
常磐
@tokiwa_001
2026年6月12日
読み終わった
「幽霊がいるかいないかという議論とは別に、幽霊について意味ある仕方で語ることは可能なのだ」
この一文がとても好き。これが大雑把に美学であり、だからこそ美学はあらゆる物事を等しく語ることを可能にすると言える一文。
「AIによって、もはや人間のアーティストはお払い箱になるのではないか、などという危機感が煽られる。だがこうした危機意識それ自体が、非常にわざとらしいものではないか」
絵画史、版画史において写真機が登場した時も、美術家たちの間で似たような意識が起こった。
実際、写実性や複製性は写真に敵わないので、それら視覚芸術は純粋な芸術性を追求していくことになり、そういった背景から印象派やキュビズムが発生した。なんなら現在、写真もAIの登場で似たような極地に立たされている。
そう考えると、現代のAI発達によるその危機感も、新たな芸術ジャンルの確率を促す可能性があるとポジティブに捉えることができると考えられる。
カントがどうのこうののところは…私は哲学分野が浅学故、理解できた気がしてるだけで実際よく分かってはいない。作者はめっちゃカント好きなんだろうな感はわかる。
私は芸術分野におけるAI技術の発展を破滅的だと捉えていない立場の人間だが、単純に全部賛成!という訳ではなく、可能性として芸術の拡張に繋がるからおもろいやんけ、という感じ。
レンブラントAIについては、それがAIの芸術性を示しているように見えると言うのは暴論では?と感じた。
贋作ではないと書いてるけどでっち上げの方も贋作と言うし、そのまんま生成AIの学習→生成のプロセスだから、目的が〜とか認識が〜とか関係なく真の意味で「騙し」ているだけ。人間でもできる。
ここにAIを美学する意味は無いと思う。
再びカント。多分AIを美学すればAI至上主義に囚われることも、過度に恐れることもないんやで、みたいなことを言ってる気がする。
最終章。例として出すのはその作品ではないような気がしてならない。この作家の方の主義主張を聞いていない上で書くが、AIの特性を技法として扱っている作例はもっと他に相応しいものがあると思った。
AIとの対話は人間自身と向き合うことに繋がるとは書かれていたが、最後にあまりにも人間に帰結しすぎではないか、という若干釈然としない気持ちになった。
最後に述べていることは絵画史、写真史の流れと同じことであるし、この本のタイトルの印象ではむしろその先を考えていくことを期待した。
AIを美学するというテーマが面白そうな雰囲気を醸し出している故に、全体的に美術作品の選び方が惜しく感じられた。