
いぬすけ
@inusuke44230815
2026年6月9日
水中の哲学者たち
永井玲衣
読み終わった
p86.
「ここには、わたしの好きな木があったのよ。いつもお家の前を掃除するとね、この大きな木が目に入って、あいさつをして。でも、あるとき、しらないひとたちがきて、許可もなくこの木を切っちゃったの。かなしかった。ほら、切り株になっちゃってるでしょ。〜高いところにいる人たちの話はぜんぜんわからないけれど、この木のお話は、あなたに聞いてほしかった。くだらないこと言ってごめんね。
おばあさんはそう言って私の両手を握った。いえ、さっきの対話にあったどんな発言よりも価値のあることです、とわたしは涙をこらえて言った。生まれてはじめてひとにやさしくされた気がした。」
好きな木が切られて、かなしかった。
ここからでも哲学を始めることができるのだと、筆者は述べる。「哲学」と言われると難解な専門用語や概念を扱う学問で、私達の日常生活とは縁遠いような気がしてしまうが、そうではない。永井玲衣さんの哲学に対する捉え方はやわらかくて、私達の普段の感覚やふとした疑問を出発点に、そのままブクブクと潜水していくイメージだ。
「水中の哲学者たち」とあるように、この 何かを深く考えること=水中に潜ること という比喩は作中においても多用され、非常に印象的である。
p216
「考えているとき、人はいわば意味の海の中で、同じ海にすむすべての人々とつながっている」
人と人の、そのわかり合えなさに時々泣きたくなる。誰とも会いたくなくて、ひとりきりで哲学的なことを考えている時、私はその水平の深みの中で、それでも誰かと繋がることを求めているのだろう。
私もまた、水中の哲学者たちなのだと思う。





Michael
@238143
「人と人の、そのわかり合えなさに時々泣きたくなる。」という一文が印象に残りました。
考えることは孤独な営みのようでいて、実は誰かとつながろうとする行為なのかもしれませんね。
最後の「私もまた、水中の哲学者たちなのだと思う」に、とても共感しました。
