回寅治 "赤頭巾ちゃん気をつけて改版" 2026年6月15日

回寅治
回寅治
@Mawari_trahal
2026年6月15日
赤頭巾ちゃん気をつけて改版
全共闘運動が盛んで周りの学友が皆イケイケだった頃、ゲバ棒持った学生でもなければ受験勉強一筋の学生でもなく、ふわふわとしかしたしかに学ぶことは面白いと考えている「薫さん」。そのどちらともつかない態度にしばしば自らツッコミを入れている。けれど、自分も学友も、皆何かへの行き場のない怒りや不満を抱えていて、皆時代の雰囲気なるものの中にいた。「薫さん」は決して権力構造のゲームに嬉々として乗るような将来有望受験生でもなければ、青春を燃焼させ熱く暗い狂気を湛えた学生でもない。60年代に生まれてもちえたその両方の性質を、物語の後半にかけて怒涛の勢いで清算していく。前半の牧歌的な日々に対して後半の駆け抜ける様が素晴らしい。 私自身も高校時代に似たような思想(過激なものや行動が良いという思想)に陥ったことがあって、それを今乗り越えようとしているところだから非常に共感できたし、つい否定したくなる自分の狂気的な側面を「ぼく自身だったかもしれない」とすくいとれる薫さんにはただただ尊敬するのみ。私も知恵を、伸びやかに生きていくために使えるようになりたい、そんなことを大学で学んでいきたい。 「おれはもうあきらめちゃったんだ。どう言ったらいいか分からないんだけどね。要するにおれなんてのは資格がないらしいんだ。…… つまりなんらかの大いなる弱みとか欠点とか劣等感を持っていてだな、それを頑張って克服するんじゃなくて逆に虫めがねでオーバーに拡大してみせればいい。しかもなるべくドギツく汚く大袈裟だ。…… とにかく売り込むためには、そして時代のお気に入りになるためには、ドギツく汚くてもなんでもいいから、つまり刺激の絶対量さえ大きければなんでもいいんだ。…… そしておれはね、そういういわば絶対値競争にはもう全く自信がないんだよ。それからおれは、そんなあさましい弱点や欠点暴露競争にも参加する気にはどうしてもなれないんだ。つまり資格がない、全然もともと資格がないんだ。」 「ぼくは彼のほうを見ず、ただひたすら一心に左足の包帯を見つめていたけれど、彼の声がふるえて、そして彼の目におそらくは涙が流れているのが、まるで自分のことのようにはっきりと分った。あの自信満々で威勢のいいこいつが……。…… いまかたわらで泣いているのは、誰というよりも恐らくはぼく自身なのではあるまいか。彼は、たとえばぼくのかわりにけんかを買って出たのではあるまいか。」
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