あんどん書房 "春 (新潮クレスト・ブックス..." 2026年6月9日

春 (新潮クレスト・ブックス)
秋に『秋』を読み始め、季節ごとに一冊読んできて、ようやく3冊目。もう春ではないけども……。 いきなりネトウヨのバリバリ排外主義言説から始まったかと思いきや、それに呼応するような泰然とした自然の声が書かれる。この印象的な対比の謎は中盤で明かされてゆく。 今作の主要な登場人物は三人。信頼できる仕事上のパートナーである脚本家のパディーを亡くし、失意に沈む映像監督リチャード。 「入国者退去センター(IRC)」で働きながら、収容される移民たちの置かれた環境などから目を背けているブリット。 そんなIRCに突然現れた少女フローレンスは、なぜかセキュリティを自然に抜けて所長の元へ辿り着き収容所の環境を改善させたり、駅や旅では金銭を要求されることなくやりすごされる。 そこに駅前でコーヒーを売らない不思議なコーヒートラックを営む女性アルダが加わり、一行の不思議な旅が始まる。 読んでいていちばん意外に思ったのはイギリスが抱える民族問題の根深さ。なんとなく連合王国ということは知っていつつも、イングランドとスコットランドの間でもそこまで対立みたいなものがあるのだな、と驚く。 “イングランド国内では、よその言語を許してはならない。 いや、イギリス(ブリテン)だ。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドを含むイギリスの中では。”(P312) おそらくここで言われているのはゲール語なのだと思うが、ブリットは同僚の喋るスコットランドの古詩に対して「その言葉を聴いているだけで、なぜか腹が立った。ほとんど泣きたい気分にまでなった」(P311)とまで思わせるその理由は何なのだろう。 “二月。最初の蜜蜂が窓のガラスにぶつかる。凛とした寒さの中、光が押し返し始める。”(P110) こういう詩的な描写を読んでいるだけでも心地よいのがアリ・スミス作品の良いところ。 解説を読んでいて、連作全てに出てくるダニエルの存在を思い出した。シーズンごとに読んでるともう前作の内容を全く覚えてない…。ダニエルはたぶんアンディ・ホフヌング氏だろう。 リルケとマンスフィールドの話はほとんど拾えなかった。またいつか再読すれば理解できるだろうか。とりあえずは『マンスフィールド短編集』を読んでから。 次回の『夏』はこれまでの主要人物集合回らしいので楽しみ。それまで覚えてられたら良いのだが…。 本文書体:精興社書体 装画:水沢そら 装幀:新潮社装幀室
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