328
@millefeuille_328
2026年6月10日
寺田寅彦
寺田寅彦
読み終わった
たとえば彼は物売りの声に時流を見出し、涼しさに日本の気候的情緒を覚え、線香花火のメロディアスな物語を聴く。貌には幾星霜の人類史が蓄えられている。
私が漠然と感動するせかいのある姿に、科学のあたまはより深く、広く、入り込んでゆく。
蓄音機の針を上等な竹に取り替えるとたちまち今までは聴かれなかった細かな音が浮かび上がってくる。
もし虫眼鏡を拾ったなら私たちは来た道を戻って足下の雑草を観るかもしれない。そこに顕われてくる意外な葉脈の力強さを知ってしまうかもしれない。
数年ぶりに読み返したけれど、ぐっと新鮮で驚いてしまった。
よく記憶に残っている高校の旧師のことばを思い出した。
旧師は学生当時よく古本屋に足を運んでいたが、そこには同じく毎日のように訪れる男がいて、彼は決まって同じ詩集を開いていたという。
居合わせるばかりで話す仲でもなかったが、ある日気になって「どうして同じ詩ばかり読んでいるのか」と尋ねた。彼は言った。「読む自分が毎日変わっているからだ」と。旧師はこの日を境に文学のより深いところへ落ちていったという。
私は当時、教師にもおもしろい話をする人はいるのだなと生意気に感心したけれど、思い返すいま、おしまいにはちゃんと本がお買い上げされたのだろうかとはらはらしている。
