい。優しすぎるっていう個性は、狩野が目指す理想の『狩野壮太像』にぴったりだもん。きっと今度は『僕は優しすぎるから』って、そこに陶酔しながら痛みに酔うんだ。 勘違いしないで。私が今言った『優しすぎる』は、『作者に優しすぎる』っていう意味だから ・余裕があるからこそのイベント性。 この言葉は、実は『スロウハイツ』で生活するようになってから、環に指摘されたものだった。彼女は極端なほど、誰か他人の価値に自分が依存すること、とりわけ、自己のヒロイズムがそこに絡むことを嫌う。 「読者も、楽しんだんだと思うの」ある夜、公輝のいない場所で皆であの事件の話になった時、環が言った。 「『自分が読んだことのある作家だ』。その事実って、自分と世界を繋げるには丁度いい。コウちゃんが背負わされたものを自分も共有することで、読者はチョダ・コーキを通して、そのイベントや世界をとても身近に感じることができる。そして実際には、自分たちは何も『責任』とやらは取る必要がない。気持ちに快を与える、とても手軽な自己陶酔のイベントだよ」 ・「それでもやっぱり、働かなきゃね。仕事っていうのは忍耐だから」 「・・・・・私だから上手くやれないっていうことかな」 「違うよ。スーはきちんとやってる。ただ一つ言えるとするなら、同じ目に遭ってもそこまで不満を抱えないでドライに割り切れる人もたくさんいるってことかな」 俯いてしまったスーに、環が続ける。 「人間は弱い生き物です。優越感に選りたい、誰かのせいにしたい。人間同士が一番盛り上がる話題って、誰か共通の敵の悪口だっていうし。そういう彼らの欲を満たすところまで含めてバイトの仕事なのかもしれないね。どうしようもなく嫌気が差すけど」 「環は、そういうのないの?」バンドマンと衝突して、絵の内容を繰り返し変えることへのストレス。環の今の職業はその繰り返しではないのか。それに比べれば、きっとスーの悩みなんてかわいいものだろう。だからこそ、怒られても仕方ないと覚悟していたのだが、彼女が思いのほか好意的なことに、スーは驚いていた。 環は苦笑しながら「そりゃ、しょっちゅう」と答える。 「だけど、仕方ないよ。自分で決めたんだもん。そうそう、私、これで楽になったんだ」軽やかな口ぶりで教えてくれる。 「人から「大変ですね」って言われるたびにさ、本当は楽しいことでも謙遜して見せなきゃいけない時ってよくあって」 「うん。何となく、わかる」 「『そーなんですよ。すごく大変で』って、向こうに合わせて答えてた。そしたらある時、その場に黒木さんが同席してて。あの人が私に言ったの。『でもそれ、自分で決めたんだろう?」って」 「へぇ」 確かに、彼が言いそうなことだ。 「黒木さん、呆れたように言うわけ。それで、気付いた。あー、私、何を本心でもないこと並べて、この人に軽蔑されちゃってるんだろうって。それから少し、楽になったよ。選んだのは私だし、決めたのも私。変な謙遜はもうやめる」 ・性善説を取るのか、性悪説を取るのか。一度その話になったことがあって、その時環は迷うことなく性悪説の立場に立ち、スーはその逆だった。けれど、実際の人間をどちらがより好きなのかというとそれは断然、環だ。どうしようもない、腹が立つ、あいつらは弱い。様々な罵声を垂れ流しながら、それでも人に率先して関わっていく。世細な悪意にぶつかるたび、容易く身を凍らせて動けなくなる自分とは大違いだ。
  • 2026年3月30日
    かがみの孤城
    かがみの孤城
    学校での居場所をなくし、閉じこもっていたこころの目の前で、ある日突然部屋の鏡が光り始めた。輝く鏡をくぐり抜けた先にあったのは、城のような不思議な建物。そこにはちょうどこころと似た境遇の7人が集められていた―― なぜこの7人が、なぜこの場所に。すべてが明らかになるとき、驚きとともに大きな感動に包まれる。生きづらさを感じているすべての人に贈る物語。 かがみの孤城に集まった7人の関係性が微笑ましい。 学生時代独特の関係性の鬱屈した感じを思い出す。この物語はファンタジーだけど、学校以外で心を許せる人がいたら、どれだけ救われるか。 アキがルール違反してからが急展開でワクワク。エピローグは予想外だったけど、アキというところが嬉しかった。。 ・カーテンの布地の淡いオレンジ色を通し、昼でもくすんだようになった部屋は、ずっと過ごしていると、罪悪感のようなものにじわじわやられる。自分がだらしないことを責められている気になる。 最初はそれで心地よかったものが、だんだんと、やっぱりいけないんだと思うように、なぜか、誰に言われたわけでもないのに、なってくる。 世の中で決まっているルールには、全部、そうした方がいい理由がきちんとある。 朝はカーテンを開けなさい、だとか。 学校には、子どもはみんな行かなければならない、だとか。 ・ウレシノのクラスメートがどんな子たちなのかはわからないけど、自分のクラスに置き換えて考えると、漠然とだけど想像できた。ネタにされたり、からかいの延長でバカにされたりする男子は小学校時代からいたし、それが行き過ぎの場合だってあった。 だけど、ウレシノの言うように、こころもまたそれを「いじめ」だなんて考えたことはなかった。 行き過ぎだと考えたことがあっても、ニュースで見るような深刻なものだと感じたことは一度もない。 ウレシノもそうなのかもしれない。たとえ、「ちょっと変になって」も、それをいじめだなんて思わなかったのかもしれない。 ・仲が悪くなったわけじゃないと言いながら、自分から謝ったり、何をされたわけじゃないと言いながらも、相手に反省していることを期待したり、ウレシノの話は、彼の混乱をそのまま表すように矛盾がいっぱいだ。強がりもあるし、本音を言いたくないこともあるだろう。 けれど、きっと、嘘じゃない。 その瞬間瞬間に彼が感じた感情は、きっとどれもがその通りで、正しいのだ。 ・「あ、ごめん。こころもフウカも真面目だからつまんない?こういう話」 「そういうわけじゃないけど・・・・」 真面目、という言い方が、なんだか自分たちをバカにしているような気がして、こころもフウカも黙ってしまう。自分たちの知らない世界をひけらかすようにそうされると、それが羨ましいかどうかに開係なく、ただ嫌な気持ちが胸に広がるようだった。 アキは今、どこで知り合った誰と、どんな風につきあっているんだろう。羨ましいわけでは断じてない。けれど、外の世界を持っているというただそれだけの事実が、こころの胸をどうしようもなく圧迫する。焦らせる。 ・「一何それ。そんな状態なのに、オレのために行くよっていう必死さアピール?オレに、恩売るための」 「違うよ」 マサムネがいつもの嫌みっぽい口調に戻ったのを聞いて安心する。ちょっと前ならイラッとしたかもしれないこの子のそういうところも今は言葉通りじゃないとわかる。毎日一緒にいたから、わかるようになった。 マサムネが言いたいのは、きっと、そんな状態なのに来てくれてありがとう、という感謝だ。それが曲がって、こんな言い方になってしまう。 「そんな状態だけど、マサムネたちがいて安心なのは、私も一緒だよっていうアピール。不安で、行きたくない気持ちで明日学校に行くの、マサムネだけじゃないよ。マサムネが、私たちが来るなら大丈夫って思ってるのと同じ気持ちで、私たちもマサムネを待ってる」 こころの言葉を受けたマサムネが、戻るために鏡にかけた手に、ぎゅっと力を入れた。指が曲がって、縁を強く掴む。 「ーああ」 マサムネが頷いた。 「また明日」とこころは言った。 いつもの「また明日」よりも力を込めて。マサムネも言った。 「ああ。また明日。ー学校で」 ・言葉が通じないのは、子どもだからとか、大人だからとか関係ないのだ。 あの手紙を読んで、こころは相手に言葉が通じないことを圧倒的に思い知った。だけどそれは、あの子に限ったことじゃない。喜多嶋先生が「あれはない」と言ってくれたのに、おそらくは、伊田先生にもそう伝えただろうに、それでも伊田先生の中ではそう言われることこそがお門違いでピンとこないのだ。自分がやったことを正しいと言じて、疑っていない。 彼らの世界で、悪いのはこころ。 どれだけこころの立場が弱くても、弱いからこそ、強い人たちは何も後ろ暗いところがないから、堂々とこころを責める。学校にも来ないし、先生に意見も言わない人間は何を考えてるかわからない、理解しなくていい存在だから。 ・「自分は、みんなと同じになれないー、いつ、どうしてそうなったかわかんないけど、失敗した子みたいに思えてたから。だから、みんなが普通の子にそうするみたいに友達になってくれて、すごくしかった」 その声に、こころは息を呑む。この場のほとんどみんながそうなったのがわかった。 普通になれない”はずっとこころが思ってきたことだった。 学校に通ってる他のみんなみたいにうまくできなくて、同じになれないことに気づいて、だから絶望していたし、苦しかった。ここでみんなが友達になってくれて、どれだけ嬉しかったか。 しかし、その時だった。 「え、それ、おかしくない?」 ウレシノの声だった。みんながはっとしてウレシノを見る。ウレシノは真剣なー怒ったような顔をしていた。 「フウカは普通じゃないよ」と言った。断言する、強い口調だった。 「優しいし、しっかりしてるし、全然普通じゃないよ」 「あ、そういう意味じゃなくてー。ウレシノがそう言ってくれるのは嬉しいけど」「いいんじゃないの?ウレシノの言う通りだよ」ウレシノの声を後押しするように言ったのはリオンだった。 「普通かそうじゃないかなんて、考えることがそもそもおかしい。そんなの、オレはどうだっていいし、単純にフウカがいい奴だから仲良くなれたんだよ。嫌な奴だったら絶対仲良くならなかった。 それはみんなそうだろ?」 リオンの言葉に、今度はフウカが息を呑んだ。「違う?」と言うリオンに、フウカが「ううん」と首を振った。小声で言う。 「ありがとう」
  • 2026年3月25日
    DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール
    人生を豊かにするお金の使い方についての本。 無意識に過ごすこと、お金に対する漠然とした不安を持つことを止め、望む人生を送るためにどうお金を使うべきかということについて、勉強になった。 特に「人生は経験の合計だ。」「金を払って得られるのは、その経験だけではない。その経験が残りの人生でもたらす喜び、つまり記憶の配当も含まれているのだ。」という言葉が印象的だった。 自分も無意識に仕事を優先しがちだが、今後何に価値を置くのか考えるきっかけとなった。 ルール1 「今しかできないこと」に投資する ・ライフエネルギー ・経験の価値を信じる(今味わえる喜びを先送りしない) ・実践: 人生で何を経験したいのかを真剣に考えよう。どれくらいの回数、それを味わいたいだろうか?些細なものでも壮大なものでもいい。タダでも高価でも、チャリティでも快楽主義的なものでもかまわない。とにかく、有意義で思い出に残るものという観点から、一度きりの人生で本当に何がしたいのかを考えてみよう。 ルール2 一刻も早く経験に金を使う ・人生は経験の合計だ。あなたが誰であるかは、毎日、毎週、毎月、毎年、さらには一生に一度の経験の合計によって決まる。 ・各体験から得られる喜びをポイントで表現する→ 元の経験を思い出すたびに得られる喜びのポイントを加算する ・元の経験から副次的に生まれる経験は、まさに記憶の配当(金を払って得られるのは、その経験だけではない。その経験が残りの人生でもたらす喜び、つまり記憶の配当も含まれているのだ。) ・もちろん、老後の備えは必要だ。だが、老後で何より価値が高まるのは思い出だ。 ・実践: 「早い段階」とは、「今」のことだ。あなたが望む経験のうち、今日、今月、今年中に投資できるものはないだろうか。腰が重いと感じたら、「今」それをしないことのリスクを考えてみよう。 一緒に経験したい誰かのことを思い浮かべてみよう。先延ばしにせず、今その経験をすることで、この人たちと共にどれだけの記憶の配当が得られるかを想像してみよう。 記憶の配当を多く得る方法を積極的に考えてみよう。経験をしている最中にたくさん写真を撮る、その経験を一緒にした人たちとの再会を計画してみる、動画やフォトアルバムを編集してみるなんてどうだろう? ルール3 ゼロで死ぬ ・多くの人は時間と金をどのように使うかについて十分には考えていない。(無自覚、自動運転モード) ・金と時間の使い方をよく考えて選択していくことは、人生のエネルギーを最大限に活用するための基本 ・年を取ると人は金を使わなくなる。 ・今の生活の質を犠牲にしてまで、老後に備えすぎるのは、大きな間違いだと言いたい。 ・実践: まだ「ゼロで死ぬ」という考えに心が動かない人は、その心理的な抵抗がどこから来るのかを考えてみよう。 仕事が好きで、毎日職場に行くのが好きな人は、仕事のスケジュールの邪魔にならないかたちで、有意義に金を使える方法を考えてみよう。 ルール4 人生最後の日を意識する ・自分があとどれくらい生きるかを真面目に考えてみることには価値がある ・早死にするリスクは「死亡リスク」、予想よりも長生きする可能性は「長寿リスク」と呼ばれる。 ・死亡リスクへの対処は生命保険、長寿リスクは長寿年金で対処する。 ・人は死が迫っていないと、合理的な判断ができない。 ・自分の推定死亡日までの日数(年数、月数、週数など)をカウントダウンする「Final Countdown(ファイナル・カウントダウン/日本でもダウンロード可、類似アプリも有)」というアプリをすすめる。 ・実践:死ぬ前に資産が尽きてしまうことが不安なら、生きている限り一定の収入が保証される、長寿年金などの金融商品に目を向けてみよう。 ルール5 子どもには死ぬ「前」に与える ・まずは子どもたちのための金を取り分け(あなたはその金に手を付けてはいけない)、その後で残った金を自分のために使う。 ・たいていの場合、相続のタイミングが遅すぎて、相続人は値打ちのある金の使い方ができない。 ・どれくらいの財産を、いつ与えるかを意図的に考え、自分が死ぬ前に与える。 ・譲り受けた財産から価値や喜びを引き出す能力は、年齢とともに低下する。 ・「親が財産を分け与えるのは、子どもが26~35 歳のときが最善」と考える。金を適切に扱えるだけ大人になっているし、金がもたらすメリットを十分に享受できるだけの若さもある。 ・私たちが子どもに与えられる経験のなかには、一緒に過ごす時間そのものも含まれている。子どもにとって、親と過ごす時間は重要だ。子どもの心のなかにある親との思い出は、良くも悪くも彼らの生涯に影響してくる。 研究によると、幼少期に親から十分な愛情を注がれた人は、成人後も他人と良い関係を築け、薬物中毒になったりうつ病を発症したりする割合が低くなる。 ・「金を稼ぐこと」と「大切な人との経験」をトレードオフの関係として定量的にとらえ、自分の時間を最適化する ・かけがえのない機会が次第になくなっていく、という事実を意識しながら経験と金のトレードオフについて考える。 ・死後に寄付するのは恐ろしく非効率である。寄付は早ければ早いほどいい。(苦しい暮らしをしていた人たちは、寄付者が他界するまで、寄付の恩恵を受けることはない。) ・実践: 自分が生きているあいだに、子どもに財産を分け与えることを考えよう。何歳のときに、どれくらいの額を与えるべきか、配供者やパートナーとよく話し合おう。必要だと判断したら、すぐにでも行動に移そう。 財産分与や寄付については、事前に専門家にも相談しよう。 ルール6 年齢にあわせて「金、健康、時間」を最適化する ・私は、若いときにリスクを取ることの価値を大いにじている。だがそれは、そのリスクを取るだけのメリットがある場合に限る。メリットとデメリットをよく比較して判断すべきだ。 ・今しかできない経験(価値のあるものだけ)への支出と、将来のための貯蓄の適切なバランスを取る ・この支出と貯蓄のバランスは人生のステージに応じて変化していく ・人生の残り時間によって、今を楽しむことと将来に備えることとのバランスを最適化していこう。 ・健康上の問題は年齢が上がるにつれて大きな制約になり、高齢者では最大の制約になる ・年を取れば、健康は低下し、物事への興味も薄れていく。性欲も減退するし、創造性も低下していく。金から価値を引き出す能力は、年齢とともに低下していくのだ。 ・「金」「健康」「時間」のバランスが人生の満足度を高める。金ではなく、健康と時間を重視すること。それが人生の満足度を上げるコツ なのである。 ・若い頃に健康に投資するほうが、人生全体の充実度は高まる。 ・中年期には、金で時間を買う(家事のアウトソーシング等) ・時間は金よりもはるかに希少で有限だ。時間をつくるために金を払う人は、収入に関係なく、人生の満足度を高めることがわかっている。 ・実践:現在の自分の健康状態について考えよう。将来、体力が衰えたときには難しい、今しかできない経験にはどのようなものがあるだろうか? 今後の人生の経験を向上させられるような健康を改善する方法を具体的に1つ思い浮かべてみよう。 健康のために食生活を改善する方法を学ぼう。私が自を持っておすすめできるのは、ジョエル・ファーマン著の『Eat to Live』だ。 将来の経験をより楽しむために、身体を動かす機会(ダンスやハイキングなど)を増やそう。 時間不足で経験をする機会を逃しているなら、金で時間を買う具体的な方法を今すぐ検討してみよう。 ルール7 やりたいことの「賞味期限」を意識する ・どんな経験でも、いつか自分にとって人生最後のタイミングがやってくる。私たちが思っているほど先延ばしできない経験は多い。 ・死ぬ前に後悔することトップ2① 勇気を出して、もっと自分に忠実に生きればよかった、② 働きすぎなかったらよかった ・もうじき失われてしまう何かについて考えると、人の幸福度は高まることがある。人は終わりを意識すると、その時間を最大限に活用しようとする意欲が高まる。 ・人生の各段階の有限さを意識しやすくするツールとして「タイムバケット」がある。まず、現在をスタート地点にして、予測される人生最後の日をゴール地点にする。 それを、5年または10年の間隔で区切る。区間は、たとえば5年区切りなら「25~29歳」、10年区切りなら「30~39歳」といったものになる。これがやりたいことを入れる「タイムバケット」(時間のバケツ)となる。次に、重要な経験、すなわちあなたが死ぬまでに実現させたいと思っていること(活動やイベント)について考える。私たちは誰でも夢を持って生きている。だが、単に頭で考えているだけではなく、実際にそれをすべて書き出すことが大切だ。リストを作成するときは金について心配する必要はない。 ・実践: 人生の残りすべてを期間で区切って計画を立てるのは大変だと感じた場合は、10年区切りのバケツを3個つくり、今後30年間に何がしたいかを考えることから始めてみよう。このリストにはいつでも項目を追加できる。年齢や体力面の問題が制約にならないうちに、早めに計画を立て、やりたいことを実現させていこう。 この章の冒頭で述べたように、私はある日突然、お気に入りの「クマのプーさん」の映画を娘と一緒に観られなくなってしまった。子どもがいる人は、子どもが成長して次の段階に移るまでに一緒に何をしたいかを考えてみよう。今後1、2年のあいだに子どもたちとしたいことは何だろうか? ルール8 45〜60歳に資産を取り崩し始める ・資産を切り崩すタイミングを見極める ・まず、現在あなたが所有しているすべての資産(自宅、現金、株券、貴重な野球カードのコレクションまで)をリストアップしてみよう。それがあなたの総資産だ。 次に、負償(学資ローン、住宅ローン、自動車ローン)がある場合、これらを合計する。 それを総資産から差し引いたものが純資産になる。 ・純資産を「減らすポイント」を明確につくる。私たちは人生のある段階で、まだ経験から多くの楽しみを引き出せる体力があるうちに、純資産を取り崩していくべき ・本書は老後の蓄えとして、「毎年の生活費✕残りの年数」の70%ほどを勧めている。(複利、利息等を考慮) ・資産を減らすポイントは45~60歳。は「いつリタイアすべきか」についてではなく、「いつ稼ぐ以上に使い始めるか」についての説明 ・実践: ・老後生活の予定地の物価を考慮して、1年間の生活費を計算しよう。 医師の診断を受け、生物学的年齢と予想寿命を確認しよう。現在と今後の健康状態を把握するために、できる限り詳しく検査を受けよう。 健康状態から判断して、今後、体力の低下によって好きな活動から得られる楽しみが減り始める年齢を予想してみよう。それによって好きな活動はどのような影響を受けるかも考えてみよう。 ルール9 大胆にリスクを取る ・デメリットが極めて小さく(あるいは、失うものが何もなく)、メリットが極めて大きい場合(非対称リスク)、大胆な行動を取らないほうがリスクとなる ・夢に挑戦すべきか迷ったら、判断する基準はあなたの年齢だ。年を取ると、失うものは増える。成功して得られるものも少なくなる。リスクを簡単にとれる時期を生かし切れていない人は多い。その理由はデメリットに目を向けすぎているから。 ・大胆に行動するための3つのポイント① あなたがどれくらいリスクを取ろうが、どんな大胆な行動に出ようが、一般的にそれは人生の早い段階が良い、② 行動を取らないことへのリスクを過小評価すべきではない、③ 「リスクの大きさ」と「不安」は区別すべき ・実践: リスクが少ないにもかかわらず、逃しているチャンスがないかを確認しよう。一般的には、リスクを伴う行動は、若いときほどデメリットが少なく、メリットは大きくなる。 あなたを行動から妨げている「恐れ」に目を向けよう。それは合理的なものだろうか、それとも非合理的なものだろうか。不合理な恐れを、夢や目標の障害にしないようにしよう。 人生では、目の前に常に選択肢がある。あなたの選択には、あなたの価値観が反映されている。日々の選択に意識的になろう。より良い人生を生きるために、賢明な選択をしていこう。
  • 2026年3月25日
    集団浅慮
    集団浅慮
    フジテレビの性暴力事件を通じて、日本企業が「集団浅慮」に陥るメカニズ ムを解明する。同質性の高い壮年男性で構成された組織が、なぜ重大な人権 侵害を見過ごし、道を誤るのか。凝集 性の高い集団における同調圧力、思考の閉鎖性、そして「オールドボーイズクラブ」の危険性を分析し、真のダイバーシティと人権知識の必要性を説く。 とても勉強になった。 本書で書かれている「集団浅慮」に陥る組織の特徴が正に自社と重なりすぎて...会社の特に上層部に読んでほしい本だった。 「思いやり」と「尊重」の違いは今まで違和感を感じていたことを言語化してもらった気持ち。 また、自分の無意識の偏見にも改めて気付かせられた。 自分も相手を尊重できるようでありたい。 第1章:中居正広氏による性暴力事案から女性Aが退職するための流れ。 ・女性Aの気持ちは尊重されず、専門家(産業医、主治医等)に確認もされず、社内での真っ当な懸念はいつの間にか消され、フジテレビ上層部が思い込みで間違った判断をしていく様子がわかりやすい。 第2章: 「同質性の高い中年男性」による意思決定の誤りを「集団浅慮」の観点から読み解き。 ・個人としては優秀であるはずの人々が集団として意思決定を図ろうとしたとき、目も当てられないほど愚かな判断ミスを犯してしまう。これを「集団浅慮」と呼ぶ。 ・集団浅慮のポイントは、組織における「凝集性」(組織に対する忠誠心、企業で言うところの愛社精神、メンバー間の結束力、団結心、一体感、仲の良さまで含まれる概念)の高さ ・凝集性が高いほど組織の規範への同調が高まっていく。すなわち、組織内における「同調圧力」が発生する。 ・凝集性の高い集団は「議論」を嫌い、「熟慮」を嫌う。同調圧力の強い組織に心理的安全性はない。 ・集団浅慮に陥った組織は、「集団への過大評価」「思考の開鎖性」「全会一致への圧力」という症状を呈する。 ・凝固性が高く「いいチーム」だったはずの組織が、容易に「愚かなチーム」に変貌していく要因は同質性と日本的オールドボーイズクラブ。 ・「どうすれば集団浅慮を防ぐことができるのか」ということについて、具体的に3つの「処方箋」と、6つの「付加的処方箋」が提示されている。 第3章: 集団浅慮を避けるための方策としてのダイバーシティを掘り下げ。 ・本書では多様性のことを、もっぱら「非同質性」として、つまり「同質性の対義語」として考えている。 ・ダイバーシティの第一段階「差別と公正性のパラダイム」は、すべてのメンバーを差別しないことに主眼が置かれていた。(マジョリティへの同化、日本で言えば「おっさん化」すること) ・ダイバーシティの第二段階「アクセスと正統性のパラダイム」は、メンバー間の「違い」を積極的に認め、それを活かそうとするマネジメント。市場の多様性に合わせて、組織のメンバーも多様化させる。しかしこれは、マイノリティに限定的な活躍の場を与えているに過ぎず、部署間の対立を招くことも多かった。(女性編集者は女性誌のみ担当等) ・ダイバーシティの第三段階「学習と有効性のパラダイム」は「差別と公正性のパラダイム」と同じく、すべての従業員の機会均等を促す。 そして「アクセスと正統性のパラダイム」と同じく、すべての従業員の「違い」を認めた上で、その「違い」に価値を置く。さらに、すべての従業員の「違い」を社内に取り込んで、「違い」から学び、互いの成長につなげていく。これが近年よく語られるダイバーシティ&インクルージョン(D&I / 多様性と包摂性)と呼ばれるもの。ここでの包摂とは「受け入れること」ではなく、「学習」と言い換えたほうがよく、経営層やマジョリティ側がいかにして「違い」から多くを学んでいくかが問われている。 ・女性たちがトークン(逸脱者)の立場から脱却するためには、シンプルに、数を増やすことが必要。その分岐点として一般に「黄金の3割」という理論がある。(女性の割合が35%を超えると、少数派として聞く耳を持ってもらえる) 第4章: 「ビジネスと人権」について考えを深める。 ・われわれ日本人は、人権の「意識」が低いのではなく、その「知識」が圧倒的に足りていない。グローバルスタンダードとしての「人権」を知らず、ローカルな慣習で、また「親切で善良な国民性」でそれを補ってきたため、身近な人権侵害に鈍感になっている。 ・人権を侵害しないためには「尊重」がポイント。尊重は、「善意」や「思いやり」と混同されやすい。「思いやり」には、どうしても独善性がつきまとうが、「尊重」はその人の意思や決断を受け入れること。
  • 2026年3月25日
    サラバ!(下)
    一家離散。親友の意外な行動。恋人の裏切り。自我の完全崩壊。 ひとりの男の人生は、やがて誰も見たことのない急カーブを描いて、地に堕ちていく。 絶望のただ中で、宙吊りにされた男は、衝き動かされるように彼の地へ飛んだ。 8年ぶりに読んだ。 「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」という言葉。 気づいたら流されているような自分には胸に刺さった。 周りから何を言われても揺るぎないものを自分も持てるだろうか。 ・「今橋さんって、私のこと軽蔑してますよね?」 僕はむせた。もちろん図星だったからだし、いつも無口な鴻上が、臆せずにまっすぐ、僕の目を見ていたからだ。 「むせてる。図星だからだ。」 鴻上はそう言って、声に出して笑った。全然傷ついているように見えなかった。むしろ、楽しそうですらあった。 僕は、そんな鴻上が怖かった。何を企んでいるのか、全く分からなかった。 「別に、軽蔑なんて・・・・・・。」僕がそこまで言うと、 「いいんです。無理しないで。分かってるし。」 鴻上は、牛乳を飲み干した。 「軽蔑されるのって、楽だから。」そしてやっぱり、にっこりと笑った。 ・彼らは鴻上と関係を持ったにもかかわらず、いや、恐らく持ったからこそ尚、鴻上を憎んだ。 鴻上を憎むことでしか、自分を正当化出来なかったのだと思う。 「ほら、キャバクラとか風俗行ってんのに、なんでこんなとこで働いてるんだって女の子に説教するおじさんいるでしょ?そんな感じですよ。」 鴻上の言うことは当たっていると、僕も思った。 僕がもし鴻上と関係を持っていたら、僕も同じように鴻上を憎んだと思う。自分を堕落させた悪魔として。その証拠に、僕はかつて関係を持った女の子とは、二度と会いたくなかった。 その女の子たちは、悪くなかった。自分を嫌いになることが、怖かったのだ。 ・「うちに来る人たちが、信じられるものなら、何でもな、良かったんや。」 おばちゃんは、様々な言葉をはしょった。それはおばちゃんの、いつものやり方だったが、僕 はそれが嬉しかった。おばちゃんが、僕のことを認めてくれている、それは証拠だと思った。僕は自分の頭で考えた。 何でも良かった、というおばちゃんの、その言葉の裏にある意味を。 信じられるものなら、何でも良かった。 あらゆる人の、たくさんの苦しみ。決して解決出来ないものもあったし、どうしても納得できない残酷な出来事もあった。きっとそういう人たちのために、信仰はあるのだろう。自分たち人間では、手に負えないこと。自分たちのせいにしていては、生きてゆけないこと。 それを一身に背負う存在として、信仰は、そして宗数はあるのだろう。 だがおばちゃんは、それを既存のものには求めなかった。 おばちゃんは聡明な人だった。いや、聡明である前に、危険なこと、誰かに苦しみを与えるものを、見極める力を持っていた。 「なんでも良かったんや。」 既存の宗教に頼ると、また新たな苦しみが生まれると、おばちゃんはきっと思ったのだ。宗教の違いで、たくさんの悲劇的な抗争が起こっていること、「教義」の名の下に、迫害されている人々がいることを、おばちゃんはニュースによってではなく、ほとんど体感として分かっていたのだ。 ・「うちの家によう来てたチャトラがおったやろ。覚えてるか?」 覚えていた。おばちゃんの家に来たたくさんの猫たち、中でもチャトラの猫は、よく見た。それはどこにでもいる、普通の猫だった。何の神々しさもない、ただの猫だった。 「あの子が伸びをしたら、お尻の穴が、ぶぶぶって震えるねん。それが可愛くてなあ。それを見てたら、おばちゃんこなんでもどうでもよくなるんよ。 おばちゃんは、思い出したように笑った。その拍子に、鼻水がだらりと垂れたが、おばちゃんは気にしなかった。 「チャトラの肛門ってこと?」僕は、恐る恐るそう言った。 「せや。」 「サトラコヲモンサマ?」「そう。」 そのときには僕は、我慢できず、わずかに震えていた。結果何百人を巻き込み、一大宗教(おばちゃんはそんなことは一言も言わなかったが)としてこの街を、そして地域を熱狂させたものの正体が、実はチャトラ猫の肛門だったのだ。 「なんでもどうでもよくなるんよ。」 それこそが大切だった。立派なものであってはいけない。こちらを畏怖させるものであってはならない。この世で起とっている様々な出来事を、「どうでもよくなる」と、思わせるもの。 ・「姉ちゃんは、なんて言った?」 「黙ってた。じっと、おばちゃんを見てたよ。」僕はその言葉だけで、姉の心が分かるような気がした。 自分が肩じたもの、心から肩じ、寄り添ったものは、大いなる力ではなかった。偉大なる何かではなかった。 それは、猫の肛門だったのだ。 今まで散々見てきた、どこにでもある、取るに足らないものだったのだ。 あの日、部屋から出てきた姉の姿を、僕は思い出していた。ほとんどドレッドになった髪、垢じみた皮膚、そして、強烈なにおいを。 姉は飢えていた。小さな頃から、あらゆるものに飢えていた。 おばちゃんは、姉のそんな姿を、いつも見ていた。おばちゃんは、姉を愛していた。そして自分が創作した「サトラモフモンサマ」、取るに足らないそれに心を奪われている姉を、いつまでも見守るつもりだった。 「愛されない」と思うことを、「足りない」と飢えていることを、姉が自分のせいにすることはないように、だから姉にとって「サトラコヲモンサマ」は必要なものだと、おばちゃんは思ったのだ。後にあのような終意を迎え、それは姉を決定的に傷つけたが、それでももちろん、おばちゃんが姉を見捨てるはずはなかった。おばちゃんは、姉を愛していた。 「あの子には、自分で、自分の信じるものを見つけなあかん、て言うたんや」 僕の鼻孔には、姉の部屋の強烈なにおいが、まだ残っていた。そしてそれは、自動的に、壁一 面に膨られた尻尾の生えた巻貝を、思い出させるのだった。 「自分で、自分の信じるものを見つけなあかん。」姉の宗教的放浪は、こうして始まったのだ。 姉は自ら動きだした。「サトラコモンサマ」に代わるもの、自分の信じるものを見つけるために。 ・ネットの書き込みは、すさまじいものになっていた。 たった一度の登場で、ここまで叩かれる人物も珍しかった。それだけ姉の登場はセンセーショナルだったのだし、叩き甲斐があったのだろう。無記名の書き込みは、後から後から湧いて来た。 インターネットの広がりを、何かに似ていると思っていた僕だったが、書き込みの文字を見続けるうち、気づいた。 これは、イナゴの襲来に似ているのだ。 いやイナゴでも蝙蝠でも、なんでもいい。とにかく生物が大量発生して、村や森をまるごと食い尽くすさまに、それは似ているのだった。 ・「そんなときに、あれが起こってん。」あれ、と言われて、すぐに思い出せない自分が恥ずかしかった。 「ビルが崩れていってるのを見て、自分も崩れた。」 須玖が言っているのは、アメリカの同時多発テロのことだった。 「何が怖かったかって、あの出来事が起こった背景を、自分が何も知らんかったことやねん。ものすごい映像の裏で、世界中で、どれだけの人が死んでいるのか、俺は何も知らんかった。」 須玖は、まるでこの瞬間映像を見ているかのように、苦しそうだった。須玖は、やはり変わっていなかった。他人のことを、それがたとえ国境をまたいだ遠い場所のことでも、自分の家族のことのように、心を痛めることが出来た。僕は須玖を前にして、再び恥じていた。 僕にとって世界で起とっていることは、ただ、ここ以外で起こっていること、だった。自分の生活に影響がないことを、僕は深く考えようとしなかった。知ってしまうと苦しくなることから、僕は巧妙に逃げた。 「俺もう、死ぬのを待ってられへんくなってん。」 須玖は自ら死のうと思った。いわれなく命を奪われる人がたくさん、本当にたくさんいる中で、自分はなんて取るに足らない、役に立ちもしない存在なのだと、自分を恥じた。それは僕が感じていた羞恥などとは、比べ物にならないものだろう。あるいは須玖の精神状態がほとんど崩壊しかけていたことは確かだったが、でも須玖は、いつだって何かに寄り添う人だった。誰かを助けられない自分であれば、そんな自分はいらないと、そう思ってしまったのだ。 ・「歩、ヨガってやったことある?」 拍子抜けした。それは僕の期待していた返事では、もちろんなかった。僕は姉がふざけて僕をからかっているのかと思った。 「はあ?」 「真剣に。ヨガってやったことある?」「ないよ。なんやねん。」 わずかに苛立った僕に気を使ったのか、アイザックが僕を見て、愛想笑いをした。 「ヨガって、いろんなポーズがあるでしょう。そのどれも、体の幹がしっかりしていないと出来ないの。」 「それが言じることと何の関係があるん。」 姉の目を見ると、それは鋭く光っていた。人をからかって笑うような目とは、まったく違った。 「バランスが大切なのよね。そのバランスを保つのにも、体の芯、その、幹のようなものがしっかりしていないとだめなの。体を貫く幹が。」 姉は落ち着いていたが、熱心だった。時々助けを求めるようにアイザックを見たが、アイザックはもちろん、僕達が何について話しているのかは、分からないのだった。 「幹。私が見つけたのは、信じたのは、その幹みたいなものなの。」 ・「ある寺院で、バター彫刻を見たの。バター彫刻って、素晴らしいの。本当に精巧で、美しいの。 そして誰が作ったのか分からない。何故ならそれは、仏様にさしあげるものだからよ。 私はそこでも泣いた。涙があとからあとから溢れて来て、止まらなかった。そのときに、アイザックに会ったの。アイザックは私の涙を見た。見ざるをえなかったのでしょう。だって私は立っていることすら出来なかった。座り込んで、ずっと泣いていたの。そしたらアイザックが、こう言ったの。 『あなたはこの彫刻を見るためにやって来たんですね』 その言葉は半分間違っていたし、半分正しかった。私はこの彫刻を見るためにチベットに来たんじゃない。でも、来たのよ。私はここに来た。分かる?歩。 私がここに来なかったら、この彫刻を見ることはなかったし、私の涙はなかったのよ。」 姉はまるで、今目の前にその彫刻があるみたいに、指を伸ばした。何かに触れようとしていた。 そうしながら、でも、姉はまっすぐ立っていた。まったく揺れることなく、まっすぐに。 「私が、私を連れてきたのよ。今まで私がじてきたものは、私がいたから信じたの。 分かる?歩。 私の中に、それはあるの。『神様』という言葉は乱暴だし、言い当てていない。でも私の中に、それはいるのよ。私が、私である限り。」 僕はうつむいた。姉を直視することが出来なかった。そうしていても尚、姉の気配だけは感じられた。恐ろしく濃厚な気配だけは、感じることが出来た。 「私が信じるものは、私が決めるわ。」 僕の足元を、蟻が這っていた。黒いその体は、踏むとすぐ潰れるだろうと思った。 「だからね、歩。」僕は蟻を、じっと見ていた。 「あなたも、信じるものを見つけなさい。あなただけが肩じられるものを。他の誰かと比べてはだめ。もちろん私とも、家族とも、友達ともよ。あなたはあなたなの。あなたは、あなたでしかないのよ。」 僕は、姉をそこに残し、歩き始めた。姉はひるまなかった。姉は、そこにいた。かつて自分が肩じ、やがて鮮やかに捨て去ったものの前で、じっと立っていた。 「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」 ・僕は再び、姉をブラックボックスに入れた。かつてそうしたように、姉を憎むことで、僕は正しい人でいられた。いや、今や姉だけではなかった。姉を簡単に許した母も、出家という名の下に僕らから逃亡した父も、僕を裏切った澄江も、かつての恋人たちも、僕に仕事を回さない出版社の人間も、僕にとっては、すべて悪しき存在になり下がった。彼らだけが悪くて、僕は悪くないのだった。何も。僕は最初に目をつむり、次に耳をふさいだ。 ・鴻上はいい奴だった。最高にいい奴で、話が出来て、何より優しかった。そんな湯上に、男として惹かれることは危険だったし、そもそも僕は、鴻上を軽蔑していたのだった。鴻上の股のゆるさは、ほとんどその海のような優しさのなせる業だったが、僕は鴻上のその行為を何より嫌悪し、まして自分の恋愛の対象になどは、しないようにしていた。 鴻上が自分の恋人であることなど、プライドが許さなかったのだ。 ちょうど、澄江に裏切られることを許せなかったのと同じように。 僕はそのプライドを、誰に見せたいのだろう? いったい誰に? 「あなたは誰かと自分を比べて、ずっと揺れていたのよ。」 姉の声が聞こえた。咄嗟に息を呑んだ。おかしな香み込み方をしたからか、耳の圧力がおかしくなった。須玖と鴻上が楽しそうに話す言葉が、まるで水の向こうから聞こえるようだった。そして今まさに僕は、魚と鳥が水と空に分けられたように、ふたりと隔てられているのだった。 ・友人である僕に「ビッチ」とさえ言われた自分の恋人のその過去を、恥じてはいないのだ。 全身を閃光のようなものが貫いた。 僕は鴻上が好きだった。はっきりそう思った。そして鴻上を、その評判によって好きにならないようにしていた。鴻上を恋人にしたその瞬間、まさに僕が放ったような一連の言葉を聞くのが怖くて、僕は目をつむったのだ。 須玖は、そんなこと気にしなかった。 評判なんてどうでも良かった。過去なんてどうでも良かった。今ここにいる鴻上を愛せる須玖を、だから鴻上も愛したのだ。僕はそのとき何故か、鴻上が言ったことを思い出していた。 「ものが増えるのが恥ずかしいんです。」 何も恐れず、何も恥じなかった鴻上が、唯一恥じたこと。ものが増えること。それはきっと「生き続ける意思」だったのだ。若くして死んだ姉を見て、鴻上は自分が生き続けることを恥じていた。それはまさに、須玖が震災の後、思っていたのと同じように。 だがこれから、鴻上はそれを恥じることはないだろう。須玖がティラミスを見つけたように、鴻上は須玖を見つけた。生きる意思を持つことを、恥じずに生きてゆくことを、決意したのだ。 ・「あなたは誰かと自分を比べて、ずっと揺れていたのよ。」僕の好意さえ、誰かに監視されたものだった。 みんなが見て羨ましがるような女か、恥ずかしくない女か。 僕は鴻上を好きにならなかった。澄江を恋人にしていることを恥じた。誰かの言葉を恐れて、それを隠した。僕は自分の何も肩じていなかった。僕は自分の周りにあるものばかりを肩じた。 その真理に寄り添い、おもねり、自分の感情を無視し続けた。 僕は、澄江が好きだった。なのに、自分の心に嘘をついて、澄江を傷つけた。 そして今、僕は最愛の友人たちの幸せを、心から喜ぶことが出来なかった。それどころか、傷つけようとした。この上なく汚らしいやり方で、傷つけようとしたのだ。 「今橋?」 僕は席を立った。 「ちょっとトイレ。」 精一杯の笑顔を作った。そしてトイレに向かっている短い通路の途中で、もう泣いていた。僕は自分が嫌いだった。大嫌いだった。 ・お母さんの避け方は、あなたのとは違った。あなたは私のことを怖がっていたけれど(あなたは否定するでしょうね)、お母さんは、私に怒っていた。私がお母さんの人生に寄りまわないととに、怒っていた。そういう部分では、歩と同じね。自分の人生は、誰かの人生ではないの。そして誰かの人生も、自分の人生ではない。 私はずっと、お母さんに愛されたかった。 でもそれは、他の子供のように、ではなかった。じゃあどういう風に愛されたいのか、自分でも分からなかった。私はずっともどかしかった。私は私が分からなかった。私のことを、まるのまま私だと受け入れることが出来なかった。だからお母さんも、そんな私の愛し方を分からなかったのよ。 ・あなたはこの手紙を嫌がるかもしれない、笑うかもしれないし、読まないかもしれない。私の考え方がおかしいと、やはり私を避けるかもしれない。なんだそれは、神様気取りかって、そう言って背中を向けるあなたが、目に浮かびます。 でも私は私を信じる。私が私でい続けたことを、信じているの。 だからもしそれが間違いだったとしても、もう私は壊れないわ。私は誰かに騙されていたわけでもない、誰かに任せていたわけでもない。私は私の信じるものを、誰にも決めさせはしないの。 私はあなたを愛している。 それは絶対に揺るがない。あなたを信じているからではない。あなたを愛している私自身を、信じているからよ。 ・あのとき僕は、生まれて初めて、自分以外の人間のために祈ったのだ。誰か知らない神様に、ヤコブの幸せを祈ったのだった。 「どうか、どうか、ヤコブをお守りください。」 強い衝動に駆られた。それは限りなく、怒りに近いものだった。 僕は、どうしてここにいるんだ。 情報という名の文字を受け取り続け、だがそれは、心には決して残らなかった。僕は阿呆のように食べ物を欲する餓鬼みたいなものだった。そして僕は、ただ得るだけで、動くことをしなかった。 ・「ヤコブ、エジプトに住んでいることをどう思う?」 ヤコブは、一瞬、何を言っているか分からない、という顔をした。 「君はエジプトではマイノリティだろ?」 どう言っていいか分からなかったので、「君が肩じているもの」と言い足した。ヤコブは口の 端をあげたが、笑っているというよりは、唇が動いた、という風に見えた。 「数は関係ない。」 ヤコブはそう言って、前を向いた。ヤコブの歩みは力強かった。 「大切なのは、人が、ひとりひとり違うことを認めることだ。」 ヤコブの英語は、端正だった。とても独学で学んだとは思えなかった。この語学力を得るために、ヤコブはどれほど努力したのだろうか。 「僕はコプト教徒だ。そして、僕の友人はイスラム教徒だ。じるものは違うが、違うからこそ、協力しなければいけない。今のこの国の状況を知ってるだろ?僕たちは手を繋ぐべきなんだ。」 ヤコブはそう言って、自分の両手で握手した。ヤコブの手の甲には、太い毛がびっしりと生えていた。僕はその手を見て、何故か悲しくなった。 「今のままでは、この国は誰がトップになっても同じだ。例えば僕が、アユムの帽子がほしいと思う。取る。でも、使い方が分からない。皆そうなんだ。トップに立っても、どうしていいのか分からないんだ。」 ヤコブの英語は、やはりとても美しくて、僕はそれが悲しかった。 「大切なのは、違う人間が、違うことを認めて、そして、繋がることだ。宗教なんて関係ないんだ。」 とても正しいことを言うヤコブが、僕は悲しかった。 ・僕はとうとう、『ホテル・ニューハンプシャー』を読んだ。 手に取ったとき、少し胸が痛んだが、それだけだった。僕を小説世界に誘い、須玖という親友を与えてくれた小説を、僕はむさぼるように読んだ。 読み始めると、僕はたちまち僕という輪郭を失い、ベリー家の家族に寄り添うことが出来た。 共に笑い、共に怒り、共に涙を流し、ときに死に、そしてまた生き続けた。小説の素晴らしさは、ここにあった。何かにとらわれていた自身の輪郭を、一度徹底的に解体すること、ぶち壊すこと。 僕はそのときただ読む人になり、僕は僕でなくなった。そして読み終わる頃には、僕は僕をいちから作った。僕が何を美しいと思い、何に涙を流し、何を忌み、何を尊いと思うのかを、いちから考え直すことが出来た。 『ホテル・ニューハンプシャー』にも、かつての僕が線を引いていた。それはきっと、高校生の頃の僕だった。 ”「あたしたちは変人でもないし、奇人でもないわ、おたがい同士では」とフラニーは言ったものだ。「雨と同じようにありふれているのよ」たしかに彼女の言うとおりだった。おたがい同士では、パンの香りと同じように、ごく普通だし、すてきでもあった。ぼくたちは要するに家族だった。』 僕はきっと、この文章に救われたのに違いなかった。いびつだった僕の家族が、どこにでもあるありふれたものなのだと、その一瞬、思うことが出来たのだった。 そして、今の僕が線を引いたのは、例えばこのような文章だった。 『そのようにぼくたちは夢を見続ける。このようにしてぼくたちは自分の生活を作り出して行く。 あの世に逝った母親を聖者として甦らせ、父親をヒーローにし、そして誰かの兄さんや姉さん彼らもぼくたちのヒーローになる。ぼくたちは愛するものを考えて作り出し、また恐れるものも作り出す。』 僕は作りたいのだった。物語を、化け物の長い物語を、作りたいのだった。
  • 2026年3月25日
    サラバ!(上)
    1977年5月、圷歩は、イランで生まれた。 父の海外赴任先だ。チャーミングな母、変わり者の姉も一緒だった。 イラン革命のあと、しばらく大阪に住んだ彼は小学生になり、今度はエジプトへ向かう。 後の人生に大きな影響を与える、ある出来事が待ち受けている事も知らずに――。 ・僕はこの世界に、左足から登場した。 母の体外にそっと、本当にそっと左足を突き出して、ついでおずおずと、右足を出したそうだ。 両足を出してから、速やかに全身を現すことはなかった。しばらくその状態でいたのは、おそらく、新しい空気との距離を、測っていたのだろう。医師が、僕の腹をしっかり掴んでから初めて、安心したように全身を現したのだそうだ。それから、ひくひくと体を震わせ、皆が少し心配する頃になってやっと、僕は泣き出したのだった。 とても僕らしい、登場の仕方だと思う。 ・「彼ら」は、僕のように卑屈に、ニヤニヤと笑っていた。僕はその笑顔を見るのが嫌だった。唾を吐きかけられたほうが、まだましだった。でもそんなことをしたら、母がどんなに怒るか、僕には想像も出来なかった。僕はちらちらと、「彼ら」を振り返った。 「彼ら」の中に、ひとりだけ笑っていない子供がいた。5人の中で、一番小さな男の子だった。 僕はその子と目が合うと、咄嗟に笑ってしまった。 母に手を引かれながら、必死で笑顔を作ったのだった。それは、僕なりの「ごめんなさい」なのかもしれなかったし、そうではないのかもしれなかった。ただ分かっていたのは、僕の笑顔が、今まで作ったどの笑顔よりも、卑屈なものだということだった。 その子は、僕に向かって唾を吐いた。 白い泡が、べしゃっと、地面を汚した。 ニヤニヤと笑っている男の子たちの中、その子だけが、怒りに燃えていた。 僕はショックを受けた。数秒前は、「唾を吐きかけてくれた方がまし」、そう思っていたのに、実際そうされたときのショックは、計り知れなかった。地面に吐かれた白い睡は、僕を直接汚すよりも強く、僕を傷つけたのだ。 母のやったことは間違っている。それは確かだ。 だが僕は、母のやったことに、ほとんど感動すら覚えていた。 僕だって、本当はそう思っていた。「汚い」と。「触るな」と。でも、僕は、「そんなこと、決して思ってはいけない」と思っていた。誰に教わったわけでもないのに、僕はエジプシャンの子を、とりわけ学校に行くことが出来ない、物乞い同然の生活を送っている「彼ら」を、決して見下してはいけないと思っていた。 あなたたちに対して悪意はない、あなたたちのことを見下してはいない、そう言えない代わりに、僕は笑っていた。そして「彼ら」が、僕の笑顔に喜んで近づいてくると、恐怖で震えた。心の中で「こっちへ来るな」、そう叫んでいた。 僕に唾を吐いたあの子は、僕の笑いの意味に、気づいていたのだ。 僕が結局、彼らを下に見ていたことに。 扱いづらい、僕たちとはレベルの違う人間だと、認識していたことに。 母のやり方は絶対に間違っていたが、間違っている分、真実だった。己を貶める行為をすることで、母は彼らと同じ地平に立っていた。「そんなとと、してはいけないことだ」「人間として下劣だに、そう料弾されるやり方で、母は叫んだ。 でも僕は、安全な場所で、誰にも石を投げられない場所で笑顔を作り、しかし圧倒的に彼らを見下していたのだ。母よりも、深いところで。 僕は自分がしていたことが、恥ずかしくて仕方がなかった。一度そう思うと、父のおかげで大きな家に住んでいること、学校に通っていること、すべてのことが恥ずかしく思えてきた。 僕と「彼ら」とに、どのような違いがあるのだろう。 どのような違いが、この現実を生んでいるのだろう。 カイロにいる間、母の無邪気さ、素直さは、ずっと変わることがなかったが、僕が「彼ら」に対して思う、この後ろめたさ、羞恥心も、決して消えることはなかった。 僕は毎日、「彼ら」に会わないことを祈った。そしてその祈りは、絶対に叶えられなかった。 僕は毎日、誰かしらの「彼ら」に会い、そのたび卑屈に笑い続けたのだった。 ・僕はそのとき、猛烈に恥ずかしくなった。そして、ヤコブへの愛情で胸が潰れそうになった。 僕は、自分がどれほどヤコブのことを愛しているか、心から尊敬しているか、伝えたかった。 その気持ちだけは嘘じゃないと、分かってほしかった。 僕たちは、「エジプシャン」と「日本人」だが、そしてその「ふたつ」の間には隔たりがあるかもしれないが、僕らに関しては、僕らに関してだけは、それを越えた強い何かがあるのだと、言いたかった。だが言えなかった。少なくとも、それを言うのは僕ではない、そう思った。 溢れそうな感情を言葉にする代わりに、僕は手をヤコブの肩に乗せた。僕はすべての思いを掌に委ねた。ヤコブに伝わりますようにと、願った。 ヤコブは僕の手を握った。僕のより大きなその手は、やはり温かく、湿っていた。ヤコブは、こう言った。 「サラバ。」 その言葉だけで、僕は救われた。 僕らは「サラバ」で繋がっている。僕らの間には、何の隔たりもない、僕らはひとつだ。そう、思うことが出来た。 ・急な訪問だったにもかかわらず、お母さんは僕の体を抱きしめ、大きな声で何か言った。僕にはヤコブ以外の言葉は分からなかった。妹ふたりは、そばで恥ずかしそうに笑っていた。 お母さんは、とても太っていた。美人かどうかなんて言えるような風貌ではなかった。ヤコブの妹ふたりもまるまると太り、僕はヤコブの体格の良さの理由が分かったような気がした。 ヤコブは家族に囲まれて、嬉しそうだった。 家族はヤコブを愛していた。それは僕にも分かった。そしてヤコブは、その家族を誇りに思っていた。自分の母親を心から美人だと思っていたし、この場にいないお父さんのことを、何度も何度も褒めた。 ホテルで会ったとき、目を逸らしたのは、差恥からではなかったのだと、そのとき気づいた。 ヤコブは僕と母に、ただ気を使っただけだったのだ。もしかしたら、ホテルの従業員に、ホテルの客を見てはいけないと、言われていたのかもしれなかった。僕は自分の卑しい思いに、また打ちのめされた。そして同時に、ヤコブをますます愛しているという実感を得た。自分の仕事を、地下の家を恥じないヤコブを、僕は眩しく思った。 ・僕にはヤコブの言葉は分かったが、エジプシャンの言葉は相変わらず理解出来なかった。でもそれはきっと、いつも僕たちに浴びせられる、他愛ない野次と同じだろうと思っていたし、普段のヤコブは、そのような心ない野次程度で、怒りを露にするような男ではなかった。 だが、そのときヤコブは、そばにあった空き缶を拾い、「彼ら」に投げつけたのだった。僕は心から驚いた。そんなヤコブを見たのは、もちろん初めてのことだったのだ。 「彼ら」は逃げたが、ヤコブは怒りが収まらないらしく、目についたものを次々と、もう逃げていった「彼ら」にぶつけていた。 しばらくして、我に返ったヤコブは、僕に詫びた。とても、恥ずかしそうだったが、同時に、まだ怒りが収まってもいないようだった。 「大切なものを、馬鹿にされたんだ。」 ヤコブの声は、低く、乾いていた。僕は静かに、ヤコブの肩を叩いた。 「サラバ。」 ヤコブは、僕を見た。その目が安堵で濡れていた。 僕たちは、ほとんどその言葉にすがるようになっていた。 「サラバ。」 ヤコブは、肩に置いた僕の手を握った。そしてまた、あの高貴な笑顔に戻った。 「サラバ!」 それは、ほとんど魔法の言葉だった。 ・「逃げ場みたいなもんやったんかも」 あるとき、どうしてそんなに詳しくなったのか、と訊いた僕に、須玖は答えた。 「家のことは嫌いやなかったけど、父親が酒飲んだら荒れるタイプで。兄ちゃんとようぼこぼこ殴りあってたし、姉ちゃんもすぐグレて。けっこう家の中が殺伐としとったんやけど、そんな中で本読んでたら、なんやろう、この世の中にこんな世界があるんか、て驚いて。家の中で本開いてるだけやのに、一気に別の世界に行けるやん」 須玖はそう言いながら、手に持っていた文庫を、掌でぽんぽんと叩いた。チャールズ・ディクンズの『大いなる遺産」だった。 「小説だけやない。普楽も、映画もそうやねん」須玖は、文庫本を愛おしそうに見ていた。 「今俺がおる世界以外にも、世界があるって思える。」 須玖のその言葉は、のちの僕に影響を与えた。とても大きな。 でも、その時の僕は、須玖がなぜ自分の知識をひけらかさなかったのか、その理由を目の当たりにしただけだった。 須玖にとって映画や音楽、小説は、知識ではなかった。それも、自分を飾るためのそれではなかった。須玖にとってそれらは、よりどころだった。もっともっと、切実なものだった。だから誰かにひけらかす必要はなかった。ただそれらと共にあるだけで、須玖はわれたのだ。 だから須玖は、夏枝おばさんに、とてもよく似ていた。
  • 2026年3月19日
    私たちの世代は
    私たちの世代は
    感染症の流行で小学校が休校になり、不自由を余儀なくされた冴と心晴。冴が「夜の仕事」をする母親とささやかで楽しい生活を送る一方、心晴は教育熱心な親と心を通わせられずにいて――。人と関わるのが難しかった「マスク世代」の子どもたちの悩みと成長、そして彼らを見守る人々の優しさを描いた、本屋大賞作家による感動作! 安定で好き。瀬尾さんの小説は素敵すぎる。 制限されて息苦しい環境でも、人の関わりから生まれる幸福が温かく描かれている。 コロナ禍を経てなんでもオンラインでできるようになったけど、対面でしか感じられないものがあるということも再認識。 「愛とか幸せとかって形がないっていうけど、冴が生まれて、おお、愛と幸せの塊が目の前にあるって、愛ってちゃんと見えるんだって思ったんだ」っていう冴のママのセリフは、本当にその通りの内容なんだけど、なぜこんなに素敵に表現できるんだと感動...! このセリフを読んで、「ああ、この子は愛と幸せの塊なんだ」と、息子のことがなお愛おしく思える。そして意識した途端に自分が更に強化されるから不思議。 どんな状況でも愛情を持って接してくれる人がいたら強くなれること、瀬尾さんの小説はいつも教えてくれる。 ・ディスタンス世代、マスク世代、家庭教育世代。今、就職活動をしている私たちや少し上の二十代の新入社員たちは、そんなふうに呼ばれ、上の世代から消極的で協調性がなく何を考えているかわからない謎の若者たちのように言われている。 私が小学生のころ、新しいウイルスによる感染症が大流行し、直後二、三年間は人との距離をとることや外出時はマスクをつけることが徹底された。特にウイルスが何かわからなかった最初のころはひどいもので、学校へも通えず、不要不急の外出は禁止だった。その後、少しずつ緩んでは来たが、完全にマスクなしの生活になるのに五年以上かかったし、学校の活動や行事はなくなったり簡素化されたりした。 そのおかげで、私たちの年代は人との距離の取りかたが下手だとか、積極的に人とかかわろうとしないだとか評される。行事や部活などの団体活動が少なかったから、団結や協力を学んでこなかったせいだと。自ら望んでもいない数年間のことで、そんなレッテルを貼られるのだ。どの年代にだって、人懐っこい人も人見知りの人も、積極的な人も極的な人もいる。どの時代だってそこにいる人はさして変わらないのに、何かと理由を付けて世代でくくるなんてばかげている。 けれど、あの数年間、何も影響を受けなかったのかと言えば、やっぱり違う。家で過ごすことが最善だとされていたあの期間が私に与えたものは何だろう。私から奪ったものは何だろう。薄暗いトンネルを緩慢に進んでいたようなあの時期。思い出したくなる出来事はたった一つしかない。 ほとんど外に出ず、家での学習を繰り返し、話し相手は母だけ。そんなうんざりとした日々が頭に浮かびそうになって、私はスマホを手にした。 さっきのおかしな女のせいで、鬱々とした気分になったし、友人でも探してお茶でもして愚痴るか。 そうだ。あの期間で私が学んだことは、SNSやネットでなんでも探せることだった。好きな文具にレアな漫画本。勉強を教えてくれる先生。それどころか気の合う友人だって探すことができた。最初は、互いの顔も名前も知らせずにこんな簡単に友達ができるんだと驚いたけど、今はSNSで知り合った友達と長年やり取りしている。ここしばらく、SNS上の人間と会うことはほとんどなくなっていたけど、今日は誰かと話さずにいられない。 ・走って戻ってきたママは息を切らしながら、我が家の家庭状況をざっくりと明かした。 児童養護施設で育ったママは、親が誰かはわからないし親戚もいない。パパはわたしが一歳の時に亡くなっている。ママにとってそれらはたいした問題ではないようで、いつでもさらりと説明する。 「パパがいないのは冴にはかわいそうだけど、でも、ママは冴がいて最高に幸せ。今まで親も親戚もいなかったのに、こんなすてきな冴がいるんだもん。ラッキーすぎる」とか、「神様ありがとう。子どもの時苦労した分、こんなかわいい冴を私のもとに連れてきてくれて。 ああ、人生って最高」とか、しょっちゅうママが言うから、わたしも父親がいないことやママに親がいないことは、どうでもいいことのように感じている。ママがいてわたしがいて十分幸せ。それが事実だ。それなのに、我が家の家庭事情を聞くと、みんな戸惑ってしまう。  ・「あれ、学校の 課題じゃない?」と指さすと、 「そっか。昨日先生から電話あったっけ。宿題夏休みもあるんだよな」と、清塚君は紙袋を手に取って中をのぞいた。 「宿題のプリント信じられないくらいいっぱい入ってるよ」 わたしが言うと、「うわ、本当だ」 と清塚君は中を確認しながら顔をしかめた。 「冴ちゃん、もうやってる?」 「一昨日最後の登校日で配られたから、少しだけやった」 「天才なんだな」 「天才じゃないよ。漢字と計算ばかりだから時間いっぱいかかるし」「漢字、面倒だもんな」「そう。手も痛くなるし、わたし苦手」 「冴ちゃん、手、痛くなるほど書いてるの?それ、力入れすぎなんじゃない?」「そっか。そのせいかな」 そんな些細なことを二人でしゃべったのが、なぜかすごく楽しかった。友達と話せる機会がほとんどないせいだろうか。久々に本物の友達と会っている気分になった。ママはわたしたちが話しているのをいつも楽しそうに見ている。今日は何を話せるかな。そう思うと、湿気っぽい風もじんわりした暑さも気にならなかった。 ・初めはなんだっておもしろく感じるものだ。英語も体育もインターネットでできるなんてすごいと思えた。家だけで過ごす毎日があまりに単調なせいで、ネットを通してでも知らない人と話せて扉が開いたような気もした。だけど、慣れるとパソコンの画面でできることは、私には退屈だった。思いっきり運動場を走ったり、友達の思いがけない発言に笑ったり、先生に怒られたり、友達と秘密の話をしたり。パソコンの中にはない、あのどきどきとわくわくがほしいのだ。 ・九月になり、十一日から分散登校を毎日行い、給食は実施しないがパンと牛乳が配られると学校から連絡が入った。 週に二度だった登校が、午前と午後に分かれ、毎日実施されるようになるのだ。クラスを半分に分け、これまで一時間だった授業が午前二時間、午後二時間に増えるらしい。そして、それと同時に、給食用のパンと牛乳を持ち帰って食べるよう配布するそうだ。 ニュースで、パンや牛乳の廃棄が多くて業者が困っていると言っていたから、その対策もあるのだろう。しかし、今までこんな簡単なことを実施しなかったなんて。 先生たちは知っているのだろうか。給食がないと、食事にありつくのも難しい子どもがいることを。テレビの中だけでなく、そういう子どもたちが、自分たちが働く学区内にいることを。いつ食べられるかわからない恐怖。先が見えない不安。それがどれほどのものか。 大人にはわからないにちがいない。 今ごろになって給食を配布するという連絡に、なぜだろう。わたしは怒りを感じていた。 ・「大丈夫に決まってるよ。清塚君とはこんなに会ってるんだから、家族同然でしょう?それに、もしこの中の誰かが感染症だったら、とっくに全員なってるって。三人とも元気だし、心配ない」 ママはそう言いきると、買ってきた紙パックの飲み物を、「イメージで決めます。清塚君はさっぱりしてるのでオレンジ、冴はのんびりしてるのでリンゴ、私は美しいのでブドウ」 と三人の前に置いた。ママはなんでもさっさと始めてしまう。わたしと清塚君は「何その勝手なイメージ」と一緒に笑った。 「じゃあ、チョコもどうぞ」 清塚君はそう言いながら、チョコを五つずつ、わたしたちに配ってくれた。 ママはさっそく、「いただきます」 とマスクをずらしてチョコを口に入れ、マスクを戻すと「おいしい」と言った。 「じゃあ、わたしも••••・・いただきます」 わたしは手を合わせてからママと同じように、マスクをずらしてチョコを口に放りこんですぐにマスクを戻した。 甘いチョコレートが口の中でゆっくり溶けていく。感染症のせいで、人から物をもらうのも、他人の家で何かを食べるのも、ママ以外の人と食卓を囲むのも久しぶりだからだろうか、チョコレートはとんでもなくおいしく感じた。 「すごい。おいしい、このチョコレート。本当においしい」わたしが思わず歓声を上げると、「本当に?」 と清塚君が首をかしげた。 「うん。本当、すごくすごくおいしい。たぶん、今まで食べたチョコで一番おいしい」「今までで一番?」 清塚君に不思議そうに聞かれて、わたしはもう一つチョコレートを口に入れた。 「うん。やっぱりそうだよ。すごくおいしい。本当に。ありがとう清塚君。世界で一番おいしいチョコだよ」 確かめようと食べた二個目のチョコレートも口いっぱいに甘さが広がって、幸せな心地にしてくれた。気のせいじゃなく、今まで食べた中で一番おいしいチョコレートだ。 「こりゃ最高の食べ物だね」 ママもそう言って、「うん、確かに今までで一番おいしいお菓子かも」とチョコを口にした。 そのあと、わたしたちは飲んだり食べたりする時だけ、マスクをずらして口に入れ、すぐさまマスクを戻して、というおかしな食べ方をして、三人でくすくす笑った。 ・小学校の時のわたしは、友達は多かった。男子とも女子とも仲良くできていたはずだ。それなのに、中学に入ってからのわたしは、ひっそりと過ごすようになっていた。マスクもソーシャルディスタンスも必要なくなったのに、人と距離をとり、息を潜めている。いったいわたしは何をやっているのだろうと、自分がふがいなかった。 しばらくして、わたしは同じようにこのクラスで居心地が悪そうにしている平野さんと 二人でいることが多くなった。 どのクラスにもなじめない人が何人かいるものだ。平野さん以外にもおとなしい子たちが、にぎやかなグループに目を付けられないように隅に集まっている。小学生の時にも、同じような光景があったはずなのに、わたしは気にもせず楽しんでいた。そんな自分を思い出すと、一人になったからと近づいていくのはどこか虫がいいようで落ち着かなかったけど、平野さんはすんなりと友達になってくれた。 平野さんは優しい子で、時折、「親の仕事なんてなんでもいいのにね」とか、「みんなでたらめ言うのがおもしろいだけだから気にすることないよ」とかと、遠慮がちに励ましてくれた。 感染症が流行していたころは、不自由はいっぱいあったけど、みんながおそるおそる様子を見ながら付き合っていた分、誰かが嫌な目に遭うことも少なかった気がする。それが一気に弾けて、みんなはたいして悪気もなくからかうことを楽しんでいるだけだ。わたしを貶めることで一つになれる感覚に酔っている。誰かの悪口を言い合うことは手っ取り早く仲間になれる方法なのだから。わたしはそう割り切って反論もせず毎日を過ごしていた。 ただ、どれだけみんなに嫌な目を向けられても、お母さんがほかの仕事だったらよかったのにと思うことは、一度もなかった。 ・「そりゃ、死んだのはすごく悲しかったけど、どれだけ好きでも一緒に生活してみると、いろいろあるじゃん。特にさ、冴が生まれてからは、冴が泣いてたりすると、あのおっさん、君は親の愛情を受けてないから泣きやませ方がわからないんだねとかって言うんだよね。まあ、赤ちゃんの泣き声でいらいらするのわかるけどさ。そのおっさんがいなくなって、少し気楽に子育てできるようになった気がするし、よし、これからは私だけで育てるんだって闘志が湧いたんだよね」 「おっさんって、もしかしてお父さんのこと?」「そうそう。記憶は美化されるっていうけど、残念ながら美化してもおっさん」お母さんはけらけらと笑った。 「なんかお母さんと話してると、お母さんの人生ってたいへんなのかおもしろいのかわからなくなる」 「たいへんだよ。赤ちゃんの時に捨てられて狭苦しい施設で育って、それで大人になって結婚したらすぐに旦那が死んで、死んだら死んだで旦那の親戚に責められてさ。もう不幸の連続でしょう」 「うん、かわいそうだよね」 「そう悲劇なの。でもさ、人生に起こる幸せと不幸の数ってだいたい同じだって言うじゃない?だったら、私は二十五歳までに不幸をぎっしり味わったから、もうこれからラッキーなことしかないんだよね。そう思うと、生きるのがらくちん」「ええー。いいなー」「でしょ」 「わたしなんかずっと幸せだから、この後不幸がたくさんあるってことでしょう」そう言うわたしを、お母さんはぎゅっと抱きしめた。 「冴は特別だから、いいことばかりあるよ」「そう、かな?」 小学三年生くらいまでは、「ギューして」と甘えていたけど、今は抱きしめられるのは照れ臭い。わたしは「痛い痛い」と腕から逃れた。 「愛とか幸せとかって形がないっていうけど、冴が生まれて、おお、愛と幸せの塊が目の前にあるって、愛ってちゃんと見えるんだって思ったんだ」 「本当に?」 「本当。昔は自分の親を捜したいと思うこともあったけど、冴が生まれて一気に何もいらなくなった。冴以外はどうでもいいって思えた。それってすごいよね。冴は幸せの塊なんだ」 ・「冴は私には世界一かわいく見えるけど、たぶん顔は普通だな。でも、絶対みんなに愛されるから大丈夫」 「どこがよ」 お母さんは今のわたしの学校での立場を知っているのだろうか。愛されるどころか、みんなにばかにされている。 「今はわからないだろうけど、大きくなれば気づくよ。私ってこんなに愛されているんだっ て」 「そうかなあ」 「そうだよ。少なくとも私は冴のこと驚異的に大好きだもんね」お母さんは照れもせず堂々とそういうことを言う。 わたしも小学生くらいまでは「ママ大好き」「ママずっと一緒にいて」と平気で言っていたし、時々「ママは世界一」「最高のママだよ。ありがとう」と手紙を渡しもしていた。でも、今は恥ずかしくてそんなこと口にはできない。だけど、ずっと気持ちは変わらない。思春期だから、イラッとすることもある。それでも、お母さんは最大の味方だと何の疑いも持たずに思える。それは、両親がそろっているより、親戚がたくさんいるより幸せなことだ。
  • 2026年3月18日
    とにかく散歩いたしましょう
    人気作家の日常。締切を前に白紙の恐怖に怯え、店員とのやりとりに傷つき、ハダカデバネズミに心奪われる。たとえ何があっても、愛犬と散歩すれば前に進める・・・心温まるエッセー集。 わわわ。。とても好きなエッセイだった。 日常の小さな輝きの切り取り方が素晴らしい。 こんなに素晴らしいことに溢れているのに、なぜ私は見逃して過ごしているのだろうとはっとさせられる。 何より文章から小川洋子さんの優しい眼差し、温かい人柄が感じられて、自分もこんな人になれたらと憧憬する。 特に「散歩ばかりしている」「機嫌よく黙る」が好きだった。 ・そこへ三つくらいの男の子とお父さんが通りかかった。 「パパ、まてまてごっこやろう」 まだ上手に回らないお口で男の子がせがむ。まてまてごっこ、とは何か。 「よし。さあ、まてまて」 そう言ってお父さんは、男の子の後ろを追いかけはじめた。ただそれだけのことなのである。 お父さんはなかなか追いつけない速さで、しかし両腕をのばして今にも捕まえようとする素振りを見せ、男の子は後ろを振り返って一生懸命走りながら、どこかでお父さんに捕まえてもらいたいという気持を隠せないでいる。一切余計な道具を使わずにすぐできる、何と簡潔で見事な遊びであろうか。私はしみじみ見入ってしまった。男の子は世界中に何一つ嘆きなどないという顔をしている。完璧な安心がそこにはある。 ああ、うちの息子も昔はこんな顔をしていたなあ、と私は思う。でも当時は、それがどれほどあっという間に過ぎ去ってしまう瞬間か、気づいていなかった。特別に与えられた一瞬だ、などとありがたく思う暇もなかった。自分はあのお父さんのように、心の底からその一瞬を味わっただろうか。日々のつまらない用事に手を取られ、貴重な時間を見過ごしてきたんじゃないだろうか。 親子の笑い声を聞きながら私は、何もかもが手遅れで取り返しがつかないような気分に陥る。 自分の愚かさを嘆く。 「ぼやぼやしている場合じゃありません。さあ、次の電信柱ですぞ」 痺れをきらせて犬は綱を引っ張る。 取り返しがつかないのに、どうして日々無事に過ぎてゆくのだろう。嘆いたあとに今度は、ふと不思議な気持になる。こんなふうに私と犬は、まるで嘆きを求めるかのように、また明日の朝、散歩に出かけるのだ。 ・畑をやっていると、しゃがんでいる時間が長くなる、考えてみれば、以前はこんなふうに地面に視線を寄せることなどなかった。土で靴や洋服が汚れるのは嫌なことだったはずなのに、気が付けば、土の感触と匂いが大好きになっていた。 『沈黙の春』で有名なレイチェル・カーソンは、遺作『センス・オブ・ワンダー』の中で、「自然のいちばん繊細な手仕事は、小さなもののなかに見られます」(上遠恵子訳)と書いている。更に、その小さなものを見ようとする時に訪れる、人間サイズの尺度の枠から解き放たれる喜びについても触れている。 自分を小さくすればするほど、無力になればなるほど、偉大な自然の営みに気づかされる。 人間の頭脳だけでは決して作り出せない、ホーレン草やチンゲン菜やキャベツの不思議、ナメクジやアリや青虫の賢明さに心打たれる。人間が編み出した道具である言葉の通じない世界にひととき身を置くと、自分が壮大な世界の一部として、その大きさの中に包まれているのだ、と実感できて安堵する。これこそまさに、レイチェル・カーソンの言う、人間サイズの尺度からの解放だろう。 ・生きているものも死んだものも皆旅をしている。終りのない旅の同行者である。というメッセージが本書の根底には流れているように思う。ただじっとそこに立っているだけの一本の木でさえ、鳥に実を運ばれ、洪水に根を流され、遠い海岸へたどり着き、やがてどこかの家の新ストープにくべられる。そうして原子に戻った木はまた新たな命の元となる。 私の祖父母は、父方も母方も両方、二十代の息子(私にとってのおじ)を病気で亡くしていた。一人は結校、一人は原因不明の突然死だった。彼らは少なくとも孫の私の前で、死んでしまった息子を話題にすることは一度もなかった。あの頃、幼い私には祖父母の気持をわずかでも思いやることなど、とてもできなかった。私にとって死んだおじたちは、ただ、古い写真の中のおじちゃん、でしかなかった。 祖父母はいつどんな場面で、息子のことを思い出していたのだろう。わざわざ思い出さなくても、いつでも心の中にいたのだろうか。死んだ息子と会話する時、もしかすると心の中には、ザトウクジラの水しぶきの音が響いていたかもしれない。できれば、そうであってほしいと、皆が死者になった今、「旅をする木』を読むたびに願っている。 ・一番好きな本は何かと質問されると到底答えようがないが、一番好きな題名は何かと聞かれれば、すんなり答えられる。ジョン・マグレガー著、真野泰訳「奇跡も語る者がいなければ」。 これは一九九七年八月三十一日、イングランド北部のある通りに暮らす人々の一日を描写した小説で、読み進むうち、日常の小さな一場面たちが、目に見えない偉大な力によってつながり合ってゆく様子が、浮かび上がって見えてくるようになる。登場人物の一人は娘に向かい、横木にとまる鳩が一斉に飛び立つのを指差し、鳥同士ぶつからないのを見たかい?と問いかける。そしてこれは、気をつけていないと気づかずに終ってしまう、特別なことなのだと説く。 奇跡も語る者がいなければ、どうしてそれを奇跡と呼ぶことができるだろう、と。 この本の背表紙を見るたび、小説を考く意味を、誰かが耳元でささやいてくれているような気持になれる。鳥が一羽もぶつからずに飛び立ってゆく奇跡を書き記し、それに題名をつけて保存することが私の役割なのだ。私にもちゃんと役割があるのだ、と思える。そうして再び、書きかけの小説の前に座る。 ・無事、イトカワから地球まで微粒子を持ち帰った小惑星探査機に、「はやぶさ」という名前をつけた人は偉いと思う。これがもし単なる小惑星探査機MUSES-C、というだけであったならば、あれほどの熱狂は起きなかったのではないだろうか。 帰還したはやぶさが、いよいよオーストラリアの砂漠に姿を見せた時、関係者の一人が空に向かって「お帰り、はやぶさ」と声を上げていたが、その口調には心からのいたわりがこもっていた。機械に向かって発せられた言葉とは、とても思えなかった。 鳥のハヤブサを実際に見たことはないが、だいたいの想像はつく。広大な草原の中から、微かな獲物の気配をキャッチする鋭い目。その一点に向かってゆくスピード。しくじってもあきらめない執念。余計な飾りを排した潔い姿。目印もないまま巣への道筋を見分ける賢明さ。こうしたものがすべて、探査機はやぶさと重なり合っている。カプセルだけを残し、燃え尽きた彼はまさに野生動物だ。自らの役目が終ったと悟った時、何の未練も残さずひっそりと死んでいったのだ。 もはやハヤブサとはやぶさは区別できない。私の中では、翼と階を持った一羽の勇敢な鳥が、宇宙の漆黒を旅している。最先端の科学技術を駆使したプロジェクトが、一つの名前を得たことで物語になる。宇宙の起源が解き明かされる喜びと、一つの物語を得る喜びは、等しく私を幸福にしてくれる。 ・父は晩年、珈果が進み、私が娘であるのも分からなくなった。看護師さんに「この人誰か分かる?」と聞かれ、父は恥ずかしそうに「妹です」と答えた。 何の用事で二階へ上がったか忘れ、小指の爪は変形し、顔は白い粉をふいている娘なのだから、その父親が痴呆になってもしょうがないじゃないか。すべては順番どおりだ。自分のことより、常に子や孫の心配ばかりしてきた父が、ここでようやくその心配から解放されたのだ。 これは喜ばしいことなのだ。弟はたくさんいるけれど、妹は一人もいないから、一度妹というものを持ってみたかったのかもしれない。それならば、私が妹になろう。お安い御用だ。そう、自分に言い聞かせた。 ・ところがどうだろう。ラブは平気だ。少しも気に病む様子などない。脚が弱くなっても、目が見えなくなっても、餌が腎臓病用になっても、相変わらず機嫌のいいままだ。 川上さんの句集の中から一句。 ◇徹頭徹尾機嫌のいい大さくらさう 死ぬまで徹頭微尾、機嫌のよさを貫ける犬とは、やはり偉大な生き物である。だから私も大を見習い、できるだけ機嫌よく生活したいと願っている。同じく句集から。 ◇はつきりしない人ね茄子投げるわよ 機嫌が悪くなる原因のほとんどは、人間関係にあると言っていいだろう。できれば、茄子を投げたくなるような、込み入った事情には陥りたくないと思う。しかし、一体どんな状況になれば、人様から茄子を投げられるのか、とても興味深くてたまらないのだけれど。 考えてみれば、犬は茄子を投げたくても、投げられない。生まれつき何かを投げるという行為を放棄している。この潔さにまた感服する。 ◇もの食うて機嫌なほりぬ春の雲 そう、やはり犬を見習って、心がざわついたら何かお腹に入れるに限る。特別ご馳走である必要はない。焼き茄子か、マーボー茄子くらいで十分だろう。 さて、一つ問題なのは、機嫌よく振る舞おうとすると、なぜか口数が多くなることなのだ。例えば仕事の打ち合わせ中、私はできるだけその場の雰囲気を和やかにしようと、ニコニコ笑みを浮かべる。相手側にちょっとした不手際があっても責めたりしない。「いいですよ。大丈夫ですよ」と軽く受け流す。内心むっとしても、いや、ここで機嫌を悪くしては私の負けだ。 ラブを思い出せ、ラブを、と自分を励ます。 そうしているうち、だんだんと口数が多くなってくる。ここで沈黙が訪れたら、さっきのむっとした感情がよみがえってくるのでは、と恐れるように、どうでもいいことをべらべら喋ってしまう。必要以上に自分の機嫌のよさをアピールしようとする。 決定的な失言は、しばしばこういう時に発生する。家に帰り、「なぜあんなことを言ってしまったのか…•・・」と後悔し、頭を抱える。枕に顔を埋め、「馬鹿、馬鹿、馬鹿」と自分を叱る。 いつの間にか機嫌が悪くなっている。 それに引き換え犬はどうだろう。やはりここでも話は犬に戻ってくる。犬は何と賢いことに、言葉を持っていない。どんなに機嫌がよくても、喋らない。 ◇ 車座にまじり犬の子枇杷の花 犬は機嫌よく車座にまじってくる。言葉など喋らなくても、ちゃんと仲間におさまって、皆 をなごませている。 私が目指すのは、機嫌よく黙っていることである。うすうす感づいてはいたが、理想の生き方を示してくれているのは、やはりラブだった。 昔、父が喉のポリープを手術した時、ベッドに「織黙療養中』という札がぶら下がっていたのを、今ふと思い出す。啓示に富んだ、なかなかいい言葉ではないか。犬の境地には到底たどり着けない未熟な私は、ただ単に機嫌よく振る舞う修行をするだけでは足りず、『織黙療養中」の札を首から下げておく必要があるのかもしれない。 ・少年たちがただ野球をしているだけなのに、どうしてこんなに胸が熱くなるのだろう。今年の選抜高校野球大会ほど、その不思議について繰り返し考えたことはなかった。彼らがやっているのは、ルールにのっとった一つのスポーツに過ぎない。にもかかわらず、スポーツ以上の何かをもたらしてくれる。 ・しばしば野球にはそういうことが起こる。なぜあの時、あんな簡単なゴロをエラーしてしまったのか。なぜあそこで、あの一球を見逃したのか。一生考え続けても答えの出せない問いを、スポーツは投げ掛けてくる。 だからこそ私たちも、まるで目の前の試合が一人の人間の生き方を映しているかのような思いで、一生懸命に試合を観る。 創志学園のキャプテン、野山慎介君は開会式で選手宣誓をした。立派な宣誓だった。台に上がって、帽子を取ってお辞儀をする、その仕草に心がこもっていた。太い眉毛がりりしかった。 難しい言葉は一つも使っていないのに、選手たち全員の思いが真っ直ぐに伝わってきた。名文とはつまり、技術でも何でもない、尊い志があるかないかによって決まるのだ、ということを教えられたような気がした。 野山君が書いてくれた色紙の言葉は『常に全力』。そう、君は全力だった。野球ができることへの感謝を、大人たちに向かって全力で表現してくれた。 創志学園は一回戦で惜しくも敗れ、校歌を歌うことはできなかったけれど、そんなことはどうでもいい。一つの勝利以上に大きなものを伝えてくれた。野山君をはじめ、今年の選抜大会を戦ったすべての選手たちに、ありがとうと言いたい。 ・夜の十時過ぎ、住完街を一緒に歩き、公園の植え込みをクンクンする。家々に明かりは灯っているものの、誰ともすれ違わない。月だけが私たちを見守っている。 考えてみれば、以前にも夜中に散歩をしたことが何度かあった。それはたいてい非常事態が起こった時だった。主人が胆石の発作で病院に運び込まれた時、ソフトボールの試合で息子が怪我をした時、父が危篤になった時、そしてお葬式を出した時。 疲れきって家に帰ると、ラブがお利口に待っていた。ご飯ももらえず、散歩にも行けないままずっと放り出されていたのに、文句も言わず、待ちくたびれた様子も見せず、それどころか「何かあったんですか。大丈夫ですか」という目で私を見上げ、尻尾を振ってくれた。散歩に出ると、普段と違う暗闇に怖れることもなく、いつも以上に元気に歩いた。その時々の不安を私が打ち明けると、じっと耳を傾け、「ひとまず心配事は脇に置いて、とにかく散歩いたしましょう。散歩が一番です」とでも言うかのように、魅力的な匂いの隠れた次の茂みを目指してグイとリードを引っ張った。 「ラブ、鳴いてもいいんだよ」 もう既に颯爽と歩くことができず、後ろ足をよろよろ引きずっているラブに向かって私は言 った。 「撫でることで少しでもお返しできるのなら、いくらでも撫でてあげるよ」 耳の遠くなったラブは、私の声に気づきもしないまま、ただ月を見上げるばかりだった。
  • 2026年3月18日
    図書館を建てる、図書館で暮らす
    2019年末に建ちあがった、膨大な蔵書を収める家〈森の図書館〉。2人の施主が、普請のプロセスや、そこで過ごすなかで考えたことをつづり、デジタルだけでは実現できない、「本のある空間」の効用をさぐる。蔵書と家と人との関係をめぐる実践的ドキュメント。 自分の人生で大切なもののための家。 利便さ等のありきたりな理由で住む場所を選んだ自分としてはとても憧れる。 ・また、プロジェクト開始当初から漠然と頭にあり、途中から<森の図書館)のもう一人の施主となった、伴侶の山本貴光さんと話し合う中で、確言を深めている考えがある。それが、立体的な空間に本棚を配置し、そこに紙の本を並べることの、積極的な意義だ。ページを開いて読むまでもなく、何らかの分類に従って配架された、ジャンルごとのブロックや流れを眺めているだけで、置かれた本を読んだ時の記憶が甦ったり、未読であってもその本と繋がる知識が呼び出されたり、さらに連想が働いて閃きが生まれたりーといった知的活動が、脳内で自動的にスタートする。これは目的があって必死で考えるというより、バックグラウンドで脳が勝手に動いているイメージだ。 こうして膨大な連想を紡ぎ出す本たちを、リシャッフルし、配架の仕方を変えるだけで、まったく新しい着想を呼び込むこともできる。たとえば東洋史、哲学、科学など、基本的な分類に従って配架していれば隣り合うことのない本の中から、当面の仕事に必要そうな本を抜き出し、仕事机の横に並べると、見えてくる景色、書こうと思っていた見通しが一変することもある。 また記憶は物理的、空間的な認識と結びつくことで強化されるらしい。書架のどの位置にどんな本があるか、四層の建物内それぞれに設置された書架の前で日々暮らすことで、X、Y、Z軸上の座標が少しずつきめ細やかに把握されてくる。万単位の本の中から、目当ての本の配架位置を見つけることは、決して難しくない。ところが同じことを電子書籍でやろうとしても、ほとんど不可能だ。私以上の蔵書家でもある貴光さんは、その一部、一万冊を超える本を電子書籍化している。だが電書の中から、その時の課題の参考になりそうな文献を探し出すのは、容易ではない。書名を挙げて所蔵の有無を訊かれれば、即座に答えられても、たとえば明治時代の日本語文法について考える時、参考になりそうな文献を電書の海の中からピックアップするのは、限りなく難しい。 立体的な空間の中で、本同士が増殖する神経細胞のようにつながりあっていく、あるいは小さな生態系が形成されていくことにも似た事象を、私たちは日々体験している。 ・急がない本は近所に注文する。ゲームをつくったり本を書いたりするための参考資料を探すときはネット書店も使う。ただ、可能な限り神保町の古書店街、東京堂書店や三省堂書店をはじめ、渋谷、新宿、池袋あたりの書店に赴く。行く先々で本屋があれば入る。自分の狭い関心では思いつかないようなものに遭遇したいから。それにはピンポイントで検索できるネットもいいけれど、棚のあいだを歩くのがなによりだ。そのつどこちらの頭にある関心事と書棚のあいだで発見と驚きの火花が生じる。 例えば、ファッションのゲームをつくりたい。そう思って歩く。すると以前は目に入っていなかった海野弘『ココ・シャネルの星座』(中公文庫)が視界に飛び込んでくる。その近くの『失敗の本質』 (中公文庫)も気になる。そういえば、と歴史コーナーに移動する。当初の目的はどこへやら。そうして書棚のラビリンスで遊びながら、本を抱えきれなくなる頃、ようやくレジへ向かう。書店ごとに棚の様子も違うので、同じ関心事を念頭に訪れても違う発見が生じる。あとは体力と資力だけが問題だ。 ・自分の例で恐縮だが、私は小学生の頃にコンピュータに興味を持ち始め、中学・高校と、雑誌や本やゲームを材料として独学でプログラミングを身につけた。それは一九八〇年代のことで、周りの大人たちは、「そんなことしてなんになるの?」という顔をしていたと思う。また、なんの役に立つかということはほとんど考えないまま、ただ面白いからいろんな本を集めて読んできた。同じようにアナログかデジタルかを問わず、たくさんのゲームで遊んできた。 後にそれらのことはどうなったか。大学を卒業してどこかに就職しなければなあとなったとき、ゲーム会社を選んだ。ゲームクリエイターになりたいと思っていたわけではない。それまでゲームクリエイターになりたいと思ったこともなかった。ただ、すでに一〇年ほどプログラミングの経験があったし、山ほどゲームを触っていたので、これなら仕事にできそうだと思ったのだった。さらにその後、本を書いたり、専門学校や大学でものを教えるようになった。いまは東京工業大学(二〇二四年一〇月以降は東京科学大学と改称)で哲学を担当している。これも物書きになろうとか先生になろうと目指してそうなったわけではない。たまさか機会が巡ってきたとき、ものを書いたり、教壇に立ったりしているだけだ。 そうしたことを(十分であるかどうかはさておき)曲がりなりにもなんとかこなせるのは、かつてなんの役に立つかを考えないまま、各方面の本を集め読んだり、ただ知りたいからというので古代ギリシア緒やラテン緒を習いに行ったり、自分で勝手にブログラムや文章を書いたりしていた経験があったからだ。仮にそうしたことをやってこなかったら、そもそもそれらの仕事をする機会自体が巡ってこないだろうし、仮にチャンスがあっても応じられなかったに違いない。つまり、役に立つかどうかとは関係なく続けてきたことが、状況との巡り合わせによって仕事に(も)なったわけである。 とれは自慢話とかではない。長年とりくんで身についたことが、あとから役に立ってしまう場合があるという例をお示ししたいと思ったのだった。もちろんあらゆることがそうなっていると言いたいわけではない。同じように好きでやってきたことのうち、楽器演奏や絵を描くことは相変わらず好きでやっているだけだったりする。 ただ、こんなふうにも考えられる。すでに社会や自分にとって「役に立つ」ことがはっきりしている物事ばかりを追いかけていると、ここに述べたような「役に立ってしまう」ケースを見落とすことになる。もう少し積極的に言えば、身につけたものは状況次第で役に立ってしまうものだ。逆に、身についていないことは、状況にかかわらず活用しようもないのは言うまでもない。 話を本に戻そう。いろいろな本を手元に集めたり、読んだりするのは、一見するとなんの役に立つか分からないことの最たるものだ。なにかしらの役に立つ要素があるように感じられず、やるだけ無駄と感じる人にとって、これほど無駄なこともないかもしれない。なにしろ少なくないお金と時間を使い、小さいとは言えない空間を本で埋めているというのだから。 他方で、ことに述べてきたように、手元にある本はいざとなれば活用できるし、読んで得た知識は状況や必要が生じれば使うこともできる。私がいま大学で哲学の講義をできるのは、まだまだ不十分とはいえ古今東画の哲学や学術にかかわる本を集め読み、場合によっては古代ギリシア語やラテン語もはじめとする言話を学んで原典を検討する、ということをしてきたからだ。ゲーム会社でアイデアを出したり、さまざまな方面の専門家と話したりする際にも集め読んだ本は役に立った。あるいはゲーム学やプログラミングについて講義を担当できるのも、ゲームで遊んだりつくったり分析したりしてきたからだ。先にも述べたように、私はそうしたことをなにかの役に立てようと思ってしたわけではなかった。 本にも、なにかの試験対策のためとか、確定申告のやり方、茶わん蒸しの作り方、レモンの育て方、シャツの縫い方を知りたいというふうに明確な目的のために選んで読む場合もあれば、ただ興味があるから読むという場合もある。前者がなにかの役に立つことは言うまでもない。後者もすべてがすべて後で役に立つわけではないにしても、思いがけず役に立ってしまうことがある。 ・どんな本を集めて読むかは、完全に好きなようにできるわけではないものの、ある程度自分で選んだりコントロールできる。 他方で、社会でなにが重視されたり、価値を持ったりするかとか、どんな職業が生まれたり消えたりするかとか、自分がどんな状況に遭遇するかといったことについては、自分の意志でなんとかなる要素と同時に、自分の意志ではどうにもならない要素が混在しており、予測が難しい。将来なにが必要になるか、役に立つかのうち、現時点で分かっているものと、まったく分からないものとがある。現時点で役に立つことが明白なことだけやっておくという考え方もある。現時点では分からないことについてどうするか。私自身は、先にも述べたように将来なにが役に立つかを考えていない。でも、集めた本たちは、さまざまなことに役立ってしまっている。 これを普通に話すと、単に蔵書を持つことの言い訳をしているようにしか聞こえないと思う。それでも構わないといえば構わないのだけれど、こういうことがありますよというサンプルとしてご提示してみたのだった。 ・私自身はいわゆる「私立文系」コースを辿ってきたが、自然科学への関心は常に保ち続けていた。 本との関わりで言えば、幼い頃は福音館書店の絵本「かがくのとも」シリーズに始まって、中学生でポピュラー科学誌の「Newton」(ニュートンプレス)に親しみ、何より惑星科学から生命の起源、そして宇宙開間までを平易、かつドラマティックに綴った名著、カール・セーガン『コスモス』上・下(木村繁訳・精成、朝日新聞社、一九八〇)との出会いが、大袈裟ではなく人生をーものの見方を変えた、と言っていい。それだけに、のちに「科学」や「工学」と呼ばれるようになる分野の知、すなわち「世界はなにからできているのか」「宇宙はどんな仕組みによって成り立っているのか」といった、人類にとっての根源的な問いを起点に据えた「世界を変えた書物」展には、深く心を動かされた。また当時、美術について書くことが仕事の中心になっていた自分にとって、アルブレヒト・デューラーやヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ、ルネ・デカルトらの書物を、哲学Jp自然科学の文脈の中で見直すことができたことも、大きな収穫だ。 私以外の多くの観客も、当然全員が理工系のバックグラウンドを持っていたわけではないはずなのに、同様の心境にあることが見てとれた。日頃はとかく文系・理系と、血液型占い程度に根拠も意味もない学術の線引きを常識としていても、過剰な専門分化に至る以前の学術の世界へ立ち戻ってみれば、自分と世界とをつなげる知の営みが、くっきりと目に映る。それがやはり心の深い部分を揺り動かすのだろう。
  • 2026年3月16日
    この世にたやすい仕事はない
    「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」ストレスに耐えかね前職を去った私のふざけた質問に、職安の相談員は、ありますとメガネをキラリと光らせる。 隠しカメラを使った小説家の監視、巡回バスのニッチなアナウンス原稿づくり、おかきの袋の裏面の話題の企画、地域のポスター貼り替えとヒアリング、大きな公園で簡単な事務と地図作成...。 社会という宇宙で心震わすマニアックな仕事を巡りつつ自分の居場所を探す、共感と感動のお仕事小説。 面白かった。ファンタジーなんだけど、どこかにありそうな仕事と、どこかにいそうな登場人物がたくさん。 主人公が真摯に向き合うから、どの仕事も面白そうに見えて、ずっと楽しんで読めた。主人公の冷静でユーモア溢れる視点も楽しい。 最後に近づくにつれて、主人公が前職を辞めた理由が分かってくるのだが、自分が仕事から離れたいと思っていた時期を思い出した。 好きな仕事だからこそ愛憎入れ混じって、苦しくなることもあるんだろうなぁ。 主人公が前の職種に戻る決意をしたシーンは私も嬉しくなったし、最後の言葉には勇気をもらった。 ・母親は、変なの、という感じで肩をすくめて、テレビに向き直る。私は、台所の隅に置かれてある母親のお菓子を備蓄している箱から、自分が言った三種類のおかきの袋を手に取って、自室に戻る。緑茶を淹れて、順番に食べると、やっぱりどれもおいしかった。 まったく妥当な感情じゃないことはわかっていたが、いろんな人に腹が立った。投書の藤子さんにも、社長にも、『ふじこさん』を取り上げたがる人にも、世の中のおかき消費者の人々にまで腹を立てた。見る目がないと思った。 今のあなたには、仕事と愛憎関係に陥ることはおすすめしません、という正門さんの言葉が、一瞬頭をよぎったけれども、違うってっ、と私の中のもう一人の部分が、荒々しく言い返した。 ・新たに博物館のロビーに追加されるというヘラジカとトナカイの実物大の剣製についての男性の司会者の説明を聞きながら、私はなぜか、『ケアの解体と再構築』という新書が、森の中の木の枝に引っ掛かっていた風景を思い出して、胃痛のようなものと軽い緊張を覚えていた。 そうだ、私は、森の中であの本を発見した時に、確かに緊張したのだ。不意に言い当てられたような気がしたのだ。こうやって森の中で時間を潰しているんだね、と。その後、菅井氏の前の職場に電話した時も、同じような心身の強張りを感じた。それは、自分があるいっとき、これに人生の長い時間を費やすのだ、と決めた仕事から、自ら手を引いて、目を背けようとしていたのに、同じ場所で今も仕事をしている人と出くわしたことの気まずさと、裏腹のうらやましさを含んでいた。 自分が大学卒業以来十数年続けた、最初の職種に戻る時が来たような感じがした。そうはいっても、こちらの都合だから、簡単に仕事が見つかるとは思わなかったが、とにかく、その周辺にでも帰っていくべきなのではないか。 ・私の進言どおり、菅井さんは私の後任として、小屋で働いているそうだ。公園内で半年以上 暮らしていたため、案内人としては申し分ないし、カートの運転も私よりうまいらしい。ただ、時間給での採用であるため、正社員の採用時期までに金銭的にきついな、ということになってきたら、また元の仕事に戻るだろう、と箱田さんが言っていた、と工藤さんから聞いた。箱田さんと青井さんは、帰る方向が一緒なので、何回か呑みに行ったそうだ。 それでええんやと思う、と箱田さんは付け加えたらしい。前におった人も、前の前におった人も、本筋の仕事でなんかあって公園に来た人みたいやったけど、この仕事で、まあ働けんね やな、と思って、そんでまた自分の仕事に戻ってったらええやん、と。 ・前の仕事から逃げ出したということがわかっている自分を雇ってくれるのはとてもありがたいが、申し訳ないようにも、怖いようにも感じる、と言っていた菅井さんに、私は打ち明けたのだった。自分も以前同じ仕事をしていて、ある時どうにもならなくなって、逃げるように仕事を辞めた、それからは紹介してもらうままに短期の仕事を転々としている、それはそれで悪くないけれども、自分もあなたのように家を出て、それまでとはまったく違う場所に迷い込んで生活をしている可能性もあった、と。 私たちがやっていた仕事だけではなく、どの人にも、肩じた仕事から逃げ出したくなって、道からずり落ちてしまうことがあるのかもしれない、と今は思う。たいの菅井さんは、喜びが大きいからこそ、無力感が自分を昔むこともたくさんあったように思います、その逆も、と言った。感謝の言葉すらいらず、悩みでつらそうな顔をしていたご本人やご家族が、少しだけ笑って建物を出て行ってくれるだけで良かった、難しい仕事だからこその職場の結束もあった、他の部署からの肩頼を感じることもあった、なのにこの疲労感は何だろう、と考えるようになりまして。 そしてその矢先に、応援していたクラブの降格に出くわした。そういうふとした陥築は、どこにでも日を開けているのだろうと思う。仕事や何やに没入して、それに費やす気持ちが多ければ多いほど、その数も多いのだろう。 でも、何か月も森の中でただ一人で暮らしてみて、自分が食べるためだけに一日中行動し、眠るという生活は、安らかでそんなに悪くはないけれども、物足りなくもあるんだな、と思うようになったという。 菅井さんは、指をうねうねと横に動かし、山と谷のようなものを描きながら、こういう状態を受け入れることや、難しい仕事にあえて取りかかることも、生きていることなんだなと思ったんです、と言った。そういう動作で生活の波乱を表わすことは、この人のくせなのだな、と私は思った。 それでも公園から帰る勇気はなかなか持てなかったから、見つけてもらえてよかった、しばらくはその恩返しをします、と青井さんは言った。菅井さんがそのまま小屋でずっと働き続けるのか、前の職種に戻るのかは、私にはわからなかったが、それはまだ予測できなくていいと思った。 ・またそれを受け入れる日が来たのだろう。どんな穴が待ちかまえているかはあずかり知れないけれども、だいたい何をしていたって、何が起こるかなんてわからないってことについては、短い期間に五つも仕事を転々としてよくわかった。ただ祈り、全力を尽くすだけだ。どうかうまくいきますように。
  • 2026年3月16日
    わたしに会いたい
    コロナ禍以前の2019年より、自身の乳がん発覚から治療を行った22年にかけて発表された7編と書き下ろし1編を含む、全8編を収録。 ・「わたしに会いたい」──ある日、ドッペルゲンガーの「わたし」がわたしに会いに来る。 ・「あなたの中から」──女であることにこだわる「あなた」に、私が語りかける。 ・「VIO」──年齢を重ねることを恐れる24歳の私は、陰毛脱毛を決意する。 ・「あらわ」──グラビアアイドルの露(あらわ)は、乳がんのためGカップの乳房を全摘出する。 ・「掌」──深夜のビル清掃のアルバイトをするアズサが手に入れた不思議な能力とは。 ・「Crazy In Love」──乳がんの摘出手術を受けることになった一戸ふみえと看護師との束の間のやり取り。 ・「ママと戦う」──フェミニズムに目覚めたママと一人娘のモモは、戦うことを誓う。 ・「チェンジ」(書き下ろし)──デリヘルで働く私は、客から「チェンジ。」を告げられる。 色々な形の生きづらさが書かれた短編集。 どれも自分を大切にしたくなる話ばかりだったけど、特に「VIO」と「掌」がよかった。 勝手にダメだと思ってたことは、私の偏見だったと分かる。 世の理不尽さと戦うとかそこまで仰々しくなくても、自分自身を、相手を、世の中を思いやる大切さを感じられる本だった。 ・お姉ちゃんたちはだから、モトのこともよくからかった。線が細くて可憐だったから「女みたい」だと言う。確かにモトは女の子っぽいところがあったけれど、だから何?って感じだ。もしそれがおかしいのなら、ものすごく男の子っぽいお姉ちゃんたちもおかしいということになる(リリもミレイもココアも、鼻の下に黒々としたヒゲが生えていた)。そのことをモトに言うと、「ミィの言うことは正しいかもしれないけど、それをお姉ちゃんたちに言ってはダメだよ。」 そう言われた。 「正しさって、時々人をものすごく傷つけることがあるんだ。」 ・いつだって「あなた」の体は試されていた。「あなた」の体は、時に「あなた」を脅かすものになり、同時に「あなた」に脅かされるものだった。そして時に「あなた」を傷つけ、同時に「あなた」に傷つけられるものだった。 でも、今、「あなた」の体は、ただの体になった。愛されてはいなかったが、少なくとも、試されてはいなかった。「あなた」は「あなた」の体を、ただのその体を、再び所有しようとしていた。 私は「あなた」の体温を感じた。私は「あなた」があなたになるのを感じた。そのとき、あなたは赤ん坊だったのか、少女だったのか、母親だったのか、女だったのか、それとも、そのどれでもなかったのか、私には分からなかった。あなたは泣いていた。声を出さずに泣いていた。涙の理由を知りたかったが、その前に、私はもう消滅を始めていた。 ・「どうせ戦争反対なんでしょ?何、そう言ってたら立派な人間なわけ?どのロで言ってんのって話。あたしたち恵まれてんじゃん。まつエクしたりネイルしたり脱毛する余裕ある人間が戦争反対とか、はっ。」まりぷうとYumeちゃんは黙って仕事を始めた。普段はそんなことしないのに、ボトルを拭いたり、蛇口を拭いたり、随分とまめまめしい。ジェリには逆らわないでおこうと、心の中で決めているようだ。私は小さな声で「そうかな」と言うと、あとはただお客さんを待った。でも、最後まで誰も来なかった。 その日から、世界に思いを馳せる時、私は同時に恥ずかしさを感じるようになった。 例えば髪の毛を巻いているときや1時間かけてメイクをしているとき、こうやって安全な場所から悲惨な出来事に思いを馳せることは、とても傲慢なことなのではないかと考えた。時々残っていた過去の予測変換の「エステ安い」とか「タトゥーメイク」なんかを見ると、ジュリの声が聞こえるのだ。 「どの口で言ってんのって話。」 ・「え、なんでそのヨウさん?が、ジュリさんと同じこと思うって思うんですか?」私はヨウさんのことを、まりぷうとYumeちゃんに話した。 「うーん、私たちはなんていうか平和なとこで暮らしてさ、毛の処理するような余裕あるじゃん?それで世界のこととか戦争のこととか話すって・・・・・・。」 「え?なんでおかしいの?」 「ヨウさんはさ、人のVIOを間近に見てさ、毛を剃ってさ、それって結構きつい仕事じゃん。多分外国から来てるわけじゃん。日本平和じゃん?VIO脱毛って安くないしさ、私ヴィトンのカバンとか持ってるし、なんかそんな贅求して、人に下の毛の処理させながら戦争反対とかさあ・・・・・・。」「えー、リナさん、じゃあヨウさんが脱毛する側だからかわいそうって言いたいんですか?それ、なんだっけ?あ、職業差別じゃん!」まりぷうは目頭切開で大きくした目を、さらに大きく見開いた。 「それってあたしたちが高卒だからバカって思われてんのと変わらなくない?」 Yumeちゃんも同調した。 「Yumeさん、あたし中卒です。つうか中学もほとんど行ってないから、ほぼ小卒!」 まりぷらはどこか誇らしげにそう言った。 「半端ないね。まあ、あたしたちがバカなのは間違いないけど。」 Yumeちゃんも、なぜか嬉しそうだった。 「そっか、ジュリさんはだから怒ったんじゃん?」数日前に、ジェリは店を辞めた。前から辞めたいと言っていたけれど、どうしても引っかかった。メールをしても返してくれないのは、やはり怒っているからだろうか。 「バカが世界語るなって!」 「えー、なんで?なんでバカが世界語っちゃいけないの?」「知識ないからじゃん?」 「じゃあ、どれくらい知ってたら話していいの?その線はどこなんだよ?」 ・アズサは、何も考えていなかった。そう、ケイシーには思えた。いつだってびしは濡れのまま、確実に訪れる毎日を生きていた。朝から晩まで働き、服は大体ユニクロかH&Mを着て、たまに、ドラッグストアに売っている安物の化粧品を買う。 痩せることには興味があるが、エクササイズやジョギングは絶対にせず、もっぱら「OOだけダイエット」的な、その時流行りのダイエットに手を出して、毎回必ず失敗する。テレビもインターネットもよく見ているが、大概はワイドショー的な芸能人のゴシップやお得情報だ。時々、虐待などの凄惨なニュースに心を痛めはするものの、それが世界のことに及ぶと、途端に無知になる。 ・自分が男性ではないと、ケイシーが気づいたのは早かった。胸にシリコンを入れることにも、迷いはなかった。違う性になりたいわけではないことに気づくのには、そこから少しだけ時間がかかったが、ケイシーは自分の希望を尊重した。自分の心と、そして体と向き合って、膨らんだ乳房と、陰茎を持ったまま、新しい人生を始めた。 ケイシーはもちろん、幸せになるつもりだった。違和感を抱えたまま生きてゆくのはごめんだったし、誰かにおもねって、許しを請いながら生きてゆくのもごめんだった。だが、新しい人生は、ケイシーの想像していたものとは違った。 あらゆる人が、ケイシーを問い詰めた。お前はどっちなんだ、お前はどうしたいんだ、お前はどうなりたいんだ。それはつまり、「お前は誰なんだ」、ということだった。 自分は自分だ。ケイシーは思った。 自分は、自分になりたいのだ。ケイシーの望みは、それだけだった。 世界は進化し、自分の「状態」を言い表すあらゆる言葉が誕生していることを、ケイシーはもちろん知っていた。そして、その状態のどれかに、自分を当てはめることを求められていることも。でも、何かに属せばたちまち、自分が自分でなくなるように感じた。誰かが作った枠に収まろうとすれば、必ず自分のどこかが歪み、壊れた。ケイシーは、自分の体を慈しみたかった。自分自身を心から愛したかった。 だから、枠に入るのを拒んだ。すると、たくさんの人たちが混乱し、怒った。 ケイシーは職く、想像力に長け、あらゆる人のことを思いやることが出来る人間だった。でも、混乱し、怒る人たちの多くは、何故かいつも、重要なことを決める立場にあった。彼らはケイシーに居場所を与えず、居場所が確保されても、なんらかの理由で退くことを促した。我々をこれ以上混乱させないでくれ、そう言われ、混乱するのはケイシーの方だった。 自分が望むことに、これほど皆が怒りの反応を見せることが、理解出来なかった。 自分は、たった一人の自分になりたいだけなのに。 ・「これが長く続いたらええなぁ。」 アズサが言った。アズサがこうやって、誰かの幸せを自然に祈ることが出来る人だということを、ケイシーは誰よりもよく知っていた。考えることをせず、あらゆる波を被り、びしょ濡れで、時に怪我をして、殴りかかるようにやってくる毎日を受け止めるこの叔母のことを、ケイシーは愛していた。 「なあ、思わん?ケイシー。」 名前を変えると宣言したのは、ケイシーが17歳の時だった。圭史(けいし)という本名は残しながら、そして、ケルト語源で「気のある」という意味も持つという「CASEY」にするのだと、ケイシーは決めていた。それは、自分が自分であるだけで勇気を必要とするこの国の状況を、ケイシーが知る前だった。 ケイシーの友人の何人かは納得し、何人かは離れていった。ケイシーの両親は頑なに「圭史」と呼び続けたが、アズサは「ケイシーな、分かった!」そう言ってうなずき、それ以降、一度も、決して一度も、間違えたことがなかった。 「ずっと続いたらええなぁ。」 ケイシーも祈った。彼女の快楽が、長く続いてほしかった。彼女の未来がどういうものであるかは分からない。だが、自身の体を誰より愛している彼女の今を、祝福したかった。ケイシーとアズサは、手を繋いだまま、その場に居続けた。男性の射精が終わっても、女の人生は続くことを、二人はよく知っていた。 ・6年生の時、クラスの男の子に「デブ」と言われた。私の体は他の子より大きかったけれど、デブと言われたのは初めてで、驚いて、家に帰ってママに伝えた。ママは私が続きを言う前に泣いた。そして、私のことを思い切り、本当に思い切り抱きしめた。 「モモは可愛いんだよ!!!!」私は、そんな言葉が欲しいのではなかった。 私が可愛いかどうかは関係ない。そして、私が太っているかどうかも関係ない。 私はママに、そのクラスメイトの男の子がいかにおかしいのか、そのことを一緒に怒ってほしかった。こんな風に泣いて、「かわいそうな娘」を抱きしめるのではなく、「その子が言ったことは許されることじゃない」そう言って、拳を振り回して、めちゃくちゃに怒ってほしかった。でも、ママの体は私に密着していて、あまりにもびたりと密着していて、怒りを醸成する場所が見つからなかった。結局、私も泣いた。 ・『謝りたいことばかりだ。』 別名義のママは、私のように、自分を守るためにそれを書いてはいなかった。 『自分が若い頃にやってきたこと、見逃してきたことで、若い女の子たちを苦しめている。』 『性差別や性犯罪に、私も加担してた。私も加害者だ。』『私に正しいことを言う権利はない。』 ママがあまりに自分を責めるから、私は時々、「ヒョ~がら」は、実はママなんじゃないか、そんな、おかしなことを思ったりもした。変化しよう、前に進もう、そうしているママを、ママ自身が責めて、ママ自身が阻止しているのじゃないかって。本当はママが一番、ママのことを許していないのじゃないかって。 「悪い子だね。」 高校に行かなかったのはママのせいじゃない。満員電車が地獄なのはママのせいじゃない。ナプキンを買いに行くだけでパニックになるのはママのせいじゃない。 でも、ママに先に謝られると、もっと何か言いたかったのに、それが何だったのか 分からなくなる。 ・『ママにまた可愛いと言われたそんな言葉が欲しいんじゃないのに』ママはあの夜、やっぱり私を抱きしめた。 『ママがずっと欲しかった言葉と、私が今欲しい言葉は違うのに』私のツイートを、ママは遡って、全部見たのだ。病室でだろうか。家でだろうか。 『電車に乗るのが怖い』 『電車に乗っている女の子のことを考えると涙が出てくる』 『助けたい。でも私もこわい』 『勉強したいだけなのに、強くなりたいだけなのに、どうしてこんな目に遭わないといけないの?』 手術の傷も癒えないうちに、ママは引っ越しを決めた。私はそれで、二度と電車を使わずに済むようになった。あの日からママは、私に謝ってばかりだ。 「モモ、ごめん。」 今もそうだ。たった今も、ママは私に、謝ろうとしている。分かる。だから私は、ママが謝る前に言う。 「謝らないでよ。」 ママはボロボロだ。ママは傷ついている。そしてママは、悪い子じゃない。間違ったことをたくさんしてきたけれど、決して悪い子じゃない。ママは、私は、私たちは、絶対に悪い子なんかじゃないんだ。 「ママ。」 私はポケットから、ピンクの紙を出した。掲示板に貼られていた、あのピンクの紙を。 「戦おう。」 ・とりあえず家の方向に歩き出した。何も考えず、ひたすら足を動かす。安物のヒールは私の足首を痛めつけ、靴擦れが帯の中でじゅくじゅくと職みはじめているのが分かる。嫌になって途中で靴を脱ぎ、ついでにマスクも外した。 新宿から離れるごとに、もともと少なかった人が、ますますいなくなる。だだっ広い道には時々タクシーが通るけれど、中に客がいるようには見えない。 しばらくしてから、立ち止まった。振り返ると、街が鮮やかに見える。そびえ立つビル群、「都会」の夜、都庁。今日の都庁は、赤色に発光していた。感染者が何人以上になったら赤色になるのか、私は知らなかった。都知事は、その光のことを、「東京アラート」と名付けていた。なんだよそれ、と思った。そもそも「警戒を呼びかけられた」ところで、働かないと、生活が出来ない。そんな私たちに、あの光は何の意味があるのだろう。 誰かが自転車で私を通り越す。Uber Eatsと書かれた、大きなバックパックを背負っている。数時間何も食べていないことを思い出して、急にお腹が減る。でも、コンビニには寄らない。無駄遣いしたくない。 しばらく歩いたら、お腹が鳴った。一人でいても恥ずかしくなるほどの、大きくて、間抜けな音だった。また、立ち止まる。座り込む。裸足の足の裏が、ヒリヒリと痛む。明日も安いヒールで、ずっと立ち続けなければならない。我慢できなくなって、振り返った。新宿を、その街を、その景色を見た。 「チェンジ。」 声に出た。 初めて言われた「チェンジ」が、こんなに自分を傷つけるなんて、思いもしなかった。傷ついている自分が嫌だったし、私を傷つけたあのマスクの男にもムカついた。 「チェンジ。」 それだけではなかった。私たちに、「みんな結構歳だから、これからは人妻で売ろう」と言ってきたデリヘルのオーナーにもムカつくし、「派遣だから身の程をわきまえろよ」って感じを隠さないアパレル店の店長にもムカつくし、「金なくなっても体売れるから女っていいよな」って言いやがったいつかの客にもムカつくし、「風俗業に従事するかわいそうな女性を救いたい」って上から目線の慈善家にもムカつくし、クソ偉そうだったくせに仕事がなくなったらあっさり鬱になった父親にもムカつくし、そんな父親に未だにビクビクしてる母親にもムカつくし、「世間体が悪いからしばらく帰ってこないで」と言ったばあちゃんにもムカつくし、サラリーマンでぎゅうぎゅうの満員電車は許すくせに水商売を目の敵にして営業停止に追い込む政治家にもムカつくし、その政治家をネチネチ批判してるだけで何もしない知識人って奴らにもムカつくし、ああもう、そいつらが全部いる、全部全部いる、あの世界にムカつく。 「チェンジ。」 なんでこっちが変わらないといけねぇんだよ。変わるのはそっちだろ。小説書いてるってだけで謎にクソ偉そうなあんなキモエロジジイに、「なんとしてでも言葉にしなければならない、たったひとつの景色」とか言われてんじゃねぇよバカ。 「他の誰も表現し得なかったやり方で言葉にして、新しい意味を与えなければ」なんて、クソ役に立たねぇこと思われてんじゃねぇよタコ。 「チェンジ。」 「終わりかけている」とか思われてる場合かよボケ。もし終わるんなら、終わる前にてめえが変われよクソ野郎。私は努力したんだ。頑張ってきたんだ。変わろうとしたんだ。おい、分かってんのか?あんたに合わせて、ずっとずっと変わってきたんだよ。それで、精神も肉体もボロボロなんだよ。おい、今度はてめえの番だろ。 てめえが変われ。てめえが芯から、まるっきり、徹底的に変われ。私の体、世界にたった一つの、私の、この体のために、てめえが、変われ。 「チェンジ!!」 大声を出した。自分が出せる中で、一番大きな声を。ずっと目を開けていたから、眼球がヒリヒリ痛んだ。でも、私は瞬きをしなかった。都庁の赤い光より、もっと強い光が、私の中で生まれるまで、ずっとそのままでいた。
  • 2026年3月13日
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    『くもをさがす』は、2021年コロナ禍の最中、滞在先のカナダで浸潤性乳管がんを宣告された著者が、乳がん発覚から治療を終えるまでの約8 ヶ月間を克明に描いたノンフィクション作品。 カナダでの闘病中に抱いた病、治療への恐怖と絶望、家族や友人たちへの溢れる思いと、時折訪れる幸福と歓喜の瞬間――。 切なく、時に可笑しい、「あなた」に向けて綴られた、誰もが心を揺さぶられる傑作。 身近に乳がんになった人や、がんで亡くなった人がいたため、気になって読んでみた。 宣告されたときの絶望、治療や将来への恐怖はどのようなものだろう。(しかもコロナ禍とは。。) 淡々と事実を語りながらも、間間の日記に感情が溢れている。 手術が終わり、その後の治療もキリがついた後の「待って、まだ怖いねん。」という言葉が心に残った。 手術が終わったら、転移が見られなかったら、思わず「よかったね」「お疲れ様」と言ってしまうけど、本人の中ではまだ終わってないのかもしれない。 著者と友人、医療関係者との関係性は読んでいて心が温かくなった。 知り合いが大きな病気になると自分には何もできないと絶望的な気持ちになるけど、相手のためを思っての行動はちゃんと伝わるだと感じた。 もし友人が近い状況になったら、関わることを怖がらないようにしたい。 ・クリスティは、しばらく私の顔をじっと見た。そして、こう言った。 「ドクターはなんて言うてるか知らんけど、うちは、カナコがやりたいんならやっていいと思うで。もちろん、抗がん剤で免疫が下がってるから、感染症には気をつけなあかんけど、自分の体調を自分でチェックして、マンツーマンとか、出来る範囲でやったらええんと違う?柔術とか、キックボクシングだけやないで。好きなことやりや?」 私も、彼女を見つめ返した。 「カナコ。がん患者やからって、喜びを奪われるべきやない。」 絶望から逃れる道や方向がわからなくても、精神を広げることはできる。広げることによって、いつか絶望が耐えられるものにならないともかぎらない。 ーイーユン・リー『理由のない場所』 ・私は今、海沿いのベンチに座って、海を見ている。 夏にはビーチバレーや日焼けをする人で溢れるこのビーチには、様々な人がいる。彫刻みたいに綺麗な筋肉をした若い男性や、犬を連れた若い女性、貝殻を拾っているおばさんや、腰に浮きをつけて遠泳をしているおじいさん、車椅子に乗って海を眺めているおばあさんたちのグループ、本当に様々な。 冬が始まっても、天気のいい日にビーチバレーをしている人を見る。目を奪われるのは若い女性ではなく、おばさんたちだった。膝にサポーターを巻き、突き指防止のテーピングをして、大声をあげながら砂だらけでボールを追うおばさんたち。彼女たちは、目がくらむ程美しかった。 20代の頃、年を取るのが怖かった。若さがすべてだ、おばさんになったら終わりだ。私たちの世代はそんな風に叩き込まれていた世代だった(残念ながら、今も日本ではそういう風潮があるようだ)。つまり、やはり脅されていた。 でも、自分が年を重ねておばさんになった今、何を怖がっていたんだろう、と思う。誰が私たちをしていたんだろう。おばさんになったからと言って、自分の喜びにリミットをつける必要はない。 年を取ることは、自分の人生を祝福することであるべきだ。私は44年間、この身体で生きてきた。もちろん、身体的な衰えは感じる。そして私は、トリプルネガティブ乳がんを患っている。でも、私は喜びを失うべきではない。 ・私にも、それが起こった。大きな何か/誰かの意図はなく。 がんに罹った人は、原因を考えてしまうそうだ。暴飲食が悪かったんだ、睡眠不足が悪かったんだ、仕事のストレスが悪かったんだ、果ては水子の供養をしていなかったからだ、墓参りをしていなかったからだ、まで、様々に。 でも、それは誰にでも起こる。 もちろん、生活習慣を改善して、がんをある程度防ぐことは出来るだろうし、定期的な検診で早期発見に努めることも出来る。でも、もしがんになってしまったのなら、それはもう、そういうことだったのだ。誰にも起こることが、たまたま自分に起こったのだ。 私も、最初は色々考えた。もし検診に早く行っていれば、もしあれをしていれば、もしあれをしないでいれば。でも、そんな「もし」は、全く役に立たない。私は今、このタイミングでがんに罹患した。それは揺るぎのない事実で、そしてその事実だけがある。 このニュートラルさ、この無顔着さは、かえって私を楽にさせた。 もちろん、がんは怖い。出来ることなら罹患したくなかった。でも、出来てしまったがんを恨むことは、最後までなかった。私の体の中で、私が作ったがんだ。だから私は闘病、という言葉を使うのをやめていた。「病気をやっつける」という言い方もしなかった。これはあくまで治療だ。闘いではない。たまたま生まれて、生きようとしているがんが、私の右胸にある。 それが事実で、それだけだ。 ・こうやって助け合うことに皆が慣れているのは、バンクーバーが移民の街であることにも関係している。たくさんの人がこの街では新参者で、右も左も分からない状態でやってくる。助け合わないと生きてゆけないのだ。 インドから来たチェリシュマが言っていた。 「親や親戚が近くにいない状況のしんどさは、ほんまによう分かるから。」人は一人では生きてゆけない。改めて強く感じる。それは当たり前のことのはずなのに、やはり私はどこかで、一人でも生きて行ける、そうっていたのではないだろうか。少なくとも、東京ではそうだった。
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