にゃん "死にたくなったら電話して" 1900年1月1日

にゃん
にゃん
@_x_mu_
1900年1月1日
死にたくなったら電話して
初美の引力、圧倒的。ここまで明確に自分の思想を持つ人物は空虚さを抱えた人間ほど強く惹かれてしまう感じ、すごくよく分かる。 徳山も厭世主義のような側面を持っていたが、初美ほどに徹底的に磨かれてはいなかった。徳山にとって初美との結婚は唯一の希望であり、彼女と同化する手段でもあった。 しかし、初美が徳山の在日という背景を理由に結婚を断る。初美がどのような気持ちで、どんな意図から断ったのか、作中で明確には描かれていない。私の解釈では、結婚して幸せになるという「イマジネーション」もまた初美にとっては馬鹿馬鹿しいものだったのではないか。 徳山は彼女に同化しようとしたが、その同化のための手段(結婚)は彼女の思想=厭世家の立場によって否定される。つまり、結婚という儀式は「彼女と共にあること」ではなく「彼女の思想に同化すること」を意味しており、結果的に拒絶される構図となっている。何とも皮肉的だ。 この本を読み終えて、厭世主義の思想を抱く私ですら、なぜかあの圧倒的な初美との同化に向かうというより、むしろ彼女とは対極の形岡側の思想を志向するエネルギーが生まれた。 「深刻な事こそが常にリアルだなんて、思わないで。」 「人生を平穏に無事生き残っていくためには、吊り橋を渡っている時みたいに、あんまり下を見ない事。 前だけ向いて一歩一歩歩く事。そうしたら意外と遠くまで来ていた、なんて事がある。」 こう言った文章に心惹かれた。死んだら全てがクリアになるという予感にはすごく共感する一方で初美の思想の徹底ぶりに思わず萎縮させられてしまった。 圧倒的に振り切った物語に触れることで、むしろその対極へと向かうエネルギーが自分の中に生まれるというような貴重な読書体験が得られた。
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