
ちろの召使
@Chiro
芸術とはその実、資本主義とも大衆消費社会とも無関係に、そもそも広告的なのではあるまいか?──例えば、燃えさかるようなひまわりの花瓶がある。草原を馬が走っている。寂しい生活がある。戦争の悲惨さがある。自ら憎悪を抱えている。誰かを愛している。誰からも愛されない。……すべての芸術表現は、つまるところ、それらの広告なのではないか?

ちろの召使
@Chiro
とにかく、他人の人生を通じて、間接的になら、自分の人生に触れられるんだ。考えなきゃいけないことも考えられる。けど、直接は無理なんだよ。体が拒否してしまう。だから、小説でも読んでるみたいだって言ったんだ。
だからひとは物語を求めるのか